~第四章~ 魔王城改装……のその前に
「こほんっ。では気を取り直して……」
見事なポンコツっぷりを披露して、泣き出してからしばらく。ようやく落ち着いた魔王様が、玉座に再び威厳ある姿勢に座り直して咳払い一つ。
この人、本当に魔王なのか……? ゲフッ!
うっかり素直な感想を思い浮かべた俺に、お馴染みのヒールスタンプが炸裂した。
「しかし確かにお主の言うことにも一理はある。魔王の城たるもの、侵入者を奥へ進ませない造りにするのは重要という見方もあるの」
と、やや引っ掛かるような言い回しで俺の出した提案に、不満そうな雰囲気を漂わせながら魔王様は同意してくれた。なんと言うか、最初に出会った時から思ってるけど、この人……いや、魔王だから人じゃないか。
「うむ。我は人ではなく、魔族の王であるぞ」
こっちの思考に小まめにツッコミを入れてくる魔王様。むむう、やりにくいなこれは。
「何を言う、便利じゃろうが? お主はわざわざ喋らずとも、我と会話が可能なのじゃからな」
確かに便利ではあるんですけどね。
しかしうっかり余計な事を考えても、それが筒抜けなのはどうにも窮屈と言いますか……
「余計なことなど、考えなければ良いだけであろう。お主はすぐに我に対して失敬なことを考えるのを、改善せねばならんのぅ」
そりゃまぁ、そうなんでしょうけど。そうは言っても俺は元々は人間だった訳ですし、どうしてもその時の感覚でやっちゃいますからね。
この状況に早くも順応してるのは我が事ながら感心しますが、思考と会話の区別ってのはどうしても元の感覚がありますから。
……って、そもそも城なんだからもう俺って喋れないのでは?
「いや、そんなことは無いぞ。なにせ魔王の城なんじゃからな、お主は。人型を形成してそこに意識を入れれば、人間の時のように動くことも出来る」
マジですか!? そういうのはさっさと言ってくれないと。そうすれば俺としても……
「まぁ、そうやっててもお主の思考は我が好き放題に読み取れるがのー」
安堵しかけた俺に、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべ言う魔王様。……結局は考えることは筒抜け、なんですか。
「そうでなければ我が寂し……おほんっ、我が城が不埒な考えをした時に困るでのぅ」
あの、魔王様? いま『寂しい』って言いそうにグハァッ!! 言いかけたことを確認しようとした俺に、魔王様のヒールが突き刺さる。
はい、この件に関しては追及しないよう心掛けます……
「わかればよいのじゃ」
ぷいっとそっぽを向きながら、魔王様が拗ねたような口調でそう呟いた。こういう部分は、見た目通りの女の子って感じで可愛いんだよなぁ……って、ヤバい!
……………………あれ? 思わず浮かべた感想にハッとして俺は焦るが、しかし来ると思われた一撃は来る気配がない。
「むふ」
恐る恐る視覚を玉座へ向けると、相変わらずそっぽは向いたままではあるもののほっぺをほんのり赤くして、緩んだ表情の魔王様。
あぁ、やっぱり『可愛い』って言われるのは嬉しいのか……
「えぇいっ、ジロジロと見るでないわ!」
ゲフッ! そしてここで炸裂するヒールの一撃。照れ隠しのせいなのか、その一撃はやたらと痛かった。
やっぱり魔王様って……いや、余計な思考はやめよう。あんまり連続でヒールを喰らう趣味は、俺にはもちろん無い。
* * * *
気を取り直して。とりあえず城内の間取りを変えたいと思うのですが、魔王様?
「うむ。良いのではないか」
いや、良いのではないかじゃなくて……
「……ん? なんじゃ?」
いえ、あの、この城を造ったのって魔王様なんですよね?
「うむ、その通りじゃ。それがどうかしたのか?」
『どうかしたのか?』じゃなくて! じゃあ、城内の改装をやってもらわないと……
「何を言っておる。そんな事は、お主がするに決まっておろう?」
……は? いやいやいやいやいや!!
「なんじゃなんじゃ。騒がしい奴じゃのう、お主は……」
そんな露骨にウザそうな顔されても俺も困りますから! 俺がやれるならそりゃやりますけど、まだ人型になる方法とかもわからないのに、出来る訳ないでしょ!!
って言うか、城の改築なんていくら人型になっても俺にそんな技術ありませんからっ!!
「あー、面倒な奴じゃのぅ、お主は……せっかく我の持つ知恵を注いでおいたのに、全てどっかに消えておるとは」
ちょっと待て! 言っておきますが、それは俺のせいじゃないですからね!?
俺だってこんな、まさか魔王城に転生するなんて思ってもいないのに、さらに与えたはずの知識が無いとか言われても俺が失くした訳じゃないですし!!
「だーっ! やかましい!!」
ゴハァッ! ……つ、都合が悪くなるとすぐ実力行使に出るの、やめてもらえませんか……
早口で捲し立てた俺に、苛立った魔王様が強烈なヒールを見舞いながら玉座から立ち上がっていた。強烈な痛みに悶絶する俺を、腰に手を当てた不機嫌ポーズで怒りの形相で睨み付けてくる魔王様。
あの……メチャクチャ怖いんで、上から睨むのやめてもらえますか……? それにしてもこうやって眺めると、やっぱり魔王様は可愛ゲフッ!
「……下から我の肢体を眺めるなど、破廉恥極まりない!」
イデデデッ! ちょっ、魔王様! カカト、カカトでグリグリするの痛すぎるから!!
ついつい魔王様の全身を眺めたのはイデデッ、俺が悪かったですからぁっ!!
「ふんっ! 我が城がこんなに破廉恥では、おちおち気も抜けんな!」
はぁはぁ……いや、別に何かしようとかは思いませんから……
それはさておき魔王様。話が脱線しましたけど、城の改築をどうするかなんですが。そもそも魔王様が造った時って、どんな風にやったんですか?
「うむ、そうじゃな……言葉で説明するよりも、実際にやって見せた方が判りやすいじゃろ」
俺の質問に魔王様は少し思案の表情を浮かべた後、やれやれといった様子でそう口にした。確かにその方が判りやすい……
って、何をするんだろうか?
「んーと……よしっ、じゃあこれだ!」
顎の下に手を添え、宙を仰いだ可愛らしいポーズでしばし考えてから。魔王様が無邪気な口調でそう言った。
そしてくるりと振り返ると、玉座の横に向かって右手を真っ直ぐ伸ばす。
「デザインは……ん、こんな感じでいっか」
ぶつぶつと呟きながら、開いた手のひらに紫色の光が膨らんでいく。おぉっ、これが魔力ってやつか、もしかして!?
魔力と思しき光はすぐに拳大にまで大きくなり、「えいっ」という可愛らしい掛け声と共に放たれた。
魔力の球は玉座の横に着くと、その場で空間に吸い込まれるようにして消え。すぐにその空間が歪んだかと思うと、何かが弾けるように変化してそれが現れた。
って、これ……
「と、まぁ。こんな風にして造るのじゃ」
こちらへと振り返り、胸を張った得意気なポーズとドヤ顔で魔王様が言う。一方の俺はといえば、見せられた行為の凄さとそれで出てきた物の何とも言えなさに、どう反応すればいいものやら困惑する。
「ん、どうした? 遠慮せずに驚き、感動し、そして我を褒め讃えて良いのじゃぞ?」
そんな俺の様子に、なにかズレた言葉を口にする魔王様。いやまぁ、確かに凄いのは認めますけどね……でもあの、どうして出てきたのがやたらファンシーなベッドなんですか!?
「えっ!? いや、休みたい時にすぐ休めるかなーって……」
俺が張り上げた声に魔王様がたじろぎながら答える。
そう、魔王様が玉座の横に造り出した物は、大きくて寝心地の良さそうなベッド、であった。
それもフリフリのレースをこれでもかとばかりに引っ付け、さらにはフリフリのレースに覆われた天蓋まで備えた、まるでお姫様が寝るような感じの。
「わ、我は魔王なんじゃし、お姫様と言っても間違いではなかろうよ……」
俺の浮かべた感想に、叱られてばつの悪くなった子供みたいに口を尖らせて人差し指と人差し指をちょんちょんとさせながら、誤魔化すように言う魔王様。
いや、デザインもアレだけど……そうじゃなくて、なんで玉座の横にベッドなんですか!?
明らかに配置する場所が合ってないでしょう!!
「んー……そうか? しかし、こうしておけばちょっと仮眠を取りたい時にすぐ寝れて便利じゃろ?」
至極真っ当な俺の疑問の声に、しかし魔王様は得意気に顔を輝かせて返してくる。確かに便利なのかもしれないが、その思考は魔王としてどうなんだ……?
「なんと言っても我は魔王じゃからな。自分の城では思うがままにやりたい放題じゃ!」
いいのか、それで……?
「なんじゃ? 何か問題があるなら申して見よ」
あのですね、それでは将来的に部下が出来てから示しがつかないと言うか、威厳が台無しと言うかですね……
「ふむ……それは一理ある、かもしれんのぅ」
明後日の方向に視線を泳がせながら、ちょっと不満げに呟く魔王様。どう見ても『納得はしているものの、気分に水を差されたから素直には頷けない』みたいな風にしか見えなゴハァッ!
……余計な感想を交えるのは自重します、はい。
「わかればよろしい」
それにその、魔王の間で寝てたりしたら安全上の問題とかもあるんじゃないですかね? ほら、外敵にこっそり侵入されたりする場合も、もしかしたらあるかもしれませんし。
「そこはお主がしっかりと城の防備をしておれば良かろう? いずれは魔物もいることになるし、そんな事になる方がどうかと思うがのぅ」
ごもっとも。って言うか、そもそも寝室ってのは無いんですか? 魔王様の寝室って。
いや、それ以前に魔王って寝るもんなのか……?
「あー、うむ。普通の魔族であれば眠る必要はないが……我は少しばかり普通とは違うのでな」
俺の浮かべた疑問にやや口ごもりながらも、魔王様はそう答えてくれる。どうやら何か事情とかあるようで気にはなるが、今までになく表情を曇らせる魔王様にそれ以上は聞く気は起きなかった。
「それと寝室はちゃんと用意しておるぞ。なにせ魔王たる我の安息の場所であるからのぅ、それはもう豪華絢爛にして極上の安らぎを得られる素晴らしき寝室じゃ!」
すぐまた元の表情へと戻った魔王様が、上体を反らしたいかにも鼻高々な様子と嬉々とした声色で、そう言ってくる。こういう部分はなんと言うか、本当に見た目通りの女の子って感じなんだよな……グゲフッ!
「いい加減お主は上下関係というものを、しっかと性根に刻み込まねばならぬと学習すべきと、我は思うのじゃがな?」
まるで汚物でも見るような冷めきった顔でヒールをグリグリ踏みつけながら言う魔王様。ちなみに、踏みつける際は物凄い勢いで足を振り下ろして来たので、激痛にプラスしての継続的なダメージが俺には加えられている。
別に悪口じゃないんだから、一々こんな折檻してこなくてもいいのになぁ……って言うか、段々慣れてきたらこれはこれでクセになりそうな感じも。
「なんじゃお主、踏みつけられるのが良いのか? 変なヤツじゃのぅ……フフフ」
呆れたような口振りながら、愉快そうに魔王様が笑った。なんだかんだ、自分の言葉や態度で相手が喜ぶのは悪くない、なんて事を思い浮かべていると。
「……ありがとう、な」
ぼそりと、聴こえるか聴こえないかという小さい声で魔王様がそう告げた。
それはそれとして……玉座の横のベッドはどうしますか?
「せっかくなので、このままで」
いいんかい、それで……?
魔王城改築の道のりは、まだまだ始まっ……てもいなかった。