52話 いや、俺がいる
あー、この話は前半『壁の中のモブ視点』となっております。
その他の理由もあり、時間の推移がわかりにくいかもしれませんが、予めご了承ください。
…………まぁ、ここまで読んでくれてる読者さん達なら、そんなことあんまり気にしないよね☆
本当、読んでくださってありがたいです☆
門の正面が、正に地獄のような有り様を描いている真っただ中。
僕達のグループは、門の右側の防衛を担当していた。
大規模な魔物の群れを掃討し、街の外壁を脅威から防衛する、そんなイベント。
僕達参加兵士は主に、三つの部隊に分けられていた。
まず、作戦の要である、門の正面を防衛する役目。
ホムラを中心とした彼らは、敵のメイン戦力を門に侵入させず、左右に流すことを目標としていた。
そしてその流れてきた敵と、前方から攻めてくる敵を止め、あるいは倒すのが僕達右翼と、逆側の左翼の役目だ。
だが実際は、敵はこちらにはあまり流れては来ず、また中央も人員を持て余すほどの戦況であるらしい。
双眼鏡で確認してみたところ、敵の数は予定通り、いやそれよりも少し多いくらいの規模であったはずなのに、この余裕。
門正面の赤い景色を見ると、やっぱりという感慨が浮かぶ。
やっぱり、彼女が、この戦況を創り出したのだ。
思えば、彼女は最初から奇特だった。
顔の全面を覆うガスマスクに、体のラインの浮き出るぴっちりとしたつなぎ。
背負うボンベに噴射機は、この世界にとって明らかに異様な武装だった。
銃がメインであるこのゲーム内で、まさかそんな武器が存在するなんて。
そんな、奇抜な武器、そして恰好をする彼女に、僕はどこか憧れを抱いていたのかもしれない。
自分の道を貫ける、その強さに。
「どうやら、このまま終わりそうだな。見ろよ、もう増援は来てないみたいだぜ」
隣の男性プレイヤーに、そう親しげに話しかけられた。
年齢は中年くらいだろうか、残った敵に銃を構えることもしない。
外を見ると、確かに男性の言う通りの光景が広がっていた。
「……そうですね。でも、油断は禁物だと」
「んな固いこと言うなよなぁ! ほら、もうすぐ最後の魔物が倒されるぞ」
誰かが放った光芒に魔物が貫かれ、その場に倒れ伏した。
その場に、暫しの静寂が訪れる。
『こちら左翼、目に見える範囲の敵の掃討を確認』
『こちら右翼、同様に敵影は見えません!』
『こちら正面、敵影なし。故に現在を以て、街門防衛作戦を終了とする!』
そんな声が立て続けに流れ、一瞬の沈黙、兵士達の野太い歓声が響き渡った。
……あっけなかったが、どうやら作戦は成功で終わったらしい。
もっと緊迫した戦いになると予想していたが、まぁ、誰も死ななくて良かった。
……多少、期待外れの感はあったが、突破されるよりは良かったと思おう。
あの赤髪ガスマスクの女性、『ホムラ』の獅子奮迅のごとき活躍のお陰で、そう思えるだけなのかもしれないけど。
もしかしたら、彼女がいなければ、この戦いも危なかったのかもしれない。
…………けれど、それらは全て仮定の話だ。
今は、この勝利を喜ぶべきだと、僕は思う。
「……よし、早速戻って、報酬をもらうとするか! 確か生き残った全員に一万ずつくれるんだったな」
そう言って立ち上がる男性を尻目に、僕も荷物を纏め、立ち上がる。
そして徐に、その男性の方を向く。
「…………は?」
目の前に広がる光景が、最初は信じられなかった。
先程まで、立って喋って銃を撃っていたその男性が。
赤いエフェクトをまき散らして、虚ろな目をして倒れ込み、ポリゴン体となって消え去ったのだ。
……死んだ。
その結論に達するまでに数秒かかった僕は、慌ててその場にしゃがみ込む。
しゃがむことが、できた。
窓から飛来した光芒が、強固な壁に遮られる。
それは壁に傷をつけることは叶わなかったが、もし自分が食らっていたらどうなっていたか。
僕は、今はもう何もない空間に、目を向ける。
きっと僕も、こういう風になったのだろうと、嫌でも理解できた。
あの謎の光が、この惨状の原因なのだと。
僕は、確信した。
僕は伏せながら、匍匐前進の要領で前に進んで行く。
……決して、窓より高い位置に頭や体を出さないように。
下からの狙撃ならば、直線距離を走る光線は決して、窓より下にいる僕に当てられることはないから。
その目標は最期まで達成されたが、僕の望んだ結果に結びつくことはなかった。
僕はあっけなく、本当にあっけなく、一条の光線によってHPを全損させられ、光に包まれて消えた。
死ぬ間際に、僕が見たのは。
赤みがかった暗い空に浮かぶ、2つの無機質な、丸い光。
銀色の装甲を纏った、人型の何かだった。
そして、そのプレイヤー二人の唐突な死、それこそが。
圧倒的な暴力による、本物の蹂躙の、始まりだった。
────
「全滅……した……」
わたしは壁の方を向き、そこに誰もいないことを悟った。
ガクリ、とその場にへたり込む。
みんな、あの魔物にやられたのだ。
あの、圧倒的な威力を誇る、光線に。
並のプレイヤーを一撃死させる、遠距離からの光芒に。
全員貫かれて、奮戦虚しく死んでしまったのだ。
ここにはもう、自分1人しか残っていない。
この作戦に参加したプレイヤーしか外に出ることはできないから。
そして死んだプレイヤーは、この作戦が成功する、もしくは奪還作戦が成功するまでプレイできない。
だから、もうここにはわたし1人しか残っていない。
そう思うと、急に虚しさが湧いてきた。
自分はなぜ、こんな所で震えているのか。
こんなことなら、最初から壁の中でサブマシンガン片手に戦っていた方が良かったのかもしれない。
それならまだ、戦士として死ねたかもしれないから。
…………多数の中の一人として、存在できたのかもしれない。
…………待って、おかしい。
ホムラは、たとえ孤独でも強かった。
いやむしろ、孤独の方が性に合っていた。
それはそうだ、わたしがそうであるべきと望んだから。
だからわたしは、ゲームの中でくらい、強くなりたいと──
そして、現実でもどこか、強くなれたらいいのに、って。
そんな淡い期待とともに、戦々恐々としながら始めたこのゲームで、わたしはホムラという名の一人の兵士になったのだ。
────
現実より少し高い身長に、茜色の髪。
ボディラインの浮き出た黒いつなぎとアサルトライフルを初期装備として携えて、わたしはこの世界に降り立った。
最初は少し恥ずかしく、常に誰かの視線が気になったものだが、いつか買ったガスマスクを恒常的に被るようになってからは、そういう視線も減った。
ステータス振りはStrとVit偏重型にしたわたしだったが、正直アサルトライフルはわたしにとっては軽く、もっと重くて火力があり、近距離制圧力の高い武器が欲しかった。
機関銃等があれば、わたしはそれにしていたのかもしれないが、少なくとも今の所は売られていないから何とも言えない。
でも、重い武器使いたいし、そっちの方が性に合ってる。
どうしよう。
そう考えたわたしにできたのは、強い魔物と戦い、金を稼ぐか強い武器を手に入れる、ということのみだった。
そのために一応、資金を最大限に費やして、自分にできる最高の準備をして、わたしは一人で深層に向かった。
今まで浅層で満足していた、わたしが。
そこに待っていたのは勿論、死闘の連続だった。
深層の、常に群れを成して行動する魔物に、運悪くかち合ってしまったのだ。
途中、新調したライフルの銃身が高熱で融けてしまい、使い物にならなくなってしまった。
わたしはその時から、初期武器で戦うことを強要されたのだ。
あの状況では、初期装備の不壊属性の存在が途轍もなくありがたかった。
ひたすら筋力を活かして銃床で殴ったり、フルオートで弾丸を叩き込んだりして。
どうにかこうにか生き残ったわたしに待っていたのは、またしても魔物。
今度は個の力に頼った魔物であり、初期装備で本当に勝てるのかわからなかった。
でもどうせ、わたしは逃げ切れるようなステータス構成をしていないので、戦うしかなかった。
その思い切りも、思えば勝てた要因なのだろう。
とにかく、わたしは戦った。
全身全霊で、戦った。
そして、勝った。
そしてわたしはいつの間にか、新調したライフルの代わりにとある武器を手に入れていた。
『携帯放射器』。
火炎放射器の、一種だ。
射程は短く、大体のハンドガンの五十メートルにも及ばない程度。
更に重量も異様に重く、普通の銃器が五キロから十キロくらいであるのに対し、これは最大三十キロ越え。
燃料も含めた重量ではあるが、一個の装備重量としては明らかに異常な数字。
StrとVitに多く振ったわたしですら、ギリギリ持てるという有り様だった。
その代わりに射程内の火力は化け物レベルで、延焼による継続ダメージ、火傷による防御力低下や行動阻害等が折り重なって、凄まじい量のダメージとデバフを敵に叩き込む。
プレイヤー相手だと、よっぽどVitに振っていない限り何もさせずにオーバーキルしてしまうほど。
また見た目のインパクトも二重の意味で強いのも特徴で、これによる戦闘は一度見たらきっと忘れられないだろう。
重すぎる重量と短い射程の代わりに、とんでもない攻撃性能を備えた武器が、そこにはあった。
…………そう、わたしの求めていた、重くて強い武器。
ギリギリ装備できたわたしは、Agiが下がったせいで少し重い足を引きずり、戦場に赴いた。
フィールドで試した結果。
強い、その一言に尽きた。
少し難点を上げるとすれば、その高い火力のせいで、肌の露出部分が存在すると微妙にダメージを受けた。
またガスマスクがないと、煙等でまたしてもダメージを受けた。
なのでわたしは、徹底的にその部分をなくした。
そのためと、ついでに少し気になっていたことのためにガスマスクを買い、それを身に着けた。
こうして、わたしは真に『ホムラ』になったんだと思う。
平均的な銃器の何倍も重い携帯放射器を扱い続けることによって、元々高く設定したStrやVitなどがより上昇していった。
最近では、片手で噴射口を操作し、もう片方の手で銃を扱うことも可能になっていた。
……アサルトライフルは少し厳しいが、サブマシンガン程度ならば片手でも問題なく制御できた。
銃自体の重さはそこまででもないし、反動は肩で受け止めれば、高いVitと携帯放射器の重量分増えた体重のおかげで相殺することができていた。
更に言えば、携帯放射器は延々と使えるようなものでもないし、不使用時は背負ったタンクの脇に引っかけておくので、両手撃ちやリロードできる場面も結構多かった。
ダメージソースを火炎放射のみに頼らなくてもよくなったので、わたしはまた強くなれた、と思った。
そして、まだまだ強くなれる。
そう、わたしは確信していた。
そんな、矢先の出来事だった。
ヤツは前兆も予兆もなく突然現れ、わたしの命を一瞬で刈り取ったのだ。
わたしはその日もいつも通り、市街地の中層で魔物を焼きつつ進んでいた。
その時、何者かに即死級の不意打ちを受けたのだ。
何かしらの攻撃で下半身を消し飛ばされたわたしは、赤いエフェクトに溢れ、ノイズがチラついた世界の中で、それを成した奴の姿を、確かに見た。
銀色に光る金属のようなもので全身を包み、背中から一対の翼を生やした、人型の何かの姿を。
人に限りなく近い姿ではあったが、わたしは直感的にそれが人ではないことを悟った。
それは生気のない双眸でわたしを見つめ、手のひらをこちらに向けた。
その、まるで落ちているゴミを見るような視線、そしてソイツが四本の指を広げた光景は、今も鮮明に記憶に残っている。
その後すぐに、わたしの視界は白に染まった。
────
こうして、中層や深層で猛威を振るっていたわたしは、わたし以上の上位者によって容易く殺された。
そしてその後、二つのことを知ったのだ。
一つ目。
中層や深層には時に、常在する魔物とは一線を画す、正に『第二のボス』とも呼べる存在が徘徊していること。
『エリアボス』と呼ばれるそれは、例えるならば天災。
チームならばともかく、単独では自殺行為に等しいと言われるほど。
もし安全に討伐したいのならば少なくとも、十数人による徹底的な連携に加え、事前情報がなければ対処のしようがないほど。
特に市街地のそれは遠距離からの攻撃手段を所持しており、こちらが先に察知できなければ即死確実。
仮に察知できたとしても、その精度と威力は圧倒的で、更に耐久性も別格であるという。
あまりの遭遇率の低さとその圧倒的な強さから、挑もうとして挑めるような敵ではないし、気を抜いたら殺さるしで、未だエリアボスの討伐者は出ていないらしい。
そんなことが、なぜわかるのか。
なぜ、エリアボスを、誰も倒していないことがわかるのか。
そこはわたしも疑問に思ったのだが、それを聞くと情報通の彼は手を出した。
溜め息を吐きつつチップをあげると、微笑を浮かべつつその理由を話し始めた。
実は、ショップのカウンターの横にある大きなモニター。
そこには高額買取という名目で、エリアボスやフィールドボスの素材を売却したプレイヤーがそのモニターに記録されている、ということだった。
ついこの前、初めてフィールドボスが討伐されたらしいのだが、彼らがドロップした素材を売却した際にその仕様が明らかになったのだと。
そしてそこからわかるように、エリアボスの素材はまだ買い取られていない。
すなわち誰も倒していないことになる、ということ。
しかし、わたしが話を聞いた情報通の男性プレイヤーは、
『もしかしたら、素材を売却していないだけで、既に倒した人間が存在するかもな……なんて、そんな訳ないか、ハハハ』
と言って、笑っていた。
その言葉が妙に心に残り、こうして今も鮮明に思い出せるのだ。
そして、二つ目。
……正直、これはあまり言いたくはないのだが……。
…………わたしは所詮、凡人でしかないのだということ。
わたしは、あのレベルの強さの敵を相手に、勝てている自分の姿を想像できなかった。
それくらい、あれは別格だった。
…………あれと同じくらいの強さを持つというフィールドボスに、あまつさえ勝ったプレイヤーがいる、と聞くと、まるでわたしの弱さが際立っているように感じた。
そんなことはないと、思いたい。
自分が強者の側に位置していると、強くなれていると、信じたい。
……けれど、きっとここで、わたしは折れてしまったのだろう。
愛する彼のように、理不尽に一人で立ち向かえるほど、強くはなれないのだと。
いくら強くなった気がしても、それはただの幻想でしかなくて、自分は弱いままだって。
…………挙句の果てに、勝手にわたしはフィールドボス討伐者を、数によるごり押し戦術によるものだと考えるようになった。
それならわたしにだってできる、けどしないんだって。
そう、考えるようになっていた。
……勝手に価値観を人に押し付けるな、か。
正に、その通り。
わたしは弱いから、他人を下げるしかなかったのかもしれない。
あの小虫の言葉も、妙に正鵠を得ていたから。
わたしは今、調子を狂わされているのかもしれない。
けれどそんなこと、別にどうでもいい。
わたしは、凡人だ。
凡人、なのだ。
……強く、なりたかった。
強く、なりたかったのだ。
理不尽な敵にも立ち向かえるような、強い彼のような存在に、わたしは憧れていたのだ。
そして、同時に。
隣に、並びたかったのだ。
……でも、わたしはもう強くなれない、と直感的に思ってしまった。
……誰かと一緒に狩りをすれば、確かに強くなった気にはなれるかもしれない。
数を集めれば、もしかしたらあの理不尽にも、打ち勝てるかもしれない。
……でも、それではダメなのだ。
それがわかっていたからこそ、わたしは────諦めた。
諦めて、しまったのだ。
多分あの時から、『ホムラ』というキャラに罅が入ってしまったのだろう。
『半井』の存在は、あくまで、表面化した原因でしかないのだ。
ここで、思った。
わかって、しまった。
わたしは、わたしだ。
現実のように、弱くて小さなプライドに支配された、わたしのまんまだ。
今までのは、ただの、演技でしかなくて。
強くなんて、なれてなかったんだ。
途端に自分が、脆く崩れていくような感覚を覚える。
寄りかかる壁が、まるで頼りなくなった。
こんなの、もう。
死んでるのと、変わらないよ。
…………だったら、もういっそ突っ込んで死んでやろうか。
何度も、そう考えた。
……けれど。
怖い。
怖いのだ。
あの無機質な目が、どうしても、忘れられない。
……自分から向かっていき、自決する勇気なんて、わたしにはもうないのだ。
ホムラでもなく、そして強くもない、ただのわたしには。
とてもこの恐怖は、乗り越えられそうになかった。
「……怖いよ……」
恐怖心から街を見捨て、自分の保身を、孤独を選んだわたしに果たして、この言葉を言う資格があるのかわからなかったけど。
わたしは、震える肩を抱きながら、無意識にその言葉を呟いていた。
「…………誰か、助けてよ……」
ザッザッと、何者かが走り寄ってくる足音。
アイツが、来る。
わたしは思わず濡れた目を閉じて震え、ただその時を待つことしかできなかった。
「……お前、こんな所で何してるんだ?」
目を開けて、見えたのは、はためく銀色のコート。
その下に黒い軍服を着た、黒髪の少年だった。
それは、リアルでも見慣れた、嫌みで憎らしい奴の顔で。
「半井……」
「……は? なんでお前俺の名前知ってんの?」
彼は、あの時と同じ、無機質なロボットのような目で、わたしを見下ろしていた。




