124:Sky Fish
「くっ!!」
ふと時刻表示を目視すれば、未だにこのデカブツとの戦闘開始から十数分しか経過していなかった。
その事実が、途轍もなく現実離れして感じるのは、俺だけではないはずだ。
「くそ、無茶振りにも程があるぞ……」
『泣き言言ってないで!! ほら、来るわよ!!』
「ぬ、おおおっ!!!」
パネルに指を走らせる。
奏でる魔術はエネルギー系/追尾式/×120。
「ぐうううううっ!!」
S3機関で幾ら魔力が増幅されているとはいえ、元の消費量が桁違い。
その上、この術式はあくまであの要撃爆撃級の攻撃を迎撃する為だけに使っている。それでも向こう側の迎撃しきれない攻撃は、直接この機体を駆って回避しているのだ。
洒落にならない魔力消費。けれども、魔力に関してこんな好条件で泣き言をほざけば、今度こそどんな眼に合わされるか本気で判らない。
「真弓、またくるぞ!!」
『判ってるけど、そろそろコッチも残弾が少ないのよっ!!』
機体上部にくっついて敵の攻撃を迎撃している真弓に叫ぶ。
が、そもそもが物資を大分消耗した後の話だったのだ。いざ補給に戻ろうというところでこのデカブツが出て来た所為で、実弾を主装備としている真弓の疾風では、そろそろ限界というのも仕方のないことか。
「く、せめて三十秒でも時間があれば……」
『無理よ!! もし私達が後退すればアレの注意が陸に向かうわよ。そうなればまたあのビームが。今度こそ基地が壊滅するわよ!!』
「だよなぁ……くっ!!」
要撃爆撃級アンノウンの身体中にある不気味な穴。
其処から飛び出してきた更に不気味な肉の塊のような物を魔術で迎撃していく。
途端夜空に広がる炎のカーテン。
あの弩級アンノウンが飛ばす肉の塊は、一種の榴弾のようなものらしい。何等かの物質に接触した瞬間、敵もろとも盛大に爆破してくるという厄介な代物だ。
本来は地上制圧用に使っていた物なのだろうが、今回あの肉塊は、空をうろちょろする俺達を迎撃する為の数の手段として、あの榴弾を四方八方に向けて散布しまくっていた。
当然場所は陸地ではなく、基地沿岸の海上だ。
おかげで基地からの援護射撃が届かず、此方が集中攻撃を受けてしまっているのだけれども。
デカブツを中心に、円を描くように移動する。
決して真正面で補足されないように。もしされてしまえば、再びあのビーム砲を喰らう羽目になる。それだけは、なんとしても避けるべき事態なのだから。
ガンッ!!
「ぐっ、なんだ!?」
『不味い。今被弾してたわよこの機体!!』
「なにぃ!?」
慌ててシステムチェックをかける。……最悪。
どうやら機体の近くで爆発を受けたらしい。画面には機体に接続された追加武装がエラーを起していると表示されていた。
「武装が……死んでるぞ、これ」
『ええええっ!? ど、如何するのよ!?」
「く、間に合わせの武装じゃこんなものか……」
『言ってる場合じゃないでしょ!!!』
まぁ、確かに愚痴っている場合ではない。
機体各部に設置された、動作不可能な武装を全てパージする。
残り動くのは……レールガンとチャフだけか……。
それも、レールガンは残弾が半分程度。これは弾丸を節約していたとかではなくて、単純に連射が効かない武装だと言うだけの話。
チャフに関しては……もう、幻惑系の魔術と併用すれば何とか使えるかな、と言う程度のもので、武装に関しては使えまい。
「ぐあああっ!! せめて時間が稼げれば、アレで吹き飛ばしてやるのにっ!!」
『増援を要請するにも、まだ態勢を立て直せてないんじゃない?』
「だろうしな」
指向性空間歪曲力場砲。
嘗て、数日前、あの大型アンノウンを消し飛ばした、俺の必殺の魔術。
あれを撃つ事ができれば、こんなでかいだけの肉の塊如き、確実に消し飛ばす自身はある。なにせ、幾ら衝撃を吸収拡散されようとも、そもそも空間ごと押しつぶす魔術なのだ。少々の拡散が如何とか、そういうレベルの攻撃ではない。
けれども、アレを撃つには溜め時間が、如何しても要るのだ。
時間にして一分。無理をしても30秒。
けれども、この敵を前にしてそれだけの時間無防備に為るというのは、余りにも無謀。
俺は愚者では有っても蛮勇は持たない人間だ。そんな恐ろしいマネは、如何しても出来ない。
此処は現状を維持し、基地からの増援が到着するのを待つ、というのが最良の選択肢だと思うのだが……。
「そこまで、持つと思うか?」
『無理ね。そしてコッチは予備弾倉が残り2つ。二丁拳銃やってるから、もうこれが最後よ』
「最悪の状況だなおい」
長門の上から、セミオートで榴弾を迎撃していた真弓だが、それももう物理的に限界が近い。
というか、幾らうちのライフルの精度がいいからって、フルオートならまだしも、セミオートで迎撃こなすとか、真弓って結構化物くさい。口には出さんが。
「……どうする?」
『如何するって、何がよ』
「撤退するか?」
『無理でしょ』
ですよねー、なんて返して、けれどもここからアレをどうにかする手段を如何しても思いつけない。
現場の戦力は、既に武装の大半を失った長門と疾風。
どちらかを囮にするというのは無理だ。長門だけでは火力が足りず、疾風だけでは機動力が足りない。
「くそ、せめてあと一機、囮になれるような機体があれば……」
『――するともしかして、丁度良いタイミングだったのかもしれませんね』
不意に響いた無線に続き、契機が新たな機体の接近を警告してきた。
モニターに情報を映せば、其処に空を飛ぶ疾風が一機。いや、正確には疾風が飛んでいるわけではなく、その足元になにか空飛ぶ機体が。あれは……陸奥? まさか出力強化改修型か?
「ん――その声は……」
『理奈ちゃん!?』
理奈ちゃんって誰だ。なんて考えて、それが稲見中尉の名前であったのを思い出せたのは……本当、偶然だとおもう。
『って、その声は真弓ちゃん!? 何故一般人の貴女が戦場に!?』
「あーっと、細かいのは後回しで、っ」
榴弾を回避し、そのまま攻勢術式を叩き込もうとするが、榴弾の爆炎に呑まれて今一奥まで届かない。
もどかしさを感じつつ、少しだけ思考領域に余裕を作って。
「稲見中尉、囮をお願いできませんか!! 一発でかいのを撃ち込みますんで」
『それでコイツを倒せるんですね?』
「仕留めて見せます」
『なら、任されましょう』
その返答を聞き届けて、一気に機体を後退させる。
入れ替わりに、相手の注意をひきつけるべく、稲見中尉のHMが前へと割り込んだ。
――ん? あのデザイン、どこかで……?
一瞬見えた稲見中尉の機体のマーキングに少し機を取られて、慌てて操縦に集中しなおす。
『ちょっと巧ッ!?』
「お前は降りるなよ? その機体の機動力じゃ、あっという間に蜂の巣にされるのは眼に見えてるんだからな?」
『ぐぅ……』
まさにぐうの音。
そんな真弓を乗せたまま、機体を一度陸地まで戻す。
遠目には、要撃爆撃級の砲撃をくぐり、見事な腕前で榴弾を回避している疾風の姿が。
「真弓。お前は補給物資を探して来い」
『で、でも……』
「おれが魔術演算してる間に、もしもの時に備えて来いって言ってる!! ……大丈夫だ、稲見中尉は強い。俺が魔術を組んでる間くらい、十分持たせられる人だ」
少しきつめに言って聞かせると、真弓の疾風は渋々といった様子で、長門の上部から飛び降りると、沿岸を気にしながらも、基地の方向へ向かって歩みを開始した。
「――さて」
真弓にはあんな事を言って見せはした物の、正直三十秒持つかどうか。
やはり、榴弾の空中迎撃と言うのは高難易度技術だ。稲見中尉は両腕のライフルで弾丸をばら撒いて、それでやっと何発かを迎撃できている、と言う有様だ。それも、至近距離での迎撃は十分ダメージになる。
対して此方の攻撃は、件の防御フィールドで軽減され、殆ど効果を成さないのだ。
そして、問題はもう一つ。
「……」
術式を展開する。
術式の名前は指向性空間歪曲力場砲。嘗て大型アンノウンを一撃の下に消し飛ばした、己の必殺の術式。
空間を歪曲させ、その歪みを一方向に集中開放させる、空間攻撃。
本来はHM用でもなんでもなくて、ただもしもの時に自分で使う為の、人のサイズの、その程度の魔力消費を考えて作った術式。
けれどもこれの有用性は、全開のアンノウン戦で証明されている。
これは、十分実戦に対応できていると。
嘗ては、40数メートルという超大型HM用に組みなおしたそれ。
けれども今回は、組みなおす前の、より大元に近いほうの術式を、HMサイズに拡大して使う。
……なにせ、長門はAM。飛行機械なのだ。大和ほどの重量もなければ、そもそもHMのように地面に両足をつけて踏ん張る事もできない。
大和のサイズでは、威力が大きすぎる。だからといって、16メートル級のならば耐えられるかと言うとそうでもない。それでも十分、これの威力は大きいのだ。
最悪の場合、発射後の反動で機体が空中分解するかもしれない。
くそ、割りに合わない。
「――だからって、見捨てられないんだよなぁ」
何せ俺は小市民。目の前で困っている人がいて、ソレを救う事ができるかもしれない手段をもっていて、使わないという選択肢を選ぶ勇気がない。
――俺は、臆病なのだ。
具現化する巨大な砲は、まるで初めからそう有るべきであるかのように、長門の下部に合致する。
砲身の先で輝くのは、収束する魔力の光。
「魔力チャージ50%。――ええい、S3機関全開、注入加速っ!!」
ヒィィィィィィ、と響く機関音。
膨れ上がる魔力は、行き過ぎれば自分でも制御しきれなくなる可能性がある。
それでも、今は急ぐべきなのだと、全力で魔力を術式に流し込む。
目の前が暗くなっても、どうせ視覚なんて使っていないと此方から接続を切る。
肉体が正常な動作を行えていないと心臓に激痛が走るが、これさえ済めば病院にでもなんでも入院してやると、肉体の感覚をシャットアウトする。
全ての神経を、術式演算と魔力制御に。
……掛かった時間は、丁度30秒。嘘をつかずに済んだのは、本当にラッキーだ。
「――――、――。……稲見中尉。退避を」
『出来たの!?』
「ええ。5秒後に。一直線上から退避してください」
肉体制御を手放していたのを忘れていたまま声を出そうとして失敗した。
改めて言葉を放ち、稲見中尉に警告して。
4.
「さて、ようやくこれで決着か」
3.
それだけ声に出して、再び肉体の制御を手放す。
やはり無理に魔力を充填した所為だろう。術式がかなり荒れている。
いわば蛇口を全開にした所為で、コップの水が暴れているような状態だ。
ソレを制御する為には、肉体を操っている余力など無かった。
2.
稲見中尉の機体が、こちらに向かって急速に加速してくる。
そう、此方に逃げるのが正解。
それを追うアンノウンが、軸線上に乗ったのを見て、ほくそ笑む。
1.
此方に気付いたアンノウンが、その数多の瞳を此方に向けて凝視する。
その身体を走る紫電はビーム攻撃の前触れか。
けれども、もう遅い。
――0.
「――――!!」
声にならない声と共に、砲が発した閃光が夜空を白く染めた。
気付いたら必殺技扱い。