116:Beginners Hero
「コッチはなんとか機体に合流出来たよ」
『まさか本当にあの距離を走破するとはね。平時ならまだしも、戦火の真っ最中を。アンタどれだけ化物よ』
「その言われ様は少し傷付くが……」
精神の触手で周囲を索敵しつつ、見つけ次第増幅した魔力で雷撃を叩き込んでいく。
避難中の民間人も居る所為で、あまり良いペースとは言い難いが……生身で戦う事に比べてなんと楽な事か。
――まぁ、後の筋トレは回避できないだろうなぁ。あんまり弛んでるようでは、HMのテストパイロットも下ろされかねないし。それだけは絶対に回避せねば。
「とりあえず、俺が此方に合流できた以上、真弓も早々にその場を離脱してくれ」
『でも、地図情報は良いの?』
「周辺情報の探査なら、長門の方が基地の捜査能力の数倍上だって」
言いつつ、探査している情報を防衛軍の統合データベースへと送信する。
此方で付け加えたデータによって、戦域の詳細が数十パーセントは誤差修整されたはずだ。
『うわ……』
「とりあえず、真弓は地下整備格納庫まで上がって、そこで1001号機を探せ。アレは俺が借り受けている機体だから、まだ格納庫に有る筈。それを使って脱出しろ」
『良いの? アタシが勝手に使っても?』
「ああ。というか、早々に其処を脱出してくれ。この対応を見るに、どうも此処の上層部はボンクラというか、対応の甘さが目立つ。その基地、安全とは思えないからな」
言いつつ、中空で滞空させていた長門を中央広場に着陸させる。
後部コンテナのハッチを開いて、人が乗り込めるようにと。
「いいか、1001号機を見つけたら、自動整備装置で武装を実弾系に換装しろ。んで、わき目も振らずに其処を離れろ。出来れば中央で援護してほしいけど、無理なら狙撃しつつこの場を離脱。いいな!」
『りょ、了解!』
言って、端末の通信がブツリと途切れた。
まぁ、アイツの事だから万事ある程度上手くこなしてくれるとは思うのだけれども。
……さて。
「此方“ラボ”所属プロトタイプ・エクストラアームドマキナ長門。現在避難中の民間人保護の為に武装コンテナを中央広場に設置。民間人は中へ。防衛軍の方も、内接銃座を用意してますので、其方を利用してください」
『此方国土防衛軍の小島少尉だ! 応援感謝するが、このコンテナはどの程度の人数を収容できるんだ!?』
「大体四百人程度です。つめればもう少し。……っと、コンテナはここにおいて、少し上昇します」
『何を』
「索敵、三次元的にやったほうが楽なんですよ!」
言いつつ、コンテナパックをパージし、そのままコンテナの上空へと上昇する。
此処は施設の丁度中央部。此処からなら、四方八方丁度良い具合に見渡せる、というものだ。
『巧っ!!』
「うおっ、真弓か、どうした?」
と、周囲を索敵していると不意に真弓の悲鳴のような声がコックピットに響いた。
慌てて端末を機体に接続して、コックピットモニターで通信を表示した。
『不味いわよ、陽輔君と千穂、逃げ遅れてる!!』
「はぁ? それは如何いう……っていうか、お前まだ逃げてないのか!?」
『パイロットスーツに着替えて、HMの装備換装のあいだに確認してたのよ! 西区!あそこに逃げ遅れた人たちが囲まれちゃってるのよ!!』
慌てて戦域地図情報をひらく。
確かにマップ上の分布図に、不自然に敵が進行していない地域があるが……。
「どのくらいの人数が逃げ遅れているか、わかるか?」
『えっと……大体6人くらいよ』
「防衛軍は……間に合いそうに無いか」
それくらいの人数なら……頑張れば、長門にでも詰め込めるか。
「よし、俺がそっちに廻るから、とりあえずお前は最優先で脱出しろ」
『了解!』
真弓との通信を切断し、直後に先程連絡を入れてきた軍人さんのログを探して繋ぐ。
「此方長門。小島少尉、聞こえますか?」
『此方小島。どうした、何か問題か?』
「逃げ遅れた人が居るみたいです。長門で迎えに行ってきますんで、その間防御を頼んで宜しいですか」
『然しそれでは防衛戦力が……』
「コンテナはそれだけで固定砲台程度の能力はあります。小型種相手なら、接続無くても破られる事は無いですよ」
『……分った。ただ、急げよ』
「了解」
コレで良い。
長門をさらに少し上昇させ、そのまま一気に予想ポイントへ向かって機体を急行させた。
統合情報システムに何とか介入し、再びデータの読み込みを行う。
敵勢勢力情報は此方の方で収集できているが、防衛戦力情報に関しては統合システムの方が早い。
「なにをやってるんだか、全然食い止められてないじゃねーか!!」
叫びつつ、最高速度で術式を構築していく。
並列高速演算思考能力をフル回転させての逐次演術による連続砲撃。
現状で火器装備を積んでいない長門が使える攻撃手段は、こうしたパイロット頼りの魔術のみになる
。
まぁ、それでもS3機関のおかげで魔力、演算力共に数十倍に跳ね上がってはいるのだが。
「……っ、くぅ――」
S3機関のもうひとつの欠点。
それは、システムと直接同調する反動として、システムが得た膨大なデータが直接パイロットにフィードバックされる、というものだ。
ただシステムを起動しているだけで、五感に加えて霊的視覚、行動予測演算、現状戦域情報等の諸々の情報が圧縮されて脳に叩き込まれるのだ。
並列高速演算思考能力、つまり同時に複数の事を考えて、尚且つそれを高速で、一つのこととして処理できるという能力なのだが、普通コレは上級魔術師とかで漸く扱えるスキルだ。
母さんに鍛えられたこのスキルだけれども、コレが無ければ、多分即座に意識を失う。
まして、LoGの一年生なんかに使わせれば……下手をすれば廃人確定。
それほどまでに危険で負荷の掛かるシステムを、まして敵は一体ではなくかなりの数。
並列思考を分散処理実行させて、なんていうのはもう、俺でも長持ちしないだろう。
けれども、それを止める、という選択肢だけは何処を探しても見当たらない。
「――くくっ」
後頭部に感じる熱。
なんなんだろうかね。ちょっと前なら、最優先事項のみを最優先させていたはずの俺なのに。
やっぱり、陽輔に影響されたかな?
「……っと、見つけたぁ!!」
無数に分かれた感覚子のうちの一つ。それが、覚えのある魔力波長を感知した。
即座に視覚情報を照らし合わせ、該当地点の視覚データを表示する。
「ははっ、本当に正義の味方してるのかよ」
映し出されたのは、輝く剣を手にアンノウンと向き合う陽輔と、どこかに備え付けてあったのだろう防衛軍で正式採用されている携行砲を抱えた千穂嬢の、けれどもそろそろ数に押し負けようかと言う姿だった。
――術式一斉装填/演算加速/演算加速/演算加速!
「蹴散らせっ!!」
降り注ぐ稲妻に、今にも押しかけんとしていたアンノウンの最前列が一気に消滅した。
――危うく、突撃をかけようとしていた陽輔まで消し飛ばしそうになったのは、まぁ見なかったという事で。
そのまま、外部スピーカーをオンにした。
「くくく、くはは、あーっはっはっはっは!! 助けに来てやったぞ、色ボケヒーロー!!」
だから、このくらいのジョークは俺がやったって良いだろう?




