~第3章~ 魔王様のポンコツな一面
……
「…………」
………………
「……………………」
……あの、魔王様?
「うん? なんじゃ?」
それで、これからどうするんですか? 挨拶してから何も動く様子がありませんが。
いつの間にか敬語になっている自分に俺は気付くが、そこは冴えないしがない男だった時の習性のような物と、情けなさを感じつつ納得する。
「良いことであろ。主に対し敬意を払うのは、当然じゃからな」
はぁ、まぁ、確かにそれはそうですが……
じゃなくて、何もしないんですか魔王様!?
「うーむ、そうじゃのぅ……なら、とりあえず」
……はい、とりあえず?
魔王の口にした言葉を復唱し、先を促すように返して待つ俺。復唱とは言っても、実際には頭の中で考えているだけではあるんだが、そこに関しては便利だと思う事にする。
「しばらくお喋りでもすることにしようかの!」
……………………
満面の笑みを浮かべて言った魔王様に、しかし俺は言葉を失ってしまった。なんで、そこで『お喋り』なんて答えが返ってくると予想できようか。
異世界で、しかも魔王の城という存在になって、そして主である魔王様の口から出てくるのが、まさかまさかの『お喋り』って……イデッ!
「……不服そうじゃの?」
そんな俺の反応が気に障ったか、さっきの笑顔は一転。ジト目で不機嫌そうな顔を浮かべ、容赦なくヒールを床に叩き付け言う魔王様。
少し気に入らないと、すぐ暴力を振るうのはどうかと思いますよ、魔王様……
「それはお主の我に対する態度が悪いんじゃろうが」
いやでもですね、そんな気に入らないから暴力なんてやってたら部下はすぐに離れていっちゃいますよ……
って、そういえば魔王様。配下の魔物とかはいないんですか?
「うっ……!」
俺が口にした問い掛けに、魔王様が顔を引きつらせる。これは何か、まずい事を言ってしまったんだろうか。
「あー……うん、その、なんじゃ。まだ我はこちらの世界に来たばかりでな。それで最初にやったのが城……つまりお主を造る事だったんじゃ」
あぁ、なるほど。……いやいや! 普通、魔王が人間の世界に来る時って、配下の魔物を引き連れてとかじゃないんですか!?
少なくとも俺の持ってる知識だと、そんな感じだったんですが。
「お主の持ってる知識は間違っておるのぅ……いや、もしやそなたの世界にも魔王はいるのか?」
いや、いませんけど……
「魔王もいないのに、間違った知識はあるのか……変な世界にいたんじゃな、お主は」
俺から見れば、今のこの状況の方がよっぽど変なんですがね……で、それじゃあ人間の世界に攻め込む時には配下の魔物とかはどうするんです?
「それは当然、魔王自らが生み出していくに決まっておろう」
あぁ、なるほど。魔物は魔王様が生み出すようになってるんですか……なかなか大変なんですね、魔王ってのも。
「そう、大変なんじゃ。魔王の一族というのも本当にな……」
納得して言う俺に、魔王様もしみじみといった顔をしてうんうんと頷く。そして、そこで会話は途切れてしまう。
「……何か喋れ。我が退屈するではないか」
え、喋れって言われてもそうだなぁ……じゃなくて!
だったらお喋りなんかしてないで、魔物を生み出して魔王軍を整えましょうよ!?
「そ、それは、そうじゃが……そのぉ、ま、まだ心の準備と言うものが、じゃな……」
場の空気に流されて話題を探しかけて我に返った俺の提案に、なぜか恥ずかしそうにもじもじとしながら意味不明な言葉を口にする魔王様。
いや、本当にその反応は訳がわからないぞ。なんなんですか、その心の準備ってのは?
「うるさい城じゃのぅ……我はまだ城を造り終えたばかりで疲れておるのじゃ。ようやく話し相手になる城が造れてホッとしておると言うのに……」
あぁ、それは確かに……ん? 『ようやく話し相手になる城』?
もしかして魔王様。俺が城に宿るまで、何回か城を造っていたんですか……?
「まぁ、そうじゃな。苦労したのじゃぞ? 最初のはウンともスンとも言わぬし、二度目のは我の呼び掛けには応えるものの会話のようなものは無かったし……」
最初のはともかく、二度目の方は別に失敗ではないのでは。呼び掛けに応えてたって事は、意思のような物はあった訳でしょう?
「だって、それじゃ一人なのとあまり変わらないんだもん……」
……ただの寂しがり屋か、アンタはグゲッ!
だから! すぐに暴力を振るわないでくださいってば!! そんなちょっと感想とか思っただけで痛い目に遭ってたら、何も言えなくなるでしょ!?
「むぅ……それはちと困るのぅ」
って言うかさっき、『だもん』って……
「忘れよ。そこを追及すると、我はやはりお主を踏まねばならなくなるでな」
……りょ、了解しました、魔王様。
表情は既に何度か見てきた不機嫌なものながら、放たれるその殺気を察して俺はそれ以上聞かない事にした。
これは下手に触れると踏むだけどころか、踏み砕かれそうな悪寒すら覚える。
「うむ。それで良い」
そう言えば、なんで魔王城には意思と言うか人格と言うか……そういったものが必要なんですか?
別にただそこを拠点にするだけなら、ただの建築物でも問題はないような気が。
「何を馬鹿なことを。人間共と争うことになるのじゃぞ? 当然、攻め込まれる場合もあるのじゃからトラップを仕掛けたり、結界を張ったりとせねばならぬであろう」
はぁ……? いやでも、そう言うのは最初に準備しておけばいいのでは?
「それでは一度使ったら終わりであろう。城そのものが意思と魔力を持っておれば、トラップにしても結界にしても臨機応変に用意できて便利なんじゃ」
おぉ! なるほど!! 確かに言われてみれば、そういう風にするならトラップも毎回違うものに変えたり出来るのか。
「さらに城内や城の周辺の様子をお主が見て速やかに我に伝えたり、状況に応じて対策をすぐに講じたりも出来るのじゃ!」
ふむふむ。そう考えると城自身に人格が備わっているのは、確かに合理的だ……
「うむ。さらにさらに! 話し相手にもなってもらえて、寂しくなくなるしのぅ!!」
……………………
玉座から勢いよく立ちあがり、得意気に胸を張って言う魔王様に、それとは対照的に沈黙する俺。ハッとなって固まり、目だけを動かして俺の方へと視線を向けてくる。
頬を伝う一筋の汗が、魔王様のやっちまった感を物語っていた。
「……と、まぁ。そういう理由じゃ」
こほん、とわざとらしい咳払いなどしつつ、何事もなかった風を装いながら静かに腰を降ろす魔王様。
ツッコミたいのはやまやまだが、それをやると間違いなく痛い一撃が来るのでここは我慢。
「さて、それでは話を続けるとしようか。そうじゃな、お主についてもっと聞かせて……」
再びお喋りに戻ろうとする魔王様を遮り、俺は言葉を浮かべた。
それも大事だとは思いますが、俺としてはまず状況の把握をしておきたいのですが。
「うん? どういう事じゃ?」
そうですね、とりあえずはこの城の中を見て回りたいかなと。なんと言ってもこの城が俺自身な訳ですし、同時に拠点でもありますから。
まずは城内の間取りとか、そういうのを確認しておきたいと思います。
「むぅ……まぁ、それはそうじゃが……」
俺の言葉に、不服そうな顔を浮かべながらも渋々といった様子で答える魔王様。そんなにお喋りしたかったのか……
じゃあ、場内を一通り見て回ったらまた話を再開しますから。
「むー……仕方ないのぅ。なら、手短に済ませるのじゃぞ?」
ありがとうございます、魔王様。ところで、移動するのは……
「それはさっきと同じようにすれば良い。城の中であれば、お主は自由に意識を動かせるからのぅ」
わかりました。それでは早速、場内を一巡りしてきます。
「あー、うん。いってらっしゃい、気を付けてね……」
言って動き出した俺に向けて、魔王様がちょっと寂しそうな口調でそう送り出した。……この、ちょくちょくある普通の女の子っぽい感じが、魔王様の素なんだろイデッ!
「……余計な思考は、我に筒抜けなのは忘れぬように。それと、どこにいても踏まれたら痛いのも」
……気を付けます。
ジンジンと響く痛みに耐えながら、俺は玉座の間を出ていった。
* * * *
大きな扉を抜け、玉座の間を出ると真っ直ぐに伸びた廊下。壁には何やら光を放つ物が規則正しい間隔で並び、それが場内を照らす光源となっていた。
長い廊下を進むと、やがて大きな階段が姿を現す。それを降りていくと、着いたのは城の出入口と思われる大きな扉。
左右に視線を動かせば、大階段を挟んで左右それぞれに二つずつ、全部で四つの廊下が伸びていた。
その内の一つへと進めば、廊下の両側にいくつかの扉が並んでいるのが目に入る。とりあえず手近な扉を抜け、部屋の中へと入ってみた。
うーむ、これは普通の部屋っぽいな。
なかなか豪華な装飾の調度品に、それなりにフカフカなベッドや机の備えられた内装。ちょっと贅沢なホテルの一室、そんな印象を俺は抱く。
部屋を出て、さらに散策を進めて……
「……やっと戻ったか。遅いぞ、お主! いつまで場内を見ておるのじゃ!?」
一通り場内を見終えて玉座へ戻ると、飛んできたのは魔王様からの怒鳴り声。ちょっと涙目になってるのからすると、一人で待ってて心細かった……グハッ!
「余計なことを考えるでない! それで、どうであった、我が城は?」
ヒールスタンプが来るとわかってはいても、余計な思考はついつい出てしまう。なるべく早く、魔王様の気分を害さないようになれるようにしないとな……
それはさておき、魔王様。この城の間取りというのは、魔王様が考えたんですよね?
「うむ、その通りじゃ。なかなか良く出来ておるであろう?」
俺の問いにちょっとドヤ顔で答える魔王様。確かに全体的にはセンスはいいんだが……あの、失礼ながら申し上げますとですね。
「ん、なんじゃ?」
いくらなんでも、内部構造が単調すぎると思うんですが。あれじゃ、もしも侵入されたらすぐに敵はここまで来ちゃいますよ!?
「うっ……それは、まぁ、確かに……」
それに部屋はいっぱいありましたけど、全部客間みたいになってるじゃないですか! 客の訪れる予定がそんなにあるんですか!?
「あー、それはじゃな……日によって寝る部屋を変えたりして、気分転換とかを」
そんな一人でお留守番してる子供じゃないんだから……
部屋もですが、やっぱりまずは場内はもっと複雑な構造にしないと。
「うー、でも複雑にすると迷っちゃうし……」
迷うのか!? アンタ、この城の主なのに迷うのかあああああ!!!???
「だってだってぇー」
駄々っ子みたいな魔王って!? いやそんな魔王、俺は見たことも聞いたこともないんだけど!?
って言うか、城の見取り図とか魔力で記憶したり出来ないのか!?
「……あっ」
俺の言葉に小さな声を上げ、思い出したようにポンッと手を打つ魔王様。……言われるまで忘れてたな、さては。
「んー、でもやっぱり複雑にしてると移動が面倒くさいしなぁ……今の方がわかりやすいし、手軽だからいいと思うんだけど?」
だーかーらー! 今のまんまじゃ、敵が来た時にもあっさりここまで辿り着かれちゃうでしょ!?
「むぅ……お主は細かいのぅ……」
そんな頬っぺた膨らませて口を尖らせてもダメです! もう、魔王様……
なんと言っても城は拠点であり、魔王様を守る為の場所なんですからしっかり考えないと……
「でもでも、ここまで造るのだって大変だったんだよ!? すっごく私だって悩みながら造って、それを三回もやったんだよ!?」
あの、魔王様……口調が。
もはや完全に魔王らしさも忘れ、俺の指摘に対して感情的な反論をするばかりの彼女。
しばらく機嫌を損ねた女の子まんまに、魔王様の文句は続くのであった。……途中からは泣き出してしまって、俺としても狼狽えるばかりだったのは忘れよう。