108:Second Stage After
「ふぁ……」
思わず漏らしたあくびを、慌てて手で押さえて隠す。
此処で下手な行動を取れば、周囲に喧嘩を売っていると解釈されかねない。
「お疲れ様です」
「四十万さん、後はお任せしてもいいですか?」
「勿論。此処は任せてください」
四十万さんに後を託して、慌てて整備ドッグを後にする。
なんというか、周囲の「コンチクショウ」な視線に耐えられなかった、と言うのが話の真相なのだが。
「やっぱ、負けとくべきだったか……」
二回戦を二分四十八秒。カップラーメンが出来るよりも早く終わらせてしまった現状、終わらせてしまった相手やその同僚から、憎悪とまでは言わないものの、色々な感情を向けられている。
魔術的に感覚を研ぎ澄ます側の人間としては、そういう人の放つ意識というのは、結構此方に対して負荷を掛けてくるものなのだ。
「うっぷす」
なにしろ、二回戦の相手は相当に相性がよかった。
相手は中距離火器支援型の機体。此方の電磁妨害圏外から、大量の砲弾をばら撒く事で一気に勝利しよう、という戦術を行使してきた。
まぁ、戦術とは言うものの実質は力押し。但し最も教科書に近い、ある意味効率の良い。
そういう基本形ほど、此方としてはやりやすかったりするわけだ。
まず最初にスモークを焚いて、相手の視界から姿を消す。
相手も当然前の試合で此方が電子戦用と推測しているだろうから、むこうは即座に射撃を続行。即座に此方をロックオンしなおし、射撃を継続してきた。
まぁ、相手方はセンサー類を強化してくるだろう、というのは当然此方としても読めていた話だ。
スモークを張りながら、此方からは囮を大量に散布していく。
一度に起動するタイプの物ではなく、一つ潰されると次が起動する、という連続起動タイプのやつを。
妨害罪入りのスモークで、対象を視覚的に把握できない向こうさんは、強化したセンサーにしたがって、見事な精度でデコイを撃ち抜いていく。
まさに機械を過信しすぎて注意力が落ちていた相手。
此方は電子戦用装備を能動型から受動型に切り替え、相手の電子機器への干渉から、自機へ向けられた探査電波の吸収及び相殺へと変更。
デコイに気をとられている相手の背後へ回りこみ、そこからドリルの魔力攻撃を連射。
遠隔では少し威力の落ちるドリルだが、数撃てば威力は十分カバーできる。
で、相手パイロットが気絶した頃合を見計らい、デコイをスモークの中を移動させて回収する。
後に当たるかもしれないパイロットがこの試合を観戦している場合を考慮して、相手に一切の情報を与えないように。まさに外道。とても正々堂々とは言えない戦いである。
まぁ、そんな戦い方で勝利しているという経過から、周囲からは複雑な感情を向けられているわけだ。
――正直、居心地悪いとかそんなレベルじゃねーぞ、と。
で、四十万さんに後を託し、こうして再び露天を見に来ていたわけなのだけれども。
「あ」
「え?」「あ」
屋台の味比べを楽しんでいたその真っ最中。
不意に何かを感じて、少しだけ歩く方向を変えてみた。
そうしたら、真正面から来るカップルと目が合ってしまった、と言う話。
「よぉ、お二人さん。デートかな?」
「でっ、デート!?」
「―――(赤面)」
西野陽輔と香山千穂。LoGで真っ先に友人になった、初々しいカップルだ。
といっても本人等はまだ友達付合いの心算らしくて、見ている此方としてはニヤニヤしたりじれったく感じたりと、相当面白いカップルなのだけれども。
「ん? 違うのか?」
「それは、その……」
くっくっく!
言い淀んでいる様のなんと面白い事。
返答次第では隣の彼女の高感度が変動しますよ、と。
……まぁ、あんまりからかっても後が恐いので、この辺で終わらせておこう。
「――まぁ、何でもいいさ。今日は二人か?」
「あ、ああ。この間の件でだと思うんだけど、招待券が来てたからさ」
「招待券?」
「あれ? 巧はそれで来たんじゃないのか?」
いいや、と首を振る。本当に招待券なんていうものは――いや。
もしかして、今回の公開競技に呼び出されたのが、もしかしたら招待にあたるのかも。
「ん? ってことは、真弓も来てるのか?」
「真弓ちゃんは、――御用事があるって……」
赤面する千穂が、弱々しく言葉を紡ぐ。
こういうときこそ矢面に立つのが紳士と言う物だろうに。陽輔め。初々しいなぁ。
じゃなくて。
「用事……ねぇ」
だとすれば、この脳裏に引っかかる、見知った気配は一体誰の物なのでしょうね。
「まぁ、あんまり詮索しても後が恐いからな」
「何が? まぁ、そのほうがありがたいけど」
「ふん、精々紳士的にエスコートするが良い。因みにオススメは南側の露天と、西の舞台ステージくらいか。中央よりの展示ブースは、デートコースにはオススメしないぞ」
ゴメンね南氏。
でも、カップルにアレはオススメできない。
最後の言葉を小さく、陽輔だけに聞こえるように囁いて。
「デッ……おう、ありがとよ」
ただ、こういう微妙なところで男前なコイツだ。
早々心配はいらんだろう。
「んじゃな。千穂嬢も、しっかりエスコートしてもらえよ」
くっくっく、と笑い声を残し。
背後に見える真っ赤なカップルの視線を背に受けて。
後はお若い二人に任せて……張りに、その場を後にした。