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53話 嘘

 無事役所を追い出された俺は、まずはショップに向かっていた。

 勿論、今後の戦闘に必要な物資を買い足すためである。


「これとこれと……あれ、金足りるかな……あ、ギリギリだな、あぶな」


 自分の所持金欄を見て、その額に冷や汗をかく俺。

 …………予想以上の金額で、これだと三人分の所持金が全て飛んでいくことになるんだが。

 ……念のため、ゲーム内マネーは俺が全て預かっており、一部会計担当のような役目を果たしていた俺だが、流石にこれはまずいかもしれない。

 完全に横領だよな、これ。

 もし二人にこれがバレたら殺されるな……まぁ、バレなきゃ問題ないんだがな。


 ショップの店員に金を払い、商品を手に入れる。

 そしてそのままショップの外に出て、ウィンドウで時間を確認。


「あ、おーい、探してたんでござるよ」


 目の前でなんかござる口調の奴が話しかけてくるが、無視する。


 ……うーん。

 作戦開始時刻までは、まだ時間がある。

 勿論あいつらより先に外に出ておく必要はあるが……なんか、中途半端な時間だな。

 少し迷うが、どうするか。


「あれ、あの二人はいないでござるか? ……おーい?」


 いや、ここはどう考えても動くタイミングだよな。

 あいつらがいつ来るかもわからないのに、悠長にしている暇はない。

 早く着く分には、何の問題もないのだから。


「無視しないでくれでござるー!」


 俺はその場で振り返り、走る。

 ……ござる口調を置いて。


「……気づいてないでござるか!?」

「安心しろ、わざとだ」

「やっぱり! てか尚更性質が悪いでござるよ!」


 なぜか喚きだしたござる口調こと、ゴーシュ。

 工業区にて、銃剣製造の責任者として就任している青年だ。

 父親のエリンズのケガによる事実上の退任によって繰り上げられた七光り。

 しかし魔物根絶への意思は相応にあるらしいが、少々馬鹿なのだ。


「……なんか、馬鹿にされた気がするんでござるが」

「元々馬鹿だから、馬鹿にされても全然変わらないな」

「意味が違うでござる! てかやっぱり馬鹿にしてるでござるな! ただの馬鹿じゃないってことを今から見せてやるでござるよ!」


 見てろ、とでも言う風に、虚空に指を這わせるゴーシュ。

 俺はそれを、黙って見守ってやろうと思ったが、つい魔が差した。


「今から出そうとしてるものって、まさか剣と服じゃないだろうな?」

「うぐっ!?」

「魔物襲来の報を聞きつけ、なんとか完成させた自分凄い、ただの馬鹿じゃないって、自慢するつもりじゃないだろうな?」

「……」

「それで俺が喜んだところに、手数料やら人件費やらを理由に俺から金を請求し、残った素材も含め丸儲けしようとしてるんじゃないだろうな?」

「そこまでは考えてないでござる!? 残った素材で諸々は十分だから、それ以上は要求しないでござるよ」

「よし、そこまで言うなら十分だ、ありがたく受け取ってやるよ」

「……あれぇ……?」


 どうしたゴーシュ?

 まるで立場がいつの間にか逆転したかのような、素っ頓狂な顔をしているが?


「元々頼んできたのはそっちだから、この対応が正解だろ?」

「そうだけど……あれ……なんかおかしいような気がするでござる」

「まぁまぁ、それで? 肝心のものはどんな具合なんだ?」


 腑に落ちないような顔をしつつ、ゴーシュは一振りの剣と毛皮を取り出した。


 それは、端的に表すならば、銀色で幅広の無骨な大剣、と言ったところだろうか。

 刃は片方のみで、緩くカーブを描く先端は前方に鋭く尖っている。

 創作物で出てくるような身長を優に超える長さ……というわけではなく、ましろの身長より少し短い程度。

 全長にしては刃が広く、まるで所持者を何かから守る用途があるかのよう。

 刃と柄の接合部や柄自体には、この街の建造物と似た黒っぽい金属が使われているようだ。

 その剣が結構な質量を有していることは、それを持つゴーシュの腕が震えていることからして明らかだろう。


 毛皮は、いくつかの種類に分けられているようだった。


 一つは、軍帽。

 この軍帽は、俺が今被っている緑色の軍帽とデザインが酷似しており、よく見たらどちらにも同じ紋章が。


 一つは、コート。

 シンプルな設計のポケットや裾、袖や立った襟の辺りには、赤や黒の刺繍がされており、胸ポケットには何かしらの紋章。

 軍帽に刺繍された紋章と同じものであるが、これは何なのだろうか。

 軍服専用で一目で見分けるためのものなのか、自分の工房で造ったことをアピールしているのか。

 もしくはお洒落なのか、何かしらのブランドなのか。

 ……まぁ、何でも良いっちゃ良いが。


 最後は、スカーフ。

 これはシンプル過ぎて特筆すべき点はないが、強いて言えば……えっと、銀色で毛皮でシンプル。

 一部に、俺の胸ポケットのものと同じ紋章が刺繍されている。


 たったそれだけなのだが、全てにどこかセンスを感じるような気がするのは、気のせいだろうか。


「一応、隣にいた女の子の分も造ってもらったでござるが……コートは似合わないと思って、スカーフにしたでござる」

「ああ、それは英断、天才だわお前。ところで、どこの毛皮職人に頼んだんだ?」

「それが一番大変だったんでござるよ、父上のコネを使ってなんとか。あ、その分も素材の残りで賄えてるでござるから大丈夫でござるよ」

「……あの素材、結構価値あるんだな」

「いや、コネのお陰である程度無理が利いたんでござる。そこは勘違いしないでほしいでござる」

「成る程……そこは素直にお礼言っておくわ、ありがとう」

「……す、素直に言われると、なんか照れるでござるな……」


 俺は目を細め、顔をしかめた。


「だからいつもこんな風に話してんだ。言葉はここぞって時のみ使わないと、その価値が軽くなるからな」

「……なんか尤もらしいこと言ってるでござるが、それ素でござるよね?」

「バレたか」


 意地の悪い笑みを浮かべる俺とは対照的に、虚ろな笑みを浮かべるゴーシュ。

 その笑みは、やはり虚弱なものであったらしい。



「……本当に、大丈夫でござるか?」



 ゴーシュがいきなり、


「いきなり、どうした?」

「……勿論、魔物の襲来についてでござるよ」


 さっきのテンションが、嘘みたいに沈むゴーシュ。

 ……まぁ、それはそうだろうな。

 こいつが責任者になった背景を考えれば、こいつの心境は理解できる。


「……前みたいに、ならないでござるよね」


 こいつが、心配になり、早めに届けてきた理由も、知っている。

 それでもなお、俺は冗談を言い続ける。


「本当にどうした、情緒不安定か?」

「……随分と余裕で、ござるね。それは君が、本当には死なないからでござるか?」


 俺はその言葉に、沈黙を返した。

 否定できないからだ。


 俺は、普通に死ぬNPCと違い、プレイヤーだ。

 一時的にログインできなくなることはあれど、この世界から永遠には消えることはない。

 それが多分、この認識の齟齬を生み出しているんだろうな。


「今から、魔物が攻めてくるでござるよ? ……今は兵士も揃っているでござるし、あの時みたいになる可能性は低いとはわかってはいるでござる」


 あの時。

 それは、ゲーム開始時の一か月前、魔物が外周区に入り込み、重軽傷者を多数出した事件。

 元凶の兵士は街の外に追放されたというその事件の被害者の中には、ゴーシュの父親、工場責任者のエリンズも含まれていた。

 彼は死ぬことはなかったが、現在昏睡状態に陥っており、工場の責任者を息子、つまりゴーシュに譲った。

 ゴーシュは責任者という、文字通り責任の伴う仕事をこなしつつ、父親を傷つけた魔物を駆逐しようと、より強い兵器、つまり魔物の素材による武器を造ろうとしていた。


「……けど、どうしても考えてしまうんでござる。あの時のように、また魔物が襲ってくるのではないか。その時、街は果たして生き残れるのだろうか、俺や、俺の大切な人達は無事なのか、と」

「……あのな」

「悲観的すぎる、というのはわかってるでござる! けど、わかってはいても、あの時の光景がフラッシュバックするのでござるよ! 父上が傷だらけで横たわる、あの姿が、目に焼き付いてて……」


 膝を着いてくずおれるゴーシュに、俺は暫し思考を重ねる。


「……わかった。俺が簡潔に一言で、お前の誤解を解いてやる」


 俺は、脳内の言葉を纏め、言うべきことを一言にした。




「魔物の襲撃は、嘘だ」





「……は?」

「だから、街の近くに魔物の大群なんて来ないし、避難する必要なんてない。お前は、何も気にせずに家でぐっすり寝ていればいい」

「……君は、この状況で、まだふざけるのでござるか?」

「この言葉で納得できないなら、仕方ないな」

「……どういう、意味でござるか」

「できるだけわかりやすく、手短に説明するぞ」


 勿論、魔物の襲撃が冗談、という訳ではない。

 それは紛れもない事実であり、俺には曲げることはできない。


「お前ら兵士以外の人間が、魔物の襲来を知る。……その、情報源はなんだ?」

「それは……デバイスによる警告文でござるが……」

「その情報に、正確性はあるのか?」

「……は?」


 だから、その情報が絶対的に正しいと、お前は胸を張って言えるのか、と聞いているんだ。


「お前は実際に、魔物が迫って来るのを見たのか? 画像なら合成ではないと断言できるか? 街の何かしらの陰謀ではないとどうして確信しているんだ? そもそもその情報が、お前の妄想ではないと言い切れるのか?」

「ぐ……だが……」

「あくまでその情報は、人伝でしかない。限りなく確実性の高い情報でも、それが100%とは限らない。絶対的に信用できる情報など、この世には存在しないんだよ」


 世界五分前説、哲学的ゾンビ、悪魔の存在証明。

 あり得ない、と言われるこれらの事象ですら、完全に否定することはできない。

 それと同じで、情報なんて所詮そんなものだ。

 人間様の主観が創り出した、ただの偶像でしかない。


 ……勿論、全ての情報に意味がないとは言わない。

 ……だが、お前が見ているこの世界は、本当に存在しているのか?

 そもそも、お前はこの世界を見ているのか?

 ……そこまで考えるときりがなくなるから、止めとこう。

 つまり、こう問いたいんだ。


「……人は、一体何を信じて生きればいい?」


 この、何もかもが信用できない、不確かな世界の中で。

 もしかしたら幻想や幻影かもしれない、この世界で。

 お前は一体、何を信じて生きる?


 その答えなんて、たった一つしかないだろうが。

 陳腐な言葉ではあるが、俺はその言葉を呟く。



「自分が、信じたいものを信じるしかないんだよ。例えば俺の場合、金とか金とか、金とかな」

「金、多いでござるよ」

「仕方ないだろ、ゲームな……えっと、世界一の金持ちになるのが目標なんだよ、俺は」

「……そりゃあまた、大きい夢でござるな」

「だろ? まぁ今の所持金はすっからかんなんだがな、今に見てろ、すぐに増えるから」

「ギャンブル依存症の言い訳にしか聞こえないでござる」


 ゲーム内で一番の金持ち、ならばワンチャン手が届きそうな気がしてくるが、世界一と聞くと途端に突拍子のなさが浮き彫りになるな。

 ……まぁ、そう言うしかないんだけどさ。


 ずれた話を修正するように、俺は一つ咳払いをする。



「お前ら壁の中の市民には、魔物の情報はほぼ入ってこない。精々が気を付けるべき危険な魔物や、美味しい魔物の種類と部位くらいだろうな。……だから、正確な情報なんて、誰もわかりやしないんだよ」



 実際、俺にすら、本当に魔物の大群が迫ってきているかなんてわからない。

 直に見てはいないから、本当は魔物の群れなど存在していなかったとしてもおかしくはないのだ。

 だが、俺は魔物が迫ってくることを前提に行動する。

 ……最悪の想定をしつつ、それを潰すように動いて、損はないからな。


 最悪、俺は道化でいい。


 自分への言い訳を心内に留め、俺は話を再開する。


「……だから」



「俺達兵士は今から、徒党を組んで街付近にいるであろう魔物どもを駆逐する。街に入ってくるのは、なんかいつもよりめっちゃ多い魔物の素材のみだろうな」

「……!!」

「そのことと魔物襲来のデマには、何の因果関係もない。ただ、兵士共が張り切っちゃった結果だ。そのこと自体は、魔物が減るという意味では喜ばしいことだろ」



「……まぁつまり、何が言いたいかと言うとさ」



 俺はゴーシュの目を正面から見つめて、静かに言い放った。




「魔物による全てを、次の日には冗談に済ませる。それが俺達、兵士の役目だ」




 魔物の群れが襲って来る。

 その事実を捻じ曲げることは、確かにできない。

 ……だが。


 その魔物の群れを壊滅させ、魔物の襲来をにすることならば、できる。

 至極、当たり前のことではあるがな。

 ……その当たり前が、難しいのかもしれないが。



「言っておくが、俺は今まで一度も死んでいないし、これから死ぬつもりも、逃げるつもりもない」



 ……なら俺は、今まで通り、『トナカイ』らしく行動するまでだ。

 最終的に俺が一番得をしつつ、味方もほどほどに得をする、そんな行動を。

 まぁどの道、俺が金持ちになるには、街が万全の状態でそこにあることが最低条件だからな。



「俺は、失敗しない。失敗させない。……全部、冗談にしてやるよ」



 ……まぁこの場合、完全に一兵士の可能な範疇を超えているような気もするが。

 最初からそのつもりだったし、実際可能だと踏んだからこうしている訳だしな。

 ……秘密兵器も、あることだし。



 ……要するに、俺頑張るから、後はお前の気持ち次第だってことだ。

 どんな策を講じても、結局はそれを、信じられるか否か。

 ……そして人間は結局、信じたいものを、信じるしかないんだよ。

 だから、そのあと一歩を、俺がくれてやったまでだ。



「……信じて、いいんでござるよな」

「ああ、俺は正真正銘、本気でやる」



 ……何より、防衛が成功すれば、街から報酬が出るのだ。

 確か合計額は大体五十万、全員生き残っていた場合だと、一人一万ほどだったか。

 臨時収入だ、やったね。

 それだけで、この作戦を成功させる価値がある。

 ……それだけで、俺が頑張る原動力になる。

 ……それは、きっと、とても良いことなのだろう。



「……じゃあ、行ってくるわ」


 俺は、ゴーシュから受け取ったコートに袖を通し帽子を被って。

 そして、率直に思ったことを呟いた。



「……少し、蒸し暑いなこれ」


 ……よく考えたら、現実は七月だったな。

 確か現実の季節等はある程度反映されるという話だし、そりゃ七月に毛皮コート着る奴は馬鹿だわ。

 いつも暗い曇天で、太陽が見えるのは稀だから、季節感覚が狂ってたわ。

 ……いや、現実では勿論、そんなことはないんだがな。

 それより、このコートについてだ。


「どうせなら、お前の意向もあるし、着て挑みたいんだよな……まぁ、これしかないか」


 俺は仕方なく、銀色のコートを羽織り、そのまま一番上のボタンのみを留める。

 俗に言う、肩掛けの格好だ。

 ……正直、ナルシストや中二病に思われそうで怖いのだが、まぁあのガスマスク女に比べれば……まだマシだと、思いたい。

 というか他人は、普通を余程逸脱していない限り、他人に対して殆ど意識は向けないしな。

 ……この格好が他人にとっての普通の範疇に、留まってくれていることを祈るばかりだ。



「あ、今更だが、この装備届けてくれてありがとな。もしかしたら役に立つかもしれないし」

「……一言多いし、遅いでござるよ」


 そう言うゴーシュは、微笑を浮かべていた。

 ふと突然俺の手を握り、熱誠に満ちた顔で呟く。



「……この美しい街を、絶対に守ってくれでござる」

「わかってるって」


 どちらの意味でも、な。

 どこか熱を感じるそれを手放し、俺は後ろを向く。



「じゃあ、今度こそ行ってくる」



 俺は、スカーフと剣をアイテム欄に入れ、今後の行動について思索を巡らせる。

 ……と言っても、行動自体に変更はないいだがな。

 街の防衛が最優先なのは最初からわかっていたし。

 あくまで俺は、俺らしく行動するだけだ。


 俺は口元に笑みを浮かべ、街門へと歩を進めていった。

 ……目的を、果たすために。




 ……参加プレイヤーを、全滅させるために。



 ――――――――――――――――――――

 PN:トナカイ

 HP:100/100


 Str:57

 Vit:10

 Dex:10

 Agi:10

 Luk:10

 Sen:10


 メインスキル

 『遠投』Lv6

 『投擲』Lv6

 『所持制限解除』Lv∞


 装備

 頭:銀狼の軍帽

 メインハンド:空き

 サブハンド:空き

 腕:白い手袋

 上:軍服(緑)・上

 下:軍服(緑)・下

 腰:革のベルト

 足:革のブーツ

 ~各部オプション~

『銀狼のコート』

『ウルフザレイ・零式』

『AOG 0.50』

 ――――――――――――――――――――

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