50話 決戦前夜
「……さて、邪魔者もいなくなったことだシ。そこの人、壁の内部構造の説明と配置について任せてもいいカ?」
わたしは、先程進行を担当していたNPCに話しかける。
「あ、ああ」
「なんか途中から進行を奪ってしまって申し訳ないナ」
「……いや、問題ない。配置についてはある程度決まっているから、それを各自に伝えるので、それに忠実に行動してくれ」
各自に、細かな作戦が浸透していく。
わたしは門の前に陣取り、敵を片端から掃討。
他の人員は壁の中から、各所に設けられた窓を介して攻撃。
敗北条件は、門の突破。
逆に言えばそれ以外ならば一応、街が陥落したりはしない。
……例えわたしが死んでも、その分の報酬は山分けされるだけで、失敗とはならないのだ。
でもまぁ、死ぬつもりは全くないけどね。
だって、今のわたしは。
わたしは、背負ったタンクに繋がる噴射機を見やる。
『携帯放射器1-1型』。
最初の方、無謀にもソロで深層に潜り、死闘の末になんとか倒した魔物。
そいつは深層ではただの魔物だったのだが、わたしはとんでもなく運が良かったのだろう。
なぜかこれと、替えのタンク一式を落とし、わたしは変わった。
これを装備して中層の魔物を蹂躙していく内に、わたしの、筋力と耐久に偏重したスキルやステータスは、少しずつ上がっていった。
そしてそのステータスは、他に類を見ないほどの上昇。
……あの時からきっと、わたしは『ホムラ』になったのだろう。
がちがちに固定された後方のグリップを握り、わたしは思う。
これがある限り、わたしは負けない。
強く、なれたのだから。
……だけど、ついさっき。
街に魔物が迫っているというイベントらしきものに参加し、役所に向かった。
そこまでは、良かった。
しかしそこで、誤算が起きたのだ。
そのせいで、わたしは、ホムラは、そのペースを崩された。
口調は一応ホムラのままだったが、心はきっと──
「……お、おい。大丈夫か?」
誰か、プレイヤーが心配そうにこちらを見やる。
どうやらわたしは思案に耽っていたらしい。
表情の見えないガスマスクは、こういう時は便利だ。
「んあ、問題なイ。……準備は、できているのカ?」
「ああ、みんなできているよ。今持ち場に着き始めている所だ」
「そうカ……オレもそろそろ、向かうとしよウ」
いつもと同じ、抑揚のない声でホムラは呟く。
わたしは扉を開け、エレベーターへと歩を進める。
淡々とした足取りで、役所から門への道を歩くわたし。
……自分が、間違っているとは思わない。
あの黒髪の戦力外を追い出したことは、自分が感情的になっていたことを含めても、正解だったと思う。
理由としては、二つある。
まずは、ホムラの冷静な思考によるもの。
銃も剣も扱ったことのないプレイヤーなど、この世界ではゴミだ。
勿論戦闘力という一面のみではあるが、プレイヤーは全員等しく兵士であるこの世界において、戦闘力がないというのは致命的だ。
観測手とかだとしても、護身用にハンドガンでもいいから、銃は扱うべき。
それをそいつは、怠っていたのだ。
そして観測手や補佐を担当するというのならば、まだわかる。
……しかしあいつは、戦闘員を自称したのだ。
勿論プレイの仕方は、千差万別だ。
素手で戦おうとかいう異常な奴も、存在するかもしれない。
……だが、それを戦力外として追い出すことは、なんら間違った選択ではない。
ましてや、仲間ですらないのだ。
あいつが傍観し、報酬を同じだけもらうというのは、許しがたい。
これは正当だと、思う。
そして、二つ目の理由。
これはあくまで、わたし見によるものなのだが。
あの小虫は、正真正銘のクズだから。
それは、今回だけじゃない。
リアルでも、だ。
あいつはいつも傍観し、自分以外を人間と思っていない。
その死んだ目で周りを見回し、興味のないことに関しては、いくら当人が困っていようと手を貸さない。
それを嘲笑うかのように、傍観を決め込むのみ。
友人がそれに気づいてそれを止めると、そのことが全くなかったことになったかのように振舞う。
……そのせいで、どれだけわたしの心が傷つけられたと思っているんだ。
無機質な視線に込められた、その悪意に。
だから、わたしは間違ってなど、いないはずだ。
人間のクズで雑魚を、追い出した選択に誤りはないはずだ。
……だけど。
ふと、歩みが止まる。
これは本当に、強くなったと、言えるのだろうか。
わたしは首を振り、足を速める。
接敵まで、もう30分程度しかないのだ。
止まってる暇はない。
それに、そんなことを考えて、万が一ミスでもしたらどうする。
わたしは、強い。
強く、なったんだ。
わたしは気を引き締め直し、門までの道程を急いだ。
決戦の時は、近い。
────
人通りのあまりない通りを駆け、西門へとたどり着いた。
閉じられた門。
わたしはそこに、兵証をかざし、西側の唯一の出入り口のロックを解除する。
プレイヤーキャラの顔写真や諸々の情報が書かれたこれは、門を一時的に開くことができるのだ。
これは死んでもドロップすることはなく、トレードや略奪も不可能である。
そして、これをかざした兵士以外が通ろうとすると、なぜか弾かれる。
その辺はゲームっぽいし、理にかなっているようにも感じる。
しかし流石に壁に比べると、物理に虚弱であるため、魔物が攻撃すると壊れてしまう可能性があるのだ。
それを守るために、わたし達は招集された。
わたしは開いた門を通り、街の外に出る。
そこには、街の中とは違い、現実でも見るおような建物の群れが広がっていた。
現実の都市の退廃した未来を示唆するようなここは、市街地フィールドだ。
街の西側に位置しており、比較的近距離の戦闘になりやすいここは、わたしがいつもお世話になっている狩場だ。
ちなみにわたしが、火炎放射器を手に入れたのもこのフィールドだ。
それも含め、わたしにとってここはなじみ深い世界。
正にホームグラウンドとも呼べるここで戦えるのは、嬉しい。
そんな市街地フィールドの中でも、街の近辺に位置するここは、建物も低いものが多い。
過去はきっと、住居区か何かだったであろうそこは、奥部に比べると見晴らしがいい。
そのことはとても都合が良く、銃の射程を思う存分活かせる上、敵の接近を察知しやすい。
その代わり敵にも視認されやすいが、魔物には遠距離攻撃を持つものは少ないし、完全に地の利はこちらにある。
……そこまで考えて、街門の位置は作られているのだろうな、と思った。
街門の近くで、装備を迅速に整える。
後頭部を守るために、黒い樹脂製のジェットヘルメットを着用。
また胸や関節部、頸部に簡易的なプロテクターを装着し、腰に『M4カービン』用の弾倉と鞘付きベルト。
背中のタンクの枠に噴射機を引っかけ、ストレージから取り出した『M4カービン』の装填。
それを確認して、腰の鞘にそれを差し込む。
これがいつも、フィールドに出る時にする装備、わたしの本気だ。
体つきから女性とはわかるだろうが、全身黒ずくめであることも合わせ、どこかSFチックな印象をいだかせるその恰好は、圧倒的な存在感を放っていた。
わたしは近くの、門の正面にある一軒家に入り、階段で上に上っていく。
その家の最上階である3階で、わたしはガラス窓を叩き割って外に乗り出す。
そしてそのまま窓枠を蹴り、高い筋力を駆使して屋上に登る。
そこまで建物が密集している訳ではないので、また全体的に低いので、ここからならばある程度ならば見渡すことができる。
更に敵の攻撃も、遠距離攻撃以外ならば届かないので、一方的に殴ることが可能。
その条件ならば壁の中も入り、またその方が安全性も高いのだろうが。
それでは、わたしの真価を発揮することができないのだ。
あの小虫も、それがわかっていなかった。
火というのは、敵に当てるのだけが攻撃ではないということを。
『敵、距離およそ1キロ、数は未知数! 各自臨戦態勢に入れ!』
街から一時的に貸し出された通信アイテムから、声がする。
わたしはその声を聴き、前方を見やる。
敵影は、まだ見えない。
しかし、もう接敵も近いのだ。
いつでも戦闘可能な態勢を整えておくべきだろう。
『MP5』の反動を片手で支えるため、固定式銃床を肩部で支え、安全装置を外す。
右手でグリップを握り、引き金にそっと指をかける。
そして、背中に背負うボンベから伸びるホースに繋がる、噴射機の前部のグリップを握り、脇で抱え込むようにして持つ。
片手でも発射できるように簡単な手を加えたそれは、いつでも発射可能。
この状態で待機しているのが、普通のプレイヤーなのだろうが。
ここはゲームであり、またここに魔物しかいないことから、わたしはとある戦術を行おうと思う。
……オブジェクトをどれだけ破壊しても、24時間後には元に戻っていることだし。
ここで、わたし達の作戦を確認しておこうと思う。
最前線にいるわたしを巻き込まないように、後ろの彼らは左右に位置する魔物掃討。
わたしはド真ん中、門の正面に来る敵勢力を押しとどめ、左右にばらけさせつつ崩壊させる、そういう役回りだ。
そうやって門から離れさせることにより、時間を稼ぎ、また射撃の雨に晒すのだ。
……まぁそうは言ったが、少なくともわたしは、押しとどめるだけで終わらせるつもりはない。
折角、最前線に来れたのだ。
中央の敵は全て殺す。
それくらいの意気でいるし、実際それは可能だと思う。
なぜなら、この武器は。
殲滅戦において、最も効力を発揮する武器なのだから。




