38話 罪と詰み
……気づくと俺は、見知らぬベッドの上にいた。
目の前にあるのは白い、清潔感のある天井だ。
「……知らない、天井だ」
「……兵士さんはみんな、起きた時にそれを言わないと気が済まないの?」
呆れたような女性の声が聞こえ、俺は声が聞こえた方を向いた。
そこには、何かの制服のようなものを着た、快活そうな少女がいた。
歳は、俺と同じくらいだろうか。
真っ先に目に入るであろう明るい茶髪は後頭部で結われており、俗に言うポニーテールだ。
若干ツリ目がちの瞳、シュッと整った鼻筋、桜色の唇。
白くつやのある肌を、対照的な黒いウェイトレス服で覆っている。
その奥にある膨らみは、確かにその存在を主張していた。
有り体に言えば、結構なお手前の美少女だった。
そして……なんとなくわかった。
この娘は、NPCだ。
「あー……常套句みたいなものなんだよ。病院送りにされやすい兵士が、今日も生きてて良かった、ってな」
「それは……笑えない冗談ね」
とりあえず適当な嘘を並べ立ててから、俺は本題に入る。
「それよりさ、俺の近くで倒れていた2人を知らないか?」
「ああ、その2人ならもう起きているわよ」
「良かった、ありがとう……って、そんな場合じゃないな」
やばい、そんなことよりも。
あいつらに倒れた理由を説明して、早めに対処しないと。
あのままじゃ、また倒れちまう。
俺は徐に起き上がりつつ、彼女の方をまっすぐと見つめる。
「あの、失礼だとはわかっているんだが」
「あー、そんなことよりも。はいこれ」
そう言って彼女が手渡してきたのは……おかゆ!?
「食べて良いわよ」
……まさか?
「あー……もしかして残りの2人にも?」
「当たり前でしょ」
彼女はまたも呆れた目線を向け、溜め息を吐き、そして言い放った。
「お金がなくて空腹で倒れるなんて、馬鹿じゃないの、あんたら」
そういうことだった。
────
多少嫌な予感はしつつも、俺はおかゆを受け取って食べ始めた。
現実で食べてからそこまで時間が経っていないのに、ゲームでも食べるだなんて違和感があるな。
……そう言いつつも、食べれば食べるだけ何かが満たされていくような気がするのも、また事実。
俺は夢中で、おかゆをかき込んでいくのだった。
……というかこのおかゆ、なんか美味いな。
米が上等とか、そういうのではなく……単純に、味の加減が好みだ。
これを作った奴は、相当料理に慣れているのだろう。
「モグモグ……んく。あ、言ってなかったが、俺達金持っていないんだが」
「知ってるわ、それでも食べて良いって言ってるのよ……もう食べてるし」
……俺は今まで知りもしなかったのだが、実はこのゲームには『空腹度』というものが存在している。
ここから先は、後日知ったことだ。
それはプレイ時間で減っていき、ある一点を超過すると倒れるといったものだ。
これは食事を摂ることによって回復が可能。
また、倒れた後も時間が経過すれば起きることができ、一定時間行動できるが、その間に兵糧を経口摂取しなければまた倒れる。
段々とその間隔は短くなっていき、結果的に死に至るという。
……何気に、街中で死ぬことが可能な、唯一の手段らしい。
そしてこれも蛇足なのだが、死んでリスポーンしてもまた満タンまで回復するという。
……これに関しても、とても不親切としか言いようがない。
というか知らない人からすると、確実に初見殺しの類だろこんなもん。
これからは食事は、早め早めに摂っていくべきだろうな。
もしフィールドでぶっ倒れたらと思うと、気が気でならない。
街で倒れたとしても、一々心臓に悪くて仕方ないな。
……まぁ、何か食べるだけでそのリスクを回避可能だと言われれば、まぁうん。
更にステータスに強化効果も付く可能性もあるんだ、良いことずくめじゃないか。
……良いことずくめ?
……これを良いことずくめと言い張るのは、やっぱり俺の理性が許さないわ。
せめてゲージとか作れや。
……いや、そのことはもういいわ。
それよりも今は、この状況をどうにかしないとなぁ。
「……ふう。ごちそうさま」
「はい、お粗末様でした。もうお腹は大丈夫?」
「ああ、もう問題ない。ただで飯を食わせてくれてありがとう、俺達はもう行くよ」
……なんだか、嫌な予感が凄い。
なんか、こいつからは俺と同じ──
直感に従い、俺は足早に部屋から出ようとする。
「……2人、どこにいると思う?」
足が、止まった。
壊れたブリキ人形のように徐に振り向くと、そこには、
悪い笑みを浮かべた、彼女がいた。
……やっぱりか。
こいつは、俺側の人間だ。
「私は止めやしないけど、果たして見つけられるかしらね」
「……どうせそこまで広くないだろうし、頑張ればいけなくもないさ」
嘘だ。
広さや内装がわからない状態で外に出たところで、俺が2人を見つけて外に出れると楽観視できるほど、俺のシミュレーションは甘くなんてない。
最悪強行突破すればなんとかなるのかもしれないが、ウォータムやましろが眠っている可能性も考慮すべきだ。
勿論そこの少女の言を信じるならば、彼らは今も起きている可能性は高い。
……だが俺は、彼女の言葉をそのまま信じるつもりはない。
最悪今も死にかけている可能性もあるのだ。
それはほぼないとはないと思うが、一応な。
「……行かないの?」
俺の頭の中には、数々の可能性が過っていた。
見つけられない可能性。
外に出ることができない可能性。
そもそもこのドアに鍵がかかっている可能性。
そして何より──
──ここが、兵糧通りの一角である、可能性。
「……詰み、か」
「流石兵士さん、正解よ」
……そう。
この状況はほぼ、詰んでいる。
前述した3つの可能性は排除可能だ。
ドアは蹴破れば良いし、もし相手がこの少女と、その他数人程度ならば俺でも突破可能だろう。
だが、それ以上の人数ならば?
素手では無理だ、何かしらの武器を使わなければ。
そしてそれが、死んでも生き返らない、NPCだったら?
街中のダメージが無効化されないであろう、NPC相手ならば?
──それは果たして、罪に問われないのだろうか──
十中八九、問われると断言できる。
あくまで兵士は死なないから殺しても問題ないのであって、そうじゃないNPCを傷つけるんだ、問題に決まっている。
だからといって使わなければ、こちらが捕まる。
食い逃げ犯として。
……そう、俺とウォータム、ましろは既におかゆを食べているのだ。
そしてそこの彼女は今まで一度たりとも、無料で食べて良いなどと、言ってはいない。
このおかゆが例え、1億Gといわれても、仕方ないのだ。
そしてそれを破れば、確実に彼女は、『食い逃げ犯が出た』と叫ぶことだろう。
それは真実ではなくても、嘘でもない。
そしてここは兵糧通りだ、それに対するレスポンスは早い。
……ちなみに、ここが兵糧通りだと確信できる理由は、彼女がNPCで女性だからだ。
3人を運び込むには、1人ずつ運ぶ必要がある。
2人がかりだとしても、そこまで遠いところに運ぶことはできない。
俺みたいに筋力に振った兵士とかじゃなければ。
彼女にそう叫ばれれば、もはや詰みだ。
物量に呑まれて捕まるか、武器を使って傷害罪で捕まるか。
この二択しかなくなる。
……勿論後者は自業自得であり、庇護する気も起きないが、もし前者の場合。
彼女はきっと、『私どもの店で個人的に罰を与えるため、どうか寛大な処置を』とかなんとか抜かすのだろう。
そして、紆余曲折したが、結局今と同じ状況に立たされるのだ。
その時にはもう、2度目はない。
そして俺が悪人だという認識も広まり、悪いことずくめだ。
一方店側は有利なことばかりなのだが……まぁ、語るに落ちているだろう。
俺のデメリットが殆どそのまま、店にメリットとして舞い込んでくる。
つまり、もうここで俺は彼女の言うことを聞くしかない、ということだ。
おかゆのお礼、あくまで善意という体で。
ウォータムのためにも、ましろのためにも。
「……はぁ、こんな面倒くさいことしやがって……で、何が目的だ?」
「そんな、大層なことは言わないわよ」
俺は溜め息を漏らしつつ、ベッドに座りなおした。
彼女も席を立ち、俺の隣に座る。
「あ、そういうのは無理だぞ」
「……ばっ、そんな訳ないでしょ!」
「冗談だって」
顔を赤くして、怒鳴られた。
とりあえず場を和ませようと冗談を言ったのだが、失敗だったか?
彼女はそのまま、コホンと咳払いをして、言った。
「……実は、ウチの店で働いてほしいの」




