41話 意外と、深い話
「よし、今日も今日とて狩りに行きますかー!」
今日も今日とて、ウォータムが馬鹿みたいに叫ぶ。
全く、お前の頭の中身はそれしかないのか?
今回は別にやることもないし、同感だけどな。
「今回はどこに行くんですか?」
「それについてはもう決めている……これもあるしな」
俺は双眼鏡を取り出し、笑う。
「今回は、沼地の中層に行こう」
────
皆さんは初陣での出来事を、覚えているだろうか。
そう、沼地でPK5人に狙撃された時のことだ。
あの時彼らは、濃い霧が漂っているにも関わらず、ましろの感知よりも遠くから俺達を視認して狙撃を行っていた。
それはなぜか。
……それは、この双眼鏡があったからである!
デジタル双眼鏡。
これは視認した画像を補正して、使用者に見せてくれるというもので、これがあれば霧があろうとある程度の距離は見える。
彼らはこれを使い、狙撃をしていたのだ。
あくまでもこれは、霧などの半透明なものに限った話だ。
いくら高性能とはいえ、森の木の裏側を視認する、なんてことは勿論できない。
先を見通し、草むらに潜伏する敵を見つける、なんてことはできるかもしれないが。
ともかく俺達はこれを使い、沼の浅層を鼻歌まじりに突破した。
……しかし中層には、俺達の予想だにしない要素が、待ち受けていたのである。
「……うわっ、結構深くなったな」
「私なんて、太ももの半分くらいまで来てますよ!」
「……ましろ、深層では埋まりそうだな」
「ちょっと、そんなことありませんよ! ………………ありませんよね?」
……そう、深さだ。
浅層では、くるぶしの少し上くらいまでしかなかった水位が、中層では俺の膝の少し上辺りにまで上がった。
境界近くではどんどんと沼が深くなってゆき、中層ではここまでの深さになってしまった。
恐らく、浅層はお試しの部分が強いのだろう。
だから多分、魔物の強さもギミックも比較的優しいものが多い。
しかし、中層からは、初見殺しが一気に強まる。
例えばここの深さとか、荒野の群れみたいな。
後、エリアボスの存在もそうだ。
……少し、注意しておいた方が良いな。
だが、俺の心情はそのほかのこと、いや深さの話ではあるのだが。
比較的どうでもいい思考を、繰り広げたがっていた。
……く、背の高さ格差がここでも如実に表れるか、くそウォータムめが!
これでも平均より少し下なくらいなんだぞ!
そこまで気にならないはずなのに、なぜかウォータムと並ぶと、自分が小さい人間のように見えるんだが!
なぜだぁぁあああ。
「……なんでましろじゃなくトナカイが、俺に殺意の視線を向けてるんだ……?」
「…………………………気のせいだろ」
「何その間!? 逆に怖いんだが!?」
気のせいだ。
……それはともかく、あんまり人はいないっぽいな。
中層だからか、沼だからか。
どちらにせよ、好機だな。
「よし、じゃあ行くか」
「はい!」
「ああ!」
────
探索は、順調に進んだ。
魔物もまぁ、デジタル画像補正双眼鏡とか言う装備があるからな。
魔物を視認、ましろの狙撃で大体片付いた。
水の中に潜伏している魔物も、ましろサーチで物の見事に見つかり、俺の手榴弾の餌食となった。
水中では、破片や銃弾の威力は減衰しやすいからな。
「順調、ですね~」
「まあな」
……だが、物事は常に、突然起きるものだ。
それも、少し気を抜いた瞬間に。
それは今回も、同様だった。
ましろが突如、索敵の叫びをあげる。
「……! 魔物が3体、こちらに急速接近中です!」
「んなっ!?」
咄嗟に、双眼鏡であたりを見渡す。
だが、何もいない、見えない。
……まさか。
俺は先程の、水中に潜伏していた敵を思い出した。
水中から、迫っているのか?
「まずい、場所と速度は?」
「速度は秒速10メートル、南西方向距離お」
「そこだぁ!!」
ましろが距離を言う前に、俺はその濁った水面に手榴弾を叩き込んだ。
水中に投げても効果を発揮しやすい、衝撃手榴弾だ。
……速度と方向と大体の来たタイミングさえわかれば、距離は算出可能だからな。
一瞬後、破裂。
その衝撃と熱量は魔物3体を余さず貫き、即死させた。
……だが、それだけでは終わらなかった。
空気中よりも密度の高い水中において、衝撃手榴弾は威力がとてつもなく高くなるのだ。
俺はそれを、失念していた。
一応なるべく遠くに投げたのだが、その衝撃波は俺の所にまで届き──
「まずぶしゅ」
……思いっきり顔面から沼に突っ込んだ。
────
……結局俺達は、沼地中層の攻略を諦めた。
あ、いや、諦めた訳じゃない、戦略的撤退だ。
顔面から沼に突っ込んだ、なんてコミカルに書いたはいいものの。
俺の足はズタズタに引き裂かれ、沼地では最早歩くことすら困難な状況だった。
そんな俺を抱え、一目散に街に逃げ帰るウォータムとましろ。
……そんな状態でも、魔物を解体しておくことを忘れない俺凄くない?
……それはともかく、俺達は初めての敗走をした訳だ。
霧漂う沼の中でスナイパーをキルし、荒野で魔物の群れを切り抜け、森でエリアボスを討伐した。
そんな俺達に、不可能はないと思っていた……とまでは言わないが、沼地の中層くらいならば行けるだろう、と思っていた矢先のこれだ。
勿論敵の攻撃によるものではなく、完全な自爆によるものなのだが。
まぁ俺は正直、全然気にしてはいなかったのだが、彼らは違ったらしい。
街に戻り、欠損はしていなかった俺の脚が全快した。
……それでも、彼らは俺を下ろさなかった。
「……なぁ、そろそろ下ろしてくれないか? もう治ってるぞ」
「……なぁトナカイ」
「……なんだ?」
「あそこは、俺らに攻略できると思うか?」
……恐らく、ウォータムはこう言いたいのだろう。
『高速かつ視認できない状態で迫る敵に、手榴弾なしで対応できるのか?』と。
それも、複数で攻めてくる可能性も含め。
今回は同じ方向、同程度の距離で突っ込んで来たから良かったが、次はその保証はない。
もし3匹がそれぞれのメンバーを狙っていたとしたら、狙撃可能なましろはともかく、ほぼ無手に等しい俺だと対応が厳しい。
そう、言いたいのだろう。
……は、これだからウォータムは。
「楽勝に決まってるだろ。次は、な」
俺は、自信に満ち溢れた声と顔で言う。
その様子に毒気を抜かれたのか、
「……そうか、楽しみにしてるぞ、相棒」
「……何言ってんだ」
俺はウォータムの言葉を鼻で笑う。
「お前ら2人にも当然、協力してもらうぞ。拒否権は……あるが、断らないと信じてるからな?」
2人は顔を見合わせ、同時にクスリと笑いを零した。
「……仕方ないな、よろしくされてやるよ」
「そうですね、仕方ないですね、ふふふ」
────
「……あ、そういえば魔物倒したのに解体してくるの忘れちまったな……」
「いや、俺がなんやかんや解体しといたぞ、倒れてすぐに」
「……流石トナカイ、がめついな」
「……どうやったら10数メートル先にナイフが届くんでしょうか」
ましろ、魔物の死体が死んだ場所で留まると思うなよ。
慣性の法則で多少こっちに来ていたから、ぎりっぎりナイフが届いたんだ。
その可能性を考慮して、頭から突っ込んだ後頭上でナイフを適当に振りまくっていたのが、功を奏したな。
ドロップを確認してみると、どうやら2体分の素材とアイテムが入っていた。
ち、1匹逃したか。
まぁ、これと今まで得た戦果を売却すれば、十分に届くだろう。
それだけで、今回の狩りは成功と言える。
……言い訳ではないことを、ここでは明言しておく。
ドロップ品の確認を続けていると、ふとそこに、気になる文言があった。
「……魚肉、か」
今までは気にしてすらいなかったのだが、そう言えば『~の肉』とかいう素材もたびたび混じっていたことに気づいた。
……そして俺はその文字を、今日もどこかで見た気がした。
狩りの時ではない、別のどこかで。
「……そうか」
それは、厨房で働いた時のこと。
素材アイテムを実体化し、それを調理していた。
そこに、『~の肉』という素材もあった。
そこでは魔物の肉も使用しているのか、と思っただけでスルーしていたが。
今俺の中で、1つのピースが嵌った気がした。
……今更かよ、俺。
なんでもう少し早く思いつかなかったんだ?
……いやまぁ、そこまで緊急性はないのだが。
これは少し、早めに確かめておきたい。
「2人とも、まだ時間はあるか?」
「ああ、問題ないぞ」
「大丈夫ですが、どこか行くんですか?」
俺は薄く笑い、答える。
「役所に、もう一回行ってみたいと思う」




