51話 全滅……した……?
市街地フィールドの住居区において、戦場は正に地獄絵図と化していた。
空を覆う赤黒い曇天は、いつもよりもその厚さを増し、月を覆い隠していた。
夜だというのになぜか明るく、ぱちぱちと何かが弾けるような音が断続的に響いている。
世界は赤い熱に包まれており、頬が火照るような感覚とともに、微妙に減っていく彼我のHP。
その中で、わたしは嗤っていた。
「イイ感じに、燃えてやがんナァ……!!」
……つまるところが、戦場は火の海になっていた。
この変化には、流石の魔物も困惑を隠せないらしく、一瞬停止したところを後ろの光学銃使い達に蹂躙されていく。
仮にされなかったとしても、火によるダメージで勝手に死んでいくか、わたしのサブマシンガン『MP5』に狙い撃たれるか。
魔物にとっては地獄絵図なのだろうが、我々兵士にとっては天国にも等しかった。
勝手に敵が死んでいく中、残った敵を撃ち殺していく。
その様はさながら、殲滅戦という言葉がしっくりきた。
どうせ、ここは一定時間後に復活する。
そう考えたわたしが取ったのは、戦闘前に予め炎の包囲網を作っておく、ということである。
……といっても、本当に囲む様にしても、現在位置から移動して撃っても、火は一定時間で消える。
更に、わたしがいるせいで銃撃が薄めの真正面へのケアが足りなくなる。
故に、わたしはその場で可能なことを行った。
……すなわち、火炎放射による前方への放火である。
扇形に前方全体に放射することにより、光学銃撃の足りない正面を厚い火の海、更にわたしの銃撃でカバーすることが可能。
そして左右にも火は届き、更に後ろからの銃撃のサポートが可能。
一番数が多いであろう中央部を炎による分断、そして敵の進軍の遅滞。
そこをわたしや光学銃による射撃で撃ち、また炎熱や酸欠によりバッタバッタと魔物が倒れ。
一番層が厚いはずの中央部を、余裕で無力化することができていた。
とりあえず手の余る人員は他の場所に回ってもらっているらしいが、それでも今の所戦況には変化なし。
右翼や左翼側の方が手に汗握る戦闘を行っていそうだ。
それでも、火炎による被害で回ってくる魔物は想定より少ないだろうし、更に人員も増強されているのだ。
このままいけば、普通に大丈夫だろう。
通信アイテムから、通信が入る。
『お、おい!? なんか物凄い燃えているが、大丈夫なのか!?』
『問題なイ。どうせ明日には復活してるだろうシ』
『まぁ、それもそうなんだが……それよりお前、逃げれるのか!?』
わたしは、首を振りつつ答える。
『それこそ、愚問だナ。風向きを読んでいるし、自分の逃げ道を塞ぐようなヘマはしないサ』
……まぁ、延焼で壁まで炎が迫る可能性はあるかもしれないが。
その時は燃料による燃焼ではないし、問題ないとは思う。
どうせ、火炎放射器を本気で使えばこうなるのは目に見えているし、むしろ計画的に使用している分こちらの方が良いに決まっている。
門の正面約50メートル、幅も門と大体同じ50メートルくらいは、火と射撃による防衛線が形成されている。
逆に言えば、その範囲外から斜めに抜けるように敵が来た場合、対処できないことになる。
まぁ、その対処は見通しの利く壁の中のプレイヤーに任せようと思う。
最悪門は閉まっているので、一匹通したくらいじゃ問題なさそうではあるが。
ガスマスクを通した空気を吸いつつ、弾倉が空になったことを確認し、銃身上部のコッキングハンドルを引き、後方で引っかけて固定。
……よし。
これでとりあえず、門の正面を突っ切るには炎の壁が邪魔をする、といった構図にはなった。
火が消えた際のためにある程度燃料は残してあるし、更に延焼もあり、このまま続けることはできる。
弾倉左上のマガジンリリースボタンを押し、撃ち終えた弾倉を腰のものと入れ替える。
そしてこのまま戦い続ければ、きっと余裕で殲滅できるとは思う。
敵の強さにも限りはあるし、深層の敵すらわたしに近づくことも、遠距離から攻撃することもできない。
それは今までの経験からわかっており、現在の蹂躙から言っても、それは明らかだろう。
……だが。
固定されていたコッキングハンドルを下に押し込み、ばねの力で前方に引き戻される。
……唯一、市街地内でも遠距離攻撃可能な存在がいる。
それは勿論、プレイヤーというオチではない。
れっきとした魔物である。
……わたしがこのゲームにおいて、一度だけ遭遇し、そして一度だけ無様に殺された、そんな存在。
装填の終わった『MP5』の銃口を魔物に向け、先程のようにトリガーに指をかける。
一目見て、アレには勝てない、と理解できた。
武器や装備の、絶対的な性能差もあるのだろうが。
何より、あいつには──
フルオートにより、分間800発、秒速400メートルで発射された、数発の『9㎜パラベラム弾』。
それは魔物の表皮を貫き、炎熱のダメージも相まって即死させた。
……いや。
いくら市街地の戦闘だからと言って、そいつが出てくると決まったわけじゃない。
このまま、無事に終わる可能性だって存在しているのだ。
更に言えば、プレイヤーも50人近く、ここにいる。
ここまでの人員がいて、負けるはずがない。
それは、わかってはいるのだが……。
世界はこんなにも熱気で包まれているのに、なぜか寒気が止まらなかった。
そんな、ホムラらしからぬ思考を繰り広げている間も、わたしの体は敵を屠り続けていた。
サブマシンガンで魔物を貫き、時折空けた片手で、火をばら撒く。
別に撃たずとも、炎熱で勝手に死んでいくのかもしれないが、どうやらわたしは冷静ではないようで。
湧き上がる不安をただただ晴らすように、わたしはトリガーを握り、照準を合わせ続けた。
そうしてればどこか、安心できるような気がして。
わたしは、強い。
強くなれた、はずなんだ。
たとえ疑似的にでも、そう思える気がして。
わたしは、魔物に銃口を向け、発砲し続けた。
気づけば、目に見える範囲の敵は全て倒し切っていたらしい。
魔物は既にそこにはおらず、また増援が来る気配もない。
見回してみるが、銃声も聞こえないし、戦闘が行われている様子もない。
妙な静けさが、その場を支配していた。
『こちら左翼、目に見える範囲の敵の掃討を確認』
『こちら右翼、同様に敵影は見えません!』
壁の上で一人、双眼鏡を構える中央担当の観測手が、静かに告げる。
『こちら正面、敵影なし。故に現在を以て、街門防衛作戦を終了とする!』
その瞬間、こちらにも聞こえるほどの歓声が、熱気の中に轟いた。
どこか寒さに支配されていたわたしには、その声を素直に受け止めることができないでいた。
……本当に、終わったのだろうか。
周りを、見渡してみる。
炎と建物の瓦礫、そしてそれらの影しか見えない。
低い位置にいるわたしが見つけられるようなものを、観測手が見逃す可能性は、低い。
それが示すことは、すなわち。
「……勝った、のカ……?」
あっけない終わりのような気がして、わたしの声は少し震えた。
けれど多分、他人にこの声が聞こえていたら、いつもと変わらないくぐもった声だと答えるだろう。
けれど、わたしは
突然遠くで、光が煌めいた。
思考が、停止した。
間違いない。
アイツだ。
気づけば、とんでもない量の赤いエフェクトが散っていた。
右腕に衝撃を受け、無防備に倒れ込む。
満タン近くのHPが、一気に赤まで持っていかれる。
おかしい。
わたしのVitは、人並み以上にはあるはずなのに。
危険を感じたわたしは、ごろごろと転がって屋根の上から落ちた。
幸い足から落ちれたのでダメージ判定はなく、また狙われることもなかった。
とりあえず両足を地につけ、立ち上がろうとするが、なぜか上手くバランスが取れない。
そこで、気づいた。
右腕どころか、肩が根本から消えていた。
そしてそこからは、出血を示す赤いエフェクトが断続的に散っていた。
胸の四分の一程まで抉れており、もし逆側だったら即死だったであろう。
火炎放射器のボンベも上部分が抉れているが、どうやら燃料をある程度使っておいたおかげで引火は避けられたらしい。
ボンベ内には、ガソリンがまだ少し残っていた。
後ろで、爆発音や光学銃の着弾音が聞こえるが、そんなこと知ったことではなかった。
わたしはガスマスクを外し、飲用回復薬を取り出して、一息に呷る。
減っていくばかりだったHPゲージが、じわじわと増え始めた。
もう一つ回復薬を飲み干し、少し余裕ができたところで、わたしはストレージから止血剤であるタブレットを取り出して飲み込む。
これで出血は止まるだろう、と、わたしは漠然と思っていた。
愕然とした。
傷口から散る赤いエフェクトも、回復薬の切れたHPゲージの減りも、多少マシになった程度でしかなかったのだ。
わたしはその理由を、すぐに悟る。
止血剤が、十分な量なかったのだ。
今まで負傷する機会そのものが少なく、また止血剤を使用せずとも対処できることばかりだったので、初心者セットの中の止血剤で十分だと思っていたのだ。
しかし、これほどの傷には、止血剤1つでは足りないらしい。
……もしくは、初心者用だから、効果が薄かったのか。
どちらなのかはわからないが、少なくとも。
このままでは、回復してもすぐに削られ、確実な死が待っている。
いつもなら街に戻れば、少なくともHPゲージの減りは止まり、そして欠損以外は全回復するのだが。
わたしは、歯噛みした。
……現在の街は、非戦闘地域ではない。
故に回復もしないし、普通にダメージも受ける。
たとえ街に戻っても、出血による継続ダメージは止まらないし、減ったHPも元には戻らないのだ。
それを直すには、敵を全て倒し、現在の生存人数を誰かに伝えるしかない。
……だが。
HPの減る速度、回復薬の消費速度は、明らかに速い。
あの魔物を倒すまでそのまま耐えられるかと問われると、残念ながら否と答えるしかなかった。
思考の、堂々巡り。
まるで堅牢な金庫の中に、その金庫を開けるための鍵が入っているような、そんな歯痒さ。
……でも。
わたしはただ、祈ることしかできなかった。
わたしじゃ、絶対に勝てないから。
……役に立つことすら、できないから。
あの魔物が、この街を襲おうとしている訳じゃないことを。
このまま、門に手を付けずに、元の居場所に戻ってくれることを。
そんなこと、あり得ないのに。
アイツは本来、中層や深層でしか、遭遇しない。
それなのにここ、浅層にアイツがいるのだ。
確実に、この街を陥落させようとしているに、決まっている。
戦闘音が聞こえる時点で、そしてわたしの止めを刺さない時点で、そんなことわかりきっていた。
…………だったらせめて、壁の中のプレイヤー達が、倒してくれることを祈ろう。
数としては余裕で超えているはずの彼らが、わたしにはなぜか、とても頼りないもののように見えた。
お願い。
彼らが全滅してしまったら、最早誰も守れる人がいなくなってしまう。
わたしはもう、戦えないから。
もし『ホムラ』が今のわたしを見たら、何て言うだろうか。
怪我を免罪符にして戦いから逃げるナ、とか、どうせ死ぬんだ、ゲームの中でくらい玉砕覚悟で抗えヨ、とか。
自分を叱咤する声は聞こえて来るけど、わたしはどうしてもその場から動けなかった。
怖い。
怖いのだ。
たとえそれが仮初でも、死ぬのが怖くて、何が悪い。
臆病で、何が悪い。
…………少しの間でも生き残って、何が悪い。
どうしても、あの視線が。
あの、死んだような、元から生きていないような、そんな視線が。
わたしは嫌いで、そして怖かった。
だから、わたしは────
気づけば、後ろの壁の中は不気味な静寂に包まれていた。
先程まで聞こえていた、光学銃の特徴的な音も、今はもうなかった。
それは、1つの純然たる事実を示していた。
「全滅……した……」
掠れた声が、喉の奥で響いた。




