32話 不発
ブービートラップ。
それは、端的に言えば罠の総称だ。
自陣に侵攻してくる敵に対抗するために、仕掛ける罠。
一見罠だとはわからない巧妙なものも多く、触れると爆発して対象を殺傷する。
それ以外の非殺傷のものもブービートラップと呼ばれるのだが、俺はその単語から思い浮かべられやすい、至極単純なものを使用した。
そう、ワイヤーに足がかかると爆発する、というものである。
それを思いついた俺は、まず手榴弾を取り出した。
銀狼戦でドロップしていた即効性の高めな信管に変更し、栓を抜いて爆発する時間を最短に設定。
そしてその栓に、見つけたワイヤーを括り付け、そのワイヤーを廊下に張る。
これで、完成だ。
我ながら上手くできたと思う。
……だが、いくら薄暗くて見えづらいとはいえ、こんな単純な罠にひっかかるだろうか。
そう思いいたると、途端に不安になった。
勿論、普通に部屋に潜伏するよりは良い案だとは思うが、まだ足りないような気がした。
相手が油断するような条件は、一体何があっただろうか、と。
一番わかりやすいのは、プレイヤーが死んだ後に残すドロップアイテムだが、これに関しては1人である俺には不可能。
何より、足元に注目する以上、ワイヤートラップに気づかれる危険性も高まる。
だから俺は、自分を囮にすることにした。
わざと風呂場の戸を開けっ放しにしておき、浴槽の中で棒立ちに。
敵がバリケードを破って来て、発砲し始めたらしゃがみ、浴槽の中に隠れる。
そうすることで、敵は痺れを切らし、近寄って来るだろう。
そこをワイヤートラップでどかん。
それが、俺の目的だ。
────
バキリ、と嫌な音を立て、最後の砦が完全に破壊された。
2人のプレイヤーが、俺の正面になだれ込んだ。
彼らは俺に気づくと、一瞬硬直した後、銃口を向け発砲してきた。
俺はその間に浴槽に潜り込み、かわす。
跳弾で多少ダメージは入るが、十分薬でカバーできる範囲だ。
「……っち、ダメージが全然入らないな」
2人の内の1人が、悪態を吐く。
よし、そのまま近づいて来い。
……だが、彼らが取った行動は、俺の予想に反するものだった。
「……じゃあ、仕方ない。作戦通りにいこう」
「そうか、ここで仕留めれれば楽だったんだがな」
「そう言うな、ここで仕留めてもリーダーが不機嫌になるだけだぞ」
「それもそうか」
彼らはそう言いつつ、入り口、つまり俺から遠ざかるように歩いていく。
……なぜだ?
少し考え、俺ははたと気づいた。
まさか、俺を殺すのに、入る必要なんてなくて。
廊下を開通させることに、意味があった……?
またも銃弾が廃屋に飛来したのは、直後だった。
────
じりじりと削れていくHPを見やりつつ、考える。
相手の狙いは、理解できた。
恐らく入り口の扉、大きな窓から掃射をすることで、トイレと風呂場以外にいた場合成す術もなく撃たれまくる。
その後、トイレの小窓から直接銃弾を叩き込み、風呂場の窓からも同様にするつもりだったのだろう。
だが、俺の居場所が図らずも明確になったことで、一応の入り口と窓からの掃射があり、その後風呂場への一斉射撃に切り替えた。
幸い近づいて直接撃たれている訳ではなく、風呂場の浴槽に隠れていれば跳弾しか受けないような状況だった。
近づいたら、味方の銃弾で危ないとか言う、そういう理由だろうがな。
しかし、銃弾の絶対量が増えたことにより、その跳弾によるダメージも当然増える。
そしてその削れる速度は、薬では賄えないほどになってしまった。
今現在も、着々と近づいてくる死。
……本当に、まずい。
だからと言って、今の俺は隠れて震えていることしかできない。
……いや、これじゃだめだ。
負けるなよ、俺!
こうなっても、逃げるチャンスはあるはずだ!
俺はその瞬間を、虎視眈々と待つ。
そして果たして、その瞬間は来た。
銃弾の雨が、少しだけ弱まったのだ。
俺はその瞬間に、とあるスキルを使用する。
どす黒い赤色のオーラが俺を包み、瞳が赤く染まる。
叫ぶほどの余裕は、今はなかった。
『生存本能』
同時に、自分の体だけではなく、脳までもが活性化したかのように。
周りの時間が、遅くなった気がした。
即座に立ち上がり、俺は風呂場の窓ごと金属製の格子を光剣でぶった切って、外に飛び出す。
その際に背中に何発か食らってしまった。
生存本能のものではない、赤いエフェクトが舞う。
が、全てクリーンヒットだけは避けられたらしい。
そのHP量は、ギリギリ、ほんのちょびっとだけ残っていた。
後一発でも、跳弾すら食らったら死ぬ。
そんな量。
すぐそこまで死が近づいていることに、俺は恐怖を感じた。
道路に無事に着地し、俺は足に力を込める。
絶対に、逃げ切る。
そう思ったのもつかの間、俺の額に銃口が押し付けられる。
目の前には、2本の脚。
プレイヤーだ。
額に感じる、ひやりとした硬質な感触。
脳内で加速された時間が戻り、ガラスの破片と金属製の棒が落下する音がした。
「いやぁ、こうも自分の思ったとおりに動いてくれると、清々しいね」
銃口を俺に突き付けているそいつは、歪な笑みを浮かべていた。
「弾幕を少し薄くしたら、予想通りこちらに飛び出してきてくれたよ」
そいつは何が面白いのか、くつつと声を押し殺すように嗤う。
「まぁ、そこまで語ることもないし、1つだけ言わせてもらうよ」
その引き金に、指が添えられた。
「僕を楽しませてくれて、ありがとう」
その、自分勝手な言葉に、怒りがわいた。
今すぐ光剣で切り付けてやったら、逃げ切れるだろうか。
……いや、それよりも相手の銃が火を噴く方が早いだろう。
どこに食らっても俺は即死だ。
勝てる、見込みがない。
死ぬしか、ないのか。
汗が一粒、頬を滴り落ちた。
死ぬのか?
こんなところで?
本当に?
死ぬ。
その単語を反芻した時、どこか恐怖を覚える自分がいた。
勿論、復活はできるだろうが。
そう思ってもやはり、現実のようなこの世界で、死ぬのはとても怖いことのように思えた。
俺の額に当てられているのは、弾倉を見る限りアサルトライフルだということはわかる。
だが、敵の銃がフルオートだとことはわかりきっていたし、そんな情報があったところで、俺にはどうすることもできない。
俺は、ただ目を閉じて、もうすぐそこであろうその時を待つことを選んだ。
ズドォン。
一発の着弾音のみが、そこに響いた。
そこから、断続的に響くそれは、敵プレイヤーの数だけ鳴って、止まった。
……気づけば、あれほど煩かった掃射音も、全く聞こえなくなっていた。
……あれ?
俺、もう死んだ?
少し、おかしいと思い、俺は目を開けた。
……目を開けても、景色は先程までと、それほど変わっていなかった。
……それほど。
違うのは、たった1つ。
俺の額に突き付けられていた銃も、それを成していたプレイヤー自身も消え、淡い光、つまりドロップアイテムを示す光のみがそこに残されていたのだ。
つまり、誰かによって殺された。
後ろを、振り返る。
先程まで、俺のいた風呂場に銃弾をしこたま撃ち込んでくれた奴らも、今は目の前の彼と同じ末路を辿っていた。
俺は、思い出す。
合計5発の、着弾音。
至近距離にもかかわらず、全くと言っていいほど巻き込まれていない、俺。
……それらが示すのは、たった1つの事実。
俺は遠くに見える、一際高いビルを見やり、呟いた。
「ましろ、ありがとう」




