61話 Wolf the ray.
俺は『切り札』を使うために、振り向いて『ウルフザレイ・零式』を起動。
これで一時的に、光線からのダメージがとんでもなく軽減される。
光線の集中砲火に晒され、減り続けるHPを横目に、俺は手に持った手榴弾、『スモークグレネード』を投げる。
地面に放られた缶のようなそれから大量の煙幕が噴出し、俺や周りの建物の姿をあっという間に覆い隠す。
HPの減りが、ぴたりと止まる。
黒煙で減衰された光線が、『ウルフザレイ』を突破できなくなった証だ。
そしてこれにより、敵の監視の目に、一時的に空白期間が生まれる。
その時間内であれば、俺は逃げることも、何かしら一手を打つことも可能になったということ。
勿論、敵の知覚手段がカメラによる視覚のみではないかもしれない。
それでも、問題はない。
少なくとも俺の知るそれにおいて、俺の行動を鮮明に認識できるものは、存在しない。
赤外線カメラも、サーモグラフィも、どちらも赤外線によって対象を感知するものだ。
濃い黒煙が、その程度の光を通す訳がない。
更に言えば、俺の周囲には『火』という熱源がたくさん存在している。
当然温度差が激しいため、煙が晴れた後も恒常的に誤魔化すことは難しいだろうが。
一時的な誤魔化しとしては、文句なしだ。
星もない漆黒の中で、俺は一人、考える。
…………相手は、『俺に対抗策がないことを知っている』。
十中八九逃げるか反撃かを考慮し、そこに脅威がないと判断し、その場に留まるはず。
煙が晴れるのが先か、煙の中から対象が出て来るのが先か。
どちらにも対応できるよう、光線の準備を整えながら。
それで、いい。
「俺は逃げるつもりも、死ぬつもりもねえよ」
スモークグレネードで生まれた幾ばくかの猶予を使い、アイテム欄から一つのアイテムを取り出す。
それは、あまりに毒々しい色をした小型の錠剤。
俺はその錠剤を、一息に飲み込む。
その、瞬間。
「…………ッ!!!」
目がちかちかするような感覚が、俺を襲った。
体の奥が、ただひたすらに熱い。
俺は目を閉じ、空いた片手を自らの頭に当て、鼓舞するかのように呟く。
「落ち着け……わかってたことだろ……!!」
熱量はさらに増し、心臓の鼓動がばくばくと、やけに近く聞こえる。
熱湯を直接流し込まれたような、まるで体が変質するような感覚に、俺は必死に耐える。
一分越えの数秒が、漸く終わりを告げる。
ぱちぱち、ぼおぼお、ごおごお。
どこか痺れるような感覚とともに、俺は静かに、目を開く。
びりびりと、しかしいつもとは段違いの力が漲る腕を見下ろし、俺は独り言ちる。
「…………これは、副作用が怖いな」
俺が今飲み込んだ錠剤は、『バトルドラッグ』と呼ばれるもの。
端的に言えば、猛烈なステータス強化を一時的に付与する代わりに、制限時間が切れると一定時間副作用が襲う、といった代物である。
その制限時間は、スキル『生存本能』の初期レベルよりは長い『10分間』。
それでも短めなので、本来ならば安易に頼るべき代物ではないのだが。
「……時間もないし、さっさとしなきゃな」
俺はどうせほぼ見えない目をまた閉じ、耳に手を当てる。
いつもより鋭敏になった聴覚をフル活用し、俺は『音の位置』を探す。
…………敵が移動した、万一の可能性を潰すために。
弾けるような音や燃える音の中に、微かにその音を見つける。
言葉で表現するのは難しいが、あえて表現するとすれば、『光線が撃ち出される直前』のような、明らかにこの場にそぐわない音。
そこからある程度の位置を割り出すと、予想通り敵はほぼ移動していないことがわかった。
それを確認した俺は、またもアイテム欄を探る。
全てをひっくり返す、『切り札』を取り出すために。
中空に掲げられた俺の片手の真横に、何の脈絡もなく現れる、巨大な銀色の片刃。
周囲と同化して見えにくい黒い持ち手部分をしかと握り、それを支える。
妙に馴染む柄を軽く振り、俺は感触を確かめる。
俺の力の入れ具合に反し、それは暴力的な風圧を以て振るわれる。
それで煙が晴れてしまえば元も子もないので、俺は慌ててその腕を止める。
現実より科学の発展した世界で、一人の職人の手によって生まれた、どこか原始的で無骨な大剣。
魔物を素材とした、最高峰の切れ味を持つ金属剣。
その剣の銘を、『魔剣シルヴィアス』と。
身の丈近い大きさを持つそれを片手で支えつつ、俺は思う。
初陣が持ち主以外なのに加え、本来の用途とは違う形で使われるのは、剣にとっちゃ堪ったものじゃないよな。
…………まぁ、ごめん、我慢してくれ。
心内で剣やその持ち主、造り手等に軽く謝りつつ、俺は迅速に準備を進める。
念のためもう一度敵の動向を確認し、それも加味して方向を微調整。
『確実に当たる軌道』を探り、目線を少し上に向ける。
片足を引き、柄を持つ腕も後退させ、息を吐く。
…………対象が見えない投擲は、初陣以来か。
……あの時に比べれば、自分のタイミングで投げれるからマシ……と思いたいが、今回は敵の位置も手探りだからな。
…………まぁどうせ、成功はするから問題ない。
失敗しないと、決めたからな。
少し揺れる心臓を理性で押さえつけ、俺は静かに、暗闇の向こうの機械人形を見据える。
そして俺は、走り出す。
数歩の助走分のエネルギーを踏み込みに、上向きの力へと変える。
背中のばねを意識し、自身の運動エネルギーのできる限りを剣に伝える気概で、俺は腕を振りぬく。
自分の背に近い長さの金属剣を投げたとは思えないほど、軽い感触が腕に残る。
そして。
金属を貫くような、そんな音が耳朶を打った。
俺を中心に吹きすさぶ風で黒煙が吹き飛ばされ、視界が開ける。
そこに映っていたのは、片翼と片腕を奪われた、歪な機械人形の姿だった。
────
物陰から手榴弾を投げ込みつつ、俺は自分の不始末をぼやく。
「…………これは、やっちまったかもな……」
そう。
この状況は、俺の意図したそれとは少しばかり、隔たりが存在していた。
実は、『魔剣シルヴィアス』を敵の胴体に投げ込む予定だったのだ。
そしてそれが胴体の中心をぶち抜き、敵を瀕死寸前まで追い込み、後は手榴弾連投で片をつける。
それが、俺の本来の計画だった。
仮にぶち抜けなかったとしても、『魔剣シルヴィアス』は敵の胴体に刺さったままのはずなので、後はどうにでもなるはずだったんだが……。
少し、計算が狂った。
……というより、不確定要素に負けた、という感じだろうか。
…………いや、認めよう。
これは俺の、失策だ。
まず、スモークグレネードを投げ込んだこと。
これにより敵の視覚を無効化した代わりに、こちらの感覚まで鈍らせる結果となった。
俺はそれを『バトルドラッグ』によるステータス上昇で掻き消したかったのだが、流石に聴覚だけでは少し無理があったようだ。
敵の居場所を正確には特定できず、あくまで『確実に当たる軌道』を選択してしまった俺のミスだ。
あそこは、多少博打でも『胴体に当たるであろう軌道』を選ぶべきだったのだろうが、もう遅いし、それは結果論だ。
当たった分、ましと考えた方が良いんだろうな。
そして、『バトルドラッグ』を使用してしまったことにより、今まではあってないようなものだった『明確な制限時間』が、圧倒的に縮まってしまった。
敵を殺せなかったことを確認した俺は物陰に急いで隠れて応戦を始めたが、残りは九分しかない。
それが終われば、俺は甚大な副作用に襲われ……戦闘どころでは、ないのだろう。
そしてもっと最悪なことに、手応えのない翼部分に当たったことで、『魔剣シルヴィアス』は慣性のままに闇に消えて行ってしまった。
あれさえあれば、光学バリア『ウルフザレイ』によるごり押しが可能だったのだが、ないものをねだっても仕方ない。
つまり俺の勝利条件は、残る武器『手榴弾と諸々』で、『九分以内に』相手の残り五割を削り切ること。
……敵がいくら弱体化していて、楕円軌道の利を活かせるとはいえ、色々と難しい数字であるのは確かだ。
懸念事項を淡々と挙げながら、打開策を模索する俺。
しかし俺の頭は、このままでは勝利には程遠いと。
もうほぼ詰み、俺に取れる手もそう多くない。
俺の脳が、言っている。
アイツに俺一人で勝つ方法は、事実上存在しない。
……魔剣があれば、手榴弾にもっと威力があれば、と何度考えたことか。
しかし現実、というか仮想現実は、どうやら俺の思うようにはいかないようだ。
…………はは。
確実性を優先したせいで、逆に窮地に追い込まれるなんてな。
……まぁ、まだ諦めるには早いんだがな。
俺は思考を切り替え、己の勝利条件を更新する。
……そう。
街に入るまでにアイツを壊せれば、俺の勝ち。
それを勝利条件とするならば、まだ巻き返せる。
……乗り気ではないし分の悪い賭けではあるが、どの道やるしかないだろうな。
と言っても、ここから俺が取れる手は、殆ど残ってはいない。
そこに俺の思考が挟まる余地はなく、最適解は明白だった。
魔剣なしでアイツのHPを削り取り、街に侵入する前に破壊する方法。
一般人な俺には、たった一つしか思い浮かばなかかった。
「…………悪いな」
俺は手榴弾を体に縫い付けつつ、息を吐く。
「約束、守れなそうだわ」
爆発音の中に、一つの絶叫が轟いた。




