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119:Healing too...

がぽがぽがぽ……。


何処かリズムを取るような、けれどもやっぱり不規則な、そんな音が耳朶に響く。


がぽがぽがぽ……。


なんだろうか。あまり聞き覚えの無い音なのだけれども。

ただ、つい最近にもどこかで聞いたことのある音のようにも思う。


がぽがぽがぽ……


思い出せない、という事で、自分の思考が大分ぼやけている事を自覚する。

こういう時は、思考を順序だてると言うのが一番効果的だろうか。


じゃぁ、まずこの音から推測してみよう。

がぽがぽと言う音。なんとも水気のある音に聞こえる。

例えば、沸騰させた鍋の中の水とか、ストローで息を吹き込んだ牛乳とか。

……ちょっと品が無かったか。


まぁ、多分そんな感じの音。

ストローで牛乳飲むとか懐かしいなぁ、なんて思うのはご愛嬌。


うん、そう、水の――というか、気泡の音だ、コレ。

でも、なんで泡の音なんてするのだろうか。


考えて考えて、結局考えて埒が明かない事に気付いて。


――いや、目を開けて確認しろよ。


思わず自分に突っ込みを入れたり、入れなかったり。



◇◆◇◆◇◆◇



――またか。

思わず内心で呟く。目の前に見えるのは、透明な溶液とソレを覆う医療用カプセルの姿。

つまり此処は、病院なりなんなりの施設、という事に成るのだろうか。


カプセルの中に入れられた俺に許される視界は、向いて正面のみ。

その狭い視界に映っているのは、……何故だろうか。夜の海岸にしか見えないのだけれども。


目が腐った、とか、これがヴァーチャルを見ているとか、そういう可能性が無いわけでもないのだろうけれども。

多分、本物だ。ちょっと精霊の気配も感じるし。


えーっと、コレって中からは如何やって外に訴えかければ良いんだったか。

記憶を探りながら周囲を見舞わず。現場確認。


まず、口は塞がっている。コレはエーテル水に全身をつけた時、呼吸を助ける為の呼吸器を接続する為だから仕方ない。ラボの最新型なら普通に喋れるのだけれども、使っている感じ、二世代くらい前の奴のように感じる。


んでこれもその弊害だろう。両腕が縛られている。

いや、本当に紐で縛られていると言うわけではなくて、中で固定されてしまっている、と言う意味なのだが。

コッチは浮力で身体が浮かないように固定する為のものだ。


言うに及ばず、ラボなら溶液の密度調整が可能なので、拘束具無しでも身体が浮き上がる事はない。


……というか、なんだろうか。この回復ポッド、旧型というよりは、簡易型のような気がしてきたのだけれども。


周囲を見回しても、外部にアクションが取れるような機構は何処にもない。

となれば仕方ない。自前の手段で周囲を探るしかあるまいて。


思念子を周囲にめぐらせ、周囲に存在する意識体を探査する。

均等に並んでいるコレは多分回復ポッドだろう。で、その周囲、近くを歩く人の気配が一つ。


よし、声掛けるか。


『あの、すいません』

『ひゃっ!?』


びっくりした声が響く。まぁ、ソレも仕方あるまい。一人しか居ない筈の場所で、いきなり声を掛けられれば俺だった驚く。


『だ、だ、だ、だだだだだだ誰ですかぁっ!!』

『回復ポッドの中の者です。すいませんが、此処から出してもらえませんか?』

『あ、ああ、そういう事……わかりました、どのポッドですか?』

『えっと、貴女に背を向けているポッド……で伝わりますか?』

『はい、大丈夫ですよ』


そんな返答が聞こえて、少しして正面の限られた視界に、白い人影が映った。

えっと、……なるほど。看護師さんか。


ごぽごぽという音を立てて、一気にエーテル水が回収されていく。

あっというまに空っぽになったカプセル。その正面が、カパッという軽い音を立てて開いた。


肌に触れる風に思わず目を顰めてしまうが、その冷たさが不意に収まったのを感じて再び目を開く。


「大丈夫ですか?」


言って、こちらの身体にバスタオルのようなものをかけてくれた看護師さん。

首を縦に振りつつ、視線を手元に下ろすと、それだけで此方の意図を理解してくれたらしい看護師さんは、手早くその拘束を解いていってくれた。


――ぐはぁっ!?


ポッドの中から出て、渡されたタオルで改めて身体を拭いて、思わず洩れそうになる声を必死に飲み込んだ。

久しぶりに全力で身体を動かした所為で、所々が筋肉痛になっていた。

まぁ、回復ポッドに入っていなければ、下手をすれば筋肉断裂、なんて痛い目を見ていた可能性もあるのだから、まだマシな方ではあるのだけれども。

因みに今の格好は素っ裸、というわけではない。一応海水パンツの遠い親戚みたいなパンツを穿いてはいる。


「……すいません、着替えってあります?」

「あ、はい。元々着ていた衣類がこっちで、コッチは軍が配布していった簡易防護服」

「んじゃ、折角なんで防護服の方を」


言って看護師さんは、カプセルの脇に設置された棚から服を取り出して見せた。

言葉通り、取り出されたオレンジ色のコートみたいな服を着る。なんというかどこぞの工事現場の作業員みたいな色だ。


「……そういえば、如何やって私に声を掛けたんですか?」


ふと、思い出したかのように問い掛けてくる看護師さん。

本当は応えたくないのだけれども、応えないまま、というのも向こうの不安を無駄に煽るだけだろう。

自前の魔術を詮索しない、っていうのは、魔術師の間ではマナーなんだけど……まぁ、流石に一般の人にまでそれを強制は出来ないか。


「魔術ですよ。ちょっとこう、意図的に空気を揺らして、声みたいなのを作っただけです」

「へぇ、魔術って便利なのねぇ」


とんでもない。コレは俺が作った魔術の中でも、かなり無駄な高等テクニックの一つになる。

声を遠くに伝えるだけ、と言うのならば割とポピュラーな魔術だ。けれども、今俺は口を使っていない。呼吸器につながれていたのだから口を使えるはずが無い。

その上、声を掛けるだけならまだしも、相手の言葉を受信する事もしたのだ。これは既存で普及している魔術では無理だ。


俺がやったのは、指定空間へ意思を伝播し、ソレを空気振動に変換する。また、その焦点に与えられた空気振動を再び思念子に変換して受信する、というもの。

身体をその場において、耳と口だけ飛ばすような物だ。


一種の共鳴魔術。ただ、変換というプロセスをはさんでいる所為で、やたら高等な魔術になってしまっている。

コレ、本来は自分の気配を殺して、見当違いの方向から相手に声を掛けて撹乱する為に編み出した魔術だったりする。相手の声も聞こえるのがミソだ。


まぁ、さすが素人というか。そんな特異な魔術を「魔術って便利なのね」の一言で済ませてくれるのはありがた――いや、ありがたくない。俺がコレを編み上げるのにどれだけ苦労したか。態々自分の声に聞こえるように、自分の声を録音して再生してソレに調整してって一体どれだけ苦労したことか!! 実はテレパシーの方が簡単とか、やり過ぎた感が否めないというか。

閑話休題。


改めて周囲を確認する。

どうやら此処は空牙湾で間違いないと見た。

日が沈んでいる所為で少し判別がつき辛いが、あそこに鎮座しているのは間違いなく長門と疾風。

何かトラックで封鎖されているけれども、アレは多分ラボの車だろう。

鑑みるに、此処は野戦病院の類だろう。


「うし、とりあえず情報収集に動くか……看護師さん、ありがとうございました」

「いえいえ、お大事に~」


言いつつ遠ざかって行く看護婦さんを見送って、此方も長門の方へ――その傍に並ぶラボのクルー目指して歩き出す。


「……うわ」


思わず呟く。なんというか、結構酷い有様。

周囲の所々にキャンプみたいなのが立てられて、炊き出しやら物資配給やらが行われている。

まるで大地震の後の復旧現場。そこまで参った、という様子ではないものの、なんというかこの雰囲気はそれに通じるものがある。

――少し、八年前を思い出す。


そんなことを考えつつ歩いている内に、目当てのトラックの傍にたどり着くことが出来た。

無骨で、巨大なそのトラック。

その周囲を見回すが、白衣を着た……ラボの研究員らしき人間の姿は見当たらない。

如何したものかとトラックの端末に手を当ててパスワードを打ち込み中を覗き込んでみる。が、やはり中にも誰も居ない。


他の車両になら居るかもしれないが……その前に一つ、気になった場所が。


トラックの中をとおり、反対側へと抜ける。

其処には、なんだかゴチャゴチャともめている様子の白衣組みと……あれ、軍人か?


「あ、巧君。もう身体は大丈夫?」

「三宅さん、おかげさまで。んで、今コレはどういう状況ですか?」


ふと目のあった研究員。父のサポート要員を務める三宅女史。

割と見知った仲の彼女に、気軽に手を上げて声をかけて。


「それがね、どうも軍の連中、疾風を持って帰るついでに、長門も接収していきたいみたいなのよ」

「はぁ!?」


思わず声を荒げてしまう。

だって、あの長門は俺の機体だ。それを持っていかれる、と言うのは流石に頭にくる。

自分の愛機を弄ばれるというのは、HMに限らず愛車であろうが愛馬であろうが変わらない感情だ。


だがまぁ、アレを持って行きたい、と言う感情もわからないでもない。

なにせ先日に続いての今日の戦果だ。小型種とはいえ、アンノウンを大量に撃破。……撃墜数覚えてないや。長門のログには残っていると思うが。

まぁ、それほどの高性能機。出来るならば手の内に、と思うのは人の情だろう。


「で、ウチの面々がソレを拒否してるんだけど、軍の連中はソレをなんとか押しのけようとして、仕舞いに銃を持ち出そうとしたわけなんだけど……」

「ああ、そりゃ馬鹿だ」


よくよく考えてみればわかることだろうに。

そもそもラボという組織は、HMの開発を専従的に行っている組織だ。そしてHMの操縦には必然的に魔力を扱う技能が求められる。

そして、研究者と言うのはつまり探求者でもある。そんな連中が魔力を扱えば、当然魔術の扱いに興味を持つのは必然。

つまり、あそこにいる白衣の連中は、全員が全員ある程度どころか一般的な平均値以上の腕を持つ魔術師なのだ。


そして、一定以上の技能をもつ魔術師に、ただの鉛弾なんぞが効果を成す筈もない。

それどころか、歩兵装備で魔術師と相対しよう、というのが自殺行為なのだ。魔術師を相手にしたいのならば、せめてMBTでももってこいというのだ。


「で、第一次接触は軍が威嚇で撃った弾が研究員の一人に当たって、それでキレた他の子達が電撃系やら衝撃系で軍人を苛めに苛めて、もうすぐ二回目が始まりそう、ってところね」

「……もう面倒だから突っ込みとか色々は省くけど。如何すれば止められる?」

「長門を持って行っちゃえばそれで終わると思うわよ。後の処理はコッチでするから」


なんというか、ソレで良いのだろうか。

――まぁ、いいか。長門を勝手にもって行かれるのは腹が立つし、ラボの面々は何かと図太いし。


……っと、その前に一つ。確認する事があった。


「そういえばなんですけど。あの疾風に、俺の友達が乗ってたと思うんですけど」

「ああ、あの子? 今は長門のコックピットに立て篭もってるわよ」


いいのだろうか。アレ、機密物扱いになるんじゃないんだろうか。

一般人乗せていいんだろうか。俺はシラネ。


「下ろす時間は無いだろうなぁ……」

「ラボにつれて帰れば良いじゃない?」


そう気安く言うけれども。まぁ、アイツにはお祭りの間に少し家の事情を話したから、ある程度はわかってくれるとは思うのだけれども。


「……まぁ、いいか。それじゃまた後で」

「はい、また後でね」


言いつつ、身体強化の魔術を奔らせる。

今回は魔力欠乏というわけでもないし、ただ情報処理で頭を使いすぎて疲れて倒れただけ。

身体の傷とか筋肉痛は残っているものの、少し休んで、魔術を使う分には十二分に回復している。


「よっ!!」


痛む身体をおして、一気に人混みを飛び越えた。

此方を見て軍人さんたちがなにやら声を上げているが、もうガン無視。

封鎖されたハッチの前に陣取っていた軍人さんたちには、精神系の魔術で精神を直接攻撃。意識を失っているところを横に吹っ飛ばして強制的に立ち退いてもらった。


まぁ、下は砂だし、怪我することは無いだろう。下手に怪我させてしまうとあとから軍が五月蝿いし。

――だからラボの面々も電撃系とか衝撃系とか、傷跡が残りにくいのを使っているのだろう。陰険。

人の事を言えた義理ではない、とかな突っ込みは無視。


ハッチを少しだけ開けて、その中にスルリと滑り込み、再びハッチ閉鎖。

ふふん、この機体は俺専用にチューニングされているおかげで、俺の思念操作にはかなりスムーズに従ってくれるまでになっている。


「うし。――真弓、いるか?」

「巧!? アンタもう大丈夫なの!?」


三宅女史に聞いた情報を確認する意味で声を上げて。その途端に帰って来た、余りにも慌しい問い掛けに、思わず嬉しくなってしまった。

つまりは、俺を心配してくれたのかな、なんて。


「おう、今回のは情報過多での俺の頭のオーバーヒートが原因だからな。ちょっと休めばすぐに」

「はぁー……。心配させるんじゃないわよ、この馬鹿!!」

「申し訳ありませんでした」


素直に謝っておく。心配してくれた、と言うのは素直に嬉しいのだし。

言いつつ、メインコックピットのシートに腰掛ける。

真弓は残り二つあるシートの内の一つ。元は情報分析用のモニターのある椅子に腰を下ろした。


「ま、まぁ判ったのならいいけど……それより、コレ、如何するつもり?」

「ああ。このまま機体を飛ばして、ラボに帰ろうと思う」

「ラボ?」


そういえば、ラボ自体については説明していなかったか。


「うちの父親が研究員だ、って話はしたよな」

「うん、アレでしょ。何処のかは知らないけど、何処かの企業のHMの研究開発をやってる、とか」

「コレも其処の製品の……まぁ、失敗作らしい機体何だけどな」

「失敗作?」


信じられない、と言うよりは疑わしそうな表情を向ける真弓。

まぁ、失敗作と言う割りにこの機体は結構な戦果をあげてるしなぁ。


「まぁ、ソレは帰等中に試させてやるとして。まぁ、その研究施設というか、そこに集まってるグループをラボ、って呼んでるんだよ」


なるほど、と頷く真弓。

まぁ、そもそも現在のラボの面々は、元々はそれだけで別の組織だった事もあるのだけれども。

吸収合併された、というのは余談。


「んじゃ、とりあえずラボまで飛ばしますんで」

「アタシも行くの?」

「降りる?」


言いつつモニターを指す。

外ではついに軍人さんとラボの面々が盛大な喧嘩をおっぱじめていた。

少しずれたところで御茶をしている軍人さんと三宅女史の姿がなんだか笑えると言うか。


「――ついてく」

「んじゃ、お客様。シートベルトのご着用をお願いします」


言いつつ、自分もシートベルト……というか、安全ベルトを通す。

この機体のコックピットは埋没型で、モニターは完全にカメラ依存。急停止しても、窓ガラスを突き破って……なんてことは絶対にありえない。窓ガラスが無いのだから。


ただ、ベルトをしていない場合、確実に死ぬ。なにせぶつかるのは巨大な電子モニターなのだ。

次の瞬間感電するか、骨折。最悪頭蓋骨陥没とかいう、華麗でない死に方は嫌だ。


――S3機関同調完了。魔力同調、増幅共に問題なし。

真弓がベルトを締めたのを確認して、機体を浮上させる。


浮上時の反作用で生じた軽い衝撃波で、長門のすぐ傍にいた軍人さんたちが吹っ飛ばされたのをザマァと微笑して、不意に背後へと視線を向けて。

外――空を写すモニターを見て瞳を輝かせる真弓の姿を見た。

まぁ、なんというか。玩具は楽しまれてこそナンボ。

なんとなく楽しい気分になりつつ、夜の空をふらふらと飛んでいったのだった。


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