104:MVR
pipipipipipipipipipi---------
「む、ぬ……」
部屋に固定されている目覚ましの音で、ゆっくりと意識を覚醒させる。
見開いて一番の天井。見慣れない天井だ。
「……あ、いや。基地か」
自分の現在の居場所を記憶の中から再認識して、改めて自分を認識しなおす。
此処は遠野駐屯基地のゲストルーム。自分は七瀬 巧。
……久しぶりに夢を見た。
懐かしい、けれどもあまり思い出しても楽しくはない過去。楽しかったけれども、同時に苦境の中にあった過去。けれども、大切で忘れる事なんて出来ない過去。
何年だったか。あの時は確か俺が10さいくらいの時だから……7年前か。
もう7年も過ぎた。本当、時間って経つのが早いと思う。
「本当、時間って……時間?」
ふと目にとまった外の景色。何でだろうか。俺の気のせいでなければ、妙に暗い気がするのだけれども。
五月蝿くなり続ける目覚ましを止めて時間を確認する。
「……05:30?」
Hahaha。これは一体如何いう事だいジョディー。
……いや、ジョディーって誰なんて面白くも無いセルフ突っ込みは放置。
いや、5時ですよ五時半。
「……えーっと」
可能性として。考えてみよう。
先ず此処は軍の施設。そしてそんな場所の客室に泊まる人間と言うのは、大雑把に考えて軍に関係する人間と考えるのが普通だろう。
んで、軍の人間だったのだとすれば、例えば早朝演習とかに参加していた、とか。
その起床の合図に客室の固定目覚ましをセットしていた、とか。
如何よこの推理。
「――――――」
なんだか少し寂しさを感じつつ、とりあえずもう一眠りするか、もうこのまま起きてしまうか。
「……うぅ」
貴重な睡眠時間がザックリ削られてしまった事に一憂しつつ。
――とりあえず、ベッドから立ち上がったのだった。
「結局眠れなかった……」
まぁ、眠れなかったというよりは、もう一度寝てしまうと寝過ごしてしまいそうだった、というのが主な理由なのだけれども。
その分の時間は魔術の自主トレに当てていたので、時間を無駄にした、という事は無いが。
そうしてふと気付けば、既に時間は良い頃合。
あと2時間もすれば今日の「一対一/対個人演習」がはじまるのだけれども。
機体の調整とか、やるべき事は既に昨日の内に済ませてある。
あと二時間……余裕を見ても一時間。如何使うか考えて。
「うし、露天だな」
そんなものは考えるまでも無いとばかりに財布を取り出し、ズボンのポケットに突っ込む。
ジーンズにシャツとカッターを羽織っただけの、なんともいえない家着な感じなのだが、まぁ私服だし。センスとか今一なので判らん。
「昨日は食料系で攻めたから、今日は……遊戯系かな……?」
身支度を整えて、そのまま客室を後にする。
時刻は既に8時手前。この時間帯、既に建物の中は人の喧騒で賑やかだった。
朝食を取ろうか、何て考えも浮かんだのだが、とりあえず朝食は露天で何か買えばいいかと考え直して食堂はスルーした。
此処の食堂は案外美味しいので、また昼は食べにくるかもしれない。
「えーと、パンフパンフ」
遠野駐屯基地公開演習。ゴールデンウィークに行われるこの大見学祭というか、お祭りごとと言うか。
このお祭り、軍の敷地でやっている、と言う割には規制もゆるく、その上立地上の理由(LOGやらに近い)から、矢鱈と色々な出し物が……それこそ、たこ焼きや綿飴なんていう基本的なところから、企業の露天、なんて物まであったりする。
「おっ」
ほら、あった。
某格闘系ゲームで有名な企業の看板が張り出されるのを目にして、思わず其方へと歩み寄っていく。
看板の周囲には、矢鱈と派手なカラーリングの人型ロボットが描かれていて。
「ふむ……RSFロボットアクション、ね」
どうやらこれはシュミレーター系のロボットアクションらしい。
興味をそそられて、実際にその筐体へと近付いてみた。
――ふぅん。ゲームの筐体にしては、なんと言うか矢鱈とゴチャゴチャしているというか、なんだかHMのコックピットを思い出すというか。
「こんにちは。MVRに興味がおありですか?」
なんてことを考えていたら、不意に背後から声を掛けられた。
振り返ってみると、其処にはスーツを着て眼鏡をかけた、痩せ型のいかにもなサラリーマンが立っていた。
「ええ、少し。貴方は?」
「コレは失礼。私、このMVRの担当をしています、南というものです」
そう言う南氏の胸元には、確かに露天やブース関係者に配られる名札が。
成程と頷きつつ、しかしそんな人がただの客に声をかけてくるとは何事かあったのかと首をかしげる。
「いえ、暇だったので」
そうですか。
その一言に思わず感情が顔に出ていたのだろう。
南氏は慌てて取り繕うように言葉を繋げた。
「宜しければ、コレ試してみませんか?」
「……いいんですか?」
「ええ。どうせ他には人も居ませんので」
言われて、確かにと気付く。
この筐体が設置されているのは、中央の少し南側。立地としてはかなり良い。
だというのに、これほど目立つこの筐体、寄り付く人の姿は……朝という事を除いても……あまりに少ないような気がする。
「何か有ったんですか?」
「いえ、単純にこのゲームに人気が無い、としか……」
言うと肩を落とした南氏。
んー、モチーフとしては面白そうなんだけど……。
なにせ、コックピットがHMそっくりと言う時点で、かなりリアル系に近付いているという事だし。
「ええ。なにせこのゲーム、HMのシミュレーターの廉価版として開発された物ですから」
mjd……まじでか。
「ええ。その為SLSで操作する事も可能ですし、逆に魔力適正の低い人でも簡単に操れるよう、補助AIや動作マクロも充実させて、としてあるんですが……それでも難しすぎる所為か、あまり人が寄り付かなくて……」
しょんぼりする南氏。
なんと言うか……これは言ってしまっても言いのだろうか。
「……あのですね」
「はい?」
「すぐ傍で実機が稼動していて、廉価版どころか正規版のシュミレーターも稼動している上、此処はLOGも近いですし……その、ただのシュミレーターなら、特に目新しくないんじゃないかなー……と」
「!!??」
あ、落ち込んだ。
とりあえず一度試してくれという南氏の要望に応え、渋々機体へと身体を押し込む。
本当は時間制限の関係上、あんまり一つの場所に固執したくないんだけれども。
「それじゃ、起動します」
今回はスタッフ側からのお試しという事で、ワンコインはフリーという事に。ラッキー。
モニターに薄らと明かりがともっていく。
表示されるOS、続いて『MVR(TestVer.0.98)』と表示されていた。
「初めはシステムの誘導に従ってください」
「了解っと」
南氏の注意の直後、音声ガイドが流れ出す。
オペレーターでも意識しているのだろう。何処か軍隊口調の、けれども柔らかな女性の声がスラスラと案内の言葉を並べる。
最初に機体選択。
簡単な数値で表されている様々な機体。その中には、幾つか見た事のある機体もあった。
「これ、紫電改と疾風だよな……?」
其処に表示されている機影をみて、思わず呟く。
けれどもその機体名は紫電改二式、疾風特装型と、微妙に名前が違い、更に機影そのものにも若干ではあるが差異が見受けられる。
これはゲームのオリジナル要素なのかな、なんて納得しかけたのだが。
「ああ、このゲームの舞台設定が火星っていう設定なんですよ」
「火星……って、それでSF?」
「はい。で、火星で活動可能なように改造されているHM、という設定です。機体構想自体は実在するものを使ってますから、現在の実働機の派生だったりもあるんですよ」
成程、と頷く。
確かに現状、月面までなら人類は既に進出しているし、その内火星を居住可能にする、なんていうのも言い出しかねない。
ならまぁ、SF系というのも納得か。
「でも、なんでまた紫電改と疾風をモチーフにするかな……」
例えこの先人類が火星に進出したとして、その時代にこの機体が……レストア機であったとしても、用いられているとは到底思えないのだが。
「そこはほら、大人の都合といいますか。実在するHMの系譜が繋がっている事で、リアル系という印象を強めたい、なんて建前と一緒に、諸々の企業がスポンサーに入っていただいていたりと……」
「おk把握。もういい喋らんでくれ」
そんなドロドロな大人の事情、聞きたくネーヨ!
とりあえず意識をモニターに向けなおし、改めて機体を色々と見直していく。
様々な種類のある機体。どれにしようか、というのはこういう類のゲームでは必ず迷う。
その内ゲームセンターで稼動するなら、今は適当に選んでも良いのだが……。
「なにこれ。白光? やたらと廃スペックですね」
「あぁ、これはストーリーパートでの主役機ですからね」
まぁ、主役が優遇されるのは何時の時代でもあること、と。
「んじゃ、疾風特装型で」
「ええっ!?」
どうやら主役機を選んでほしかった様子の南氏。
情けない声を上げないでほしい。。良い大人なんだから。
「何故!? 白光を選ばないんですか!? こういう場合、先ずは主役機でしょう!?」
「いや、だってアレ、なんかデザインが嫌で」
全体を白で、ぬるっとした角のない丸みを帯びた機体。
そのくせ双眸カメラ型プラス一対のアンテナとか。ちょっと狙いすぎていて、俺は受け付けない。
「――デザイン……駄目ですか」
がっくりと首をおとす南氏。
まぁ、もう面倒くさいので無視の方向で。
『操作方法を選択してください』
アナウンスの声に迷わずSLSを選択。
直後にアナウンスの声で、実際に接続のテストを行う旨が告げられた。
――。
『接続テスト完了。準備は宜しいですか?』
アナウンスの声に、魔力接続で肯定を返す。
『発進許可。これより、疾風特装型、発進します』
ソレを合図に画面にゆっくりと色彩が走り出す。
人工的な背景は、徐々に高画素で描き出されるCGで、赤い世界を描き出していた。