喪失
人気のないがらんとした公園だった。
葉の落ちた木の下で男はベンチに座って知人を待っている。腕を組んで首をすくめ、背中を丸めている。
「よお。待たせてすまん」
縮こまった姿勢のまま声のほうを見る。
知人が小道をこちらへ歩いてくる。
職を失い、家族を失った。そして住まいを失ってから一週間。あっという間だ。
さっきまで男は公園の駐車場に停めた車の中にいた。
ガソリンは尽きている。
「いや。忙しい時期にこちらこそすまんね」
「まあお前もすぐに忙しくなるよ」
気軽な調子でそういって知人がベンチに腰をおろした。
今日会ったのは仕事口の世話ができそうだと知人から話を持ちかけられたためだった。
ぴこぴこと電子音が鳴り始める。
知人がコートのポケットを探っている。探りながら腰を浮かしている。
スマホの液晶画面を見て知人がふり向いた。
「悪い、すぐ終わる」
了解と男はうなずき、俺も終わりだよと自嘲気味に呟く。
男の頬も耳の先もぴりりと冷え切っている。
死ぬかなと毎日思うことをまた思う。
「さあ。話をしよう」
通話を終えた知人がベンチに座る。
「ああ、そうだ。これを」
言いながらもうひとつのポケットに手をいれた。
「どうぞ」
知人の手もとを男はじっと見る。
缶コーヒー。
懐かしいねとつく甘さが口の中によみがえる。唾が湧く。男は唐突に自分がひどく空腹であることを思いだす。
「……でも」
「ほら」
受けとって両手でつつみこむ。缶の熱でじんじんと指が痛い。
プルトップを開けようとしてうまくいかない。
あきらめてただ缶を握っている。
目の前の缶がじんわりと滲んでいく。
しゃくり上げて男は泣いていた。