36話 悠莉と秋人と未来の嫁
CWOがそのサービスを開始してから、約2日後。
俺達は2日ぶり、つまり土日明けの月曜日、自らの通う高校に訪れていた。
そこには勿論、ましろはいない。
俺と、ウォータムこと秋人のみだ。
真白は、秋人の実家で、近くの高校に通っているらしい。
会いに行くのもやぶさかではないと思ったが、特に理由もないのに行くのはな……と考え、断念。
今日高校に来て、なぜか一瞬久しぶりだ、という感情を抱いてしまった。
……濃密な2日間だったからだと、思いたい。
まぁ、それらのことはそこそこどうでもいいのだ。
それよりもっと、確かめなければいけないことがある。
問題……というか、ある意味当然だが、今まで後回しにしてきた疑問。
自分の勘を信じ、わざと、目を背けていた箇所。
……そう。
このゲームは、一体何なのか、ということ。
……いや、そこまで深い部分には、俺も踏み入る気はない。
ただ、どうしても不可解な点があったからこそ、俺は少し調べてみることにした。
その、不可解な点と言うのは、そのあまりの情報の少なさだ。
ネットは、情報の海。
そう例えられるほどに、そこには沢山の情報が散りばめられている。
不特定多数の人間が書き込むことが可能になったことで、母数が爆発的に増える代わりに間違いもそれ以上に増加した。
そんな、情報量とその利便性において他の追随を許さないであろう、情報ツール。
そこには、『CWO』という文字の羅列はあれど、『クルーエル・ワールド・オンライン』というカタカナたった3単語の列挙は、存在しなかった。
勿論、隠語でやり取りされている可能性も考え、思いつく限り色々な単語をぶち込んでみた。
Cruel・World・Online、例のゲーム、謎の配達物、世界初のVRMMO。
その他色々な言葉でネットの海を泳いだが、芳しい成果はあげられなかった。
これは、おかしい。
俺も含め、不特定多数の人間が、そのゲームをプレイしているはず。
少なくとも、俺と秋人、そして真白はプレイしているはず。
それなのに、それについて何の情報もないなんて、不気味以外の何物でもない。
この理由の仮定は、大雑把に2種類に分けられるだろう。
この世界が実在しているか、否か。
否の方は、この世界も仮想世界か俺の妄想説が大半だな。
後者は結構なんでもありなので、とりあえず前者のみを考えてみる。
世界が実在している、つまり客観的に見たその現象がそのまま現実のものだ、と仮定した場合。
1つ。
まだ日が浅く、情報が出回っていない可能性。
……それは、多分ない。
俺の場合1週間前からギアは配られていたし、恐らくもっと早くに受け取った人間もいるだろう。
なのに、情報が出回っていない。
カギを開けられて中にギアと説明書のみ置かれているのだ。
都市伝説レベルでも、何かしら噂が飛び交ってもいいはずなのだが。
1つ。
誰も、話題にしていない可能性。
そんなものはあり得ない。
人がいれば必ず噂は立つものだし、一度そうやって流出すればもう誰にも止められないはずだ。
1つ。
何者かが、徹底的な情報規制を敷いている可能性。
これは、その性質上、あり得なくもないかもしれない。
しかしそれには多大な労力がかかる上に、完璧に遂げることなんて不可能に近い。
例え各国が力を合わせたとしても、生活にほぼ影響を与えずにそれを成し遂げ、更にそれを継続するのは、あまりにも現実的じゃない。
人智を超えた、何かでない限り、それは不可能とみて良いだろう。
その他、集団催眠説など考えられ得る可能性を考えてはみたが、やはり現実味や動機が薄い。
普通の高校生が考え付くものじゃ、ないのかもしれないな。
正直こんなものが国の手に渡ったら、真っ先に軍事か医療に転用されるべきだからな本来。
それをわざわざ、こんな一介の高校生に配るなんて、ガブリエルは一体何を考えてるんだ。
……だが、これをしている製作者の意図は、いずれにしても一致している……と思う。
恐らく、関係者以外には存在を知られたくないんだろうな。
……それならなぜ、俺と秋人、真白は配られたんだろうか。
国のVR人体実験の可能性もなくはないが、関係ないような気もする。
凡人サンプリングで3人が選ばれるというのも、どこかおかしいしな。
……ちなみに、一応ギアはこちらに持って来てはいない。
俺のギアを他人にかぶせたらどうなるのかとか試そうと思ったけど、あまりにも発想がサイコパスすぎて止めた。
見せるのすら、躊躇われる。
流石に視覚情報までは誤魔化せないだろうが、だからこそ怖いしな。
……誰かに見せたら、次の日から欠席し始めましたとか、マジで笑えないから。
俺は周りに、何か様子がおかしい奴がいないか、秋人に聞いてみる。
そんな奴がいたら、十中八九プレイヤーだろう……が。
「……みんな、いつも通りに見えるな」
「だよなぁ……」
俺は机に突っ伏した。
それはそうだ。
配られるのが、奇跡みたいなものだろうし。
仮に、プレイヤーの人数を1万と仮定しよう。
それは最大の人数、つまりギアを配られた人数。
多めに見積もったこの数字ですら、日本国内で考えても、倍率は1.5万倍以上。
外国諸国も含めれば、俺の知り合いが3人選ばれる確率なんて、正に天文学的確率だ。
この学校は人数は都立にしてはそこそこ多めの人数だが、ここにはもう、俺と秋人しかいないと考えるのが普通だ。
……だが。
フィリト達は確か、全員が同じ大学、それも同じクラスの友達だと言っていた。
様子から見て、多分CWOが配られる前からだろう。
これと、俺達の事例を踏まえると、何かしら運命の悪戯的なものがもう一度くらい起きてもおかしくないような、そんな気もする。
なんにせよ、現実で確認する手段が存在しない以上、仮想世界内で偶然にも仲良くなった奴が、偶然知り合いでした、というパターンしかないだろう。
そんなもの、普通のゲームでもほぼあり得ないのだ、こんなプレイヤーを絞ってる(と思われる)ゲームで起きるはずもないだろう。
「……間接的な噂を流してグレーゾーンを探す、というのはあまりにもリスキーだしな」
「まぁ、別に知り合いを炙り出す必要はないだろうしな!」
「まぁ、そうなんだが」
珍しく秋人が、正鵠を得るような発言をかました。
そうだな、別にこの高校で誰かがプレイしていたとして、俺には関係ないしな。
なんと言われようと、これはゲームだし。
「……色々気になることはあるが、とりあえず今は何も考えずに過ごそう。今の所、悪影響もなさそうだしな」
「そうだな」
「あ、秋人くん!」
「ん? あ、茜か」
そういって、駆け寄ってくる1人の少女。
彼女の名前は、夕月茜。
俺と秋人の、同級生である。
彼女は秋人に、中身が詰まっているであろう鮮やかな桃色の二段の弁当箱を渡しつつ、言う。
「おはよう、秋人くん。はい、今日の分」
「ああ、いつも悪いな」
「いやいや、秋人くんのためだから、私頑張っちゃうよ!」
……そう。
秋人は毎日、夕月に弁当を作ってもらっているのだ。
手作りだぞ、手作り。
ふざけるなっての。
ラブコメはよそでやれ。
これで付き合ってないんだぜ……秋人鈍感すぎるだろ。
……そうは言っても、彼女は意外とスペックが高く、嫁としては優良物件ではあると思う。
料理ができるのは勿論のこと、顔立ちも整っている。
切れ長の瞳、高い鼻筋、弧を描く口元。
これだけでも十分に美少女、と呼べるのだが、更に彼女には特徴があった。
「……あれ、今日は珍しくいないのね、小っちゃいの」
無言で、立ち上がる俺。
それを上から、見下ろす彼女。
それだけで、もうわかるだろう。
俺より、背が高いのだ。
秋人より少し低いくらいだから、170半ばくらいか。
全くもって、うらやましい限りだ。
死ね。
「……あ、半井、いたの。小っちゃくて見えなかったわ」
「それは目と頭がおかしいから、早めに精神科行け」
「そこは眼科じゃないの?」
「ついでにその歪んだ性格も直してこいって言ってるんだ、わからないかなぁ?」
「歪んだ見方をしてるのは、半井の方じゃない?」
「口が減らないな」
「あんたこそ」
こいつは俺を、蛇蝎の如く嫌っている。
そして俺も、夕月のことは虫唾が走るくらいには嫌いだ。
夕月が俺を嫌う理由については理解できないが、恐らく秋人関連のことだろう。
全く、いつも面倒ごとを持ってきやがって、この幼馴染は。
ちなみに俺の嫌う理由は……わかるだろ。
言わせんな。
「2人とも、仲いいな」
「「誰がこんな奴と!?」」
秋人の言葉のあまりの突飛さに、思わず夕月と刃持ってしまった。
誤字だ。
でもまぁ、そのくらいの危機感だと思ってくれれば。
ちなみにこいつが、なぜ秋人に惚れたのかだが。
中学時代も同じ中学だった秋人と俺が、彼女がいじめられていることに気づいた。
その理由としては、歳にしては高い身長、そこそこ整った顔立ち、内向的な性格とかだろうな。
そして秋人が助けようと言い出し、俺が渋々乗っかる。
秋人に全面矢面に立たせ、俺は裏方に徹した。
結果的に夕月は秋人に惚れ、最後まで傍観していた俺はゴミだと。
……別に見返りを期待していた訳でもないが、今のこの扱いは正直、面倒くさい。
こいつに背のことを言われると、軽く殺意が湧く。
というか俺の背のコンプレックスは、大体こいつと秋人のせいだと思う。
関わらないでほしいのだが、秋人が幼馴染である以上、こいつはどこにでも湧く。
……Gかよ。
「なんか変なこと考えてない?」
「駆逐されろ、間違えた駆除されろ」
「本当、何考えてんのあんた!?」
なぜか、怒鳴られた。
思わずわざと本音が漏れただけだというのに。
そこまで過剰反応すんなよ、秋人の嫁。
……待て、こいつが秋人の嫁になったら、俺めっちゃ迷惑被るっぽくね?
……忘れよう。
「……はぁ。じゃあ秋人、未来の嫁を精々大切にしとくんだな」
なんかもう色々と面倒になった俺は、席を立った。
今は昼休みだ、1人で食うには問題ないだろう。
いつもは秋人が追いかけて来るのだが、今日は夕月と一緒に食え。
いい加減もう少し、進展しておけ。
「悠莉!? あ、茜はそんなんじゃねーよ!?」
「み、未来のお嫁さん!? そそそそそんな……」
あー、手榴弾投げ込みたい。
なんてな。
そんなこんなで、いつもと少し違う1日は、過ぎ去っていくのだった。




