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34話 ましろ

 私は周りを確認しつつ、階段を駆け上がった。

 非常口は開いていることが多かったが、幸い先程のように掃射されることもなく、目的地にたどり着くことができた。

 屋上の、すぐ下の階だ。

 最初、敵が潜伏していたが、トナカイさんが爆撃で狙撃を妨害した、その階だ。


 私は最初、もう1つ下の階の方が良いと思ったのだが、すぐに考え直した。

 もしあの敵が生きており、こちらが狙撃中に下に降りてきて撃たれるなどされたら元も子もないからだ。

 速射性能ならこちらが負けることはないだろうが……スキを見せて一発撃たれたら終了だから。

 不穏分子は早めに排除すべき、そう思った。


 ドアを盾にしつつ、一応いつでも手榴弾を投げ込める態勢を作りつつ覗き込んだ。


「……でも、どうやら考えすぎだったみたいですね」


 そこにあったのは、2つの光。

 スナイパーとそのスポッターのものだろう。

 周りを確認しつつ、それに触れる。

 それらは、あっけないほど簡単にストレージに吸い込まれていった。

 これで、とりあえず罠だという可能性はほぼなくなっただろう。


「……よし」


 これで、お兄ちゃんの敵の狙撃に集中できる。

 すぅっと、頭が冷えていくような気がした。

 何かに集中するときは、いつもこうなる。

 それ以外のことは考えられず、ただそれのみに一点集中。

 この感覚は、割と嫌いではない。


 ……案外、私はこうして、安心して狙撃に集中できる環境を創り出したかったのかもしれない。

 だから、最初の案を撤廃し、こんな安全重視の案を選んだ。

 ……ありがとう、過去の私。

 そのおかげでこうして、敵を殺すことに集中できる。


 お兄ちゃんのおおよその座標は、把握できている。

 その近辺にいる、お兄ちゃん以外の敵を、ただ撃ち抜けばいい。


 私はトナカイさんに借りた双眼鏡を使い、その周辺を探す。


 見つけた。

 あの廃屋の周辺に、およそ4人ほどが固まって、扉を撃ち抜いている。

 様子からして、全員フルオートライフルか。

 そして1人、その反対側にいる。

 恐らく男であろう、彼はしゃがみこんだ黒色の服を着た誰かに、その銃口を突き付けていた。

 それが誰かなんて、顔を確認せずとも分かった。


 私は背中に提げたスナイパーライフル、『M110』を手に取り、セーフティを外して構える。

 距離およそ、500メートル先。

 高低差は70メートル前後。

 こんな長距離は、制御の簡単なレーザーライフルですらやったことのない。

 完全なる、未知だ。


 私は、スコープで目標を捉える。

 小さく、そして遠い。

 ……だけど。

 私は、Senの、元々の効果を発動した。


 一時的に瞳の瞳孔が広がり、入ってくる光を余さず吸収し始める。

 より遠くのものを、より大きく映す。


 五感の恒常強化に加え、一時的なズーム機能。

 そして第六感による、常時範囲感知が、Senの効果の全てだった。

 ただし非常に疲れるため、今まで使用したことはなかったが。

 スコープの倍率を操作するよりも、こちらの方が、圧倒的に操作しやすい。

 何と言っても、自分の体のことなのだ。

 自分が一番、よくわかっている。


 Dexによる器用補正を信じつつ、私は見える的に標準を合わせる。

 目標は、お兄ちゃんの額に銃を突き付けている奴の、こめかみ。

 私は引き金に指をかけ、精神を研ぎ澄ませる。


 世界が、ゆっくりになる。



 そして、引き金を引いた。



 それは、あまりにもあっけなかった。

 BGNライフルの時よりも小さな音ともに発射された弾丸は、正確に相手の頭蓋を貫いた。

 そして敵は徐に倒れ込み、光の粒子となって消滅し、そこにドロップアイテムのみを残した。

 お兄ちゃんは、どうやら撃たれていないみたい。

 間に合った。


 それを引き起こした張本人だというのに、私には、何の感情も湧き出てこなかった。

 ゲームの中でとはいえ、人を撃ったのに。

 そして本当に死んではいないとはいえ、直接的に殺したのに。

 私の胸には、反動の重みしか、残っていなかった。

 ……虚しさすら、そこにはなかった。


 そのことを感じ、私はまだ変わっていないのだと、悲しくなった。

 見かけや心の外面を取り繕ったところで、本質的な部分は何も変わっちゃいないと、釘を刺された気分だった。

 勿論そのこと自体は、今までもなんとなく感じてはいたが。

 人間相手・・・・でも、まさかここまで心が揺れないなんて。

 ……まるで、前のように。


 結局、時が経っても、生まれ持った本性は変えられない。

 胸が、無性に痛くなった。


 ……もし本当に優しい人間になれるのだとしたら、彼以外の全てを投げ打ってもいい。

 そう、本気で思うくらいには、悩んでいた。

 しかし、その発想自体が、間違っているのだろう。

 根本的に、間違っている。

 優しいのならば、彼以外をないがしろにすること自体がおかしいということに気づくべきだ。


「……でも、もう」


 掠れた声で、私は呟く。


「……傷つけたく、ないから」


 少し崩れた集中を立て直しつつ、私は『M110』を構えなおす。

 そして次の目標を撃つべく、照準を廃屋前の彼らに向ける。



 その後、サプレッサー付きライフルによる銃声が、四回鳴り響いた。

 たったそれだけで、敵は全て排除された。

 ……本当に、あっけなかった。


 私は構えていたスナイパーライフル、白い『M110』を背中に提げなおし、彼……いや、トナカイさんの待つ下の階へと歩を進めた。



 ────



「あ、終わったか。早かったな」


 10階に下りると、トナカイさんが光に触れ、ドロップアイテムを回収していた。

 ……凄い、本当に倒したんだ。

 1人で、あれを。

 ……時間は私よりかかったみたいだから、恐らくスモークグレネードの断続的使用による、掃射のタイミングずらしかな?

 ……いや。


 ……そんなことは、至極どうでもよかった。

 いや、その姿を見たいと思ったのは事実だけど、それどころじゃなかった。


 彼の姿は、とても痛々しかったのだ。

 いや、実際は損傷個所は一部分のみなのだが、その一際大きな赤色とそこにあったであろうそれを思うと、居ても立ってもいられなくなった。


 トナカイさんの左腕は、肩と少し先を残して存在していなかった。

 それ以外に目立った外傷はないことから、自爆によるダメージなのだろうが。

 それでも、痛々しいことに変わりはなかった。


 私はトナカイさんの肩を引っ掴み、叫んだ。


「トナカイさん、早く街に戻って、病院に行かないと!」

「いや、止血剤と鎮痛剤は使ったから、出血によるダメージはもうないぞ」

「そういうことじゃないです! そんな姿、たとえゲーム内でも見たくないんですよぉ!」


 部位欠損。

 それは、四肢のどこかを失い、一時的にその部分が使用不可になる現象。

 その体積に応じて、最大HPも減少するため、実際悪いことずくめである。

 そんな部位欠損には、治し方が2種類ある。


 1つめは、病院に行くこと。

 別にそこまで時間も取られずに、完治させてもらえる。

 しかしそれには、ほんの少しだがお金が必要なのだ。

 それすら払えないのならば、もう1つの手段を使うしかなくなる。


 もう1つの手段とは、俗に言う死に戻り、である。

 所持金の半分と持ち物のいくつかをロストし(初心者セットと初期武器は絶対に落ちない)、かつステータスにバッドステータスを受けるそれ。

 それと同時に、文字通り全てが回復するのだ。

 HPのほかに、空腹度や欠損も治る。

 だから、病院行く金がないのならば、一回死ぬのもありなのだ。


 しかし、私やトナカイさん、お兄ちゃんはそんな手段を取るつもりはない。

 特にトナカイさんは、持ってる手榴弾がばら撒かれちゃうし。

 その回収は苦も無くできるし、別にデメリットはバッドステータスくらいしかないけれど、やっぱり進んで取りたい手段じゃない。


 だから大人しく、病院行きましょ、トナカイさん?


「ああ。……だがそれよりも、重大な用があってな」


 ドロップを回収し終えたトナカイさんは、こちらに向き直る。


「ここでしなければいけない、ことなんだ」


 何なのだろう。

 トナカイさんの言うことだから、きっと意味があることなんだろうけど。

 私には、皆目見当も付かなかった。


「それは、何なのでしょう?」

「それはな」


 彼の温かな手が、私の頭に触れる。


「よく、頑張ってくれた」


 そしてそのまま、それが左右に揺れる。


「ましろは十分、それこそ俺なんかよりもチームのためになってる」


 私は、トナカイさんに、頭を撫でられていることを、今更理解した。

 顔が、熱くなる。


「一緒に戦ってくれて、ありがとう」


 その、妙にくすぐったくって、どこかこそばゆい感覚は、まるで────




 気づけば、私は彼を押し倒していた。




「ましろ、どうした?」


 彼も気恥ずかしそうに顔を染めつつ、こちらに問いかけてくる。

 私の頬は、今それ以上に、染まってしまっているのだろう。

 はぁはぁと、熱い吐息が漏れる。


 やっぱり、私は。

 彼のことが。

 トナカイさんのリアルである、彼のことが。

 悠莉くんのことが────


「……もう、我慢できません」


 もう、制御できない。

 私の手は自然と、彼の上半身のボタンへと伸びていた。


 そして、指が触れた。

 その瞬間。



「トナカイてめー何やってんだごらぁぁあああ!?!?」



 いきなり現れたお兄ちゃんがトナカイさんを蹴っ飛ばし、彼は近くにあった段ボール箱の山に激突、倒壊。

 そしてそこから、這い出てくる気配がなかった。

 その静寂は、トナカイさんが死んでしまったかを思わせるレベルだった。

 ……大丈夫かな、これ……。


どうやらお兄ちゃんは、薬で傷をある程度癒した後、嫌な予感がしてこちらに飛んできたとのこと。

そして来てみると、トナカイさんと私がくんずほぐれつ(お兄ちゃんの想像が多分に含まれています)していたので、主犯であろうトナカイさんを蹴っ飛ばした、と。

そういう、訳らしい。


 流石の私も、目が覚めた。

 ……さっきまでの私は、どこかおかしかった。

 熱に浮かされて、危うく変なことをしてしまうところだった。

 本当に、危なかった。


 未遂で済んで、ほっとしている自分もいれば、少し落ち込む自分もいる。

 ……私は、どうしたいのだろうか。

 それは、未だにわからなかった。


 ……けれど、これだけは言える。



「あ、ましろ。あの狙撃はマジで助かった。本気で死を覚悟してたからさ、気づいたら全員殺されてて、やっぱりましろすげえって思った。本当にありがとな、ましろ」



 初めてチームの役に立てたという事実は、途轍もなく嬉しいことだった。



 結局死にそうな顔で這い出てきたトナカイさんに『応急処置』をしつつ、私達は帰途についた。

 その際に少し、トナカイさんの顔が赤くなっていたような気がしたのは、私の気のせいだろうか。

 ……やっぱり、曇天から僅かに差す、夕日の加減かも。

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