33話 納得、できない
「必ず上に届けてやる。だから、1人でウォータムを助け出せ」
それを聞いた私は、耳を疑った。
てっきり上には、トナカイさんも付いて来てくれると思っていたから。
「と、トナカイさんは、来てくれないんですか?」
「ああ、今までは俺もそのつもりだったがな」
そう言ってトナカイさんは、階段の上を見やる。
横のドアの先では、フルオートやサブマシンガンなどが銃口を向けており、私達がそこを通ろうとすると一斉に発砲、瞬く間に蹂躙される。
通行止めにされているようなものだ。
トナカイさんの手榴弾も角度的に届かないようだし、こちらを追うようなスキも彼らにはない。
スモークグレネードは長期的には有効かもしれないが、短期的にはタイミングを知らせているようなもの。
スタングレネードもこちらの方が被害が大きくなるし、私の狙撃も倒し切れる可能性は低い。
そんな状態で、どうやって突破すると言うのか。
私には彼の頭の中は、全くと言っていいほどに読めなかった。
今までだって、そうだ。
私の頭がおかしかったのもあるのだろうが、私にはいつだって、彼の考えを理解できたことはない。
今思えばわかるようなことは多々あるが、あの時あの瞬間に同じような考えを持てたか問われると、答えに詰まってしまう。
沼でのPKとの戦闘でも、荒野のボーナスタイムも、森の銀狼戦だって。
あれはほぼ全て、トナカイさんの手柄だと、私は思っている。
勿論お兄ちゃんも活躍はしていたけど、一番はやっぱりトナカイさん。
……そして、最下位はいつだって、私なのだ。
初めて会った、その時からわかってはいた。
彼と私は、正反対の人間だということに。
理解は、していた。
でも、諦めたくなかった。
憧れの彼に近づくために、何より彼のために、私はなんだってしようと思った。
……でも、できなかった。
根本的に間違えていたのだ、私は。
私はいつだって、私のままだった。
……狂った価値観を持った、私のままだった。
さっきの私は思わず、そのことをトナカイさんに漏らしてしまっていたのだ。
勿論、彼を傷つけるようなことは言えなかったが、それも含めた思いの丈を、トナカイさんに言ってしまった。
バレなかっただろうか。
少し、不安になった。
……でも、全然そんなことはなかった。
喜ぶ私と、悲しむ私。
胸がきゅっと、痛くなった。
そしてその先で、告げられた言葉。
お兄ちゃんを、私1人で、助ける。
トナカイさんは、来てくれない。
それだけでまた、不安を覚える自分がいた。
思い出されるのは、勿論銀狼戦のこと。
トナカイさんが一時的に別行動をした際、私達は銀狼『シルヴィアス』と対峙していた。
……いや、厳密にはお兄ちゃんのみなのだが。
ともかく私達は銀狼と戦い、敗北寸前まで追い込まれた。
それは多分、武器の性能もあったのだろう。
そして、人数が少なすぎた、という要因も。
それでもなんとか戦えていたのは、単にお兄ちゃんの防衛能力。
そのお兄ちゃんも、光剣がなければ、あそこまで時間を稼ぐことはできなかったと思う。
銃は射程と継続的な火力には優れているが、至近での戦いに弱い。
敵の察知範囲より外側を移動しつつ殴るというのが基本戦法で、それには綿密なヘイト管理と、ある程度の数が必要だ。
それを光剣一本で耐え切ったお兄ちゃんは、素直に凄いと思う。
……少しのダメージしか与えられれず、更にサポートするのが限界だった、私と違って。
そしてトナカイさんは、もっと凄かった。
まず彼が来た瞬間に、空気が変わった。
お兄ちゃんの目に輝きが戻ったし、動きも前より早く、正確になった。
何より、先程までは狩る側であったはずの銀狼が、あの瞬間、狩られる側になった気がしたのだ。
トナカイさんに狩られる狼。
この字面だけを見ると、凄く面白いと思うのは、私だけだろうか。
……なんだかごめんなさい、トナカイさん。
……そして、それを実際に体現するかのような、圧倒的な逆転劇。
主なダメージ源はお兄ちゃんだろうが、それを生み出したのは確実にトナカイさんだ。
自分はあまりダメージに貢献できないと察し、サポートに徹するその手腕。
その援護は的確で、それを栓を抜いていない手榴弾でやっているというのは、明らかに異常だと思った。
しかしそれは確かに、私の目の前で繰り広げられていた、確かな事実なのだ。
……長くなってしまったが、つまり何が言いたいかというと、トナカイさんがいなければ私は何もできていないのだ。
……いや、正確には。
トナカイさんの後ろにずっと付いて回り、その手柄を横取りしていただけなのだ。
そう、常日頃から考えていたせいか、私にはトナカイさんの言葉が『もう俺に付いてくるの止めろよ』という意味で聞こえてしまったのだ。
……実際、今でも少し疑ってしまっている。
そんな私が、私は大嫌いだ。
「……トナカイさん」
「なんだ?」
「付いて来ては、くださいませんか? 私、不安で……」
「……ごめん。それはどうやら、無理そうだ」
「……そうですか」
悲しげな表情を浮かべる、トナカイさん。
どうやら本当に、私のことを考えてくれているらしい。
疑った過去の自分を、殴りたい。
私には、そんな権利ないだろって。
「安心しろ。ましろは絶対にできるから」
そしてトナカイさんは、私のするべきことを端的に説明してくれた。
それはわかりやすかったが、1つだけよくわからない点があった。
「……えっと、具体的な突破方法については……」
「心配するな、俺の言ったタイミングで動いてくれれば、上手くいくから」
「……あの」
私は、心配なことを、素直に口に出した。
「……死なないで、くださいね」
「わかってるさ。これはゲームだぞ?」
「ゲーム内でも、ですよ」
「……善処するさ」
「信じちゃいますからね」
「ああ、絶対に死なないよ、俺は」
……なんか、ずるい。
やっぱり、私がからかえるのは、あの時だけだったのかな。
……なんにせよ、心は少し軽くなった。
「頑張りましょう!」
「勿論だ、頼りにしてるぞ?」
「善処します!」
こうして、トナカイさんと私による、逆転劇が始まった。
────
私はトナカイさんの後ろで、しゃがんで待機していた。
声を潜めつつ、トナカイさんは私に言う。
作戦の、最終確認だ。
「よし、さっき言ったタイミングで駆け上がれ。スキは一瞬だから、上りきるまでは転ぶなよ」
「はい……!」
それに私も、呟くように応える。
元より、スモークグレネードの中でも上りきるくらいの気概はあった。
トナカイさんに、頼られてるのだ。
それくらいは、できなきゃいけないと。
静寂が、訪れる。
やけに、心臓の鼓動が耳につく。
トナカイさんが、振りかぶり、手に持ったそれを投げる。
踊り場に着弾、ほぼ同時に破裂。
それは私の考えた通り、煙を吐いた。
……だが、吐かれたのは、煙だけではなかった。
むしろ煙は、おまけのようなものだった。
「やばっ」
トナカイさんは爆発音の中でも聞こえるような声で、そう言った。
破片の1片が彼の腕を貫き、赤いエフェクトが、散る。
「トナカイさん!?」
思わず私は、そう叫ぶ。
もしかして、トナカイさんが、失敗した?
一瞬そう、疑ってしまった。
……けれど。
『爆発音がした3秒後に飛び出せ』
その言葉を信じ、私は飛び出した。
爆発時の熱が多少残っており、微妙にダメージは受けたものの、些細なダメージだ。
……トナカイさんに、比べれば。
踊り場から上り階段に足を踏み入れた際、敵の姿が見えた。
彼らは一様に、何が起きたのか分かっていない様子だった。
弾丸は全くと言っていいほど、飛んで来なかった。
ここに来て初めて私は、彼の狙いを理解した。
彼は、『手榴弾を間違えて投げ、自爆した』と見せかけたのだ。
私の叫び声も相まって、そのリアリティは相当のものだろう。
そしてたった今自爆した仲間を見て、それを心配しているプレイヤーが、まさかすぐさま走り出すなんて考えられない。
そして自爆したその瞬間に、誰もいないであろう場所に銃弾を掃射するような人間はいない。
そういう、至極当たり前であろう考えに漬け込み、トナカイさんは見事にスキを創り出したのだ。
煙の中から出てきた私の姿を見止めた時には、もう遅い。
銃口を向けるよりも先に、私は階段を上り、射線から逃れていた。
……だけど、トナカイさん。
破片手榴弾の爆発を至近で受けた、あなたは大丈夫なんですか?
……勿論、狙いはわかっている。
気づかれやすい、ダメージの証である赤いエフェクトを散らすことにより、私への注意を少しでも逸らすため。
どうせ、私が一回ここを通ってしまえば、次は警戒されてしまう。
一回で2人通るのも、危険性が高い。
それなら一回に全てを懸けて臨むのも、わかる。
全てがパズルが解けていくように、理解はできた。
……でも。
納得できないことだって、あるに決まってるじゃないですか。
でも、ここでは言わない。
言えない。
2人が生きていることを信じて、私は階段を駆け上がることしかできなかった。
そこで届いた、無線の着信。
『こちらトナカイ、余裕で生きてるから心配するな』
……全く。
お話は、お互い生きて帰ってからにしましょうか。




