008:鋼の巨人
ドクンッ。
SLSシステムというのはつまり、機械と搭乗主をリンクさせるシステムだ。
擬似的に操縦者の感覚とHMの感覚を繋げる、というもの。
そして、俺は魔導師のタマゴ。精霊術と内界系を在る程度扱うことが出来る。
その中でも精霊術というのは、精霊と交感するという魔術だ。
つまりは、精霊と糸を通してリンクする魔術。
交感魔術――もしくは、同調魔術と呼ばれる代物。
特に俺はHMに乗ることを趣味としていた為、この魔術は特に錬度が高い。
ならば、この巨人にもその錬度が適用されるのは道理。
ギョロン。
モロにかち合ったアンノウンとの視線は、しかし次の瞬間相手の猛烈な突進によって断ち切られた。
ズンッ!!
『うわあああああっ!!??』『『キャアアアアアアアッ!!??』』
内線から伝わる悲鳴。
そろそろマイクを切りたくなってきたぞ…。
正面から衝撃を受けて、機体が大きく揺さぶられる。
成程、この大和も巨大なHMだが、このアンノウンも中々にでかい。
高さはそれほどでもないが、全長は大和よりも大きいのではないだろうか。
背後に下敷きにした小山に手を当てて、機体をもう一度立て直す。
正面で此方を図る様に睨みつけてくるアンノウン。
『ちょっとっ!! 大丈夫なのっ!!』
「損害はたいした事ない。……が、残念ながらこの機体には武装が一切積まれていないし、アレを倒せとか言われたら無理だぞ?」
『ちょっとっ!!』
「大丈夫だ。此処はLOGだぞ? 少し粘ればそのうち助けが来る。それまで俺達が倒されなければ良いんだ」
実際、この場を一人で乗り切る自信は無い。
初めて乗ったHMという事に加え、三人操縦、補佐無し、半端無い魔力消費、そもそも機体が傷んでいる、と悪条件がこれでもかというぐらいに重なっている。
せめて、EHMの5番か6番なら……。
「チィッ!!」
言っている暇に、再び突進してくるアンノウン。
ダメージは小さいが、そもそもの状態が悪い。
大和の腰を落として、踏ん張る体制で正面から受け止める。
ズン、という衝撃。
「う、あっ………」
出力を上げる事に伴う魔力燃焼。
急激に増す燃焼量に、思わずそんな悲鳴を上げてしまって。
けれども、これでは駄目だ。
正面からの押し合いでは、色々制限の在る此方には勝ち目なんて無い。
右半身を下がらせ、受け流すようにしてアンノウンの進行方向から退避する。
『おい、大丈夫か!?』
「陽輔……何がだよ」
『お前、魔力の燃焼量が半端無いって!! こんなの無茶苦茶だっ!!』
――ああ、そうか。
陽輔たちがいるのは出力制御用のコックピット。なら、そういう事も管制できるのか。
「そうは言ってもな。これの燃費は半端じゃないし、お前ら経験無いだろ? ショック死なんてされちゃ適わんよ」
言って、通信を切る。
本当はこういう事はするべきではない。戦闘中の味方との情報交換こそ大切な事はない。
……が、現在連中に出来る事なんていうのは限られている。
なら、大和の……三人のパイロットの一人としてではなく、魔導師として戦い、集中力を高めたほうが効率的だろう。
ま、いざとなればコレを外す、という選択肢もあるわけなのだが。
魔力を叩き込んで、出力を底上げした拳の一撃をアンノウンへと叩き込む。
酷い衝突音が響いて、大和のこぶしがアンノウンにめり込んだ。
「……ち、あんまり効いてないなぁ…」
あの巨大な拳を叩き込んだと言うのに、アンノウンは見たところぴんぴんしている。本当、化物だ。
けれども、空間を稼ぐ事は出来ている。
ダメージを与えられる前に、此方から少しでもダメージを与えなければ。
端末に指を走らせる。古いデータライブラリからデータを取捨選択し抜き出す。戦闘行動マクロ。ソレをのせて意志を送る。
左足を軸とした右回し蹴り。
鞭のように撓る、巨大な鋼のその一撃は、十分どころではすまない凄まじい衝撃を持ってアンノウンを海へと叩き飛ばした。
「――よし。重量をかけるようにしなきゃならないのか……」
本来、大和の一撃は山をも叩き砕くほどのものだ。
が、それはパイロットが全員そろい、状況も完璧な状況での話。
現状では、精々山を蹴り崩す程度が限界だろう。余りにも情けない。
しかし大和の重量はそもそも変化しないし、その弩級の重量をうまく使えれば、十分な威力となるはずだ。
システムに登録されている行動パターンから使えそうなものを選び抜き、其々に少しの修正を加えてショートカットに登録する。
せめてOSが少しでもアップグレードされていれば楽だったのだが……。やはり、既に放棄されていた機体。動いただけでも儲け物、という事で納得しておくべきなのだろう。
「機体は重いし、空中系は無理だな」
ただでさえ魔力不足なのだ。こんな状態で空中機動系の行動をすれば、魔導補助を行使できずに自重で自壊してしまいかねない。
要するに、機体を補助的に支える魔術がうまく動かず、その結果自重で潰れかねないのだ。
「ヴィイイイイイイイイイイイ!!!!!」
放たれる魔力砲撃を半歩引いて回避。機体へ更に魔力を叩き込んで、全体的な魔術防御を底上げをする。
光の柱は大和のすぐ脇を
「……ぐ、滅茶苦茶キツイぞ、これ――」
せめて、魔力の分配をもう少し工夫できれば楽なのだろうが……。なにせ、この機体は操作系が三分割されている上、ただでさえ要求魔力を満たしきれて居ないギリギリの状態での低空飛行のような運転。そんな余裕は何処にもない。
精一杯の速度で走り寄り、右手のフックを振り下ろす。
少しでも隙を与えて大技を当てられるより、細かく隙無く攻撃して、増援が来るまでの時間を稼がなければいけない。
正直な所、現状は芳しくない。というか、殆ど最悪に近い。
小さく細かく、という事はつまり、魔力の消費も小刻みに結構な速度で消費していく、という事。
いくら俺の魔力が桁外れでも、やがて限界は来るだろう。
出来る事といえば、LOGの増援が一刻も早く救援に来てくれる事を願うだけだった。