000:序
『皆さん、御覧になれますでしょうか、正面のターミナルの向こう側に見えますあの巨影をっ!!』
テレビの向こう。
ニュースキャスターの女性は、そんな言葉を尊大な態度を持って告げていた。
『手前に見えますのが、防衛軍の“疾風”です。三期編隊で構えているのが解りますでしょうか』
画面に表示されているのは、三機の人型特殊車両。
濃緑の装甲に身を包んだ、全長約16メートルの巨人は、その手に盾とマシンガンを装備していて。正面に立ちはだかるソレに対して銃口を向けていた。
『対して、アンノウンは強固な装甲を纏っているようで、疾風の攻撃は今一効果が薄いようです。防衛軍は引き続きアンノウンに対して攻撃を……』
このキャスター、やっぱり身振りが激しい。
それで個性を演出しているのだろうが、正直うざったくて仕方ない。
電気屋の正面に設置されたテレビから視線を外す。
正直、どうせどうにかなるのだから、俺が此処に留まってテレビを見ている必要も無いだろう。
「けど……あーあ。疾風も完成しちゃったし、暫く何にもなさそうだなぁ……」
EHM−07“疾風”
人型特殊車両を軍用に改修したゴツゴツの機体だ。
操作系統には相変わらず
ソーサリー・リンク・システム…SLSを採用し、燃料は軽油式エンジンとオド式魔力機関の併用。電縮式筋肉搭載によりスムーズな動作が可能……。
「はぁ……」
もう、乗ることは出来ないのだと思うと。
物凄く憂鬱だ。
「名機だったもんなぁ……」
糞親どもの作った歴代の機体の中でも、アレは素晴らしかった。
反応性からフィードバックされる外部反応に関する何から何まで。
「完成、しちゃったもんなぁ……」
両親のラボは、疾風が完成した今でも自由に出入りできる。それは昔からしていたんだし、今更どうこうなると言う話でもない。
が、もうあのラボには疾風は置かれていないのだ。
「あー、だる」
つまり、俺がラボに行っても、もう疾風に乗る機会は訪れない。
「あーもー!!」
完成したのは良いことだ。俺が文句を言うような事ではない。
が、しかしもう少し工期を延ばしてくれれば…とかも思ってしまう。
言った所で仕方が無いというのに、全く。
ちらりと腕時計に視線を落とす
……とりあえず、時間がヤバイ。
「う、わっ!?」
入学式だというのに、初日からの遅刻は不味い。不味すぎる。
「か、風の精霊よっ!!」
意識の糸を周囲に居る風の精霊に繋げて、意思を伝える。
風の加護によって身軽になった身体で、軽自動車並の速度を出して人通りの少ない道を駆け抜けていく。
本来こんな事に精霊の力を借りるなんていうのは不敬に当たるかもしれないが、…まぁ、気の良い精霊たちだし、ちゃんとお礼をいっておけば大丈夫だろう。
「ちょ、マジやべぇ!!!」
更に速度を上げて駆け抜ける。
この調子なら間に合うかどうか、五分五分と言うところだろう。
「とにかく走れっ!!」
間に合わなくても走れるだけ走るれと駆け抜けて。
私立ローレ・オブ・グリモワール学院…通称LOG学園の入学式まで、あと数十分。
間に合えと念じて、更に更にと速度を上げて。
速度の上げすぎで公僕に職務質問され、結局でだしには遅れてしまうのだった。