電話
ブー ... ブー ... ブー ...
ベットから落ちたスマホが、木の床でその身体を震わせながら、必死に着信を知らせている。
カーテンの隙間からは強い日差しが漏れている。今は昼前だろうか。
学校は夏休みに入ったばかりで、昨日は発売したばかりのゲームをやっていて、夜中の3時まで夜更かししていた。
だから今日は昼過ぎまで寝ていたかったのにと思いながら、瞼は閉じたまま、スマホが鳴っている方に手を伸ばす。
どこだ。このあたりで鳴っているのは確かなんだけど。
ブー ... ブー ... ブー ...
発信者は諦めが悪いようで、その間もずっと発信を続けているようだ。
手が届く範囲は一通りまさぐったので重い瞼を少しだけ持ち上げてスマホの位置を確認する。
どうやら、ベッドから落ちたスマホは一度落下した勢いで跳ね返り、手を伸ばしても届かないところまで飛んでいたようだ。
くそ...。重い瞼だけでなく、身体まで持ち上げなくてはならないとは、発信者はなんて罪深い人なんだ。
「よっ」という声を小さくあげながら身体を横に転がす勢いで手をつき、そのままベットから立ち上がりスマホを拾い上げた。
スマホのディスプレイに表示された発信者名は、実家に住まう母だった。
なんだ、母さんか。
母親というものはいつも人が気持ちよく寝ている時に起こしにやってくる。そう思いながらスマホを耳に当てる。
「もしもし」
『もしもし!?どうしてすぐ電話にでないの!お父さんが入院したのよ!すぐこっちに帰ってきなさい!』
寝起きから母さんの頭に響くような高く大きな声と、想定外の「入院」というワードが出たことで一瞬理解することが出来なかった。
「え...。にゅ、入院って父さんが?どこか悪いところがあったの?」
父さんは酒好きだったけど、50年間病気なしで心体ともに健康。病気とは無縁の人間だと思っていた。
『それが、胃ガンらしいのよ!もうお母さんショックでショックで!』
ガン。嫌な言葉だ。その単語を聞いた時には少しだけ寒気がした。
父さんは寡黙であまりしゃべらない人だったから、あまり学校生活の話や、もちろん恋の話なんかはしたことがなかった。けど嫌いではないし好きというのは小っ恥ずかしいけど、大切な家族という認識だった。
だからその父さんが少しでも生命の危機に晒されるという話を聞けば誰だって驚くだろう。
でも、その後母さんの話を聞くと父さんはガンをかなり早期に発見できたらしい。
ガンにはステージというものが5段階であり、ステージ毎に生存率が大きく変わってくるというものだった。
幸いにも父さんはステージ0という、最も早い段階で発見できたおかげで、5年後も生存している確率は94%というものらしい。
その聞いて少しだけ気持ちは落ち着いた。だが実際には胃がんとなると胃袋の切除を行うわけで、術後はまともに食事をとることもままならないようだ。また、胃袋は数年かけて元の形に再生していくらしいが、その間はもちろん胃袋がない状態なので食欲も少なくどんどんやせ細っていくんじゃないかという話聞いた。今までに医者などから得た知識を口早に僕に話す母さんはとても心配そうに見えた。
『だからはやく帰ってきて!学校は夏休みでしょ?今日帰ってこれるわよね!?お願いね!』
そう言い放つと、母さんは僕の返答をはなから聞く気がなかったかのように電話を切ってしまった。
「地元か...」
僕は2年前、地方から東京の高校に通うために上京してきて、今はその高校の学生寮に居住している。
最後に実家に帰省したのは去年の年末だったので、半年以上実家には顔を出していなかった。
ただ、その間も母からご飯は食べているかだの、学校は休んでいないかだの、おせっかいの連絡は来ていたのであまり久しぶりという感じはしなかった。
「ちょうど夏休みの初めだし、実家には夏休みが終わるまでいようかな...。」
父さんの容体が心配だったことや、高校の友達とも大した約束はしていなかったこともあり、今年の夏休みは実家で過ごすことに決めた。
すぐに、唯一約束していたゲームのネット対戦の約束が出来ないという旨の連絡をクラスの友達に送り、帰省の準備に取り掛かった。