62話 光を貪れ
「……う、うぁぁあああああああああ!!!」
熱気の中、いきなり轟いたその叫び声に、俺も機械人形も一瞬気を取られた。
反射的にその方向を向くと、片腕を失った少女が、真っ直ぐに敵へと突っ込んでいき──
「食らえぇぇええ!!」
────片腕で支えた燃料タンクを思いっきり、銀色の顔に叩きつけた。
三十キロ近いそれを叩き込まれ、地面に後頭部を強打するそれ。
ソイツにマウントを取り、まるで重さを感じさせないかのような動きで、ガンガンガンと殴る殴る殴る。
しかし敵も正気を取り戻したのか、残った片腕をホムラに向けようとしている。
彼女はそれを見るが否やタンクを雑に捨て、同じく残った片腕でそれを地面に縫い付ける。
俺は、その光景を前に、目を見開くことしかできなかった。
これこそが、第三の、選択肢。
確率論じゃあ測れない、そして俺もあの人形すらも考慮していなかった事態。
もう1人の、戦士の登場。
俺の中の前提が覆った、そんな瞬間だった。
「ナカイ、見てるんでしょ!!」
突如呼ばれた、自身の名。
その意図に意識が及ぶ前に、彼女は言葉を続ける。
「後は全部、任せるから! 絶対、倒しなさいよ!!」
傍観と、介入。
何故か、相反する二つの単語を思い出した。
前にも、どこか似た状況が、あったようななかったような。
そこまで考えたところで、俺の脳内に電撃が走った。
まるで全ての謎が、あっさりと氷解してしまったかのような。
「……全く」
俺は溜め息を吐きつつ、自分のあまりの鈍感さを反芻する。
まるで、俺の考えることを全て知っているかのような口ぶりをしやがって。
…………まぁ、当たり前か。
似てる奴がいるって、言ってたもんな。
アイツの傍に転がる、穴が空いて燃料の漏れだすタンクを見やりながら、俺は一人で呟く。
「…………ちゃんと戦えるじゃないか、アイツ」
そう言う俺の口元は、笑っていた。
今までのような、それとは違った笑み。
それが果たしてどのようなものなのかは、俺自身にもよくわからなかった。
でも、これだけは言えるだろう。
アイツは今この瞬間、街の命運をひっくり返した。
そのことだけは、確かだ。
手榴弾を構えつつ、俺はあいつに聞こえるように叫ぶ。
「今からやるが、死んでも知らないからな!」
「良いから早く!! 片腕じゃもう限界なのよ!」
「はいはい、行くぞ」
今まで止めていた手榴弾投擲を、再開する。
今までの投擲レートより、少し早い速度で。
それと同時に、ホムラはマウントを解除して逃げる。
上の抑圧がなくなり、独特な機械音を立てながら徐に立ち上がる機械人形。
そのすぐ傍に転がる、いくつかの手榴弾。
「…………っ!!」
ホムラは頭を、残った片手で抱えて伏せる。
直後、起爆時間を合わせた手榴弾達が、一斉に起爆する。
手榴弾の熱と衝撃が、瞬く間にタンクから漏れ出た燃料に届く。
酸素と結び付いたそれは、より大きな衝撃と熱量を生む。
白い光の中に、赤髪の戦士と銀色の人形は消えた。
轟音が、鳴り響く。
熱風が、吹きすさぶ。
遮蔽物越しに、帽子を押さえる俺。
一瞬前までその暴威を振るった爆風が、今収まる。
それでもなお、立つ影があることなど、見なくてもわかる。
俺は静かに物陰から歩き出て、その先にいるであろう、ヤツと対峙する。
「…………」
残り少ない命の灯を燃やし尽くし、街を照らす閃光へと変えた一人の戦士。
俺はその姿を思い浮かべながら、ぽつり呟く。
「……傍観して、悪かったな」
『ウルフザレイ』、起動。
遅れて飛来した光線は、俺に多少のダメージを与えただけで掻き消える。
「余計なお世話でも、なんでもいい」
手榴弾のピンを外し、残り少ない時間を赤く光る眼に凝縮し、俺は呟く。
「後は、俺に任せろ」
────
俺は、手に持った手榴弾を投げ込んだ。
そして光線をできるだけ受けないよう、先程逃げていた時と同様に、いやそれよりももっと速く。
ジグザグかつ不規則、敵の射線に入らないような動きで敵をかく乱する。
その間も、手は、止めない。
片手で速度も失ったそいつに、たとえ距離が近くとも、加速した俺を狙い撃ちできるほどのスペックは存在しない。
一方的に攻撃しつつ、俺は徐々に近づいていく。
手榴弾の破片に、自分も被弾しかねない距離。
俺はその破片を、バトルドラッグによるステータス強化や、持ち前の『反射神経』と『予測』で回避しながら、またも距離を詰める。
まるで彼我の距離と敵の命の残量が、比例しているような感覚すら覚える。
距離が縮まれば縮まるほど、敵の体力が減っていく。
時間とともに近づいている以上、そのこと自体は当たり前なのだが。
そのことにどこか、引っ掛かりを覚えていたのも、確かだ。
だから俺は、必死に近づいた。
最後はこの手で終わらせるという、気概を以て。
残り、数メートル。
『ウルフザレイ』の残量も、なんとか持ちそうだ。
後、もう少しだ。
もう少しで、手が届く。
届け────
突如視界が、ぐらりと揺れる。
思考が、途切れる。
思わず俺は、膝を着き、頭を押さえる。
バトルドラッグの、副作用。
酷い酩酊のような感覚が、俺を襲っていた。
「……これは、流石に、戦闘どころじゃ────ぐふ」
無防備な俺の土手っ腹に、光線がぶち当たる。
赤いエフェクトが舞い、衝撃でしりもちをつく俺。
視界の端に見えた敵のHP残量は、ほんの少し。
その少しに、俺は顔を白く染めた。
手榴弾を数発投げるだけの手数は、今の俺にはない。
そして、何より。
……いや、この状況になれば、今更言うのも野暮かもしれないな。
幸いなことに、バトルドラッグの効果は切れても、どうやら『ウルフザレイ』のバッテリーはまだ切れていないようだ。
…………といっても、もう切れかけだろうがな。
今さっきの一撃を防いだだけでも、上出来と思った方が良い。
意識が混濁し、動けない俺に、規則正しい足音で近づいてくる銀色。
それはまるで、今までの戦いに何の感情も抱いていないかのような、そんな表情をしていた。
それは静かに手の平を向け、独特の機械音を発しながら、光線を撃ち出す──
「────とでも思ったか、この傲慢野郎が……!」
──直前、その腕を、力に任せて強引に逸らす。
空を裂く光線が、俺の頬を焼き、後方で爆音を散らす。
ふらつく足に鞭を打って立ち上がり、敵の口に手榴弾を無理矢理ねじ込む。
完全に虚を突かれたそれは、無抵抗のまま口を俺の手に塞がれた。
「…………!?」
「引きはがそうとしても、無駄だ。筋力極振りを舐めるな」
素の瞬間握力『200キロ』の俺の手を、そう簡単に引きはがせるはずもない。
そのまま、死へのカウントダウンが少しずつ、しかし着実に進む。
無感情な漆黒の瞳を湛えながら、誰に聞かせるでもなく、淡々と口を開いた。
「『恐怖』が存在せず、過去のデータを絶対的な基準にするような奴には、俺がなんで近づいてくるのかわからなかっただろ」
酷く痛む頭を心の手で押さえながら、俺は呟く。
「遮蔽物の後ろから投げる方が、かわしながら投げるよりも効率がいいのに、なんで近づいてくるのかって」
口内手榴弾。
ゼロ距離で、衝撃を余さず敵にぶち込める、手榴弾にとっての最高威力の攻撃。
その威力は甚大で、普通に至近距離で爆破したときに比べ、数倍ものダメージを叩き出せる。
俺は、それに賭けたのだ。
「どうせ気分が高揚してたからとか、冷静さを欠いたから、意味なんて存在しないから。概ねそんな風に推測したんだろうが、それは違う」
俺は、気づいていた。
今現在の、自分の、手榴弾の限界に。
そのままでは、倒し切れないことに。
今までのような、時間の問題じゃない。
手榴弾の、数が、致命的に足りなかったのだ。
「こうしなきゃ、お前を破壊できなかったから。その一点以外、俺には見えちゃいない」
遮蔽物の向こうから投擲していただけじゃ、ギリギリ、本当にギリギリ手榴弾の数が足りない。
……たかが一発、急所に当てただけで誤魔化せるほどの紙一重。
それを運が良いか悪いか考えるのは自分次第だが、俺はそれをチャンスと考えた。
俺はあえて敵の正面から突っ込み、被弾覚悟で特攻した。
それでも手榴弾を投げ続け、遮蔽物から投げた時と比べて与えたダメージは減ったものの、その分近づけた。
そして近づければこうして、スキを見て口内手榴弾を叩き込める。
それこそが、唯一の勝ち筋、最善択だったから。
「最悪、自爆特攻するのも考えていたがな……結果論だが、何とかなって助かった」
もしホムラが来なければ、全身に残る手榴弾全てを括り付けて特攻するつもりだった。
……正直それでも倒せるかは怪しかったが、それしか俺に取れる手段がなかった。
仮に倒せたとしても、その場合俺は約束を守れない。
逃げることも、死ぬこともしないと約束したのに、それを率先して破るのはどうかと思ったが、街が守られないよりは気まずい方が百倍マシだ。
それくらい、俺は切羽詰まっていたのだ。
剣を胴体に当てられなかった時点で、条件的にほぼ俺の負けと言ってもよかった。
それを覆したのは、紛れもなくアイツだ。
……ある意味、アイツが街の英雄と言っても、過言ではないのかもな。
ぎりぎりと、金属の顎を締め付ける俺。
その終わりが近いことを、俺は理解していた。
「…………まぁつまり、俺が言いたいことは、たった一つだ」
刹那、カウントがゼロになる。
俺の手を巻き込み、銀色の金属塊があっけなく破裂。
胴体から力が抜けて崩れ落ち、その、今はないはずの頭を垂れる。
その、まるで神に祈るかのようなそれを蹴り飛ばし、俺はただありのままを呟いた。
「ツイてなかったな、スクラップ」
残ったのは、頭のない天使の残骸と、それを見下ろす一人の悪魔のみだった。




