009:鋼の決意
今回少し長め。
陽輔視点です。
※ ※ ※ ※ ※
「くそッ!!」
巧が通信を閉ざしてしまってから5分。状況は刻一刻と悪くなっていく。
「ギョエアアアアアアアアアアアッ!!!!」
右、左、右と左右交互のパンチが叩き込まれる。
半ば馬乗りになったHMの体重の込められたパンチは、しかしそれでも大した効果を得られていないようだった。
「…っ、不味いぞ、巧の魔力値、もう60%を切ってる」
魔力とは、すなわち人間の根源的な力だ。
その枯渇はつまり、生命力の欠乏に繋がってしまう。
「くそっ!! なんとかならないのかっ!!」
少し試してみたこちら側からの魔力供給。
試みて、すぐに駄目だと判断した。
この機体の魔力消費量は異常だ。
俺なんかがこれ以上干渉しようとすれば、逆にバランスを崩して足を引っ張りかねない。
……くっ!!
「……っ、そうだ、西野くんっ!! 私達で出来る事が有るかもしれないっ!!」
と。不意にそんな声に横から揺す振られて。
同じコックピットに登場していた少女…香山さんが、そう言ってモニターへと手を伸ばしていた。
香山さんはさっきから内線で下のコックピットの樋口さんと会話をしていたのだが。
「出来る事…って?」
「このコックピットは出力制御の為の箇所ですよ」
「…? それが如何か……」
言うと、香山さんは指をピンッと立てて目の前へと突き出してきた。
「いいですか。現状、この機体は七瀬さん一人の魔力で動いています。当然魔力不足の現状では、全体を100%に活用する事なんて出来ません」
やっぱりそうなのだろう。サイズも、旧い機体と言う事も在るし、だからこその三つのコックピットだ。
「けれどもです。部分的に、ならば出来ない事も無くはないんです」
「…は?」
「魔力の配分を適時調整するんです」
曰く、件のアンノウンという怪物を倒すには、どうしても魔力を高めた状態での攻撃が必要なのだとか。
しかし現状、この機体に対して魔力の濃度が低く、どうしても攻撃時の魔力が希薄になってしまっているのだそうだ。
「現代のHMなら、操縦者にその権限が回されるんですけど、この機体は……」
「そうか、俺達がコントロールしなきゃ!? わかった。でも、どうすれば…?」
残念ながら、HMに乗ったのは今日が初めてだ。
魔力の分配なんて参考書で少し読んだ事しかない。
「パネル操作は私がやります。でも、操作にはどうしても概念上の操作が必要になるんです。そちらをお任せします」
「え、ええっ!?」
『大丈夫よ。必要だと思うところに流を向かわせるようにイメージするだけ』
内線からの声。どうやら樋口さんもこの会話を聞いていたようだ。
「い、イメージって…」
『機体側から情報が転送されてくるから、それを見取り図にすれば良いのよ。ほら、早くっ、巧くんもそう長く持たないわよ!!」
息を呑む。
何だかんだ言って、結局全部一人でやってしまおうとする、今日であったばかりの友人。
「…っ、解った。やってくれ、香山さん」
頷いた香山さんを確認して。その手の平がパネルをぱちぱちと叩いて。
次の瞬間、奇妙な感覚に脳裏を焼かれた。
例えるなら、思考がもう一つ増えたような感覚。
そこに表示されるのは、三次元のアーキテクチャで構成されたこのヤマトのグラフィックモデル。
なるほど、これが“見取り図”と言うことか。
「何処に魔力を回せば良いんだ!?」
「拡散している無駄な部分の魔力を、随時必要と思う場所に…腕っ!!」
説明の途中で香山さんが声を荒げた。見れば、正面のアンノウンがあの光を放とうとしていた。
咄嗟に両腕へと全身の可能な限りの魔力を回す。
ゴパッ!!
と、その瞬間。
それまで受けていた筈の衝撃が殆ど無い。
どころか、視線をモニターに向けると、アンノウンの光を拳で叩き割る巨大な手が映っていた。
「う、わっ!?」
「まさか、これ程までとは…」
大和が一歩踏み出す。
魔力の供給が両手に行ってしまっている所為か、その動きは少し鈍かったが。
ゴガッ!!
「ギョエアアアアアアアアアアアアアッ!!!???」
魔力密度が最高潮のその右手で、アンノウンを思い切り殴りつけた。
響く悲鳴は、この戦闘始まって初めてのもので。
魔力が篭っているのといないのとではこれほどまでに差が出るのだろうか。
殴られた部分から緑色の液体を漏らしたアンノウンは、此方を警戒するように少し距離を置いて離れた。
――ピッ
『…やっぱり、お前等か』
不意に通信機から響く声。
それは、ついさっきからこの機体を操縦している馬鹿の声だった。
「お前なぁ、一人で勝手にやるなよ…」
『いや、しかしお前らに負担をかける訳には…』
『きみ馬鹿でしょっ!! 魔力以外にも出来る事なんて幾らでも在るのっ!! いい、私達は君に守ってくれなんて一言も言ってないんだから、それって偽善よっ!!』
突如通信に割り込んできた…いや、これは全体通信だから割り込んだわけではないのか…樋口さんが、通信機越しに猛烈な勢いで巧へと口撃しだした。
『う、それは…いや、しかし…』
『実際、陽輔くんがやって見せたでしょうがっ!! 実例が在る以上、素人云々なんて言い訳は聞かないわよっ!!』
『む、むぅ…』
何と言うか、恐ろしい。
声と勢いで巧をあっと言う間に丸め込んでしまっていた。
『それに、ほら』
声と共に、ディスプレイに新たな表示が示される。
これは…地図か。地図上に表示されているのは、周囲の詳細なマップと、自分の位置、アンノウンの現在地などなど。
地表状況まで表示された、詳細な図だった。
「す、凄い…」
『私達は何にも出来ないってわけじゃないの。出来ることだって在る』
怒りを含んだような、そんな声。
『私を、舐めるなっ』
…なんていうか、物凄く個人的な怒りなんだろう。私達じゃなくて、“私”をだったし。
何かコンプレックスでも在るのかな?
『…正直、スマンかった』
そんな、少ししょぼくれたような声が帰ってきて。
正直な話、俺も少し怒っていたのだが、それもさっきの樋口さんの怒鳴りで殆ど沈静化してしまっていた。
そこに、こお声を聞いて、もう怒りなんていうのはさっぱり消えてしまっていて。
「ほら、巧。“そんなこと”は如何でも良いから、アンノウンがまた攻撃しかけてきたっ!」
言いながら魔力の配分を再び変更する。
全体の芯に魔力を確りと通し、特に腰部と肩に魔力を集中させる。
ズンッ、という振動。正面にぶつかったアンノウン。
しかし、今までとは違い、そのまま押し流される事はない。
押し返されるどころか、今度は逆にそのアンノウンを突き飛ばしてしまった。
「ゴアアアアアアアアアアアッ!!!」
数瞬無防備になるアンノウン。
その瞬間、大和は両の拳を握り合わせていて。
何をやるのかなんと無しに把握して、即座に可能な魔力を両腕に回す。
ゾゴンッ!!
「ゲゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!?????」
絶叫。
アンノウンの脳天に、両手を合わして作られたハンマーが直撃して。
アンノウンは緑の体液を垂れ流して、そんな絶叫を上げて転がりまわって。
『…陽輔…』
「話は後で。今は目的最優先だろ」
『……ああ、そうだな。サポート頼む』
それで、ようやく。
話に、なんとなしに決着がついていた。
「…難儀な奴」
言って肩を竦める。
巧は確かに有能なんだろうが、そのせいで自分ひとりで何でもやってしまおうとしていた。
天才型によく在るタイプだが、ああいうのは総じて孤立しやすい。
そのくせ繊細だというんだから。
「でも、格好良かったですよ」
と。横からそんなことをふと言われて。
人生史上、これ程までにテンションが上がったのは初めての経験だった。