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120:Lieutenant General

そうして、ラボに漸くの思いで帰還して。


「よ、お帰り」

「なんだ、コッチ居たんだ父さん。……ん、ただいま」


ハンガーに長門を格納して、格納庫から出たところで父さんに出迎えられた。

出迎えなんて珍しいなと思っていたら、そのまま父さんは俺の隣へと視線を向けて。


「こんばんはお嬢さん。巧の父の、七瀬誠一です」

「あ、こ、こんばんは。樋口真弓です」


そう言ってニコリ、と真弓に微笑んだ。


(……って、父親!? この人が巧の父親って、マジ!?)

(――まぁ、マジだ)


小声で真弓に囁かれる。まぁ、何を驚いているのか、判らないでもない。

うちの父親、外見は高校生高学年……というか、並んで歩いていると、赤の他人には兄妹と間違われたりするし。


(なんでこんなに若いの!?)

(アレでも既に30後半なんだぞ?)

(嘘ぉ!?)


既に四十近い、なんていっても、実際に有る程度付き合いのある人間以外、あの顔を見ては絶対に信じられないだろう。

何時ぞやだったか、免許証を見せても警察官に子供と思われていたのには正直爆笑した。


「因みに、奥さんのミコトさんも凄く若いよ~」


……どうやら普通に聞こえていたらしい。

真弓は「ア、アハハ」と乾いた笑いを漏らしつつ。まぁ、この人特にそれをコンプレックスにしたりはしてないから、別段気にする必要は無いと思うんだけれども。


苦笑する父さんは「とりあえず移動しようか」と、俺と真弓を引き連れてどこぞの方向へと向かって歩き出した。

格納庫のあるL5区画を出て、そのままL4区画に入る。


椅子とテーブル、簡易食や飲料水なんかを販売している自販機の置かれた広場。

所謂一つのラウンジというか。


「如何したんだよ父さん」


不審に思って声を掛ける。

なにせ、今一番するべきことは、この真弓をさっさと家に送り届ける事だ。

時刻は既に日の沈んだ21時少し前。そろそろご家庭の方らが心配している頃だろう。

というか、門限の厳しい家なら雷物だ。


「それがな、ちょっとお前達に話がある、って言う人が来てるんだよ」

「俺達……って」

「私もですか?」


思わず確認した真弓に、父さんは大仰に頷いて見せた。

――けれども、一体何事だ? この場において、一般人でしかない真弓に対して話がある人?


「とりあえず、繋げるからな」


言いつつ、父さんは壁際に歩み寄り、そこに設置された電子パネルへと指を走らせた。

途端、ラウンジの壁の一角が割れ、そこから少し大きめのモニターが顔を出した。

だから電子ペーパー型モニター買おうよ。そんな大仰な仕掛け態々作らず。


「ぴっぽっぱ……っと」

(古っ)(突っ込まないで上げてくれ。そっちは傷つくからあの人)


なんて会話をしつつ、椅子に座ってモニターの正面で、電話……と言う割には既に映像通信も割りとポピュラーなのだが……が繋がるのを待つ。


「おっ、繋がった」

「!?」「……?」

「やほー、こんばんは大野木さん」

『よぉ、七瀬。態々すまんな』


モニターの向こうに現れた顔を見て思わず口元が引きつる。

白髪交じりのぼさぼさの髪に、所々きり傷の残る頬。

首元に飾られた勲章は、その人の階級の高さを表していて。


「大野木さん……」

『巧も、久しぶりだな』


ニヤリ、とまるで悪の首魁の如く笑ってみせる大野木さん。

なんというか。数年ぶりに顔を合わせたというのに、相変らず悪役顔は代わっていないと言うか。


「知り合い?」

「国防軍の人」

『はじめまして樋口さん。俺は大野木諒一。国防軍所属、階級は中将。遠野駐屯地の最高責任者をやってたりする』

「ちゅっ、中将――!?」


はー、そんなに昇進してたんだ大野木さん。

というか、遠野駐屯地の最高責任者て。道理で俺が動きやすかったわけだ。

普通軍部って、部外者に対して排他的なはずなのに、何でか割と生活しやすくて変だなぁ、とか思ってたんだけど。


「んで、何の御用で? あんまり良い予感はしないんだけど」

『んー、せっかちだな巧ぃ。そんなだと、折角出来た彼女に逃げられるぞ?』

「は?」

『ん、違うのか? 其処の樋口さんと付き合ってるって情報部から入ってきてたんだが』

「違うって……」


よし、とりあえずその情報部には痛い目を見てもらおうか。

流石に軍と喧嘩するのは控えてたけど、何せ相手は非公式活動ばっかりのところだ。長門の情報処理能力は、別に魔術に限った事にしか使えない訳ではないという事を思い知らせてやる。


「いいから、早く話せ。聞かんぞ」

『わかったわかった。んじゃ率直に言うが、遠野駐屯地の奪回作戦に協力してくれ』

「はぁ?」


奪回作戦って、……どういうことだ?

何の事かわからずに思わず上げてしまった声。と、横から真弓が肩をちょんちょんと突いて来て。


「遠野駐屯地から脱出したのは覚えてるでしょ?」

「ああ。まぁ、実際に長門を使って逃げたわけだし」

「あの後、あのまま駐屯地、アンノウンに制圧されちゃったのよ」


なんでも、追撃してきた中型アンノウンの処理に手間取る内に小型種に基地内を蹂躙され、そのまま基地地上施設が大破。統合情報システムの管制基地まで潰されて、結果統制が取れなくなったHM部隊はそのまま前線から撤退。基地の周囲に防衛線を張って、そのまま現在に至るのだとか。


「情けな……」

『言ってくれるな。何だかんだ言って、あの時あの場で実戦経験を積んだ兵士って、実は10人も居なくてな』

「はぁ? でも軍は実戦演習だってよくやってるじゃないか」

『だからといって、アンノウンとの初戦でいきなりまともに戦える人間なんてそうは居ないさ』

「……俺は?」

『お前は規格外だ。そもそも、アンノウン初戦云々以前に、お前は既に歴戦の……だろうに』


まぁ、確かに。アンノウンって物にもよるけど、内臓むき出しみたいなグロい肉の塊とか、分けの判らない奇形の怪物で、なんともHPL神話の怪物っぽいし。SAN値が下がりそう。


「実際、兵士の何人かはパニックを起こして、同士討ちになったりもしてるんだよ」

『防衛線を張ったは良いが、肝心の奪回用の兵力が残ってない』

「他所の基地からの増援は?」

『現在、他地域でも沿岸でアンノウンが確認されたとか言う話で厳戒態勢。此方にまわせる戦力は殆ど無い。それに、増援を待っている間にも時間は過ぎる。基地地下に閉じ込められた兵士たちの事もあるし、一刻も早く救出せねばならんのだ』


なるほど、と頷く。

地上基地が完全に制圧された今、基地地下に潜っていた連中は、逃げるに逃げられないという状態なんだろう。

基本的に機密保持の為に基地の出入り口は限定されているし、あそこの基地って駐屯地の割にはでかいが、それでも元は急造品。緊急脱出用の避難路とて基地の外へ通じるものは無いだろう。


第一、HMはその大半が出撃していた筈。あの地下基地には、既に戦力と呼べるほどの戦力も無い。

あそこから脱出する為には、如何しても外部の協力が必要なのだろう。


「あのー……」

『ん、如何したね樋口さん』

「LoGに救援を要請する、っていうのは駄目なんですか? あそこなら戦闘経験者も実動HMもいくらかありますし……」

『いや、それは……』

「軍のプライド、って奴だな。どうせ嫌がった連中が多かったんだろ?」


口を濁す大野木さんの言葉に割って入る。

「如何いう事?」と首を傾げる真弓。こいつが聞いたら、本格的に怒りそうにも思うのだけれども。


「軍っていうのは、ちゃんとした対アンノウンの装備を持った、正式な戦闘組織だろう? そういう連中が、学校法人でしかないLoGに援護を求める、っていうのは軍――というか、大人の沽券に関わるんだ、っていう話」

「何それ。そんなことに拘ってられる余裕あるの?」

「さぁ? そういう連中は八年前に一掃されたとおもってたんだけど。また湧いたかね」

『――相変らず口が悪いな巧。まぁ、そういうわけでLoGには増援を求められない。流石に俺以外の全員に反対されては、押し切る事も出来なくてな』

「それで、ウチに増援を出してくれないか、って話が来たわけ」


頬を引きつらせた大野木さんの言葉を引き継いで、父さんがそう話す。

一応納得はした。――けど、それでなんで真弓まで?


「俺はともかく、コイツは一般人だぞ? なんでそんなやつに声を掛けるよ」

『いや、実際にHMの操縦を見ていたからな。あのライフル捌きは見事だった』

「きょっ、恐縮です――」


縮こまる真弓。なんだか珍しいものを見た。思わずニヤニヤしてしまう。


「で、本音は?」

『腕もあるが、戦力は少しでも多いほうが良い。彼女なら、“LoGの学生”に依頼したのではなく、“友人の友達”に依頼した、と言う形に持っていけるだろう?』


思わず溜息を吐く。

それはつまり、扱いは傭兵と同じ。いや、もしかすると友人に頼んだだけ、という事にされてそれ以下の扱いになるかもしれない。下手をすれば報酬無しとか、操いう事もありえる。


『そういう建前を用意しないと五月蝿い連中も多くてな』

「――大人社会は面倒くさいなぁ」

『で、――如何かな、樋口さん。お願いできないかい?』


モニター越しに真弓を見つめる大野木さん。

だから、悪人顔をアップで写されるとキモイ。


「言っておくが、俺は反対だ。あそこにはもうお前に関係のある人間は居ないし、態々戦場に戻るメリットはお前には皆無だ」

「ぼくも巧の意見に同意するよ。立場上は手伝ってやってほしい気もするけど、君にしてみればあくまで赤の他人。関係ない、で済むからね」

『おいおい』


父さんのある意味さっぱりした言葉に、大野木さんがなんとも情け無い表情で苦笑する。

あの人、苦笑して見せてこそ居るものの、内心では大焦りだろう。


実際の話、此処でこのラボに出せる増援というのは、実質俺一人位しか居ない。

ラボの研究員は魔術師であり、そのためHMの操縦は一通り出来る。とはいっても、それは車の運転が出来るというだけで、F1のレースで優勝してこいと言うようなものだ。

でも、それは真弓にも言えることではないかと思うのだが……。それとも、俺が得ていない情報が他にもまだ有るという事か?


「――やります」

「おい……本気か?」

「関係ない、って割り切れるほど大人じゃないのよ、私」


言って、ニッ、と笑ってみせる真弓。

――まぁ、こうなるんじゃないかな、なんて思ってはいたのだが。

なにせ、コイツは基本的に陽輔の行動を否定した事をないのだ。あの偽善の塊としか思えない、保身無き善意を。

そんな奴に付き合える人間に、自己中心的に考えろ、なんていうのが通じる筈もないか。


「……だってさ」

『協力、感謝する。HMは先程使用していた疾風を其方に移送しているので、それを使ってほしい』


そんなことを言いつつ頭を下げる大野木さん。

本当、仕方ないとはいえ。一般人をこういう事に巻き込むな、と言いたい。

――それに。


「なんか、嫌な予感するんだよなぁ……」


忘れている、というか。パズルのピースが欠けている様なもどかしさ。

こういう違和感に限って、確実に何かあったりするのだからもう。


思わず耳へと伸ばした指先に返る冷たい感触。

――いざとなれば、使う覚悟もしておかなきゃな。


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