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如何動くべきか。
悩みながらデータを整理していると、不意にポケットから振動が伝わってきた。
「……あ」
仕舞っていた携帯端末を取り出し、其処に表示された名前を見て慌てて通話機能をONにする。
「もしもし」
『よ、巧。また面倒ごとに巻き込まれてるみたいじゃないか?』
「父さん……」
聞こえてきた声は、とても身近な。良く聞く我が父の声。
何処か間抜けたその声を聞いて、何故か少し安心している自分が居た。
『テレビで少し状況を見たんだが、詳しい状況はソッチで分ってるのか?』
言われて、手元のパネルに目をやる。
映し出されているのは、システムによって計算された予測的な数値。
「現状で避難率は20%弱。殆ど避難は済んでない」
『――避難施設はちゃんとあるんだよな?』
あんまりな数字だからだろう。父さんはそんな言葉を返してきた。
ソレも当然だろう。この時代、アンノウンの現出に備えているのは当然の話であり、普通はアンノウンの出現から10分もあれば70%近くが避難し終えているのが普通だ。
「それがさっぱり。地下は軍施設に占領されてて、避難シェルターは皆無っていう有様。おかげで脱出しようとする客で地上は少しパニックになりかけてるし、そんな状況で小型種が大規模襲撃とか」
『洒落にならんな』
父さんの声に少し呆れが混ざる。
なんとも、如何ともし難い事態というか。此処で如何動けば良いのか、少し判断に迷う。
『……長門を送り出すか?』
「うーん、この状況で長門は……有れば心強いのは確かなんだけど、どちらかと言えばアレはマップ兵器だしなぁ……」
『避難民の運輸に使うとか』
「いやいや、搭乗人数3人だろ、アレ。俺一人で動かせるから、実質載せられるのは2人だけだし」
そう、長門。AMに分類される航空兵器であるアレは、そもそも大規模の人間を運輸する為の装備ではなく、大規模魔術演算補佐装置に羽をつけて飛べるようにした機械、と言う感じだ。
兵員輸送用のはどちらかと言えば陸奥の……って!?
「あっ!?」
『ど、如何した?』
「そういえば、長門の追加兵装プランに、大規模輸送用装備プランが開発されてる、って聞いたんだけど?」
ソレが話に出たのは、丁度此処にくることを父さんに持ちかけられた日の話。
ラボで三宅さんに、長門の調整について話してもらっていた、そのオマケとして出て来た話題だ。
『ああ、確かにそんなのも開発されて……そうか!』
「準備にどれくらいの時間が掛かる?」
『モノは現物があるし、幸いコンテナはまだがらんどうだし、長門との接続とバランス調整くらいだからすぐ済むとは思うが……』
此処からラボまで、長門の自動操縦で到達するまでには……大体10分。
向こうの準備を最大速度で終わらせてもらうとして、30分。
「バランス調整はコッチでするから、大急ぎでコッチに射出して」
『わかった座標は端末に送るぞ』
「了解」
言って、携帯端末の通話を切る。
途端に此方に中尉を向けていたのであろう真弓が、今の通話は何事かと問い掛けてきた。
「何か手があるの?」
「ああ。父さんに頼んで長門で人を避難させる算段がついた」
「長門って……アレ?」
真弓の問いに頷いてみせる。
長門が衆目の前に晒されたのは、嘗て一度だけ。数日前のLoGへのアンノウン襲撃事件の折、深夜の第二陣の時のことだ。
緊急事態で兵力不足かつ、場の混乱で増援を送る事もできない。そんな混乱の中、再び襲撃してきたアンノウンを撃退する為、ラボで眠っていた機体を引っ張り出して使ったのだ。
「アレ、そんなに人数載せられるの?」
「輸送用のコンテナを開発してたから、それを転用してもらうよう頼んだ」
「……なに、正式に商品化されるの?」
「多分な。あ、これはオフレコだぞ?」
一応企業の機密情報だ。インサイダー取引とかに使えてしまう情報なので、真弓にも口止めをしておく。
「それで、この後はどうするの?」
「俺は長門をとりに行って来る。真弓は此処からオペレーションを頼めるか?」
「良いけど……今外に出る心算? HMを使うの?」
今外は人で大混乱している上、間近にはアンノウンの集団が迫ってきている。
HMも無しには死にに行くようなものだ、と。
そう語る真弓の目に、けれども此方は少し、あえて不敵な笑みを浮かべて見せた。
「そも、俺の本職を忘れているだろう」
「?」
「俺は、魔術師だぞ?」
現状でHMを使うのは、他のHMの邪魔に成る可能性もあり、また避難が完了していない場所でそんなものを動かせば被害が出るのは明白。
故に使えるのは、この両手両足この身体。
「……魔術師として前に出るのは、暫くぶりだけど」
呟いて、第三モニタールームを後にする。