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MEMENTO MORI  作者: 九JACK
after story
36/40

垂れ柳の木の下で

「カナタ、もうすぐユージンくんの退院だね」

「そうだな」

 病院近くを通りかかりながら、そんな会話を交わす二人の学生。前者は青年で人の良さそうな顔立ちをしている神田新太。後者は少女でクールな雰囲気を漂わせている相模叶多。二人は幼なじみで、互いに互いのことをよく理解している友達だ。

 今、この会話に出ていた「ユージン」というのは二人の高校時代の部活の後輩・柊友人のことである。友人は先日ちょっとした事故で怪我を負い、入院していた。その見舞いの帰りであった。

「そうそう、叶多。話は変わるけど最近物騒な連続殺人事件があるんだよ、この近くで」

「へぇ、そうなのか」

「そうなのかって……ちゃんとニュース見なよ」

 その事件について新太が話し始めたとき、叶多は視界の隅で怪しげな人影が動くのを見た。あまりにも速い動きで、捉える前に──

 ざしゅ。

 捉える前に、新太が刺され、倒れた。


「どうしたんです?」

 病院の待合室。ぼんやりと座っていた叶多の元にやってきたのは友人だった。点滴をまだつけている。

「お前こそ、どうしたんだ? まだ安静にしていろと医者に言われているはずだが」

「院内散歩ですよ。歩かないで、足腰が弱っても困るから、と。それに、さっき救急車が入ってきたんで、何かあったのかと思って」

 友人の付け足した一言に叶多の肩がびくんと跳ねる。それでも叶多は努めて冷静に答えた。

「アラタだよ、運ばれたのは」

 友人の顔が凍り付く。しかしどうにか我に返り、友人は訊いた。

「何があったんですか?」

「……連続殺人犯に襲われたんだ。知ってるか? 垂れ柳殺人」

 新太が直前に叶多に話していた事件の通称が「垂れ柳殺人」である。まるで推理小説のタイトルのようなやたら綺麗な名のついたこの話は小説よりも奇妙で残酷なものだった。

 これまでの犠牲者は六名。その誰もが接点がない。場所もまちまちで、犯人は痕跡を残していない。犠牲者六名全員を一撃で死に至らしめている。共通項といえば、現場がいつも人気がなく、大きな垂れ柳があるということだ。

「アラタ先輩が、七人目に……?」

「縁起でもないことを言うな。……と言いたいところだが。まだわからん」

 まあ座れ、と叶多は自分の隣を示した。友人は頷いて座る。すると叶多は小さな声で友人に耳打ちした。

「……実は、犯人の顔を見た」

「えっ……? それ、警察には?」

「言ってない」

「なんで?」

 当然の疑問に叶多は遠くを見る目で答えた。

「奴の最後の言葉が気になった……」


 新太が倒れ、叶多は思わずその場に立ち尽くしていた。状況を飲み込もうと倒れた新太から視線を外したとき──そいつと目が合った。

 白いパーカーを着て、目深にフードを被っていたため、顔立ちはよく見えなかったが、目ははっきりと合い、驚いている風なのはわかった。

「お前……」

 続く言葉を必死で考えながら叶多はそいつを睨み付けた。驚いた表情が非常に勘に障ったのだ。しかし、叶多の怒りの表情を目にしてもそいつは驚きの顔を崩すことなく、呟くように言った。

「オレを……覚えてないのか」

 独り言だったので答えなかったが、一瞬虚を衝かれた。その隙を逃さず、犯人は叶多に襲いかかり──かけて、やめた。

「オマエは最後にする」

 そう言い残し、去っていった。


「最後に……? 最後に殺すってことですかね」

「だろうな」

 何事でもないかのように叶多はさらりと言った。

「ってことはこれからまだ他に何人も殺されるってことじゃないですか。ますます警察に言わないと」

「違うと思うんだ」

 叶多は考え込みながら言った。

「なんとなくだけどな、奴は私と同じ臭いがしたんだよ。奴が本当にやりたいのは他人(ひと)殺しじゃないと思うんだ」

「まさか……」

「ああ。奴は本当は死にたいんじゃないかと思う」


 相模叶多は自殺志願者である。友人と出会ってからはだいぶ治ってきたが、現在でも趣味はリストカットという異様な人物だ。

 きっかけとなったのは事故死した叔父。幼かった叶多が道路に飛び出したとき身代わりとなって死んだ。そんな罪の記憶が未だに叶多の自殺欲求を掻き立てているのだ。

 似たような意識を抱える友人と出会い、罪の意識と向き合うようになったもの、の、心の傷は癒えることはなく、今でも自殺願望はある。あまりにも長年、そういうスタンスを保ってきたためか、叶多は何故だか自殺願望の有る人を見分けられるようになった。

 要は「自分と同じ臭い」がわかるのだ。

 連続殺人犯はそれだった。


"オレを……覚えてないのか"

 その台詞は裏を返すとそいつと自分は知り合い、ということだと叶多は思い、考え込んでいた。顔は見えなかったし、声も聞き覚えがない。ただ、その一言を戯れ言と流せないほどの何かが叶多の頭の中で引っかかっていた。

「気にするな、と言っても気にするんですよね。全く、頑固な人だ」

 友人は叶多の隣で溜め息を吐き、立ち上がった。叶多の手を取る。

「ちょっと、病室まで来てください」

 叶多がされるがままで、友人に手を引かれて歩いた。部屋に着くと、友人は黒いファイルを取り出し、開いて見せた。中には新聞の切り抜きがファイリングされていた。ほとんどが「垂れ柳殺人」のものである。

「これは……?」

「暇だったんで、レポート用にまとめました。社会の先生が平常点くれるからというので」

 ありとあらゆる新聞社のものが貼られていた。写真もある。合間合間にレポート用紙が挟まっていて、考察などが書かれている。

「結局、俺の考察も他と同じですよ。犯人にとって"柳"は何か特別なメッセージがあるんじゃないかってことぐらいで」

「柳、柳か……」

「メッセージといえば、花言葉ですよね。確か柳は"愛の悲しみ""我が胸の悲しみ""素直"」

「悲しみが多いな」

「柳はマイナスイメージの話が多いですからね。ギリシャ神話ではアポロンの車から落ちて死んだ乙女の姿を変えたのが柳だとか、あと、日本では柳の下には幽霊が出るという話がよくありますね」

 「柳の下に幽霊」という言葉に叶多ははっとした。

 思い出したのだ。自分と同類だった言葉少なの友を一人。


 叶多は学校を放り出し、駆け回った。神出鬼没の連続殺人犯に会うために。

 そいつは三県隣の大学近くに住んでいた。が、例によっていない。勿論それは想定済だ。叶多はそいつの家族に連絡を取り、携帯の電話番号を教えてもらった。

「……どちらさまですか?」

 電話向こうからの質問に答えず、叶多は言った。

「あの柳の木の下で会おう、柳谷(やなぎや)和成(かずなり)


"カズって本当に気味悪いよな。いつの間にか真後ろとかにいるしよ"

"顔も青白くて幽霊みたい"

"やーい、幽霊~"

 柳谷和成という子どもは、そんないじめを受けていた。存在感が薄かっただけで気味悪がられ、遠ざけられて生きてきた。そんな中で彼もまた自殺を考えていた。

"なんだ、お前も死にたいのか?"

 叶多がカッターを手首に当てる柳谷を見てそう声をかけたのは、二人が小学五年生のときだ。

"いいや"

 柳谷は首を横に振って答えた。

"オレは今、どうやったら誰にも知られずに死ねるかなって考えてた"

 真顔でそう言ったが、叶多は逃げなかった。

"簡単なことだよ。みんないなくなってから、誰も来ないところで死ねばいいんだ"

 さらりとそんな風に答えた。

「お前まさか、あのときの私の言葉を真に受けたわけではなかろうな?」

「意外と無責任だね、相模さん」

「無責任さ。当時は小五だぞ? 言葉に責任を持つ方が難しい」

 電話口の向こうから聞こえる柳谷の冷たい声に苦笑した。

「相模さんならわかるかな、と思ったんだけど。オレの気持ち」

 叶多は手に取るようにわかっていた。柳谷は誰にも知られずに逝くために自分を知っている者を手にかけているのだ。矮小だった自分の存在などそうして綺麗にしてしまった方がいいと彼は思っているのだ。

「でも、オレのこと思い出してくれたのは嬉しいかな。……ただ、忘れていてくれれば、殺さなくて済んだかも」

「そうか。では今からそこに行ってやるよ」

 静かに、穏やかに叶多が返すと柳谷は再び苦笑した。

「相模さんは本当に自殺志願者なんだね。……わかった。場所を教えるよ。でも……」

「わかっている。警察なんかには言わない」

 正気の沙汰ではなかった。連続殺人犯と会うなど。

 けれども私たちは昔から、正気になどなったことはない……と叶多は苦く笑いながら電話を切った。

 狂気を抱く者たちの悲しき再会への旅立ちを誘うように風が柳の枝を揺らした。


「お久しぶり、相模さん。神田くんは元気?」

「おかげさまで、意識不明の重体だよ、柳谷」

 異常者たちの再会劇は病院へと舞台を戻し、行われた。人気のない中庭の中央に置かれたベンチに二人は座った。

「ははは、それは重畳」

 冗談みたいな会話をしながら、自殺志願者と連続殺人犯の間を和やかな時間が過ぎていく。

「俗っぽい話になるけど、相模さんは恋人とかできたの?」

「え? えっと」

 思わぬ質問に叶多が言い澱む。柳谷は楽しげに笑った。

「相模さんはわかりやすいな。相手は誰だい? 神田くんかい?」

「違う。あれはただの友だ」

「うわ、神田くん可哀想……じゃあ、誰?」

「俺だよ」

 思わぬ第三者の声に二人が振り向くと、そこには点滴台をつけた友人がいた。

「俺だよ」

 友人は繰り返し言った。その意を理解し、叶多は赤くなり、柳谷は興味深げに目を輝かせる。

「へえ、アナタが彼氏さんですか。はじめまして」

「ああ、はじめまして。連続殺人犯さん」

 空気ががらりと変わった。その場に緊張が走る。そんな中、友人はかまわず二人の元へと歩を進めた。そして、叶多を立たせ、柳谷から遠ざける。

「……ということだから、誰にも渡さない」

「そうですか。そうですよね」

 柳谷は隠し持っていたナイフを出す。

「友人!」

 叶多が声を上げる。しかし友人は逃げようとしなかった。

「いいのか? 騒ぎが大きくなるぞ」

「いいですよ。オレは諦めました」

 にっこりとやけに穏やかに笑い、柳谷は言った。

「相模さんを殺さなかった時点で、オレの負けですから」

 ──首に一突き、だった。


「なあ、友人」

「なんですか?」

 病室で林檎の皮を剥きながら叶多は訊いた。

「一つだけわからなかったことがあるんだ。……どうしてあいつは私を殺さなかったんだ?」

 友人は苦々しい面持ちであのときのことを思い出した。

 自らの首を一突きした柳谷に叶多は「ナギ!」と叫んだ。ナギというのは小学校の頃、叶多だけが使っていた柳谷の渾名だという。

 その名で呼ばれたとき、柳谷はとても嬉しそうに笑った。そのとき唇はこう動いた。

"ほんとうにおぼえていてくれたんだ……"

 それを見て、友人はわかってしまった。柳谷の密かな想いに。

「……まあ、柳は柳ってことですよ」

 何故だか照れくさくなって、友人はそっぽを向いて答えた。

「なんだ? どういう意味だ? もっとわかりやすく説明しろ」

「嫌ですよ、恥ずかしい」

 むう、と唸り、皮を剥き終わらせると、今度はあ、と声を上げた。

「お前、そういえばあのとき、……」

 叶多は剥き終わった林檎の代わりのようになって黙り込む。友人は話の流れから思い返し、思い出し、同じように黙り込んだ。

「……迷惑、でしたか?」

 低い声で恐る恐る訊くと、すぐに返事は返ってきた。

「ありがとう」

 その話題はそこで終わり、二人は林檎を食べた。

 帰りがけ、叶多がぽつりと言った。

「あいつは結局、悲しみを抱いたまま逝ったのかな……"柳"の花言葉のままに……」

「いや」

 友人は窓の外の空を見上げて告げた。

「最期は花言葉のとおり、"素直"に逝ったんですよ」

 柳谷和成は叶多と同類であり、自分とも同じなのだ、と友人は思う。

"貴方のために私は死ねます"

 それは痛くて残酷で、とても優しい告白の言葉。

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