123:Black Stone
ダガンッ、という轟音と共にビルの一部が吹っ飛んで、確認範囲最後のアンノウンが血煙になったのを確認した。
これで、当面の仕事は終了だ。
「んじゃ、そろそろ帰るか?」
『いいの? 軍はまだ戦闘継続中みたいなんだけど』
「いいのいいの。契約分程度は働いたし。というか、真弓に限っては別口で報酬が出てもいい程度には働いたし」
本当、ボランティアでアンノウンの撃破数2桁とか。
いくら小型種相手とはいえ、学生の技能ではない。
「それに、俺の直感に悪い予感がビンビンきてる」
『悪い予感って……?』
「詳しくは。でも、こういう予感って外れる事少ないし」
そう、つい最近にもこんな感覚を感じた事はある。
具体的に言うと――そう、数日前。LoGで。
『でも、残りのアンノウンは……』
「むこうはプロでコッチは素人。任せるべきがどちらかなんて、そんなの明白だろう?」
『ん……まぁ、そうよね。どっちにしろ、残弾もそろそろ厳しくなってきた頃合だし』
この近辺で暴れだして、かれこれ二時間ほどが経過した。
この駐屯地、地上と地下に基地施設が存在している物の、その中心となっているのはその大半が地下に埋まっている。
地上に出ている施設と言うのは、言ってしまえばおまけでしかない。
そんな地上施設だが、無ければ無いで、作業の時間が大幅に遅れたりと問題が出る。そういう理由で地上にも施設が建造されているのだが。
今回はソレが災いしてアンノウンの駆逐が遅れていた。
アンノウンの小型種が基地施設に入り込んでしまっていた所為で、アンノウンを直接攻撃することが出来なかったのだ。
基地自体は使い捨てればいいものを(まぁ、税金で再建されるのだから良くは無いのだろうが)、現在のHMの装備は基本的に、硬い装甲を持ったアンノウンを撃破するために貫通重視の弾丸を選択している。
物陰に潜んだアンノウンを探知するには、HMの大雑把なセンサーでは不十分だし、ならばとじゅうたん爆撃ならぬ無闇矢鱈な攻撃では、基地自体を崩壊させる事は出来なかった。
なにせ軍の基地だ。そもそも多少の攻撃では壊せない上、壊せたとしても装備しているのが貫通系武装であった所為で屋根をぶち抜いただけ、で終わってしまうのだ。
そこに、俺達が参上した。
開発途上のはずのレールガンを実装し、アンノウン相手に運用が難しいと言われるミサイルを山盛り積んだ長門に、これでもかと言う程の弾薬と装甲に身を包んだ疾風。この二機の火力は、従来のHMのそれを大幅に圧倒した。
もう、痛快としか言い様の無い破壊力。
硬い施設をこれでもかとミサイルで爆散させ、むき出しになったところを全身の機銃で貼り付け、最後にジワジワ狙いをつけて超電磁砲を叩き込む。
さらに長門の上から真弓の疾風がショルダーキャノンやらスプレーミサイルを連射し、その上両手から連射力を高めたライフルを、その持ち前の狙撃精度で狙い撃つのだ。
それこそ、戦艦の主砲が雨霰と降り注いでいるような物だ。
いや、戦艦のほうがまだマシだったかもしれないだろう。なにせ長門は、そのサイズには身に余る馬鹿出力の主機を積んでいる。だからこそ、飛行系メカの癖に重武装が可能なのだが……。
その長門に、さらに追加でコンテナが積まれていたのだ。
中身は、俺の長門と真弓の疾風が使うであろう、武装の弾薬が山盛り。
自動で装填されるその弾丸に、弾幕が途切れる瞬間なんて有ろう筈も無く。
何処の戦場だ、とでも言うほどの弾薬を消費して、気付けば付近一帯は焼け野原もいい所、被害の無い地面が見当たらない、文字通り瓦礫の原になってしまっていた。
バンッ、と音を立てて火薬コンテナをパージする。
コンテナ側の残弾はゼロ。後は、武器自体に装填されている弾薬が全てだ。
「残ってるのは……中型種が四体か。この程度なら、此処の連中に任せても問題ないだろう」
『それじゃ、撤退?』
「ああ。それじゃ――ぬ?」
言いかけて、長門の主機出力を上げようとした瞬間、違和感を感じて耳を済ませる。
『如何したの?』
「……精霊が……何か言ってる?」
脳裏に響く、かすかな声。
精霊と言うのは、基本人間に好き好んで害をなすという事は無い。
逆を言えば、精霊が何かを語りかけてくるのは、大抵人間にとって何か重要な事が起こったときなんかだ。
例えるなら、風の噂。虫の知らせ。
聞いたからといってどうなるわけでもない、という事もあるが、少なくとも聞いて損は無いのだ。
(……くる)(くるよ)(おっきいの)(くる)(くるよ)(くる)(きた)(きたー)
「――っ!? 真弓、海の方向に照明弾を」
即座に疾風が照明弾を発射する。夜間戦闘の基礎装備ではあるものの、此処はそもそも軍事基地ということもあり、備え付けの照明で事足りていたのだけれども。
『……っ、なに、あれ……』
真弓の恐々としてかすれた声が、通信機越しにかすかに聞こえてきた。
「――うそだろ」
そして、思わず絶句する。
そこには、一体の巨大なアンノウンの姿があった。
一体何時の間に其処まで近付いたのか。レーダーに勘付かれる事なく、もう十分視界に入る程近くに、そのアンノウンの姿はあった。
そして、なにより驚愕したのは……。
『宙に、浮いてる?』
まるで、デパートの上空で風に揺れるバルーンのオバケ。
けれどもそもバルーンは肉の塊で出来ていて、身体のそこ等中にある目玉は、絶え間なく四方をギョロギョロと見回していて。
「要撃爆撃級……」
『ようげきばくげき……って、アレが!?』
思わず漏らした呟きに、真弓が大声を上げた。
それも仕方あるまい。それだけ驚いて当然の存在なのだ、アレは。
『要撃爆撃級っていったら、8年前の大戦で絶滅したって話じゃなかったの!?』
「どこかで生き残ってたか、新たに生み出された、って所じゃないのか?……それより、疾風の姿勢を低くして確りつかまってろよ」
『何、如何いう事?』
真弓の問い掛けに「いいから」とだけ答え、視線を要撃爆撃級に固定する。
周囲を彷徨う無数の瞳。それらが、一瞬の間をおいて、全て同時に此方を見つめてきた。
「――っ!!」
咄嗟に長門を真左にむけてスライドさせる。
次の瞬間、長門の真横を一直線の白い光が通り過ぎていった。
「うわっ!?」
『キャアッ!!』
その直後に襲い掛かる衝撃波に、思わず声を上げてしまう。
慌てて周囲を確認しようとするが、あまりの光量に長門のモニターがフィルターを下ろしたらしく、咄嗟に周囲の状況を視認することは出来なかった。
……視認することは。
「……………」
『ちょっと、巧、どうなってるのよ!!』
長門のその最大の特徴は、魔術演算補助加速装置であるS3機関の存在だ。
そう、これは魔術を扱う為の、機械仕掛けの巨大な杖。
だから、目に頼らずとも判るのだ。
すぐ脇。その数瞬前まで長門の存在していた場所に、縦一文字に刻まれた、巨大な溝の存在が。
『なによ、これ』
「要撃爆撃級の主砲で、……荷電粒子砲ってやつだ」
真弓のほうもモニターが回復したらしい。
問い掛けに応えてやると、ギョッとしたような表情がモニターに映し出されていた。
『……荷電粒子砲って、いわゆるビーム?』
「そう。戦術兵器除く、運用可能な中では最強兵器って呼ばれてるやつの一つだな」
『なんで怪獣がそんな物使えるのよ!?』
その疑問も最もだ。
なにせ、今の人類はビーム砲も一応使えるレベルには達している。
が、その製造には外宇宙探査衛星を基地含めて一から作るだけの額が必要で、その上実際に製造された荷電粒子砲は、全長四十メートルと馬鹿でかい上、原発二機と直結して漸く動く、なんていうとんでも兵器だった、と言う話だ。
ちなみに製造は某大国。アンノウン一体の撃破に成功したものの、後にアンノウン小型種によって食いつぶされたという話だ。
「歴史でいうなら、アンノウンが持ち出した方が早かったらしいがな、アレ」
『……なに、アンノウンって先進文明なの?』
「俺が知るわけ無いだろう」
俺の認識としては、でかい肉質な害、と言う程度。
肉なのに害“虫”とはこれ如何に、なんて突っ込みは聞き飽きたので却下。
「……さて、現実逃避はこのあたりにして」
『如何するのよ、アレ』
視線の先に見える、空飛ぶ巨大な肉の塊。
正直、契約内容は十分に果たしたと判断して、早々にこの場から撤退したいのだけれども。
『その場合、此処全滅するんじゃない?』
「基地設備、防衛機能低下の現場。HMの火力不足もあるし、基地防衛機能が動いてない所為で、対空防御力なんてほぼ皆無。地対空戦車なんて物も、あったとしても航空機用。機動力の面で即座に潰されるだろう。
第一……。
『其処の、射線に被さるな。下がれ!!』
不意に通信機に声がはいる。多分防衛軍のHM乗りか何かからの通信だろう。
即座に高度を上げつつ要撃爆撃級から距離をとる。
眼下では、小型種を掃討し終えた国防軍の疾風たちが、そのもてる限りの火力を要撃爆撃級に向かって叩き込んでいた。
空を舞う火線が、遠野駐屯地を囲うように並んだHMから、その場を包み込むように。
それはまるで突如夜空に浮かび上がった、奇妙なワイヤーフレームのドームの様にも見えて。
「……ダメだな」
『だめって、まさか、効いてないの!?』
思わず呟いた言葉に、真弓がそんな声を上げた。
一応長門の3Sを用いて、朦々と煙を立てる要撃爆撃級に探査をかけてみたが。
その結果を口にする前に、ふわりと吹いた風が、要撃爆撃級を覆う白煙を押し流し、再びその姿が衆目に晒される。
『なんで!? あれだけ集中砲火を喰らえば、大型のアンノウンだってひとたまりも無い筈よ!?』
「あれが大型種でなく、要撃爆撃級だった、と言うだけの話だよ」
『……何。何かアレが撃墜されないでいた理由があるの?』
頷く。というか、こんな事はある程度のHM乗りならば、また過去の戦争を知る人間なら、効いた事ぐらいはあるはずの知識なのだけれども。
「噂レベルの話だ。あの要撃爆撃級って呼ばれてる奴は、量子フィールドを張ってるんじゃないか、って」
『量子フィールド……って、バリアみたいな物?』
「どちらかといえば、砂のエアバックみたいな物か。透明な砂の中にアイツが埋まってる、と考えるといい。遠距離からの攻撃では、その威力は全て砂に吸収されてしまうわけだ」
『――なにそれ。そんなこと出来るの?』
「こっちは、少なくとも人類にはまだ無理だな。まだ魔術の障壁形成か空間歪曲場のほうが簡単なくらいだ」
ただ、汎用性はあちらのほうが圧倒的に上だ。
障壁形成……要するにバリアなんだが、アレは一方向からの攻撃しか防げない上に、あまり大きすぎる負荷を受けると弾け飛んでしまう。
空間歪曲場の方は使用時反撃不可能に為る上、なによりも途轍もなく魔力消費が激しい。
対してアンノウンのアレ。
バリアではなくフィールド。壁ではなく場所。
一定距離からの攻撃はほぼ無力化する上、あの馬鹿でかい肉の塊は、強力な遠距離攻撃手段を保持しているのだ。
嘗ての戦争時、人類が一度大きく後退させられた事があるのだが、その原因はアレだと言われるほど、あの要撃爆撃級というのは厄介な相手なのだ。
……仕方ないか。
「真弓。お前はここまででいい」
『は? 何言い出すのよ』
「後は俺がやっておくから、お前は帰れ。依頼はもう十二分に果たした」
言いつつ、要撃爆撃級に対して徐々に前進しつつあるHMの布陣、その後方に長門を降下させる。
此処ならば、あのデカブツの攻撃対象順位は相当低くなる筈。
アンノウンの攻撃優先順位は文字通り手当たり次第。手の当たった順に潰すんじゃないか、なんていわれるほど適当に、手当たり次第だ。少なくとも、防衛軍が全滅するまで、此処に被害がくることは無いだろう。
『なにそれ。私に逃げろっていうの?』
「端的に言うなら」
『――それ、私が頷くと思って言ってる?』
「さぁ」
内心は五分五分、といったところだと思っている。
例えばこれが純熱血である陽輔なら、間違いなく問答無用で突撃するだろう。
が、相手は真弓だ。もしかしたら、此処で引くという選択肢を選んでくれるかもしれない。彼女も勇敢では有るが、同時に理性的な女性である事も俺は知っている。
もしかしたら……。
『お断りよ』
「――まぁ、そう言うんじゃないか、とも思ってたんだけど」
『もし無理矢理置いていこうものなら、そのときは単騎で突っ込むわよ。それとも何。アンタ、アタシを見殺しにする気?』
なんという奴だ。コイツ、自分を人質にしやがった。
「……言っておくが、俺と一緒っていうのも、普通にHMで特攻するのと大差は無いからな?」
『大丈夫よ。アンタの腕はアタシが保障するから』
渋々言葉を繋ぐも、返ってきたのはそんな言葉で。
――少しだけ、嬉しく感じたりもした。
「……あー、わかったよ。このまま行くよ。その代わり、しっかり働いてくれよ?」
『当然。アタシを誰だと思ってんのよ!』
通信機から響くそんな声に、気付けば笑みを零している自分がいて。
「それじゃ、行くぞ!!」
『わきゃあっ!?』
それに気付かれないように、要撃爆撃級へ向けて、長門を一気に加速させたのだった。