さかせるきもち。
桜の花が、そろそろ満開になる三月最後の日。よく晴れた空は、まだちょっと寒い。
でも、私の家の最寄り駅のホームで私の一番大好きな姿を見つけて、その寒さも、興奮であっという間に吹き飛ぶ。
「おはよう、さゆりちゃんっ」
「おはよ、咲希」
相変わらずクールで、駆けだした勢いで抱きついても表情一つ変えない。でも、心も体も、ちゃんとした女の子で、私のことを好きでいてくれるって、その温もりと手のやさしさでわかる。
「今日は、朝早いね、いっつも寝坊しかけてるのに」
さゆりちゃんは、けっこう朝に弱い。待ち合わせの時間だって朝だと本当にギリギリになるっていうのに。でも、今日は、まだその時間まで二十分もある。
「今日は、特別な日だからね」
「そうだねぇ、あたしもドキドキして六時くらいに起きちゃったよ」
今日から、さゆりちゃんと、――私の、一番大事な人と、二人暮らしをする。その響きだけで胸の奥がドキドキでいっぱいになるくらいに、これからの日々への膨らむ期待が、心の中に溢れてる。
「それで、よく元気でいられるね」
「えへへー、さゆりちゃんと一緒だからだよっ」
普段は見せないくらいに緩んだ、さゆりちゃんの顔。そんなかわいいものが見えたら、自然と元気が湧いてくる。その顔をもっと見たいって、抱きついた手を離す。
「ずるいよ、……そんなこと、簡単に言うなんて」
普段は甘えてこないさゆりちゃんが、私の手を握ってくる。その顔は、ごまかしようがないくらい真っ赤になっていて。……かわいい。なんて言葉が、自然に溢れてきそうになる。
「だって、ホントのことだもん」
そう言い返すと、ただでさえ真っ赤なさゆりちゃんの顔が、もっともっと赤くなる。今まで、見たことがない。つないだ手も、プルプルと震えているのも。
今日のさゆりちゃん、すっごくかわいい。……なんて言ったら、どんな反応するんだろう。もっと顔を赤くするのかな。それとも、お返しみたいに、かわいいこと言ってくれるのかな。
そんなこと考えて、でもこれ以上何か言ったら、さゆりちゃんの顔が爆発しちゃいそうだからやめておく。
「そろそろ、電車来るね」
「そ、そうね」
まだ動揺したままなのか、さゆりちゃんの声が震えてる。そんなとこも、かわいくて好きになりそう。こんなさゆりちゃん、初めて会ったときから思い出してみても見たことがなかったから。
「あと、何か買ってないのなかったっけ?」
一応、前もって部屋にあるものは確認してるし、ないものだって買い足してる。でも、今日からそこに住むんだし、何か大事なものがなかったら大変なことになる。
「大丈夫だと思うけど……、先、おうち行かない?」
「そうだね!じゃあ行こっ」
半ば無理やりに手を引っ張って、ちょうど来た電車に乗る。ちょっと走っただけであっという間に息が上がったさゆりちゃんが、息を切らせながら私に言ってくる。
「もう、はしゃがないでよ、子供じゃないんだから」
でも、その声は、笑ってるときと同じで、胸に沸く、かわいいって気持ちを、もっともっと高めていく。
「えー? いいじゃん、まだ大人じゃないんだし」
「そういうことじゃなくて……」
さゆりちゃんの声が、いきなり怒ってるときのになる。なんでかなんて分かってるけど、こんな日くらい甘えさせてよ、もう。
「じゃあ、私と一緒に暮らすの、楽しみじゃないの?」
「そんなこと、あるわけないでしょ?」
こつん、と、軽く握った拳が、私の頭にぶつかる。でも、その裏に隠された気持ちなんて、とっくにわかってる。だって、さゆりちゃんにたくさんの気持ちをもらったから。それが、どんな意味を持ってるかなんて、言われなくたってわかる。
「もー、冗談だってー、だから許して?」
「全く、咲希には全然敵わないわね」
さっき叩いてきた手が、今度は髪を軽くなでてくれる。その奥に隠された気持ちも、手に取るようにわかる。だって。私はいちばん、さゆりちゃんの気持ちを今まで受け取ってきたから。
「ごめんね、だって、楽しみすぎるんだもん」
「ふふ、わかってる」
撫でてくれた手が、さりげなくそのままにされていて、そこから伝わる気持ちが、私のここをの奥をじんわりとあっためる。
さゆりちゃん、あったかい。周りからはずっと、冷たい人だとか言われてるけれど、……この温もりを知ってるのは、きっと私一人だけ。
「へへ、……好きだよ」
「私もよ、咲希」
自然と漏れた言葉に、応えてくれる言葉。普段なら、「好き」なんて言葉、あんまり言ってくれないのに。
このまま、時が止まっちゃえばいいってくらい、幸せ。さゆりちゃんの手は離れちゃったけれど、その分私から体を寄せる。
ねえ、もっとそばにいさせて。温もりも、声も優しさも全部、感じていたいから。これからの時間、ずっと私がそばにいるから。
寝たふりをして、さりげなく肩に頭を乗せる。そっと抱きしめてくれる手の感触に、心が安らいでいく。
「全く、子供みたいなんだから」
その言葉は、相変わらず笑っていて、一緒に、私への気持ちだって伝わってくる。
あったかくて、落ち着く。興奮したせいで全然寝れなかった体は、自然と夢に行きたがる。寝たふりじゃなくて、本当に寝ちゃうかも。
でも、それでもいいかな。さゆりちゃんの体に身を任せて、ゆっくり眠りに落ちていく。
「咲希、起きて」
体を揺すぶられる感覚と、かっこよさすら感じるさゆりちゃんの声で目を覚ます。
「ん、……なぁに?」
「もう、駅着くよ?」
ちょうど流れてきたアナウンスは、私たちが下りる予定の駅で、はっと意識が戻ってくる。
「あ、ほんとだ」
私たちが乗ったときより、少し混んできた電車の中。降りるときになって、さゆりちゃんのほうから、手を差し伸べてくる。
普段は、手をつなぐときだって私からなのに。今日は、さゆりちゃんも積極的になってくれてる。それって、……私への気持ちが、抑えられなくなってる……とかなのかな。
自分で考えたことに顔が熱くなって、うつむきながらその手をとる。今日は、なんか、いつもの反対だ。
「こんなとこではぐれたら、大変でしょ?」
そんな言い訳をして、顔をそらす。やっぱり、いつものさゆりちゃんだ。こういうこと、したがらないんじゃなくて、恥ずかしいからできないだけなんだ。
……やっぱり、かわいい。なんて考えてまたほっぺが熱くなる。今日は、私もおかしくなっちゃってるのかも。でも、それでもいいかな。それだけ、さゆりちゃんのこと、好きって証明になるから。
その手を握ると、ぎゅっと握り返される。絶対離さないって言われてるような気がするくらい強く。そのまま、ホームから上がるまでどころか、改札を出ても、……二人で新しく住むマンションに着くまで、その手を離してはくれなかった。
「さゆりちゃん、手ぇ痛い……」
「ご、ごめん……」
慌てたように手を離すと、握られたとこが赤くなっていた。そのことに余計に焦るさゆりちゃん。なぜかハンカチで私の握られてた右手を包もうとしてるのを、慌てて止める。
「でも、嬉しかったな。離したくないって気持ち、ちゃんとわかったもん」
「ふふ、ありがと、咲希」
もう契約も済ませたし、部屋の鍵ももらってるから、そのまま二人の部屋の前に向かう。
「そういえば、ベッドっていつ届くっけ」
「今日の午後じゃなかった?」
「そんじゃ、先ご飯食べたほうがいいね」
「そうね、でもとりあえず荷物置こっか」
二人の部屋に入ると、ちょっとずつここに来て整理してはいるとはいえ、まだ荷物の入った段ボールが残ってる。
「そろそろ、これも片づけなきゃね」
「そうだねぇ……」
ベッドもやってくるし、お昼までにはまだ時間もある。
「今のうちに片づけちゃおっか、まだお昼には早いでしょ?」
「そうしよっか」
私のぶんの箱を開けると、今までの卒業アルバムとか、きっと、さゆりちゃんの知らない私がいるようなものが、溢れてくる。多分、さゆりちゃんも、おんなじようなものがあって、……私の知らないさゆりちゃんのこと、知りたくないなんて言ったらウソになる。
前に買ってあった書棚の下に、二人の思い出のかけらが全部収まる。
「これで全部、終わったのかな?」
「そうね」
近づいた二人の体。二人きりなんだから、思いっきり甘えさせてよ。
「ねえ、……ごほうび、ちょうだい?」
さゆりちゃんの服を軽く握って、顔を触れないように近づける。どうしてほしいか、気づいてよ、これだけで。これ以上をせがむのは、ちょっと恥ずかしいから。
「いいよ、咲希」
それだけで、伝わる気持ち。自分で言い出すのは、きっと恥ずかしかったんだよね。そんなさゆりちゃんが、私は大好きだよ。
向き合った体は、ほんのりと顔が赤くなってる。
「目、閉じて?」
「……うんっ」
顔が触れない程度に近づけて、首を軽くかしげて唇をすぼませる。
何も見えないけど、さゆりちゃんのかすかな息遣いも、息をのむ音も聞こえる。
……ちゅ。
胸の奥、ドキドキしてるのが、伝わっちゃいそう。
だって、こんなに近いんだもん。体も、心も。
ほんの数秒、唇が触れただけなのに。体から溢れそうなくらいの気持ちを、もらったような。
「ちゅー、しちゃったねぇ……」
「もう、咲希からせがんできたんでしょ?」
ぽんぽん、と頭を軽く撫でる手に、胸の奥がいっぱいになる。
「嫌だった? 私と、ちゅーするの」
「そんなわけ、ないでしょ? 」
「よかった……、私も好きだよ、さゆりちゃんと、ちゅーするの」
今までは、二人きりになれるとこなんてなかったし、さゆりちゃんが照れちゃうからそんなにできなかったけど。
これからは、家ではずっと一緒にいられる。そしたら、いっぱい、ちゅーしたり、甘えたり、できるよね。
「私も、好き……」
さっきより、赤くなったさゆりちゃんの顔。こんなかわいいとこも、いっぱい見られたらいいな。
抱きしめて、その温もりをもっともっともらう。笑い声を漏らしながら、髪を撫でてくれるさゆりちゃんに、また、キュンってなる。
もっともっと甘えたい。その気持ちに水を差すのは、私のお腹の奥から鳴った音。
「ふふ、お腹、減っちゃった?」
くすくすと笑うさゆりちゃんに、ちょっとだけむっとする。
「仕方ないでしょ? 朝早かったんだもん」
「それもそうね」
お財布と携帯を入れてるポーチだけ持って、外に出る。
戸を閉めて鍵をかけると、自然に手が繋がって、ドキってしてしまう。普段、さゆりちゃんからはこういうことはしてくれなかったから。
繋いだ手の温もりに導かれて、ぶらぶらとお店を探す。
この近くのこと知るのにも、ちょっとは役に立つかな、なんて。
そんな風に家の近くをしばらく回ってると、私のお腹の奥が、我慢できないほどぎゅるぎゅると鳴ってしまう。気づかれちゃってるよね。そのことに、ほっぺの奥が、こらえきれないくらい熱くなる。歩調をちょっとだけゆっくりにして、さゆりちゃんのちょっとだけ後ろになるようにする。
そんな中に、イタリアンのファミレスの看板を見つけて、振り向かれて、目と目が合う。
「ここにしよっか? もう、お腹が限界でしょ?」
「う、うん……」
お腹の音も、ばっちり聞かれてたみたい。なんか、ものすごく恥ずかしい。さゆりちゃんの肩を枕にしちゃったり、お腹が鳴ってるの聞かれちゃったり、……こんなんで、嫌いになったりしないよね。さゆりちゃんの気持ちは分かってるのに、不安になってしまう。
その気持ちが、つないだ手を、自然に深く握らせる。そしたら、さゆりちゃんも握り返してくれて、言葉なんて一言も交わしてないのに、「そんなわけないでしょ」って、優しく言われてるような気がする。
お昼どきにはちょっと早かったからか、すんなりとテーブル席に案内される。向かい合った席は、表情も何もかも見られちゃうせいで、ドキドキしちゃう。ちょっとでも、いい私でいたい、その気持ちは、失敗なんてできないってプレッシャーになる。
「咲希は、何にする?」
「えー? 悩んじゃうなぁ……」
お腹が空いてると、なんでもおいしそうに見える。でも、何個も食べられるほど、お腹が大きなわけじゃない。
何とか2個には絞れたけど、これ以上は無理。私のから決めるのはお手上げして、先に何を頼むか聞いてみることにした。
「さゆりちゃんは、何にするか決めた?」
「私は、これにしよっかな」
メニューのとこに指差してみせてくれたものは、私が悩んでたのの1個。
「じゃあ、私もおんなじのにするね?」
「わかった」
口に出してみて、胸の奥が熱くなる。さゆりちゃんと、……好きな人と一緒。その言葉は、心に甘い響きになって残る。
さゆりちゃんとおんなじとこに住んで、一緒の時間を、ずっと過ごせる。これからの未来を思い浮かべると、ふにゃふにゃと頬が緩むのを抑えられない。
「もう、何笑ってるの?」
注文を済ませてくれたさゆりゃんが、そう言って笑う。
「だめだった? これからどうなるか、考えてたのに」
「駄目なんて、一言も言ってないよ」
ちょっとだけ立ったさゆりちゃんの伸ばされた手が、私の髪を撫でる。今日だけで何度もされたのに、その感触に何度もドキドキしちゃう。
「ふへへぇ……、ありがとぉ……」
その触れる手の温もりだけで、とろけていきそう。好きな人からもらう温もりは、簡単に体中に広がって、私の体も心もあっためていく。
「いいの、私も、したくてしてるから」
ちょっとだけ声を落として、最後にぽんぽんと叩いて離れる。
何事もなかったみたいに座り直すさゆりちゃんのほっぺは、ちょっと赤くなっている。
ああ、もう、そんなのでかわいいなんてずっと思いっぱなしだ。どうしようもなく、さゆりちゃんのことが好きなんだな、私。
そんな風に物思いにふけってると、二人の頼んだ料理がやってくる。当然だけど同じものが並んできて、頬が緩むのが抑えられない。
一緒に手を合わせて、ご飯を食べるだけでも、なんか胸の奥がくすぐったい。さゆりちゃんと一緒だから、こんな些細な事だって、二人でつくる思い出になるから。
食べさせあうなんて、デートしたときにやったな。でも、今それを言ったら、今日は同じのだからって止められちゃうんだろうな。そんなさゆりちゃんだから、好きなんだけどね。料理とは別に、甘いような感覚。
「なんか、甘いね」
「そう? ……でも、そうかもね」
それだけで伝わるかな、私の気持ちも、心も。自然にこぼれた笑みに、つられて笑う顔を見て、気づいてくれたって感じる。
「食べ終わったし、そろそろ行こっか」
「そうだね、ベッドも届くし」
レジで精算をさせて、店を出る。さゆりちゃんの手みたいに優しい風が、ほっぺたを撫でる。
「ねえ、手、繋いでいい?」
「いいけど……さっきも、繋いだでしょ?」
「そうじゃなくて……」
さっきだって、手は繋いだけど、それとはちょっと違うほうで。
差し出された手の指の間に、私の指を絡める。確か、『恋人つなぎ』っていうんだっけ、こういうの。
「ひゃっ、……ねぇ、咲希ぃ……っ」
また、さゆりちゃんの顔が赤くなる。
「嫌だった? なら、離すけど」
「そ、そうじゃなくて……」
本当は、照れちゃうからだよね、分かってるよ。だって、ずっと近くにいたから。
「なんか、ドキドキしちゃうし、汗かいちゃってるから……」
「いいよ、そんなさゆりちゃんも、大好きだもん」
じゃないと、こんな風に、二人で暮らそうなんて言わない。ほんのちょっと背伸びして、空いてるほうの手で、さゆりちゃんの長い髪を撫でると、さゆりちゃんのほっぺがもっと赤くなって、でも、頬が緩んでる。
「もう、咲希ってば」
なで返された手に、自然と頬が緩む。恋人つなぎにした手は、きつく繋がったまま。
「そろそろ帰ろか、ベッド、来ちゃうでしょ?」
「そうね、それじゃあ、行こっか」
「うん!」
ただ、一緒に歩くだけで、楽しい。さゆりちゃんと二人でいる時間は、それだけで甘い。
帰りは、お店に着くときよりも早くお家に着く。手が離れちゃうのが、ちょっとだけ、寂しいかも。
だから、もっと、甘えさせて? 扉を開けて、ふたりきりの空間に入った瞬間に、その体に思いっきり抱きつく。
「ただいま、さゆりちゃんっ」
「おかえり、咲希」
離れた手が、お互いのぬくもりを求めあって、……自然と抱き合ってる。胸がくすぐったくて、甘く溶けていくみたい。
さゆりちゃんも、きっとおんなじ気持ちだから、なのかな。
「さゆりちゃんだって、帰ったばっかりでしょ?」
わざとらしくほっぺを膨らませてみると、そのほっぺをぷにぷにとつつかれる。その手を軽く払いのけると、髪をまたぽんぽんと撫でられる。
「もう、リビング行くよ? こんなとこで甘えてたら、気づかれちゃうかもよ?」
「わかったよ……」
半分足を引きずりながら、さゆりちゃんの腕に引っ張られてリビングに行く。
「全く……咲希は本当に甘えんぼね」
「……嫌だった?」
「ううん、そんなこと」
引っ張られた先にあった座椅子にさゆりちゃんが腰かけて、そのせいでお互いの顔が近づく。吐息が、かかりそうなくらいの距離。
近くで見ると、……きれいだな、さゆりちゃんのすべすべな肌も、しゅっとした顔立ちも、吸い込まれそうになる瞳も、何もかも。
「どうしたの?」
そんなにまじまじと見てたせいで、怪しまれちゃったみたい。
「ん、……さゆりちゃん、きれいだなって」
「そう? でも、咲希だって、すっごくきれいよ?」
「えー? そうかなぁ……」
そんな事言われたら、照れちゃうよ。まして、一番言われたい人にそんなことされたら。
溢れちゃうよ、私の気持ちが。もっと触ってほしい、ちゅーしたい、さゆりちゃんの温もりに、もっともっとドキドキしたい、なんて考えてたら、また、ほっぺの内側が熱くなって。
「どうしたの、咲希、顔、真っ赤よ?」
「さゆりちゃんもでしょ? もう……」
「ふふ、そうね」
照れ笑いが、お互いの顔にこぼれる。きっと、顔が赤くなる理由も。
「ねえ、……ちゅーしたい、ダメ?」
「いいよ、……私も、したくなっちゃったから」
やっぱり、一緒だったんだ。胸の奥が、ぽうっと熱くなる。
「じゃあ、目、閉じて?」
さっきはさゆりちゃんにしてもらったから、今度は、私から。
いい……よね。閉じたさゆりちゃんの顔に、肌から香る甘いにおいに、どんどん引き寄せられていく。
……ちゅ。
唇が触れて、それだけで頭の中が真っ白になりそうになる。あったかくて、柔らかくて、気持ちいい。
好きな人とちゅーするだけで、どうしてこんなになっちゃうんだろうってくらい。
「ん、……まだ、やっぱりドキドキしちゃうねぇ……っ」
「そうね……」
でも、何度だってしたくなる。ほんのちょっとした手違いでまた触れ合いそうなくらい、まだ近くにいる。
きっと、ほんのりと甘い空気を、二人だけで分け合ってるせい。さゆりちゃんのことしか見えなくなって、また、唇を重ねそうになる。
ほっぺの奥が、もっともっと熱くなる。甘えたいけど、さゆりちゃんにこれ以上くっついてると、迷惑かもしれない。
この幸せを、絶対離したくない。だから、嫌われるのは、何よりも怖い。
「もっと、甘えたっていいわ」
「い、いいの?」
「もちろんよ」
それでも、そんな躊躇すら見透かされて、甘えさせてくれる。
ああ、もう、……大好きだよ、さゆりちゃん。
簡単に溢れる気持ちは、すぐ顔を近づけさせる。まつげが触れて、慌てて目を閉じる。
「じゃあ、もっと甘えさせて?」
「ふふ、いいわ」
背中に回された手に引き寄せられて、目をつぶっててもさゆりちゃんが近づいてきてるのがわかる。
ちゅっちゅっ、って、重ねられては離れて、離れてはまた重なる。
その度にドキドキが加速して、胸が爆発しちゃいそう。
「んぅ、さゆりちゃん……?」」
唇の隙間で、思わず声が漏れる。
「どうかした? 」
そう言うさゆりちゃんも、顔が赤くて、息がちょっと乱れてる。
「すっごく、ドキドキしちゃった……」
「……そうね、私も」
私からも抱きしめて、耳元に細く囁く。
「でも、そうしたいくらい、大好きだよ?」
「ふふ、……私も好きよ、咲希」
お返しみたく、耳元で言われた言葉が、胸の中に飴玉を入れてくれる。
さゆりちゃんの温もりも、優しい声も、髪から、肌から香るにおいを感じるくらい近くにある。ドキドキしてる音が、胸から伝わっちゃいそう。
膨らんだ気持ちは、どれだけ言ったって、どれくらいぎゅってしたって、いっぱいちゅーしたって、伝えきれないくらい大きい。
それくらい、さゆりちゃんが好き。だから、もうちょっとだけ浸らせて。二人だけの、甘い時間に。
それなのに、チャイムの音に邪魔をされる。この時間だと、ベッドが届いたのかな。
「はーい、……もう、離れてくれる?」
「わかってるよ……」
でも、離したくないよ。と言っても、ベッドがないと二人で寝れないから、しぶしぶ身を起こす。
扉を開けると、今までみたことのないくらい大きなダンボールが大量に並んでいて。
「お届け物でーす!」
「あら、ありがとうございます」
若いお兄さんたちが、次々とベッドの部品があるだろう段ボールを運び出す。
「あ、場所はここでいいですよね?」
「はい、そこでお願いします」
ぽっかりと開けていた窓際に、お兄さんたちは積み木でもしてるみたいに簡単にベッドを組み上げていく。何か手伝おうかと考えたけど、きっとこれだと邪魔になるだけだからさゆりちゃんの隣でベッドができるのをただ眺めてた。
ぼうっとしてるせいかな、ちょっと眠くなってきちゃった。思わずさゆりちゃんのほうに頭が傾きかけると、さゆりちゃんから、手を繋がれる。
「ひゃっ!?」
そのせいで、変な声が漏れそうになる。……というか、声は抑えたけど漏れた。
「もう、どうしたの?」
「な、なんでもない……」
本当は、わかってるくせに。ちょっとだけむっとすると、さゆりちゃんの手が髪を撫でてくれる。
「ごめんね?」
「いいよ、わかってるもん」
手を繋いでくれた意味だって、ちゃんとわかる。触れた温もりから伝わる優しさも。お返しに、手を握りかえす。
「あ、ベッドできましたよ?」
「すいません、見てるだけで」
「大丈夫ですって」
そんな風に、簡単に会話ができるのが、ちょっとすごいなって感じる。私なんて、さゆりちゃんのことしか考えられなくなってるのに。
「それじゃあ、お邪魔しましたー」
「こちらこそ、ありがとうございました」
また、二人きりの空間になって、さゆりちゃんの手が離れる。
「眠いなら、お昼寝する? 私はその間買い物行ってくるから」
「えー?」
届いたばかりのベッドは気になるし、眠いからそう言ってくれるのはうれしいけど、ちょっとだけもやもやする。
「さゆりちゃんもお昼寝しよ? 今日朝早かったから眠いでしょ?」
「でも、まだ足りてないのあるし……」
「何が足らないの?」
今日なくても大丈夫そうなものなら、一緒におひるねしたいなって。
「うーん、シャンプーとかはとりあえず買わなきゃね」
「そっか、じゃあ一緒に行くよ、それから一緒におひるねしよ?」
「ありがと、それじゃあ行こっか」
「うんっ」
普段使ってるポーチに財布を入れて、トートバッグを持っていく。
「さっき、買ってきちゃえばよかったね」
「それもそうね」
でも、いっぱい、手を繋げるから、それは嬉しいな。そんなことを思っちゃうくらい、さゆりちゃんに骨抜きにされちゃってるのかも。
玄関を出て、何も言ってないのに、自然と手を握り合う。
「ねえ、恋人つなぎ、してもいい?」
ちょっとだけ背伸びして、耳元で囁くと、さゆりちゃんの顔がぼうっと赤くなっていく。
「……いいよ、咲希」
ゆるんださゆりちゃんの手に、指を絡ませる。強く握らなくても手が離れないけど、心の中の気持ちもドキドキも手のひらに感じる。
さゆりちゃんのほうを見ると、また、顔が赤くなってる。今度は、耳たぶまで。
うつむいて、歩くどころでもなくなってるさゆりちゃんに、軽く声をかける。
「買い物、行くんじゃなかったの?」
「わ、わかってるよ……、行くよ」
いつもより歩幅が大きくて、ついてくので精いっぱいで、小走りにならないと置いてかれそうなくらい。
「もう、さゆりちゃん、歩くの早いってぇ……」
「ご、ごめん、つい……」
そういえば、前にもこんなことあったような。記憶を引っ張り出して、今日、二人で新しいおうちに行くときだったって思い出す。
なんでだろう。つい数時間前のことなのに、ずっと前のことみたい。それくらい……さゆりちゃんといる時間は、あっという間に、濃密に過ぎていく。
「いいよ、大丈夫」
「ありがと、咲希」
そう言って、頭をぽんぽんと撫でてくれる。そんなのも、さっきとおんなじ。そうされる度に、胸の中できゅんって恋心が疼くのも。
買い物してる間は、どうしても手を離さないといけなくて、それでちょっと寂しそうな顔をするのが、どうしようもなくかわいい。恋人つなぎしたときは、すっごく顔を赤くしてたのに。
それを全部済ませて、二つ分になった袋を、私とさゆりちゃんの持ってたトートバッグに入れる。
お互い、普段手を繋がないほうの手で荷物を持つ。言葉なんていらなくても、してほしいことなんてわかる。
絡めあった指の温もりに、また胸が熱くなる。
「晩御飯の買ってないけど、いいの? 」
「今日はせっかくだし、外で食べようって思ってたんだけど、…………いい?」
「へへっ、嬉しいなぁ……」
さゆりちゃんといられる時間は、いつだって好き。こんな風に、二人きりだと思えるようなときはもっと。
「じゃあ、早くおうち帰ろっか」
「そうね、行きましょっか」
そう言って、一緒に歩く。今度は、私も簡単についていけるくらいゆっくりで。
「晩ご飯、何食べたい?」
「咲希が食べたいのにして? お昼、私が選んじゃったし」
「いいって、私も悩んでたし」
そんなやりとりも、甘くて好き。二人だけの時間を、分け合ってるような気分になれるから。
「うーん、じゃあさゆりちゃんの作ったのがいいな」
冗談で言ってみると、ころころと笑ってくれる。
「もう、外で食べるって言ったでしょ?」
「わかってるよ、冗談だって」
「でも、咲希が食べたいっていうなら、いいよ?」
そう言われて、ちょっと焦る。
「ちょっと、本気にしないでよ……っ」
「ふふ、私のも冗談よ」
ふふふって、今まで聞いたことのないくらいの笑い声が漏れる。今、さゆりちゃんの手が空いてたら、きっと撫でてくれるんだろうな。
「わかってるよ、もう……」
ちょっと負け惜しみ気味にそう言って、でも、手を離さないのは変わらない。
おうちまでは、もう少し。そうすれば、また二人きりで甘えられる。
「そろそろ、家着くね」
「疲れたでしょ? 帰ったらおひるねしよっか」
「それもいいわね」
おうちに着いて、鍵を開けるために手を離される。それだけで寂しくなっちゃうなんて、ビョーキかな、私。
手汗のせいかいつのまにかしっとりとしてた手を拭いてから、買ったものを使う場所に置いておく。
それも済ませると、私だったら絶対誘われてしまいそうな誘惑を、さゆりちゃんに持ち掛ける。
「それじゃ、ちょっとおひるねしよっか、今日はもう疲れたでしょ?」
「そうね、……じゃあ、そうしましょっか」
やっぱり、その気持ちも、目をつぶっても簡単にわかる。
「届いたベッド、早速使っちゃうね」
「もう、咲希が寝ようって言ったんでしょ?」
「嫌だった?」
「ううん、そんなこと」
さゆりちゃんと、抱き合ったままベッドに寝転がる。布団もかぶってないけど、お互いの伝える熱で、とろけそうなくらいあったかい。
「さゆりちゃん、すっごく体熱いよ? ずっと眠かったんだね」
「そういう咲希だって、電車の中でも寝てたのにまだ足りないの?」
「仕方ないでしょ? 興奮して寝れなかったんだもん」
「ふふ、……本当に、咲希はかわいいね」
「もう、さゆりちゃん……」
抱かれてほっとしたせいか、あくびが漏れる。さゆりちゃんの生温かい息もかかって、私のが伝わっちゃったかな、なんて。
「おやすみ、咲希」
「うん、おやすみ」
さゆりちゃんが、目を閉じる。肌のにおいすら伝わりそうな距離で。
私の中に隠れてた欲望が、ひょいと顔を出す。……どうしよう、ちゅーしたくなっちゃった。
いいかな、……いいよね、だって、さゆりちゃんとは恋人同士だし、さっきだって、いっぱい甘えさせてくれたし。
ちゅ。さゆりちゃんの唇に、そっと唇を載せる。
「もう、咲希?」
さゆりちゃんの目が開いて、ちょっと怒った声で言われる。
「ごめんね? つい……」
「びっくりしたんだから、……お返し」
そう言ったとたん、さゆりちゃんの顔が近づいて、唇を塞がれる。
嬉しいけど、それ以上にドキドキしちゃう。こんな強引なさゆりちゃん、初めてだったから。
「……どうだった?」
「すっごくドキドキしちゃった……、いきなりだったもん」
「私も、おんなじだったのよ?」
「ご、ごめん……」
こんなの、素直に謝るしかない。だって、悪いのは私だから。
「でも、嬉しかった、……咲希からしてくれたから」
「えっ……?」
「じゃあ、さっき私からキスしたの、嫌だった?」
「ううん、すっごく嬉しかったよ?」
そっか、こんなとこまで、さゆりちゃんと一緒だったんだ。
一緒のとこを見つける度に、好きって気持ちが大きくなっていく。
「ふふっ、……本当に、一緒ね、私たち」
「そうだねぇ」
同じ気持ちになるってことは、それだけ、お互いを、同じくらい好きでいられてるってこと。
その気持ちと温もりにほっとして、そのせいで一瞬で体が夢に落ちていく。
✿
目が覚めると、もう真っ暗になっていた。
今、何時だろ。携帯を見ると、もう六時半も過ぎている。それなのに、さゆりちゃんはまだ眠ったまま。
「起きてよ、さゆりちゃん」
揺すぶっても、背中を軽く叩いても、さゆりちゃんは目を覚ましてくれない。そんなに、疲れてたのかな。それだけ、無理して頑張ってたってことに、思わず笑みが漏れる。
「もう、起きないと、晩ご飯の時間になっちゃうよ?」
そんな言葉も、夢の中のさゆりちゃんには、届いてくれない。
どうすれば起きてくれるかな。その方法を、私は一つしか知らない。
寝返りを打たせて、あおむけにしたさゆりちゃんに乗っかる。痛くしないように、ちょっとだけ体を浮かせて。
それにしても、さゆりちゃんの寝顔、綺麗だな。闇に映える白い肌に、整った鼻筋に、長く伸びた睫毛に、桜色の、ぷるぷるした唇。
でも、こんなに綺麗で、無防備で、隙だらけだから、なんか、イケナイ事、してるような気がして。
そのせいかな、唇を重ねた瞬間に、甘い感情と罪悪感が一緒に溢れてくる。
「ん、……咲希?」
「おはよ、さゆりちゃん」
思わず熱くなった頬は、暗いから気づかれてないよね。
「もう真っ暗ね、何時くらい?」
「もう、そろそろ七時になっちゃうよ?」
「そんなに寝てたっけ、全然記憶にないや」
さゆりちゃんも、ぐっすり眠れたみたいだ。
「さゆりちゃんも疲れてたんだよ、朝も早かったし」
「そうかもね、……そういえば、晩御飯どうしよっか」
「でも、全然お腹減ってないよ」
「私も、……でも、なんか食べないとね」
ご飯とかよりずっと、さゆりちゃんに甘えてたい。そっちのほうが、何よりも甘いものだから。
「えー? このまま一緒にいようよぉ……」
「もう、咲希ってば、何言ってるの? 」
その声は優しくて、ドキドキしちゃってるんだって気づいちゃう。
「このまま、甘えさせてよ」
「それじゃ、お腹膨れないでしょ?」
すがりついてみると、言い聞かせるようにそう言ってくる。そんなことはわかってるけど、でも、二人きりでいたいって思ったら駄目なのかな。
「わかってるよ、コンビニかなんかで買おうっか」
「それがいいかもね」
やさしく撫でてくれる手に、また恋してしまう。甘えられる時間が愛しいのは、きっとそのせい。
今日だけで、おでかけするのは三回目。そうする度に、私とさゆりちゃんの距離が、どんどん深くなってきた気がする。恋人つなぎだって、私が言わなくても自然にできるようになった。
「やっぱり、いっぱい出かけると疲れちゃうね」
「でも、なんか幸せね」
体はすっごく疲れてるはずなのに、何故か幸せだけが胸に満ちる。
「私も、きっと、さゆりちゃんといるからだよ」
「ふふ、そうかもね」
近くにあったコンビニで、菓子パンを2個ずつと、飲み物を買う。お互い、買ってきたものは全然違うもので、なぜか胸がくすぐったくて笑い合う。
おうちに帰って。カーテンを閉めてから電気をつける。
「先お風呂入れちゃおっか」
「うん、おねがいね」
さゆりちゃんも、疲れちゃってるんだな、まだ、お風呂には早すぎってくらいの時間なのに。
ここのお風呂は、実家のよりは狭いし、二人で入るには、ちょっときついかも。でも、それならそれでもっとくっつけるしいいかも、なんて。
そんな事ばかり考えてお風呂を洗ってたせいか、給湯器のスイッチを入れて戻ると、「どうしたの? 」って心配される。
「ううん、なんでもない、とりあえず、一緒にご飯にしよっか」
「そうねぇ」
菓子パンの袋を開ける、ビニールの音。この場にはそぐわないなんて感じてしまうのは、さゆりちゃんと二人なら、なんだってごちそうみたいに思えるからかな。
「なんか、すっごくおいしいね」
「本当ね、……二人きりだからかな」
「そうかもねぇ……っ」
二人ともそのせいか早く食べ終わって、袋をゴミ箱に捨てようとしたとき、
「あ、咲希?」
「ん? なに?」
「ほっぺに、クリームついてるよ?」
そう言って、ほっぺにちゅーされる。その顔が、そのまま耳元に寄ってきて。
「さっき起こされたときの、お返しなんだから」
低く囁かれた言葉に、顔が熱くなるの、止められない。
ほっぺを冷やすために、ペットボトルに残ってたジュースを一気に飲んで、それでも、顔にたぎった熱は収まらない。
ずるいよ、こんなときだけ、さゆりちゃんからしてくるの。もっともっとドキドキしちゃうし、好きになっちゃうから。
「ねえ、そろそろお風呂沸くよ?」
「ふふ、じゃあ、一緒に入ろっか」
「うん、わかった」
バスタオルと着替えを持って、お風呂場に行く。脱衣所も、やっぱり二人じゃちょっと狭い。お互いの体が、たまにぶつかるくらい。
「お風呂狭いよ? 二人じゃ入れないかも」
「そしたら私が先にシャワー浴びるから、大丈夫」
お風呂のドアを開けると、もくもくとした煙にさゆりちゃんがちょっと霞む。お湯をちょっと掛けて、二人で一緒に湯舟に浸かる。
「やっぱり、けっこう狭いね……」
「そうね、……でも」
急に抱き寄せられて、背中に素肌の温もりを感じる。胸のふくらみが当たって、吐息がかかりそうなくらい近く。
「これなら、一緒でも大丈夫でしょ?」
「う、うん、……」
どうしよう、こんなの、すっごくドキドキする。のぼせたとかじゃなくて、さゆりちゃんの胸当たってるし、こんなに顔ちかいと、ちゅーしたいなんて思っちゃうし。
頭じゃどうしようもない衝動に、顔を近づける。紙一重の距離でなんとか踏みとどまるけど、その距離も、さゆりちゃんが近づけてゼロにする。
「んっ、……さ、さゆりちゃん……?」
「嫌だった? 私から、キスするの」
「イヤじゃないよぉ、……大好きに、決まってるでしょ?」
「私も、おんなじよ? ……もっと、咲希とキスしたい、……いい?」
いいよ。その言葉すら、喉がカラカラになって言えなくなる。近づいているさゆりちゃんの香りに導かれて、唇を重ねる。これだけで、伝わるかな、私の気持ち。
「ふふ、かわいいよ、咲希」
ちゅっちゅっ、って、何度もちゅーされる。唇を啄まれるその度に、ドキドキが加速して、爆発しちゃいそう。
「は、ねぇ、さゆりちゃん、っ……」
「ん、もうやめる……?」
「お願い、ドキドキしすぎて、おかしくなっちゃいそう……」
まだ湯舟に浸かってそんなに経ってないはずなのに、のぼせたみたいに頭がくらくらする。
「私も、……すっごくドキドキしてる、ほら」
ほんのりと赤くなってる手をとられて、手のひらをさゆりちゃんの胸のとこに当てられる。トクトクって、早くなってる鼓動が伝わる。
「ほんとだ、……のぼせちゃいそうだから、シャワーにするね?」
「うん、わかった」
シャワーの栓をひねって、お湯が温まるのを待つ。
もういいかなって湯舟から出ようとすると、さゆりちゃんも一緒に上がってくる。
「な、なんでっ!?」
「駄目だった? 私も、のぼせそうだから」
「もー、さゆりちゃんがいっぱいちゅーしたからでしょ?」
「でも、好きなんでしょ? そういうことするの」
「そうだけど……」
そんなこと、簡単に言うなんてずるいよ。恋人つなぎしただけで、顔を真っ赤にしてたくせに。
「ごめんね、背中流してあげるから許して?」
「もう……、いいよ」
本当は、すっごく嬉しいはずなのに、拗ねたような声になってしまう。
背中にお湯を流されて、後ろからボディーソープを取る手が見える。そのまま、泡立ててる音も。
「じゃあ、いくわよ?」
「……うん」
優しい手つきで、背中を撫でるように洗われる。ちょっとくすぐったくて、胸の奥が、また高鳴っていく。
「どう?」
「ちょっと、くすぐったいや」
「ふふ、そう?」
シャワーを止めたせいか、しゃわしゃわと泡が動く音が、よく響く。そのせいか、背中の感覚が、敏感になっていく。
これ以上されたら、限界かも。その瞬間に、さゆりちゃんの手が止まる。
「それじゃ、流すからね?」
「わかった」
シャワーを出す音がして、それからちょっとしてから背中にお湯がかかる。
軽く手の撫でる感触に、また、ドキっとしてしまう。そうされてばっかりだな、私。でも、それだけ、さゆりちゃんから触れてくれるってことで。
「咲希? ……終わったわ」
「ありがとね、……私も、しよっか?」
「別にいいわ」
「えー? ずるいよ……」
振り向いて、膝立ちになってたさゆりちゃんを、ちょっと見上げる。
「明日なら、いいよ」
「約束だからね?」
「うん、分かってる」
ぽんぽん、と乗っかった手。その手は、何よりもあったかい。
一緒にお風呂の縁に座って、体を洗う。さゆりちゃんのありのままの姿なんて見たら、本当に壊れちゃいそうだから。
最後にシャワーで流して、それは私のが早いから、さゆりちゃんの体を見ないように泡を流す。
さゆりちゃんが終わるのを待ってから、お風呂から出る。着替えも洗顔も歯磨きも、二人でいるとなんか特別なことをしてるように思える。
まだ一緒に暮らし始めて最初の日だっていうのに、布団を敷くのだって息が合って簡単に終わる。
「それじゃ、おやすみ」
電気を消して、一緒にベッドに潜り込む。暗いのに、見つめ合ってるってわかる。
「おやすみ、咲希」
顔を寄せてくるさゆりちゃん。その意味も、何も言われなくたってわかる。
……ちゅ。おやすみのちゅーなんて、ドラマとか漫画の世界にしかないものだと想ってた。でも、今、さゆりちゃんとした感触は、紛れもない本当のもの。
こうされる度に、幸せになれる。ぼうっとした頭は、気が付いたら眠気に誘われる。
このまま、もっと近くで、さゆりちゃんを感じてたい。
たくさんの温もりと気持ちに包まれて、ゆっくり、体が夢に導かれていく。