106:before setting
ギリギリ間に合った。
正確に言うと、試合の開始時間にはまだ一時間ほどの余裕がある。
けれども、試合に出るに当たってこちらも色々と準備を済ませておかねば成らないのだ。
「七瀬くん、如何ですか?」
「バッチリですよ四十万さん。この短期で此処まで仕上げれるとか、ちょっと驚愕なんですが」
いいながら、昨日の若い整備兵のお兄さんに応える。
このお兄さん、名を四十万さんと言い、驚いた事にこの年で技術仕官、大尉さんらしい。
若いのに凄いなー。
「ちょっとしたコツがあるんですよ」
「いや、コレはもうコツとかそういうレベルを超越して、匠の技というか……」
話題に立っているのは、HMとパイロットとのマッチングの話。
HMは作業機械であるし、当然“万人に使える”機体を目指して設計されている。
けれども、やはり同時に其々が戦場で馴染ませる、というのが有る意味HMの本来の姿。
HMというのは、搭乗者に合わせてOSを調整……成長するのだ。
「この1001号機は本来予備機で、よく整備してたから、機体そのものの癖とかはわかるんだよ」
「成程。でも、自分のデータは?」
「それはほら、事前に送られて来てたデータを参照したんだよ」
故に、こうした予備機。万人に使われるような機体には、如何しても他人の“癖”というか、そういう違和感のような挙動が染み付いている事がある。
何もそういう細かな“癖”に限らず、緊急時の出力配分だとか、照準を合わせたときのタイミングだとか。
そういうのは成長であって、故障とかではない。故に、それを“矯正”するのは本来、結構手間のかかる事の筈なのだけれども。
「――って、シミュのデータだけで? それでよく出来ましたね」
「シミュレーターって言っても、送られてきたのは高度演習機のデータだったしね。実機を動かしているのとそう代わらないデータが取れましたよ」
それをこの四十万大尉は、機能とあわせて数時間で、完全に此方に機体を適応させるまでに整備して見せたのだ。
うん、職人だなぁ。
四十万大尉の言葉に感心しつつ、機体と意思を同調させる。
SLSによる機体との同調率は94.6%と、まるで長く扱い続けた機体であるかのような高い数字を示していた。
さて、今回の俺が操るのは、疾風1001号予備機。普通の疾風だ。
細部のチューニングは瞬発力に向けて調整してある。この人工筋肉っていうのは、油圧系のに比べると如何しても最大出力で劣る。なら、特徴を最大限に生かすセッティングに。
次いで武装面。
本来は一対一という事で、なるべく軽装にし、相手に捕捉されない高機動撹乱、とかが一番いいのだろう。
でも、多分それは他の誰かがするんじゃないだろうか。
一番オーソドックスで、多分それが一番安定する。
だからこそ、今回は少し違う方向性から攻めてみたいと思う。
重火器装備、というのは好きなのだが、一対一の狭い範囲でソレをやってしまうと、機動力が鈍っている所に必殺の一撃、なんていう文字通り手も足も出ない展開になってしまいかねない。
ならばうーん。イロモノでも使ってみるかな?
なんて考えて用意したのが、現在の1001号特殊工兵仕様とでも言うべき機体。
背後に電子戦用追加バックパックを装備し、バックパック脇には火薬式ショートパイルバンカー(先端は丸めてある)と、腰には振動地雷を六機。
肩部追加スラスターで推力を補い、右手には魔力式空間穿孔ドリルなんていう漢のロマンまで積んだ。
驚いた事にパイルバンカーもドリルも軍の備品だ。
仕上げた後には思わず四十万大尉と揃って唖然と苦笑してしまった物だ。
だって如何見てもイロモノなんだもんな。
「で、作ったは良いんだけど、七瀬君これで本当に勝てるの?」
一応軍の依頼で出場しているわけ何だし、こんな外見如何見てもふざけている様にしか見えない機体で出場して、その上もし負けでもしたら。
いろんなところで睨まれるのは間違いない。
「くくく。普通はそういう反応ですよねぇ。如何見てもコミック的というか、下手なシャレにしか見えない気体ですもんね」
「……もしかして自信あるの?」
当然。喉で笑いながら頭を縦に振った。
「まぁ、本番までどういう戦い方をするのかは、楽しみに待っていてください」
「うん、期待しておくよ」
苦笑気味に、けれども四十万大尉は頷いて見せた。
なんていうか、軍人らしくない柔軟な対応。こういう人は嫌いじゃない。
「あ、そうだ」
「うん? 何処か不具合でもあった?」
「いえ、そういう事じゃないんですけど……」
うーん、と声に出して唸る。
本当はもう余り時間が無い現状で言い出すべきことではないのは判っているんだけれども。
「えっと……マーキング、入れてもいいですかね」
言うと、四十万大尉はにっこりと笑って頷いた。