わからないけれど遠くて-Ⅰ-
友人とは卒業までそこから一切口を聞かなかった。──と言いたいところだが。
俺は珍しい電話を受けた。
それは友人の父親からだった。
「友人がおかしいんだけど、何かあったのかい?」
「おかしいって?」
「友人は君のことを悠斗と呼んでいただろう? それが何故か突然ハルトと呼ぶようになって。そうかと思えば小学校の頃のような優しくて大人しい口調になったりして……混乱しているみたいなんだが、何か知らないかい?」
それは世に聞く精神錯乱のように思えた。けれど、だんだんと明瞭に、二つの人格は分かれていった。
二つの人格は過去の記憶は共有するも、各々に分かれてからの記憶は全く共有しない。
気弱な小学校時代のような人格と、口調が汚い人格と。昼間と夕方でスイッチするという奇妙な二重人格ができていた。
昼間は気弱な方で、俺を見ると怯えて、ごめん、と言って去ってしまう。放課後に引き留めようとすると、「あんだよ?」と鋭く睨まれる。二重人格というのが正しくないなら、柊 友人という人物は昼間と夕方で交替していた。
俺は昼間の友人を友人と呼び、夕方の友人を「ユージン」と呼び分けた。ユージンの方は、なんとなく二重人格を認識していて、もう一つの人格を守るために自分はいる、と宣言した。
どうしてそうなったかはわからない。
だが、友人が壊れてしまったことだけは確かだった。
同じ高校に入り、部活は別々になった。
桜が遺書でお願いしたように友人がラケットを握ることはなくなってしまって、俺はなんて勝手なやつなんだ、と怒り、友人を無理矢理卓球の道に引き戻そうとした。
心に一区切りつけるための時間は結構かかった。
結局全ては擦れ違いで、行き違いで、どう足掻いても戻らなくて、
高校二年生になると、友人の人格は片方消えて、
俺が流した涙で川でもできるんじゃないかなって、こらえる代わりに考えた。
友人はすっかり変わってしまった。桜はお前を好きだったんだぞって伝えても、自殺志願者の変わった彼女さんから離れることはなくて、二人は二人なりに絆を強めて。
新しい人生を歩みながらも、桜のことを忘れないという贖罪を自らに科して、友人は生きていく。
忘れない。
その誓いは俺も同じだった。
「俺はきっと、死んでも桜 なのはを忘れない。忘却の川に抗い続ける。だからね、君を想えないんだ」
今は桜と同じ顔をしているほのかちゃんに語る。黙って聞いていたほのかちゃんはようやく口を開いた。
「いいですよ。それでも先輩は、私をなのちゃんの妹じゃなくて、ほのかって呼んでくれるから」
俺がしているのは、ただそれだけだというのに、それでかまわない、とほのかちゃんは言った。
「ただ一つ、約束ですよ?」
「なに?」
桜の顔で悪戯っぽく笑って、彼女は言った。
「私のことも、忘れたりなんかしないでくださいね?」
「もちろん」
そうやって、約束を紡いで、鎖で重くなっていって、
きっといつか俺は耐えられなくなってしまうのだろう。
重みだけ流せてしまえたなら、どんなに楽だろうか。けれど、それはできない。
今この瞬間にも紡がれる時間は思い出として俺を鎖で縛るから。
忘却の川でも解れないことを祈ろう。
忘れない。
それが、桜を生かす最後の手段だと俺は信じて生き続ける。実らぬ想いを抱えてでも、生き続ける。
決して忘却の川に流されはしないさ。
以上でスピンオフも含め「MEMENTO MORI」は完結となります。
かなり癖の強い作品となりましたが、お読みくださり、ありがとうございました。




