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北の遺跡

 アルは山の遺跡に辿り着いていた。

 視線を下に向けると、幾何学模様が刻まれた乳白色の石畳はひび割れており、隙間からは生命力溢れる黄色い花が顔を見せている。

 左右に見える壊れた石柱は、空を支えているかのように巨大で、表面は飾り気のないつるりとした仕上げになっている。

 これらの建造的特徴から、アルはこの遺跡が古代ハスキア期のものであると判断した。

 古代ハスキア期とは創世期にほど近い約一万八千年前の時代であり、大陸の覇者が妖精やドラゴンなどの神幻種だった時代である。

 この時代の遺跡は一般的に他の遺跡よりも危険性が高いとされている。遺跡の中に、今や人間では再現不能とされる高度な遺失魔術を用いたトラップが仕掛けられている場合があるからだ。

 アルは顔を引き締め、心の中で警戒度を一段引き上げた。

「アル、その格好のまま遺跡に入るつもりなの?」

 妖精のフィルが腰布から勢い良く飛び出して来た。フィルは荷物袋に入れてある蒼影の騎士の装備の事を言っているのだろう。

 アルはフィルを肩に乗せながら答える。

「この仕事は旅人アルノーとして受けた仕事だからね。あまり必要以上に蒼影の騎士として活動したくないんだ」

 こういう事件が起こると、大抵の場合は旅人や冒険者と呼ばれる人たちが仕事を受けている。彼らはそれらの収入によって日々の生活を支えているのだ。

 人助けが趣味と言ってもいいアルではあったが、何でもかんでも蒼影の騎士として無償で助けて回っていては、彼らの仕事を奪うことになりかねない。そういう事情もあって、アルは旅人のアルノーという顔も持っているのだ。

「そういうわけだからフィル、カエイン産の革鎧とグルーシェルの短剣を取り出してくれないかな」

「……まあアルがそうしたいっていうのなら、従うけどなの」

 アルには敵をバッタバッタと斬り倒してもらって、皆から賞賛を浴びて欲しいと思っているフィルは、どこか不服そうな声を上げながらアルの肩で立ち上がった。

 フィルは小さな両腕を前に突き出すと、人間には上手く聞き取れない声で詠唱を始める。音が二重三重に重なって聞こえるような不思議な声に導かれ、アルの体の前に不可思議な模様の魔法陣が描き出される。

 光の線が空中で魔法陣を描き終えると、アルはその模様に腕を突っ込んだ。そしてすぐに目的の物の感触を感じると、力を込めて一気に引っ張りだす。

「ありがとう、フィル」

 『テアス(異次元収納)』、妖精たちに伝わる遺失魔術の一つである。アルはいつもこのようにしてフィルに荷物を管理してもらっているのだ。

「まあこれ位、フィルの手にかかれば簡単だし」

 そんな事を言っているが、フィルの様子は額の汗を拭ってぐったりとアルの肩に腰を落としている。

 魔を導くというのは精神、体力ともにかなり消耗する行為なのだ。遺失魔術ほどの高度なものになると、その労力は計り知れない。

 人間よりも遥かに高度な魔術を扱える妖精であるが、さすがにこれほどの魔術を連発できるほどの体力はないのだ。

「お疲れ様、フィル。それじゃそろそろ遺跡に入ろうか。早くしないとダリルさんが危ないし……それにあんまり遅いとアイハが怒りそうだ」

「もう怒ってたように見えたけど?」

「う……。……そう、だね。なんとか機嫌を直しても貰う方法も考えといた方が良いかも」

 アルは村長の家での事を思い出して、顔を引き攣らせた。

 アイハの為を思って置いてきたのだが、それで納得してくれる彼女じゃないだろう。……なにか遺跡の中でおみやげになりそうな物でも拾っていくべきかもしれない。

「とりあえず、急ごう。早くしないと、色々と……危険だ」

 ……ダリルさんの命とか、アイハの機嫌とか。

 どことなく浮足立っているように見えるアルに、フィルは肩を竦めてすげなく言った。

「フィルはたぶん無駄だと思うけどなの」

「な、なんて事を言うんだフィル! ダリルさんの命がもう駄目だって!?」

「そっちの事じゃないの」

「……ああもう一つの方は、まあ……うん。希望を捨てるべきじゃないと僕は信じてる」

「もしかしたら追いかけてくるかもなの」

「いや、流石にそれは無理だよ。僕は空を飛んできたからすぐに来れたけど、歩いたら結構時間かかるしね」

「でも、アイハは飛べるって言ってたの」

「冗談ででしょ? 『ヴォラーレ(飛行)』を使える魔術士は一人の例外もなく魔道士の称号を貰っているはずだよ。もしアイハが魔道士だというのなら、僕が知らないわけがない。あり得ないよ」

 アルはまるきり信じていない風に笑った。

 しかしフィルはそれには同調せずに、「……そうかな~?」とどこか思うところがある様子を見せていた。

 アルは納得していないフィルにため息を漏らしつつ、足を遺跡の神殿へと向けた。

「フィル、これから遺跡に潜るけど、君はどうする?」

「ん~、フィルはこのままアルの肩に乗っておくの」

「分かった。大丈夫だとは思うけど、振り落とされたりしないように気をつけて。それとダリルさんを見つけられた時は姿を隠してね」

「分かってるの」

 頷いたフィルを見てから、アルは大きな神殿の入り口を見上げた。奥が薄暗くなっている入り口は、まるで異界へと繋がる巨大な口の様である。

 古代ハスキア期の神殿。

 過去に同じような遺跡で痛い目をみた覚えのなるアルは、気合を入れ直して足を踏み出したのだった。

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