121:Customize
仮眠室で少し眠り、日の出の少し前に目を覚ます。
時刻にするなら大体四時。まだまだ寒いこの季節、早朝に起きるのはあんまり好きでない。
「――――っ、ふぁ」
軽く身体に魔力を通し、身体の覚醒を促進させる。
といっても魔術的なものではなく、武術家が活を入れた程度の物なのだけれども。
さて、とりあえず格納庫か。
呟いて、仮眠室を後にする。途中でトイレと食堂によって軽食をつまみつつ、L3区画へと向かって歩みを進める。
本来、長門が置かれている格納庫はL5区画の、最深部に位置している。
しかしあそこはあくまで整備格納庫。実際に戦闘用に換装させるためには、HMの運用実験とかを実際にやっているL3区画の格納庫のほうが効率が良いのだとか。
……そう、換装。
ついにというか、漸く長門は、火器装備状態へと換装することが決まっていた。
本来、ラボ所属とはいえ、免許も無い俺が実機に火器をつんで運用すると言うのは、立派な違法行為に当たってしまう。
故に今回の誘い。基地公開のお祭りに参加する事で、乙種火器免許を取得しよう、と言う魂胆だったのだが。
今回のコレは、軍からの正式な依頼。ソレを口実に、俺の立場を利用して、『17歳の子供がAMを操縦する』と言う事実を、『ラボのテストパイロットが自前のAMに火器を搭載して出撃する』という情報で上書きしたのだとか。
嘘は言ってないが、なんというか。詭弁というか戯言というか。
そんなことを考えている内に、L3格納庫区画へと到着していた。
「――うわ」
格納庫区画に入って、先ず最初に入ることになるのはこの廊下。
格納庫の端を突き抜ける長い廊下は、格納庫の中を耐圧ガラスで仕切るだけで、その中の様子をはっきりと見通すことが出来る。
そして視線の先に見えた、赤い機体。
数時間前に見たばかりのその姿は、けれどもそのときとはまるで違った姿を見せていた。
「大分ケバくなったな……」
「そう? 格好良いと思うんだけど?」
「父さん――」
何時の間に隣に現れたのか。
白衣を着込んだ父さんが、ニッと笑いながら、ガラスの向こうの長門を眺めていた。
「おはよう巧。よく眠れたか?」
「並程度。おはようとうさん」
言いつつ、廊下脇に設置された昇降階段を使って格納庫へと移動する。
移動の最中でも目に映る長門の姿。
それまでは、何処か幾何学的な、UFOのような印象のあった長門だが、今の印象を例えるなら、まるでその姿は戦艦のようだ。
「翼を追加して、……アレはHM用のアンチマテリアルライフル?」
「ああ、翼は姿勢制御の補助。両脇アームクローとサーベル、左脇には魔力キャパシタを改造して作ったボムも」
「ボム?」
「ようは、魔力を圧縮開放する事で衝撃を放つ、ってだけ。短時間の防御壁になるんだよ」
例えば接近されたときに相手を突き放す為に使ったり、危ないけどアンノウンの高火力砲撃も相殺できるらしい。……理論的には、って後につけられると不安なんですが。
「下のは? ガトリングと、箱みたいなのが見えるけど」
「ガトリングは護衛艦のを貰ってきたやつ。HMの実験用って名目の。その横にならんでるのは、陸軍からチョッパって来たアンチマテリアルミサイル。フルメタル塗装されてる元地底攻撃用の奴で、相手に突き刺さってから爆発するやつ。当然の話だけど、ガトリングとあわせて対地攻撃にもつかえるから」
えぐい武器を。まぁ、それくらいの物でなければならない、と言うのもわかるのだけれども。
軍からチョッパるって、大丈夫なんだろうな?
「上のやつなんだけど、レールガンが二門。対物ミサイルが四門、チャフが二門と、そんな感じかな」
「……ミサイルとチャフはまだしも、レールガン? それって第二研究所が開発中のやつじゃなかったっけ?」
「実は第三研究所ではとっくに完成してたんだよね。向こうさんに華を持たせる為に黙ってたんだけど、まぁ、緊急事態だし」
言ってニヤリと笑う父さん。
内心さぞ高笑いしていることだろう。第二の連中、自意識過剰のエリートで喧嘩売ってきて鬱陶しいって前愚痴ってたし。
「んで、最後に後部増設ブースターな」
「これは……追加コンテナと同じ規格の接続?」
「そうそう。だから緊急時には本体からパージできるから。下部補助すらスターとあわせて、非魔術式の燃料出力だから、どっちも被弾したら早めにパージする事。誘爆したら長門は無事でも、その周囲の火器にまで引火してアンノウンの被害の比じゃない大惨事になりかねないから」
「りょ、了解……」
「あとは……各部に全方位半自動砲台を追加したくらいかな。こっちは情報入力で相手を自動追尾してくれる、っていう代物。対小型種用」
なるほど、と頷く。今の説明で大体理解した。
魔術系装備に頼らない、実火力系装備を装備する事での戦闘継続能力の向上。
前回と今回あわせて、漸く長門が一人で扱うには無理のある機体だというのが理解できてきた気がする。
絶対に扱えない、と言うわけではないものの、一人で扱うには手に余る代物。
こんな不安定なシステムだ。嘗て軍に採用されなかったのにも頷ける。
「……ん、何か上部に少し空間が余ってるように見えるんだけど?」
ふと気付いて問い掛ける。
長門の上部装甲、レールガンの後方に、少し、大体4平方メートル程の空間が、何故か平らなままで置かれていた。
「あぁ、あれはHMの台座だよ」
「……あぁ、真弓のやつか。そういえば、そっちの用意はもう出来てるの?」
「見るか?」
言われて、格納庫の中を移動する。
といっても只でさえ巨大な格納庫だ。徒歩で移動するのは少し時間が勿体無い。
脇に放置されていたセグ●ェイを使って移動する。……元々は小型のバギーを使っていたのだが、某研究員が“こっちのが楽”と件のブツを持ち込んで以来、ラボの広域移動の手段は殆どがアレになってしまったのだ。
閑話休題。
「……うおっ」
「疾風、重装高火力型。樋口さんは中距離火力……ガン・スイーパーって感じなんだろ? そこで思い切って此処は機動力を削って、防御力と火力に力を入れてみた」
「追加装甲と弾薬ポットに、あれは背部追加キャノン? ロングバレル・ダブルライフルに散弾榴弾と爆破榴弾、あれってミサイルも積んでる? 其処までやっちゃうと疾風の特性が完全に死んじゃうんじゃない?」
疾風の特性は、その嘗てな今での速度。
単純な機動力も従来のソレを上回っていれば、同時にパイロットの意思決定から機体の実動までのラグの短さ。ようは反応速度のよさこそが売りなのだ。
だというのに、あそこまで重くしてしまうと……。
「大丈夫。アレは元から疾風用に設計してた装備でね。装甲間の繋ぎは、疾風のソレと同じ電位式人工筋肉だから、動き事態はむしろそっちのサポートで力強くなってるくらいだよ」
「――ということは、背中の見慣れぬアレは……」
「追加発電用のタービンだね。因みに瞬発力補助の為に、各部にこっそりスラスターを増設したりして」
おかげで無重力でも活動できそうなレベルだ、なんて笑う父さん。やりすぎ。
軍の命令、って言うのを逆手にとって、やりたい放題やってるんだろう。これで請求は軍に行くんだろうから……哀れな。
「……まぁ、俺は良いんだけどさ。父さん、そろそろ時間だと思うんだけど」
「ん、もうそんな時間?」
「肝心のパイロットは?」
「――起こしてこなきゃ」
そんなことだろうと思った。
ラボの連中は基本的にメカフェチといったら失礼だけど、仕事最優先な様で実は趣味でやってるんじゃないだろうか、と思うことがよくある。
こういう、肝心のパイロットの人間管理が適当なところとか見ると。
というか、アイツも目覚ましくらいかけろ、と言いたい。
いや、言おう。
「俺が起こしてくるよ」
「いいの? 助かるけど」
「俺なら実際に機体を動かすまでは暇なわけだし、調整だってパパッと終わらせられるからさ」
言って手を振り、特徴的な音をたててセグ●ェイを走らせる。
目的地は、L1区画の仮眠室だ。
このとき、俺は気付いていなかった。
施設の物とはいえ、女の子の寝室に入る、という意味を。
気付いていれば、頬に紅葉が落ちる事も無かったろうに、と後から後悔したり。
・PEAM00-FA
PrototypeExtraArmedMachina00 - Full Armor
長門型試作機重装備型
・EHM07-HP
ExtraHumesMachina07 - HeavyWeaponsSystem
疾風火力強化試験型。
P - そのまま試作機に与えられる型式番号
E - エクストラ。軍用機に与えられる。長門は現在軍用機ではないものの、「軍用試作機」として製造された為。
HM - 人型機械。初期の物にくらべ、現在の物は魔導師として求められるものが少なくなって来ている。が、完全な非魔術師による操縦は実現していない。
AM - 本来はHMと並び立つ存在として設計されたもの。現在では完全にHMのサポートメカ。重力圏内より、無重力空間や月面のほうが活躍できる。