~第2章~ 転生したら俺が魔王城!?
…………は?
「なんじゃ、何を呆けておる?」
………………ひ?
「? 大丈夫か、お主?」
……………………ふ?
「へ? って、ふざけておるのか、お主は!?」
は行を呟く俺に合わせて続けた少女が、怒った声を上げながらダンッと床を踏みつける。いてぇっ!!
全身を走る鋭い痛みに、俺は悲鳴を上げてしまう。……って、またしても床を踏まれたのに、俺が痛くなった。
「じゃからさっきから言っておろう? お主は我の城じゃと。いい加減、理解せぬか」
未だにじんわりと余韻を残す痛み。それが俺にこの状況と少女の言葉が夢ではないことを、文字通り痛感させてくる。
本当に、俺はこの城なんだな……コノシロって書くと魚みたいだな。ぐはっ!
「なにを下らぬことを考えておるか」
懲りずに笑えないことを考え、ささやかな現実逃避を試みるもすぐさま踏みつけられ、俺の目論見は容易く打ち砕かれてしまった。と、そこで気付く。
なんでこの少女は、俺の考えてる事を見抜いてるんだ?
「なんじゃ、そんな事か。当然じゃろう、我はお主の思考を読み取っておるのだからのぅ」
……はい? 思考を読み取る……って?
「我はお主の創造主であり、ある意味ではお主は我の一部なのじゃ。それぐらい当たり前であろう」
いやいやいや! 意味がわからないって、それ!?
君が俺の創造主で、俺は君の一部? 俺は俺だし、何を言ってるんだこの露出きょ……ごふぅっ!!
「……あまり破廉恥な事を我に言うでないぞ。お主など、我の気分一つで無に還せるのじゃからな?」
ヒールスタンプ一発、それで俺は黙らせられてしまった。とりあえず、考えてる事がこの少女に筒抜けなのは確かだと、再び文字通り痛感させられる。
「それにしても……さっきからのお主の思考、どうにも我に理解し難いものじゃのぅ。何なのじゃ、いったい?」
さっきの、って?
「えぇと、なんじゃ。コンビなんとかとか、ラノベがどうとか……」
あぁ、ここで目覚める前の回想。いや、“なんじゃ”ってそんなの別に珍しくも何とも……
思いかけて、ふと俺は気付いた。この少女の正体、そして俺が今いるこの場所について。
「うん? 我の正体? はぁ……おかしいのぅ、確かに我の知識も分け与えてあるハズなんじゃが」
いかにもやれやれと言わんばかりのポーズをしながら、呆れた声で言う少女。改めて少女を見つめる。
露出の多いレオタードみたいな服、厳めしい肩当てに大仰なマント、細くて綺麗な腕と脚に不釣り合いなゴツい手甲とレガース。
本人が見目麗しい美少女であるミスマッチさを除けばその姿はまるで……
「まぁ、よい。我は魔王じゃ。我が名はボーラ・スス、由緒ある魔王の家系に連なる新たなる魔王である」
……マジかよ。確かに、ゲームやらアニメやらで出てくるのはこんな感じの姿をした魔族。だからもしかして、とは思ったが。
それにしても、まさかこんな少女が魔王だなんて……
「不服そうじゃの。まぁ、確かに世界征服はこれから始めるところではあるのじゃが……」
そしてこのしゃべり方。何となく無理してる感は否めないがゴフゥッ!
無言で放たれたヒールスタンプの一撃に呻く俺。これって完全にパワハラだろう……
「パワ……なんじゃ?」
あぁ、いや。気にしないでくれ。俺の世界での概念だから……って、俺の世界?
そうだ。なんか普通に別の世界って思ってたけど、ここはいったいどこなんだ? 頭をかすめた疑問は、しかしすぐに解答が与えられる。
「ここはルーレラパと呼ばれる、人間たちの世界じゃ。そんなことまで説明せねばわからぬとは……やはり、城作りはまたしても失敗したようじゃのぅ」
あっさりと俺の疑問に答えた後、額に手を当てて俯いて少女はため息を吐く。それで俺は、この状況をようやく理解した。
俺はどうやら、異世界に転生したらしい。俺が好きなラノベのように。
「転生、とな? どういう事じゃ?」
もちろんまだ完全にこんな夢か妄想みたいな事を信じられはしないが……しかし、実際に俺は城になってて、そして今まで生きてきたのとは別の世界にいる。
これはまさに、いわゆる異世界転生って状況以外には考えようがないだろう。
……まさか城に転生するなんてのは、さすがに聴いた事もないが。
「うーむ、よくわからんが……お主、別の世界にいたのか?」
あぁ、うん。まぁ、そういうことになる……と思う。で、君が魔王って事なら俺はイデェッ!
「とりあえずお主、我に対する態度や言葉遣いがなっておらぬな。我は魔王で、魔王城たるそなたの主であるぞ?」
……えぇっと、あ、はい。以後、気を付けます魔王様。
「うむ。よきにはからえ」
暴力に続く高圧的な命令にあっさりと順応する俺に、少女……魔王様は満足げに胸を反らし鼻を鳴らしながら頷いた。この反応は、なんだか可愛いと思ってしまうが。
「不敬であるが、まぁ許そう」
……誉められるのは好きなようだ。で、俺は魔王城であると……それにしてもいったい、どうしてこんな事になってんだ!?
「うーむ、なんでかのぅ……? 異世界人の魂が城に宿るなど、我も聞いたことはないが」
異世界人……あぁ、そうか。魔王様から見りゃ、俺は確かにそうなるな。って、魂!?
再び自分の置かれた状況に気付く。そうか、俺はあの時。コンビニのバイト帰りに車に跳ねられて、それで……
「なんじゃ今度は、急に暗くなりおって?」
いや、色々と状況を整理してたら自分が死んで、そしてこの……ルーレラパでしたっけ? この世界に来たんだな、って気付いたもので。
「ふむ。不思議な話もあるものじゃの……それにしても、その転生してきた魂が、我の造りし城に宿るとはのぅ」
不思議って言うか、そもそも城に人の魂なんて宿ること自体があり得ないよう、な……って待てよ?
そういえば魔王様、確か最初から俺に話し掛けてませんでしたか?
「ん? そうだが、それがどうしたのじゃ?」
どうした、って……いや、普通は城に話し掛けたりしないと思うんですが。それともこの世界の城って、俺みたいに喋るものなんですか?
話ながら、と言うか頭の中に言葉を浮かべながらというのが正しいのか、これは。とりあえず魔王様に問い掛けながら、いつの間にやら口調まで上司に対するそれへと変化している自分に気付き、そんな己に感心するやら情けないやら複雑な思いに駈られてしまう。
「人間どもの城であれば、喋ったりなどせぬであろうな。しかしお主は魔王城だからの」
魔王城って喋るものなんですか。それは俺も想像したことなかったな。で、その魔王城にはこうやって人間の魂を宿すんですか?
「いや、お主のようなのは普通はないのぅ。他の魔王ならば、そんなやり方をしておる者もおるのかもしれぬが
……」
ちょっと待った。……“他の魔王”って?
言葉を遮り訊ねた俺に魔王様は、二度三度と目をパチクリさせて。
「他の魔王は他の魔王じゃぞ? なんじゃお主、そんな事も知らぬのか?」
そりゃ知らないでしょ……あぁ、でも。言われてみれば魔王が複数いるようなRPGとかアニメやらラノベも、無くはないか。
「あーるぴー……? お主の知識には理解出来ない単語がよく出てくるのぅ。我が与えた知識はさっぱり出てこないと言うのに」
そんな事を言われましても、俺にだって何がなにやら。まぁ、普通は人の魂を宿すことが無いのはわかりましたが。
それなら普通の魔王城はどんな風になってるんですか?
「そうじゃな。普通であれば適度に受け答えの出来て、ちゃんと主に従う意識を魔力で生み出して城に定着させるのぅ。今回もそうしたつもりだったのじゃが……」
出来上がってみたら俺の意識が宿っていた、と。何が原因でこんなことになったんだ、いったい……?
「それは我が知りたいところじゃがのぅ……ようやく意識らしいものが感じ取れたと思ったらなかなか呼び掛けには答えぬし、答えたと思ったらよりにもよって異世界人の魂などが宿っていた、なぞと」
うーむ、とりあえずそれに関しては魔王様にもわからないか。考えてもわかりそうにもないし、どうしたものか。
「ところでお主」
はい? なんですか、魔王様。
「我としてはいつまでも立っているのも疲れるので、玉座に腰を降ろしたいのじゃがな」
はぁ、玉座にですか。そうしてくださって構いませんよ。
「……はぁ」
俺の返事に呆れたようにため息を吐く魔王様。別に椅子に座るのくらい、俺に確認しないで好きにすればいいと思うんだが……
「どうやらわかっておらぬようじゃの。お主の意識、それが今は玉座にあるのじゃ。そこにおられては我は座れぬ」
……は? 俺の意識、って?
言われて意味がわからぬままに自分の身体を見回してみれば、確かに俺はいま玉座になっているようだった。
なるほど。いやでも、別に座ればいいんじゃ……
「お主、顔の上に尻を乗せられる趣味でもあるのか?」
顔の上に……あっ!
「はぁ……言われんと気付かんとは。いよいよもって、これは大失敗だったかもしれんのぅ……はぁ」
そこまでため息を連発しなくても。確かにそんな趣味はないが、しかし魔王様のお尻なら……ンゴォッ!
「……破廉恥なことを考えるでないっ! まったく、主に対する態度はまだまだのようじゃな」
一際強く踏みつけられ、俺は悶絶する。踏みつけた魔王様も、うっすらと顔を赤くしているように見えるが……いわゆる恥じらい、ってやつか。
それはさておき、意識をどうのこうのって言われてもどうすればいいのか。
「そんなこともわからんのか? ……しようのない城じゃの、とりあえず人間だった時のように動いてみよ」
えっと、こうかな? 思って前に進むようにしてみると、視界がグンッと動き一気に床の上まで視線が落ちる。うおっ!?
「簡単であろう?」
なるほど、こんな風になる訳か。なんか普通に動くのと変わらないけど、ちょっと変な感じだな。
奇妙な感動をしながら視線を上に向けると……ゲブッ!
「……どこを見ておる」
視界に振り下ろされる、鋭く尖ったヒールに俺は沈黙した。俺の意識があったのは、ちょうど魔王様の足元。そこから視線を上に向ければ見えるのは……と言うことで踏み潰されたらしい。
「魔王を破廉恥な眼で見ようなどと、不敬にもほどがあるじゃろうが」
赤らめたほっぺを膨らませた怒り顔で、つかつかと歩き魔王様は玉座に腰を降ろした。そういう部分については、普通の人間の女の子の反応と変わらないんだな……
痛みに全身を苛まれながらも、そんな発見に俺は驚いていた。
「ふん。我が城が破廉恥となると、気が抜けなくて困るの。これは早急に調教した方が良さそうじゃな」
肘かけに腕を乗せ、そこに顎を乗せたいかにも魔王らしいポーズをしながら、冷淡な口調で魔王様が言う。
ふんっ、と鼻を鳴らしながら右足を上げそのまま左足の上へと乗せて足を組む。
その一瞬の仕草にドキッとした途端に、再び激痛が襲ってきた。もちろん、破廉恥な反応への戒めのヒールスタンプによって。
「まぁ、よい。先行きは不安ではあるが……なにはともあれ、これから我が居城としてよろしく頼むぞ」
唇の端を吊り上げた不敵な笑みを浮かべながら、魔王様が俺にそう告げる。なんでこうなったのか、その思いはもちろんまだまだ残ってはいるものの……
しかし俺は死んで、そしてここに来たのだけは間違いのない事実だ。それに、元の世界では冴えない人生を、ただ過ごすばかりの日々しかなかった。
もちろん、好きなことや楽しいことも無かった訳ではないが……今、こうして自分の置かれた状況は、俺が憧れた状況とも言える。だったら返事に迷う必要なんて、どこにもない。
こちらこそ! よろしくお願いします、魔王様!