109:Mars Fight
二人と別れた後、早速件の人物の気配を追ってみる事にした。
「んー……これは……中央の方かな?」
南側の露天にいたため、方向的には北になる。
でも、これ以上北に行っても露天の類は……というか、この先はまた展示ブースになる。
なんでしょうね。再びへんな予感がしてきたのですが。
暫く歩いていくと、今朝には見られなかった巨大なスクリーンが広場の中心に。
其処に投影されているのは、赤茶けた大地と、その上を滑走するHMの姿。
如何見てもMVRのプレイ動画です。
其処に映し出されているのは、水色のHMの高機動戦闘だ。
凄まじい速度だが、その動きはまるで舞のように流麗。
結構な技量を感じる、HMの扱いに慣れている人間の物だろうと感じた。
「あ」
「おやおや、また会いましたね」
なんて歩いていたら、再び南氏と顔を合わせてしまった。
「賑わってるみたいですね」
「ええ。お昼を過ぎて人が増えてきた、と言うのと、新しく作ったプロモーションビデオの効果だと思うんですよ」
「新しいプロモーションビデオ?」
問い掛けると、南氏はふふふと笑うだけで、それ以上応えてはくれなかった。
「にしても、凄いですねアレ。プロの軍人さんか何かですか?」
「貴方も相当だと思いますが……いえ。LoGの学生さん、と言う話でしたよ」
「ほほぅ」
話を聞きつつ、モニターの傍へと近寄っていく。
シュミレーターはモニターのすぐ脇に設置されていて、その仰々しい筐体は朝見たときからやっぱり代わってはいない。
「……うーん、やっぱりそうだよなぁ」
シミュレーター筐体の内側から感じる気配。
それは、やはり良く知る人物の物と酷似していた。
というか、多分本人だ。
「ああもうっ! なによこのAI! もうちょっと賢くしておきなさいよっ!!」
筐体の中から、明後日の方向にライフルを乱射するAI機を罵倒する声。
うわぁ、なんて思いつつ。取り敢えずはそのプレイムービーを観戦していようか、と思ったのだけれども。
「よければ、参加してみませんか?」
なんていう南氏の言葉に、気付けば俺の首は縦に振られていた。
◇◆◇◆◇◆◇
[敵機接近中]
突如としてシュミレーター内が赤色灯の灯に満たされ、モニターにはそんな表示が横切っていた。
「何!?」
味方機がそろそろ倒されそう、と焦っていたところに、不意打ちのように響くそのアラームに思わず声を上げてしまう。
『いえ、別のプレイヤーさんが貴女に挑戦したいのだそうです』
「って、“乱入”ってこと?」
『はい』
ゲームセンターなどでよくあるシステムで、一人でゲームをしている間はストーリーに沿ってゲームが進むのだが、関連付けされている筐体にプレイヤーがコインを入れると、自動的にプレイヤーVSプレイヤーになる、と言うものがある。
意図的っぽいけど、今回はそのシステムが動いているらしい。
『協力戦も可能なんですけど、“どうせなら実力の程を確かめたい”とか』
その言い様に、思わず口元が引きつるのが判った。
「随分上から目線ね。何様の心算よ」
『いえ、私ではなくプレイヤーさんがですね』
南さんが慌てたように言い繕う。
怒気が表情に出ちゃっていたらしい。ちょっと反省。
『えほんっ、ステージは渓谷地帯。一対一戦闘で味方はいません。それでは、良き戦闘を』
ソレは双方に向けた解説だったのだろう。
南さんは咳払い一つして、解説の後に通話をきってしまった。
「いい加減な……」
少し呆れつつ、けれども少しだけ気分は良い。
あの馬鹿AIに相当ストレスが溜まっていたのだ。こうして一対一で対戦してくれる、と言う辺りは実に気が効いていると思う。
「セッティングは……このままで良いか」
相手のセッティングも判らない以上、此方はオーソドックスに戦える状態で行くのが基本。
此方の搭乗機は不知火宙式。日本政府先導で開発されている、という噂の次期EHM機、の噂話程度のデータをゲーム化した機体だ。
これって情報漏洩になったりしないのかな? なんて心配したのだけど、「大丈夫です。本物から参考にしたのなんて外見だけですから」と南さん。
外見って、つまり本物はあるって事なのかな? なんて考えて。
とりあえず、外見が気に入ったのでそのままこの機体を選んだのだけれども。
機動力重視の軽装軽量機。メインスラスターより姿勢制御のサブスラスターが重視されていて、曲芸のような細かな動きが可能。
私の肌に結構相性の良い機体で、本当にコレが実在すればなー、とも思う。
「さて」
装備を再確認して、OKをクリックする。
と、殆ど時間差も無く画面が暗転。フィールドの景色が映し出されていた。
ああ、少し自分が高ぶっているのがわかる。
ようやくハンデなしで、喧嘩が出来る。
「不知火宙式、出るわよっ!!」
モニターに表示される「Fight」の文字に、思わず声を出して宣言していた。
モニターのはるか先に映る赤の機体は、けれど楽しげに此方へと銃口を向けていた。
◇◆◇◆◇◆◇
「――いいのか、アレ」
「機体そのものは良いんですけど、名前がねぇ。版権ギリギリとか言われちゃいまして」
「版権?」
「武御雷、とか」
「あぁ、そりゃダウト――ってか、もろアウトだ」
なんて、下らない事を南氏と話しつつ、さっさと此方は機体と装備を決めていた。
機体は疾風特装型で、装備はジェネレーター強化の基本武装。
疾風は元々動作自体は滑らかな機体だから、出力さえ何とかなれば、意外と長く扱える機体だったりする。
というか、このゲーム上では素の疾風は弱すぎる。アレで全クリした自分をほめてやりたい。
「そういえば、南さん」
「はい?」
「このゲーム、機体のカラーリングって替えられないんですか?」
問い掛けてみる。
此処まで性能の良い機械なんだったら、その程度の処理は容易いと思うのだけれども。
「できない事は有りませんが」
「やっぱり、自分の持ち色とか有ったほうが、色々と感情移入しやすいと思うんだよね」
「成程。なら少し待ってくださいね」
声が止まって、カタカタというキーボードをうつ音が聞こえる。
やっぱり企業の人は、信頼性の高い鍵盤入力なんだな、なんて思う。
「この筐体には本来色変更機能はないんで、此方から少し弄りますね。えっと、ご希望のカラーリングは?」
「ダークレッドで」
「また微妙な」
「了解。#8b0000……っと」
モニターの中、セッティング画面の疾風が途端に赤黒く染まっていく。
「……なんだか、途端に悪役機みたいになりましたね」
「悪役……」
俺の魔力色なんだけどなー……なんて内心がっくりしつつ。
「……ふふん」
少しだけ、テンションが上がる。
昔乗っていた自分専用機。そのカラーリングもダークレッドだった。
なんとなく、自分専用機を思い出してテンションが上がる。
「うわっ、同調率が上がった!?」
「やっぱりモチベーションってのは大切ですよね」
OKを選択した途端、画面が暗転する。
どうやら向こうは既にセッティングを終えていたらしい。
赤茶けた大地の向こう。はるか遠くに見えるのは、山吹色の機体。
パッと見の装備は、オーソドックスに纏まった突撃砲二門と長刀二刀。
隠し武器でもないのならば最も基本的な基本武装だ。
成程つまり、正面から相手してくれると。
嬉しいねぇ。いや、本当に。
ある意味戦友である彼女の、実力を一部と言え垣間見られると思うと。
「疾風特装型、出る!」
思わず洩れ出た気合の言葉。
抜くのは中距離突撃砲。照準は既に、はるか彼方の山吹色へと向いていた。