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大陸の守護者は気弱な男

 空を飛んでいた蒼影の騎士は人影のない岩場を見つけると、その場所へと降りることにした。

 風を利用した魔術で空を飛んでいるので、着地する時の微妙な制御はちょっと難しい。少しずつ自分を押し上げている風量を減らしていき、地表から数メートルまで近づくと魔導を手放して硬い地面に落下する。

 衝撃で土煙が舞い上がった。

「んん……! …………痛い」 

 騎士は目尻を下げてボソリと呟いた。

「あんなところから落下したら、イタイに決まってるの! もっと魔導制御を丁寧にしてふんわりと降りた方が良いって、何度も言ってるのになの!」

 騎士の青い胸当ての中から、叱りつける小さな声が聞こえてきた。

「……そんな事言われても、難しくて出来ないよ? こんな重たい甲冑まで着てたら、余計に難しいし……」

 騎士はさきほど奴隷を助けた時とはまるで別人かのように、気弱な声を出していた。

「そんな弱気だからいつまで経ってもダメなんだし!」

 そんな声と共に胸当てがゴソゴソと動き、首元からポンと何か小さな人影が飛び出ていた。

 埃を被ったような灰色の髪の毛をした、十三センチほどの小さな女の子。

 いまや絶滅したとも噂される神話上の生き物、妖精である。

 彼女は羽も無いのに騎士の顔の周りをくるくると器用に飛び回りながら言ってくる。

「ほらほら! こんな感じなの! こんな感じ! この曲線美ッ!!」

「……人間は妖精ほど魔との親和性が高くないから。そんなに上手く魔を導けないよ。…………あと曲線美?」

 妖精は騎士の前で動きを止めると、小さな腕を組んで眉を寄せた。

「なんで出来ないかなぁ? まずは魔を見るでしょ? そんでその可能性を感じるでしょ? それからその可能性へ導いてやるでしょ? ほら簡単!」

「……普通の人間は魔を見る事なんて出来ないから。魔を導く術を使ってるだけだよ」

「同じことでしょ?」

「……フィルはきっと、黒とか白の騎士と話が合うよね」

 騎士の言葉にフィルはブルルと体を震わせた。

「あんな狂人達と話なんて合わないよ!!」

「そうかな? あの人たちも魔が見えるとか言ってたんだけど。……あ、確か最近は太古の神々が使ってた魔術について記された文献が見つかったとかで、『魔ってのは昔は理環って呼ばれてたんだ!』……って息巻いてたよ」

「そうなの? 興味が移ってくれたのは良いことなの! もうフィルに付きまとわないでほしいんだし!」

「……『神々の時代から存在していたって言われる妖精にも、色々と聞かないとなっ!』 って興奮してたけど……」

「…………ッ!」

「大丈夫だよフィル。ここには黒も白も居ないから。だから甲冑の中に隠れようとしないで。焦りすぎて頭しか入ってないよ?」

「ま、まあ良いの! 会わなきゃいいだけだしっ!」

 フィルは騎士の肩にぽすんと腰を下ろした。

 騎士は曖昧に苦笑いをこぼしながら話しを変える。

「……まあそれはそうと、そろそろ街を見つけないと」

「ご飯が無くなったの?」

「……それもあるけど、水も補給しなきゃだしね」

 騎士が持ち上げた革袋は空になっていた。奴隷を助ける時に残っていた水をすべて使ってしまったからだ。

「水ならそこらの川ででも補給したらいいの」

「ここらの川は汚れてるからね。不純物の少ない水じゃないと魔術には使い辛いから」

「高級品嗜好ってやつだし」

「そうしたいわけじゃないんだけどね。……お金もかかるし」

 不純物の少ない高級な水というのは、街で買うと意外に値段がはるのだ。おかげで騎士の財布は常にピンチである。

 騎士は羊皮紙に描かれた地図を取り出して、近くにある街を探しだした。

「え~と、確かこの辺りオータリア公国領土北部だから……。うん、近くにスバインっていう小さな村があるみたいだね」

「じゃあまた空をビューンって飛んで行く?」

「……ううん、物資補給に寄るだけだから蒼影の騎士アルドネウスとしてではなく、普通の旅人アルノーとして村に行くよ」

「ええ~? なんで~? アルドネウスとして街に行ったら、みんなに歓迎されるよ?」

「……目立ちたくないし。……恥ずかしいから」

「もう! なんでアルはそんなに気弱かな! 朱影の騎士なんて喜び勇んで、讃えられに行ってるよ!」

「……彼女を基準にされても」

 アルは困ったような声を出しながら、街に向かって歩き出そうとする。

 するとその時、背後でふわりと優しい風が舞い上がった。

 アルは驚いて振り返る。

 そこには一人の少女が立っていた。

「お前、さっきの青いテカテカだな?」

 大きな岩の上に立ち、白い太陽に背を向けて見下ろしてくる幻想的な雰囲気の少女。

 アルはパクパクと口を開閉させた。

 いつの間に? どうやって此処に?

 アルは頭を混乱させる。

 だがその意志とは関係なしに、突然威厳ある声がこの場に発せられた。

「貴様、何者だ? 青いテカテカとは、この蒼影の騎士アルドネウスの事を指しているのか?」

 声に一拍遅れるようにしてアルは長剣を抜き放つ。

 だが少女はその長剣には興味を示さず、頭を捻ると口を開いてきた。

「な~、さっきからずっと気になってたんだが、蒼影の騎士アルドネウスっていうのは、その冴えない男の事なのか? それとも、その背中に隠れて声を出してる妖精の方か?」

「……ッ!?」

 少女の言葉に、アルとフィルは驚いて眼を剥いた。

 実は威厳がある蒼影の騎士の言葉というのは、これまでずっと弱気なアルに変わってフィルが声真似をしてきていた。

 だがその事は絶対の秘密にしており、十二影士などの一部の人間を除いてフィルの存在を知っているものは殆どいない。

 世間では妖精は絶滅していると思われてる事もあって、疑われた事だって一度もなかった。

 それなのに、まさか初めて言葉を交わしただけの少女に見抜かれるとは。

 アルは意を決して少女に話しかける。

「…………どうして、妖精が声を出してるって分かったんだい?」

「どうしてって言われてもなぁ。普通に分かるだろ。流れが不自然だし」

「……流れ?」

 アルは何の事か分からず聞き直したが、少女はそれ以上答えるつもりはないらしい。

 軽い身のこなしで岩から飛び降りると、アルの前まで歩いてきて口を開いた。

「蒼影の騎士は凄い奴だって聞いた。お前ならわたしの質問の答えを知ってるか?」

「……えっと、何?」

「――わたしは誰だ?」

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