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112:whisper


ふと、嫌な予感に襲われた。


「……?」


周囲を改めて確認するが、特に問題点があるようには見えない。

現在地はHMの整備格納庫脇、パイロット用の更衣室前だ。

稲見中尉を着替えさせに此処まで来て、何故か真弓も更衣室の中へと入っていったのだ。

で、俺は現在こうして一人、この場で待ち呆けているわけなのだけれども。


「……ん? 精霊?」


改めて、少し意識を集中して周囲を探る。

と、不意に意識に触れる何かの感触を感知した。

精霊とは、自我ある無個の世界の断片、と呼ばれる魔術よりの存在だ。

視認する事は難しく、魔術師でもコレと交感する能力を持つ者は少ない、と言われている。

かくいう俺も、アクティブに意思を伝達する事はできても、パッシブに意図を受け取る、というのは中々経験が無い。他人に何かを伝えよう、と言うほど強い意識を持つ精霊、と言うのに中々お目にかかったことが無いのだ。


けれども、だというのに。

その精霊が何事かをこちらに伝えたい、と思っていることを認識できた。

俺の交感能力が上がった、という可能性以外なら、これは相手側が余程強烈に此方の事を意識している、という事ではないだろうか。


「……何?」


伝わる意識は『危険』『敵』『数多(あまた)』『危険』『危険』『逃げる』『危険』『敵』『敵』――


断片的な情報は、けれども確かに敵の存在を教えてくれていた。


「精霊が警戒する……って、アンノウンか!?」


精霊というのは、一種の力そのものだ。

故に、それに敵対する存在と言うのは、本当に限られてしまう。

例えば人間は魔術と言う力を用いる事ができるが、それゆえに精霊と敵対すると言う愚を犯す事は少ない。

目的があれば別だが、あえて強大な力を敵に回そうとは思わないだろう。

まして動物など、より世界に自然な形で関わっているのだから、敵対の仕様がない。


で、件のアンノウン。アレは精霊を喰うと言われている。

本当に喰われているのかは実証されているわけではないのだが、交感能力の高い者が言うに、精霊はアンノウンを恐れている、とか。

自我は無くとも意思はある。自然と自己保存を阻害する存在を敵として認識するのだとか。


「中尉! 着替えを中断して一回出てきてください!」


もし俺が感じたことが、正しくアンノウン現出の予兆であったのだとすれば。

今稲見注意に着替えさせるのは、余計なタイムロスになりかねない。


「どうかしたのですか?」

「あ、はい少し――うおわっ!?」

「ちょっ、理奈ちゃんっ!!」


奥から真弓の慌てた声が聞こえてきた。俺だって慌てる。

少し開いたドアからは、だらしなくパイロットスーツを着崩した稲見中尉の姿が覗いていた。

ちょっと胸元が覗いているのがエロい。


真弓が稲見中尉の腕を引いておくに引っ込んだのを確認して、ホッと息をはく。

ああいうのは少し心臓に悪いと思うのだ。うん。眼福。


「で、如何かしたんですか?」


少しして、パイロットスーツに身を包んだ稲見中尉が更衣室から姿を現した。

その背後から真弓が此方を物凄く睨んでいるのが気になったが……まぁ、無視していれば実害は無いだろう。


「いえ、少し気になることがありまして……当たっているなら、多分放送が入ると思うんですが……」


言って、その途端基地のそこ等彼処に仕掛けられたスピーカーから、『ウーー』という警報音が大音量で鳴り響きだした。


「これは……アンノウンが!?」

「アンタまさか、コレを予知したの!?」


真弓が驚愕の声を上げる。なんだろう。その驚きの視線を向けられると、少しだけ鼻が高いというか。

ええい、変なところで自尊心に響くな自分!


「精霊がな。少し」

「……アンタ、精霊観測まで出来たの?」


なんでもアリね、と呆れる真弓に「偶々だ」とちゃんと否定を入れておく。そんな「何でもありか」みたいな視線で見られても困る。

因みに精霊観測というのは、交感能力を有する精霊魔術師が、精霊を通じて世界の事象を観測する、という事柄を指す。

現在では国の公務員に精霊観測員を雇って、何箇所かにソレ専門の精霊観測所が設立されていたりする。

一応天気とか地震の予報を精霊にたずねる、というのも仕事なのだが、今ではすっかりアンノウン予報専門みたいに為ってしまっている。

まぁ、閑話休題。


「私はこのままブリーフィングに行く。貴方達はシェルターに……いえ、今からなら此処に居た方が安全ね」


「此処に避難していると良いわ」と言い残し、稲見中尉は颯爽と整備倉庫を後にしてしまった。

あの人、物見遊山してるときはあんなにポケポケしてたのに、途端に凛々しくなったな。

……アレか。仕事中は人格が切り替わるタイプ。


「アンタは行かなくて良いの?」

「ん? 俺は一応民間人扱いだからな。軍備が整って、準備も万端な現状で、あえて学生が前線に出る必要も無いだろう?」


隣から上がった声。真弓の意見にそう返す。

真弓は少し、眉を顰めて難しそうな顔をしていた。

この子は意外と正義感が強い性質だからなぁ。もしかしたら力を持っているのにソレを使わないことに歯痒さを感じているのかもしれない。

そんな感じの子だし。


「大丈夫だって。気になるならモニタールームにでも行くか? あそこなら戦況とか、詳細データが入ってくると思うけど」


そんな様子を見ていて、思わずそう声を掛けてしまった。

元気キャラが元気を失っていると、どうも調子が狂ってしまう。


「本当!?」


その途端、思い切り襟首をつかんで首を揺すられた。

ぐおおおお、脳が揺れるぅ!


「でも、そう言う所って普通、機密ブロック指定されてるものじゃないの?」

「うっぷ……まぁ、その点に関しては大丈夫だといっておこうか」


言って、格納庫の手前。地下へと続くエレベーターへと足を向けた。

整備格納庫は、行きかう整備士達で仄かに慌しさを醸し出していた。



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