004:聖骸
そうして、二人の仲を盛り上げる事を決意(?)して、進路は徐々に海の方向へ。
「大きな建物ですね」
「ヒュームス・マキナ展示会館……だっけ。歴代のHMが展示されてるんだったか」
正面に見える大きなドーム上の建物。
大量のHMを展示した、在る意味でLOGの名所と言うものだ。
HM……ヒュームスマキナの開発は、23世紀の頭から始まったといわれる。
人類の暴挙による生態系の狂い。それを修正すべく人類が新たに手を伸ばしたのが、魔導という時間に掻き消されかけていた古の御業だった。
宇宙資源開発などとあわせて生態系への負担を減らし、徐々に再生しだした地球。
だというのに、次いで現れたのはわけの解らない異形の怪物達であった。
何処から現れるのかも解らない『UNKNOWN』達は、総じて巨大な体躯を持ち、当時の人間には荷の重い難敵であった。
そこで開発されたのが、今で言うEHM。エクストラ・ヒュームス・マキナ。
多足作業機械車両をベースに、二足歩行をして戦う為に設計された人型兵器。
魔導理論と機械技術の合作は、その力をもってしてなんとか未知の脅威への対抗手段とすることが出来たのだった。
「……っていうのが、HMの基本的な史実だな」
「HMっていうか、世界の史実よね、ソレ」
隣に立つ真弓が冷静に俺の説明にケチを付けてくれた。
「今の人類と、魔導とHMは密接な関係に成り立っている…と纏めてみたり」
「適当ねー。でも、よくそんな事知ってるのね」
まぁな、と応えつつ。
思い起こすのは俺の人生。HMの開発者でマニアである父は、幼い俺にHMに関する知識をこれでもかと喋り捲っていた。
大抵は忘れたが、おかげでヒュームに関する基本的な事項なら大分詳しくなってしまっていたのだった。
「おぉ、八橋重工の連山だ! 作業用で油圧式筋肉なんだけど、その割機動力とか高くて、これもまた隠れた名機なんだよなぁ……」
「うわ、マニアだ…」
ちょっと傷付く。いいさ、HMが好きなのは事実だし。
「ふんっ。……しかし、此処は凄いな」
「凄いって、……確かに、これだけの数のHMを展示してるのは凄いと思うけど…」
「いや、数じゃなくて質というか……。ほらコレ、EHM−01A1なんだけど、解るか?」
言って、ケースの中に鎮座する巨大なHMを指差す。
「……普通のHMに比べたら少し大きいわね」
「アンノウンとの戦争初期に開発された初代HMの改修型だ。正直、本当ならタダで見られるような代物じゃないぞ?」
それこそ博物館とかに渡せばコレ一つで名物扱いに成るほどの代物だ。
HMのルーツ。それは最近の人類の歴史そのものでも在るのだから。
「俺は今、さり気無く感動している。すげぇ…」
見た所保存状態もよく、多分今でも起動できるのではないだろうか。
……うぅ、乗ってみたい。
「あーもうっ!! ほら、アンタがボーっとしてるから千穂と陽輔くん行っちゃったじゃないっ!! ほら、行くわよっ!!」
「……、そうだな。また拝む機会は在るだろうし…今日は先に進もうか」
「言ってるでしょうがっ!! ほら、早くしなさいっ!!」
……何で俺は初対面の女子にこんなに怒鳴られているのだろうか、と。
不意にそんなことを考えつつ。
視線を左右のケージに泳がせつつ、先を行く二人の背中を追って進む。
……うわ、リグルスカンパニーの初期量産機まであるのか。
この国がアンノウンにHMで対抗したのに対して、大国達は初期、アンノウンに対して航空戦力を持ってして挑んでいた。
が、後にHMの有効性が証明され、大国はその国力を生かしたHMの大量生産を開始して。
……まぁ、お約束として性能はかなり今一という物なのだが。
その仲でも初期生産されたこの機体は、生産直後に欠陥が見つかってあっと言う間に市場から消え去った在る意味幻の機体なのだ。
うっわぁ、本気でもう少し拝んでいきたい。
「だから、前を見て歩きなさいってっ!!」
「あだっ!? け、蹴る事は無いだろうがっ!!」
軽く尻に回し蹴りを入れられ、尻をさすりながら改めて視線を前に戻す。
……未練は後回し。どうせこの学校に入ったんだ。何時でも拝む事は出来るだろう。
そうして、漸く二人に追いついた時には既にHM展示会館を抜けてしまっていた。
「あーあ」
ちょっと残念に感じつつ、しかし横から感じる怒気が恐いので改めて周囲へと視線を飛ばし、件のお二人の姿を探してみる。
そうして、見つけた二人は海岸近くのカフェに座っていて。
しかし其処に見えたのは、何時の間にかさっきよりも親密度の上がっている二人の姿で。
「…………あら?」
「俺達が干渉しなくても、勝手に仲良くなってるな」
二人の間にあった距離が、少しだけ短くなっている。
喋り方も気軽くなっているし……ははぁ、やるな陽輔。
「えー!」
「要するに、余計なお世話だったと。やれやれだ」
苦笑して肩を竦める。
まぁ、あいつらの仲は勝手に進展してるみたいだし、それじゃ俺はもう一度博物館に……
「……あれ? アンタ如何かしたの?」
「……………………」
空いた口が塞がらない、と言う気分を、その時初めて感じていた。
海岸沿い、博物館の横に在る小さな広場。
そこに、それはモニュメントとして。物言わぬ像として鎮座していた。
巨大な、HM。身をかがめた状態で、既に普通のHMよりも大きい。ならば、アレが直立した暁には一体どれほどの大きさになるのか。
「………ちょっと、巧くん?」
けれど、アレはフェイクではない。中身の在る、れっきとしたHMだ。
多少表面が劣化してはいるが、しかしこびりついた魔力の残滓が、アレはその昔起動していたHMなのだと、雄弁に語る。
…記憶に在る。たしか、…そう。EHMの機体だったはずだ。
EHMは国が人型兵器として完成させたHMだけに与えられる形式番号。
そして、EHM史上最大の機体といえば……
「……大和…」
EHM−04.古の超弩級戦艦の名を冠したその期待は、その名に恥じぬ巨体を持ち、HMの平均全長16メートルに対して、40メートル後半という巨体を持つという桁外れの機体だ。
アンノウンとの戦争激戦期に製造された機体で、数機が生産された最凶の機体。
機体操縦、出力制御、情報管制の三つのコックピットがあり、さらに大量の魔力を必要とするため乗り手を選ぶ機体であったといわれている。
「ちょっと、大丈夫?」
「いや、駄目かもしれない」
「はぁ?」
問いかけてきた真弓。応えたら、呆れたような声を返された。
「大和なんて見れたんだ。正直、駄目だ」
「大和って……HMの?」
頷いて、そこに鎮座する巨大な像を指差す。
「アレはフェイクでしょ?」
「偽装されてるけど、本物だ。魔力残滓もあるし…」
「う、嘘っ!?」
言うと、真弓は目を凝らして大和へと視線を凝らし始めた。
「ほ、本当だ……」
霊的なラインを目視して、漸く俺の言った事が事実だと理解できたのだろう。
真弓は呆然と、伝説の機兵へと視線を飛ばして。
……そうか、機構学科だもんな。大和の存在を知っているのは当然か。
結局、その後暫くは鎮座する大和を色々な方向から眺めているのだった。