27話 ましろの感度チェック
「じゃあ、行ってくるわー」
「ああ、生きて帰れよー」
「当たり前だ!」
少しずつ小さくなっていくウォータムの動きを見やりつつ、俺は呟く。
「よし、まずは陣地確保だな」
ウォータムと別れ、市街地の浅層でましろと2人きりになった俺は、開口一番そんな言葉を吐いた。
まずは手ごろなビルなどの高所から狙える場所を探し、そこに潜伏。
それからウォータムの援護もしくは戦闘を行う、といった手筈だ。
「トナカイさん、頑張りましょうね!」
「ああ、頑張ろうな」
ましろはにっこりと笑う。
つられて俺の口角も、上がった。
さて、少し市街地フィールドについて話したいと思う。
ここでは50メートル級のビルが文字通り林立しており、そんな高さからではとても周囲を見渡す、なんてことはできない。
故にもっと高いビルを見つけたいのだが、正直ここからではよくわからないのだ。
元々高い建物が多く、視界が遮られているからな。
ましろの生物感知じゃ、高いビルを探すといった芸当はできないし。
「比較的高めのビルに潜伏したいところだが……そうだな」
俺はふと、目に留まったビルに目を向ける。
周りのものと同じ、寂れ、薄汚れたビル。
それは確かに高いが、正直この街では普遍の域に収まる程度のものだった。
……だが。
「ここからじゃ探すこともままならないからな、とりあえずここにするか」
「そうですね!」
俺は一応身をかがめつつ、中に入っていくのだった。
────
この建物は長らく使われていなかったのか、入った途端に埃が舞った。
「…………あ…………」
「どうしたましろ?」
「……いえ……少し、違和感がしたので」
「……成る程」
俺は、少し考える。
その違和感の正体について、心当たりがあったからだ。
……ちょうど、いい。
「……よし、まずは安全確認からですよね?」
ましろがそう聞いてくる。
そうだな、もしかしたら誰かが先に潜伏している可能性もあるからな、警戒することに越したことはない。
そのことにも関係してくるのだが、少し試したいこともあるんだよな。
その試験としては、ここは最適な場所だ。
「ああ、それが終わり次第、2階に来てくれないか?」
「りょーかいです!」
そして俺達は階段を上りつつ、階段付近に他のプレイヤーがいないか確認をした。
2人ともいつでも迎撃できるよう、用心しつつ。
────
「で、トナカイさん、何をするんですか?」
ましろが首を少し傾げつつ聞いてくる。
結局他のプレイヤーも魔物もおらず、今から敵が突入してこない限りはほぼ安全だ。
一応窓のない個室に来たから、狙撃される恐れもない。
……そこまで警戒する理由はあるのか、と問われれば、俺は間違いなく市街地だから、と答えるだろう。
有利なポジションか否かがはっきりしており、なぜ死ぬのかがわかりやすいから、かな。
……森も一部丘陵や川、谷と言った地形はあるし、荒野にだって遮蔽物はちょっとはある。
勿論気分の問題ではあるのだろうが、なんか落ち着かない。
俺はその落ち着かない気分を振り払い、あくまで冷静にましろに話しかける。
「実は、お前に関することなんだがな、少し懸念材料がある」
「懸念、材料ですか?」
……懸念材料。
俺は今更かもしれないのだが、このゲームに1つの未知があることに気づいた。
それはましろに関係するもので、早いうちに明確にしておかないと後々問題が起こるだろう案件。
特にましろ自身は知っておかないと、咄嗟の事態に対応できずに危険な目に遭う可能性がある。
だから早めに、俺達の認識の齟齬を正しておくべきだと思ったのだが、本当にちょうどよかった。
一応予想は立てられるものなのだが、やはり直接確かめるのが良いだろう。
「ああ。ちょうど邪魔者であるウォータムもいないからな。今この場で確かめておきたい」
「……お兄ちゃんがいると、できないこと……まさかっ!?」
ましろがそのことに気づいたのか、目を見開いて顔を赤らめる。
……そう、そういうことだよ。
「こ、こういうのって、段階を踏んでやるものでは……」
「ん? これがまず第一段階、じゃないのか?」
「ふぇぇえええええええ」
ウォータムがいると少々邪魔になり、俺らの仲間の中で唯一、ましろのみができること。
ましろにしんどい思いはさせたくないのだが、どうせ今更だろうし、彼女も許してくれるはずだ。
ましろは尚も顔の熱を高め、
「……で、でも! わざわざフィールドでしなくても……!」
「いや、それは本当にごめん。だけどさ、街じゃできないことなんだ」
「……ぇ……」
なぜかましろが、絶望的な表情を浮かべる。
……すまない、本当は俺も街中でしたかったのだが、仕方ないんだ。
こういう所でしか、できないんだよ。
街ではできないし、人も多い。
それにくらべここなら、ある程度の人のいない保証はできている。
ここでやるのが、結果的に良いんだよな。
ましろは恐る恐る、聞いてくる。
「街で試した、んですか……?」
「……まぁ、試したというか……無理だなーって悟ったというか……」
「……悟った……」
ましろは暫し、考え込むような仕草をする。
「あ、あの……トナカイさん……」
「なんだ? 言いたいことがあるなら言ってくれ」
「……」
ましろが、震えた声で呟く。
「……アンさんと、ですか……?」
……ん?
なんでここで、『馬のしっぽ亭』の美少女店員アンが出て来るんだ?
「……いや、アンは厳しいんじゃないか……? いやまぁ、やろうと思えば可能だろうが、できれば危険な目には晒したくないしな」
「……厳しい……危険な目……。どれだけ激しいんですか……?」
「……激しい?」
今の話に、激しい要素があったか?
外に連れ出すのは流石に、ここが最寄だからと言って厳しいと思うんだが。
魔物の攻撃も、浅層なら激しくもないだろうし。
……もしかして、もしかしてだが、話が食い違っているのか?
そうだとしたら、一体何に?
俺が思案に暮れていると、ましろが言葉を重ねる。
「……じゃ、じゃあ、誰と街でその……し、したんですか?」
「いやだから、今回が初めてだって言ってるだろ?」
「……あれ?」
ましろが首を傾げ、自らと俺の発言を思い返すようにゆっくりと被りを振った。
頬の紅潮は、既に治まっていた。
「…………トナカイさん、今って何の話をしてるんでしたっけ?」
やっぱり、何かの勘違いだったか。
俺はましろに、今からしようとしていた実験を端的に告げる。
「Senの生命探知が、上下方向でどのくらいの範囲に機能するのか、かな」
ちなみにウォータムがいない方が都合がいいのは、単純にましろに混同させないため。
周りに人が多すぎても発動しないようなので、街ではほぼ不可能。
アンを連れて来る意味は特にないし、このビルの個室を選んだのも安全性を高めるため。
それ以外のことは言ってないはずなんだが……言葉が足りなかったみたいだ。
これからは、善処しないと。
「なーんだ、そうで、し、た……か…………」
ましろはふと、何かに気づいたかのように、頭を抱え始めた。
その様子に比例するかのように、声も固まり始め、硬直を始めた。
そのまま、数秒の時が流れる。
「……ましろ、どうした?」
「……トナカイさん」
ましろが急にその場にくずおれ、顔を自分の腕にうずめた。
……一瞬見えたその顔は、一瞬光剣『Clear』を思い出すほどの赤面ぶりだった。
そして響く、大きな悲鳴。
「ごめんなさいぃぃいいい!!」
「ちょ、よくわからないがましろ落ち着けって!?」
くぐもった泣き声を、はっきりとしたすすり泣きに変えるまで10分くらいかかった。
解せぬ。
────
「……すみません、突然泣き出してしまって」
「……ああ」
まだ鼻声であるましろの声に、俺は短く返す。
「……あの」
「……なんだ?」
「気づいたことは、自分の勘違いだけじゃ、ないんです」
「……」
「……自分は、役立たずだ、ということに、気づいちゃったんです」
ましろは、俯いたままぽつりぽつりと話し始める。
「このビルに入った時の、違和感の正体」
「何か、喪失感のようなものが、私をずっと襲い続けてるんです」
「その理由が、漸く、わかったんです」
「トナカイさんが言ってくださったお陰で、気づけました」
「……予想はできるが、一応言ってくれ」
そういうとましろは、少し沈黙を創る。
そして彼女は、決定的な言葉を発する。
「ここでは、Senの感知が機能してないみたいなんです」




