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MEMENTO MORI  作者: 九JACK
after story
37/40

彼方より貴方へ

 以前、新太先輩が俺に叶多の幼い頃のことを話してくれた。

 それは叶多が一時期部活に来なかったときのことだ。


 年が明けて、冬休みも終わり、一番最初の部活。文芸部の良くも悪くも名物部員の相模叶多は部活に来なかった。

 叶多ほど部活に熱心に通う部員もいないと思う。よく考えると叶多は三年で、間近に受験も控えているはずなのだから、部活に来るということ自体がおかしいのだが、叶多は推薦で決まっていたらしいし、部活といっても図書室で討論会をするだけだ。さして問題はなかったのだろう。

 そんな叶多が部活に来なかったのである。そのとき俺はかなり心配した。叶多は滅多に休まない。風邪を引いても、家族が病気でも、学校に来る。来ない理由など、一つ恐ろしい可能性しかないと思っていた。

 自殺をしようとしているとき、である。叶多は自殺志願者で、自傷癖もある。重度ではないのだが、前年に自殺未遂をしたことがあり、俺は肝を冷やしたが。

「叶多なら、忌引きだよ」

 そう、新太先輩が教えてくれた。

「もうすぐ叔父さんの十三回忌なんだ。それで、今日はそのご法事」

 叶多は小学校に入る前、叔父を亡くしているという。

「先輩は行かないんですか?」

「俺も行きたかったけど、でも叶多と違ってセンター試験は受けなくちゃいけないから」

 問題集を示して苦笑いした。

「その人って……いつ亡くなったんですか?」

「ええと、一月末かな。……叶多の叔父さんの話、興味あるの?」

「はい。叶多には、聞きづらくて」

 叶多にとってその叔父は大切な人だったようだから。自殺願望を持つきっかけとなった人らしいので、やはり自分から切り出すことはできなかった。

「それもそうだよね。じゃあ、俺が話すよ。ただし、叶多には黙っておくこと」


 叶多の両親は多忙で、叶多を保育園へ送ることも、迎えることもできないほどであった。叶多も当時、両親の顔を知らなかったくらいだ。

 代わって叶多を育てたのが、時計屋を営む叔父の流司(りゅうじ)さんだった。

 時計屋は叶多の祖父母が始めたもので、本来は叶多の父が継ぐはずだったのだが、流司さんの方が上手く、希望を照らし合わせた結果、次男の流司さんが継ぐことになった。流司さんは時計を修理するのが上手く、街でも評判だった。本人も修理作業を楽しそうにやっていた。

 そんな叔父の元で育った叶多も時計好きだった。より正確に言うと、時計を直している叔父が好きだったのだが。

「おじさん、このはぐるまのつぎはこのちいさいのをとなりにつけるんだよねー?」

「お、叶多、そのとおりだ。よく覚えていたね」

「えへへー」

 得意げに笑い、叶多は言った。

「わたしね、おっきくなったら、このとけいやさんではたらくのー」

「叔父さんのこと、手伝ってくれるのかい?」

「うん! わたしおじさんだいすきだもん!」

「それは嬉しいなぁ。よし、じゃあそんな叶多に何か好きなものを食べさせてあげよう」

「わーい!!」

 そんな風に幸せな日々を送っていた。


「俺は時計屋さんの斜向かいに住んでいて、同い年の叶多のところによく遊びに行ったよ。一緒に流司さんが時計直すとこ見てたりした」

「そんな頃から一緒だったんですか。新太先輩と叶多って」

「うん。近くに他に同じくらいの年の子っていなかったし。ちょっと外れの方にあったんだよ」

「仲良かったんでしょうね。勿論今でもいいですけど」

「うん……あの日から叶多は変わったから、俺はちゃんと理解して支えなくちゃいけないと思ったんだ。あの事故は、俺のせいでもあるから」


 一月も末の頃。雪が積もっていたけれど、暖かい日のことだった。雪かきを終えた流司さんと叶多を見つけた。

「カナター、おじさーん、こんにちはー」

「あ、アラタだ!」

 叶多は左右を確認し、小走りで道路を渡ろうとした。しかし、まだ路面は溶けていなかったらしく、滑って転んでしまう。

「だいじょうぶー?」

「うん、だいじょうぶだ」

 叶多が立ち上がり、歩き出そうとしたとき、凍結を考慮していなかった車が突っ込んできた。

「叶多!!」

 一人気づいた流司さんが慌てて助けに入った。


「……後は、言わなくても察しがつくかな」

「そのまま、亡くなったんですね」

「うん。……叶多は自分のことを責めて、悲しいはずなのに人前では泣かなくて、お母さんに責められたとき……何度も何度も"ごめんなさい"って謝ってた。それでも泣くことはなかったよ」

 自分のせいで叔父は死んだ。それは紛れもない事実だ。──そう思い詰めた末に、叶多の中に自殺願望が生まれた、ということか。

「本当は、そんなことないのに……でも、言葉だけじゃ納得できなかったんだ、叶多は。俺の一言だけじゃ、何の慰めにもならない」

 全く、情けない限りだよ、と、新太先輩は苦笑した。

「でも、慰められなくても、俺は叶多の傍にいようと決めた。叶多が立ち直れるまで、俺が責任を持とうって」

「……もしかして、声をかけたことを?」

 訊くと先輩は苦みを深めた。

「人のことを言えたクチじゃないよね。自分もこれでいて引きずってるんだ。でもそろそろ立ち直ろうかな、と思ってる。どうやら叶多の傍にいなくてもよくなってきたようだし」

 先輩は俺を見て、穏やかに笑った。

「ということだから、叶多をよろしく」

「……先輩って時々さらっとものすごく重要なことを頼みますよね」

 勿論、その頼みは断らなかった。

 しかし。

「あと、もう一つ、頼んでおきたいことがあるんだ」

 そのもう一つはすぐ断った。


 ちょうどそんな話をしてから数ヶ月くらいが経った今。新太先輩は意識不明の重体となっている。連続殺人犯に襲われたのだ。その犯人は自殺し、事件は終結したものの、新太先輩は未だに意識を取り戻さない。

 俺は一人、新太先輩のいる集中治療室の前に来た。集中治療室は許可がないと入れないため、俺は扉の前に突っ立っていた。

 不意にあのときの「もう一つの頼み」を思い出した。

"君にこれを預かっていてほしいんだ"

 そう言って先輩が取り出したのは銀色の懐中時計だった。

"これは俺が昔、流司さんからもらった時計だよ"

 中を開くと、カチッカチッと針の動く独特の音がした。しかし突然一分ほど動かなくなる。

"流司さんが亡くなった日が近くなると、時々動かなくなるんだ。命日の日は一日動かなくなる。理由はわからないけどね"

"壊れてるんじゃないですか?"

"ううん。歯車も正常だし、ぜんまいも生きているし……原因がわからないから直すに直せない。でも他のときは普通に動くんだよ"

"これを預けるんですか?"

"だめかな?"

"だめです"

 俺はきっぱり断った。予想していたのか、新太先輩はさして残念そうな様子もなく、理由を訊いてきた。

"僕は時計を直せませんから"

 そう言うと、新太先輩は笑って、時計を自分の鞄の中へ仕舞った。

 今もあの時計を持っているだろうか。

 俺があの、とき時計を受け取らなかったのは、あれは新太先輩が持っているべきものだと思ったからだ。俺は死後の魂の存在あまり信じてはいないけれども、あの時計に起こる現象は流司さんからのメッセージなのではないかと思う。

「……大切にしてくださいね」

 何に対してかはよくわからなかったが、俺はそう呟き、その場を去った。

 数日後、新太先輩は無事に目を覚ました。


 普通病棟に入院することになった先輩は、顔色がまだよくなかったが、元気そうだった。

「まさか俺がお見舞いされる側になるとは……」

 見舞いに来た俺を見ての第一声がそれだった。

 先輩が刺された日は、ちょうど入院していた俺への見舞いの帰りだったらしい。立場が逆転した、というわけだ。

「叶多は私用で遠くにいます。手紙を預かってきていますよ」

 シンプルな便箋を渡した。

「叶多から手紙なんて初めてだよ」

「今時はメールですしね」

 新太先輩は手紙を開き、一読して、目を見開いた。

 俺は野暮だと思いつつも、内容について訊ねた。すると先輩はあっさりと手紙を差し出した。内容はこうだ。

"彼方より貴方へ

 貴方が目覚めるとき、傍にいなくてごめんなさい。

 本当は別の機会に渡すつもりの手紙でしたが、急に変更になったため、そのことを報告して一枚目といたします"

"彼方より貴方へ

 貴方がこれを読んでいるとき、おそらく私は貴方の傍にいないでしょう。注意しておきますが、これは遺書ではありません。私が幸せになったときに貴方に渡すつもりのものですから。

 小さい頃から貴方とずっと一緒にいました。あの冬までは叔父も一緒にいましたね。叔父が死んでからも、貴方はずっと傍にいてくれました。だから私は一人にならずに済みました。感謝しています。ありがとう。けれど、私はもう大丈夫です。一人で歩けなくても、新しい支えを見つけましたから。

きっと聡い貴方のことだから、もう私が大丈夫なこともお見通しなのでしょう。でも私は貴方にだけは必ず伝えておこうと思い、これを綴りました。

 これから私と貴方の行く道は別々になっていくのかもしれません。けれども私は貴方を守りたいと思います。貴方の心を守りたいと思います。私を守り、貴方を救ってくれた叔父のように"

 手紙はもう一枚あったが、顔を上げ、二枚目の最後の一文について訊いた。

「俺が助かったのは、流司さんのくれたあの懐中時計のおかげなんだ」

 先輩が身につけていた時計がある程度刃を阻んでくれたのだという。叶多はそれを知ってから書いたのだろうか?

「ううん、たぶん違うよ。流司さんは今でも俺たちのことを見守ってくれているってことだと思う」

 納得し、俺は再び手紙を読んだ。

"叶多より新太へ

 追伸 時計を直せる人を探しに行ってくるから時計は預かるぞ"

 わざとなのかそうじゃないのか、書き出しの語呂に少し笑ってしまった。突然タメ口に戻っているし。

「叶多に伝えといて。"ありがとう"って」

 先輩がそう頼んできたが、それはきっぱり断った。

「それくらい自分で言ってくださいよ」

「それもそうだね」

 先輩は携帯を持ち、使用可能な中庭に出た。俺も付き添った。

 先輩はメールを送った。画面にはこうある。

"彼方より貴方へ

 ありがとう"

"新太より叶多へ

 時計、早く返してね"

"彼方より貴方へ

 これからもずっと守るよ"

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