110:Sonic Boom
このMVRっていうのは、相当凄いシステムだと思う。
機体を動かすと、実際に搭乗者に対して負荷が掛かるように設計されている。
これは筐体を実際に揺らして、重力と振動によって擬似的な負荷を与えているのだ、とはわかるのだけれども。
「ぬうううううううううっ!!!!」
腹から零れる声。
慣性に負けないよう、魔力を振り絞って機体とのシンクロ率を高める。
36ミリが着弾した瞬間、其処に山吹色の姿は無かった。
「ち、早い!?」
レーダーを認識して即座にその場から前方へ向かって飛び退く。
右側に回りこんで速射。立ち止まっていれば蜂の巣にされたことだろう。
スラスターを全力で噴射する。
最高出力なら、追加ジェネレーターを積んだ此方の方が幾分か有利だ。
一端距離をとって、中距離からの牽制射撃を見舞う。
が、やはりあらかじめ回避行動に入っていたらしく、その牽制は見事に回避されてしまった。
飛びぬけて反応速度がはやいとか、飛びぬけて機動力に秀でている、とかいうわけではない。
アレの凄いのは、判断力。
次にするべき行動を即座に判断し、ソレを機体に入力する。
迷いの無い行動は、本来必要なはずの時間をバッサリ削り、その時間だけ事前動作にまわしてしまう。
正直、公開演習の一般軍人よりも相当手強い。
いや、このゲームが火星の設定で、低重力名上にHMに相当な高機動が可能、という前提が合っての話ではあるのだけれども。
多分、普通のHMを操っても、彼女は普通の軍人以上に活躍できるのだろう。
まぁ、考えてみれば、いきなり大和みたいなイロモノHMに乗って、その魔力云々を操っていたわけだ。
なんというか、凄い奴だったんだな、なんて今更感心しなおしつつ。
「そこっ!!」
渓谷の岩肌に突撃砲を放つ。
このゲームの物理演算は無駄に凄い。
例えば、岩肌を撃てば岩を崩れさせたり、または土煙で煙幕を作ったりも出来る。
流石は実機シュミレーターから派生したゲームなだけはある。
無駄に高級品であるのはどうにかしたほうが良いとは思うけれども。
「せあああああああああああ!!!!!」
左腕で突撃砲を放ちつつ、右腕で背中から長刀を引き抜き、それを土煙の中へと投げつけた。
ゴカンッ! 響く音は、長刀が何かにぶつかった音だ。
山吹色なら上等。長刀が打ち落とされたのだとしても、まぁ宜しい!
スラスターを全力噴射。これは数少ない勝機になる。
突撃砲で相手の行動範囲を奪いつつ、一気に敵へと接近。
「とった!」
『甘いわよ! この距離で得物も無しに!!』
「甘いのはそっちだ!!」
何時の間にか開いていた通話回線を互いに飛び交う声。
その声に叫び返して、疾風に飛び膝蹴りをかまさせる。
『なっ!?』
腕の隠しポケットからナイフを取り出していた山吹色は、そのまま此方を攻撃しようとしていた為、防御は完全に無防備。
その腕の隙間にねじ込まれた膝は、完全にコックピットに向かっていた。
――ズンッ!!
機体同士の接触を感知して、シュミレーターが突如として大きく揺れる。
『まだよ! まだコッチの機能は停止してない!!』
「いや、コレで終わりだ!!」
それは、既に意識する必要の無いアクション。
突如として、山吹色のコックピット周辺……疾風の膝が爆音を立てた。
いわゆる反応装甲。それも緊急時の近距離戦用に標準装備されている、近接格闘戦用装備。爆発と共に多量の金属片が飛び出してくるタイプの物だ。
左右一発ずつの使い切りの消耗品ではあるが、コックピットに当たって無事で済む類の物ではない。
『なっ!?』
彼女の驚愕の声と共に、相手機撃沈のサインが表示された。
『――You Win――』
「ありがとさん」
システムに軽く声を返して、クスリと笑う。
ああ、これは面白い戦いだった。
そんな充実感を感じつつ。
面と向かって彼女に挨拶すべく、シュミレーターを降りたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「あ、ああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「よ」
「よ、じゃないわよ!よ、じゃっ!! 何でアンタ此処に居るのよ!?」
「おや、お知り合いで?」
「学校の友人ですよ」
南氏の声など完全に聞こえていないようで、彼女……真弓は物凄い形相で此方へとズンズン歩み寄ってくる。
正直、ちょっと恐い。
「いやなに。この間の件で少し招待されてな」
「そう。それは納得してあげる。それじゃ、何で此処にいるの?」
「えーと……?」
「なんで私のに割り込むのよ!!」
もうちょっとで勝てたのにー!! と唸る真弓。
しかし、正直さっき見ていた映像だと、撃墜まで後二手、といったところだったように思う。
最後に撃墜しようとしていたあの機体。けれども、その機体と自機を結んだ丁度反対側……つまり、背中の方向に、既に射撃体勢に入った敵機が銃を構えていた。
機体のスペック的にも、体勢的にも無理が有りそうだったので、まぁいいかなぁ、と。
「いやほら、挨拶しようと思ったんだけど、ゲームしてたから引き摺り下ろしてみた」
「――!!!!!!! あと、一面だったのに――」
うわぁ、燃え尽きてらっしゃる。
まぁ、ゲームはちゃんとクリアしたい、と言う気持ちは分らんでもないのだけれども。
「――ま、いいわよ。次攻略すればいいわけだし」
「そうそう。次次」
言っている間に立ち直った。
こういうところは、本当に尊敬する。立ち直りが早いって言うのは、一つの美点であり利点であると思う。
「そういえば、あの二人にあったぞ」
「二人って、陽輔くんと千穂? アンタ、余計な事言ってないでしょうね?」
「言わん言わん」
首を横に振って否定する。
あの連中は、確かに少し煽ったほうが良いのだろうけれども、それで厄介事が飛び火する可能性も想定できる。触らぬ神に祟りなし、と言うわけだ。
「それで、挨拶したけどその後何か有るの? まさかそれだけの為に私を引き摺り下ろしたわけじゃないでしょ?」
「……えーっと」
「それだけだったの!?」
うあー、と声を上げて頭を抱え込む真弓。吹っ切れてなかったか。
「仕方が無い。侘びに何か奢ろう」
「マジでっ!? なら私クレープと綿菓子とたこ焼きと磯辺焼きと焼きソバと林檎飴とから揚げとフランクフルトと……」
「ちょっ、おま!?」
一気に元気を取り戻した真弓に苦笑しつつ、財布の中を改めて確認する。
一応、既に使った後だからそれ程余裕があるわけではないのだけれども。
「何。一度言った事を覆すの?」
「ぬ、むぅ」
結局、すべて奢らされた。