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MEMENTO MORI  作者: 九JACK
side Haruto
33/40

儚く、脆く、ひび割れて-Ⅲ-

 俺たちは同じ「ユウト」という名前なのに、何故こうも違うのだろうか。




 そんな、当たり前のことを考えてしまった。同じ名前でも、違う人間で、口調を寄せていても性格は違って、魅力も違って。それはあまりにも当たり前のことすぎて、俺は理不尽に思えてしまった。

 卓球をするときの友人は、才能があるのだろうか、そこそこのオーラがあるというか。輝いて見える。本人は無表情だが。

 きっと、その輝きに桜は魅了されているのだろう。誰よりも卓球が好きだから、卓球が上手い人を好きになるのは通りかもしれない。

 けれど、それだったら、何故俺ではないのだろうか。自分を客観的に見ることは難しい。だが、俺だって、下手な桜とラリーを続けられるくらいには卓球は上手いんだ。友人ほどではないにしろ。

 ……凡人レベルなのだろうか、と時々不安になるが、強すぎる友人や弱すぎる桜とラリーを続けられる人材を凡人とは呼ばない、と先輩に言われた。

 俺は当然のようにレギュラーに入れられて、友人もシングルで活躍して、学校設立してから初めてくらいになるという記録を残した。

 それが何になる、とは思ったが。

 先輩たちの頑張りだってあるから、俺が出た団体戦は俺個人の成績ではない。だが、シングルで出た友人は友人個人の実力だ。

 準決勝辺りで、俺は友人と当たることになった。

 友人を向かえ側に見ると、なんだかいつものラリーしている感じが蘇り、かなり決着がつくまで時間がかかった。

 長丁場になったものの、それが友人の不利になるわけでもなく、友人は俺に勝った。その後、友人は決勝で負けてしまったが。

 この差が桜にとって、俺と友人の価値の違いなのだろうか、と考えた。そして少し、後悔した。卓球を選んでしまったことを。友人は才能を開花させ、桜はそんな友人に惹かれた。

 苦しくて仕方なかった。桜が試合の後、「今日も柊くんすごかったね」というたびに心にナイフが何本も刺さるような感覚がして、上手く笑えたかわからない。桜は俺の気持ちなんて気づいていないようだから、何も気に留めていないだろうけれど。




 あるとき、また桜の家に訪ねさせてもらった。今日は友人は呼び出されていないらしく、それを疑問に思いながら、俺はほのかちゃんが出してくれたコーヒーを飲んで、桜が来るのを待つ。

 なんでかわからないが、桜の家に訪問すると、必ず待たされる。桜が何をしているのかはよくわからない。勉強ができると言っていたから、塾にでも通っているのかもしれないし、他の友達との付き合いもあるのかもしれない。

 ただ、その日は桜は在宅していた。家に最初からいたにも拘らず、最初の応対はほのかちゃんに任せたらしい。

 ほのかちゃんは、今の友人に似ている。なんとなく、ぶっきらぼうな雰囲気がある。でも、根が悪いわけではない。ちょっと素直じゃないだけで、思春期らしく、色々と悩むお年頃なのだろう。顔にできたそばかすを隠すためにマスクをしていることがしばしばある。別にそばかすがあったって、そこそこに整って見えるからいいではないか、と思うが、男に乙女心は語れない。

 それに、ほのかちゃんには姉の桜がいる。桜は可愛い系の女の子だ。運動ができなくても、明るく前向きなその姿は元々の愛らしい容姿を引き立てている。その上勉強ができる、となると天は二物を与えないという言葉を疑いたくなる。

 きっとほのかちゃんは強い劣等感を抱いているのだろう。さりげなく、桜の分だけ飲み物を忘れた、なんてことはざらだったし、桜が見ている前で見せつけるように卓球の腕前を披露したり。

 ほのかちゃんのそんな姿に俺はなんとなく親近感を感じた。俺が友人に抱いているのと似たようなものなんじゃないか、と思ったのだ。言いはしないが。

 そんなこんなと考えていると、自分のマグカップを俺の向かいの席に語りと置いて、椅子の上に落ち着いたほのかちゃんが唐突に語り出す。

「橘先輩、なのちゃんのこと好きでしょう?」

 その問いかけに、口に含んでいたコーヒーを噴きそうになった。押し留めたら、変な方に入ってむせたが。

 そんなに露骨だっただろうか。まあ、バレているなら仕方ない、と俺は白状した。

「好きだよ」

「……やっぱり」

 ほのかちゃんはあんまり嬉しそうではなかった。不機嫌の表れなのか、足は貧乏揺すりをしている。

「やっぱりなのちゃんは魅力的ですよね。勉強ができて、可愛くて。なのちゃんは気にしているみたいだけど、どじっ子なのだって、需要はあるでしょう? あの子は人に好かれるために生まれてきたようにさえ、私には思えます」

 なのちゃんのようになれない、と声なく呟いたのが聞こえた。ほのかちゃんはきっと、自分のできないことができて、持てないものを羨んでいるにちがいない。

 ミルクを入れたコーヒーを飲むために取ったマスクは、隠していた彼女のそばかすを露にする。悪い顔ではないと思うが、桜と比較されてしまうと、やはり劣るところがあるだろう。

 そうは思ったが言わなかった。誰でも誰かに劣等感を抱いている。二物を授かった姉を妬む妹がいるように、好きな人の好きな人である友人を妬む俺のように。

 事実をくちにされたら、俺は平常心でいられないだろう。もしかしたら、友人を傷つける側に回ってしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。

「もし、なのちゃんのことが好きなんだったら、今日は帰った方がいいですよ」

 ほのかちゃんはコーヒーを一口飲むと、そんなことを言う。俺は驚いて目を見開いた。

「そんなことできるわけないだろう。約束を反古にするなんて」

 好きなら尚更、できるわけがない。俺は留まることを選択した。

 ほのかちゃんが哀れみを含んだ目で俺を見てくる。何か更に言葉を連ねようと口を開きかけたそのとき、タイミングがいいのか悪いのか、桜が部屋に入ってきた。

「ごめん、お待たせ、橘くん」

「ああ、そんなに待ってないよ」

 普通の言葉を返すと、「ありがと」と笑う桜。それから少し恥ずかしげにもじもじとするのを首を傾げながら見る。

 答えはすぐに出た。

「あ、あのね、ちょっと部屋に来てほしいんだ……」

「へ、ぇ?」

 俺が固まったのも無理はないと思う。女子の家に招かれるというだけでも一大イベントだというのに、まさか部屋に来てくれとは。それで遅かったのか、と合点がいくのと同時、疑問が浮かんだ。

「いいのか? 部屋に上がって?」

「うん、片付けたから大丈夫!」

 とびきりの笑顔で言われたがそうじゃない。

 この様子だと、ほのかちゃんが一緒に来るわけではないようだから、桜と俺で桜の部屋で話すことになるだろう。男女二人で一部屋。過ちを起こす気なんて微塵もないが、もう少し桜には警戒心を持ってほしいというか。襲わないけど!

 俺が何かを言う暇もなく、桜は俺の手を引いた。その強引さに困り果てて、助けてもらえないか、とほのかちゃんを見ると、やはり哀れむような目で彼女はこちらを見ていた。おそらく、この展開まで予想していたのだろう。伊達に姉妹はやっていないということか。

 仕方ない、と腹を括り、案内された桜の部屋に足を一歩踏み入れる。そこは女の子らしい空間だった。桜という名前に似つかわしい色使いのベッドやカーペットやら。所々に可愛らしいキャラクターのぬいぐるみなんかが置いてある。何の花かはわからないがいい香りがする。芳香剤かもしれない。

 片付けた、と言っていたけれど、元々そんなに散らかってはいなかったのでは、と俺は思う。

 まあ、桜の部屋に関する考察はさておき、簡易のちゃぶ台で向かい合わせに座る。桜はどことなく緊張した様子だ。

 何を話すつもりなのだろう、と俺は桜を見つめていた。俗に言う賢者モードというやつか、違うか。桜に後ろめたい行為なんてするつもりはなかった。

 けれど、一分ほどの沈黙をもって桜の口から出た言葉に俺は後悔した。来るんじゃなかった、ほのかちゃんの警告を聞いておくべきだった、と。






「あのね、橘くん、恋愛相談に乗ってもらえないかな?」






 それは桜が俺に対して微塵もそういう感情を抱いていないことを示した。

 恋愛観において、何が普通かなんて、生まれて十五年にも満たない俺には到底語ることはできないと思うが、好きな相手に恋愛相談なんてするやつの方が少ないのでは、と推測する。

 そうでなくても、わかっていたはずだ。桜は誰が好きなのか。俺なんて目じゃないくらいに焦がれる人物がいることくらい、わかっていた。

 その確信が、今与えられた。




 桜には友達が何人もいると思う。人付き合いが苦手な俺や友人と違って。

 恋愛相談をする友達になど、困ったりはしないはずだ。何なら、ほのかちゃんに相談したっていいかもしれない。

 そのお鉢がわざわざ俺に回ってきたのは、「橘悠斗でなくてはならなかったから」だろう。

 何せ俺は「柊友人のことを誰よりも知っている」からだ。




 桜が好きなのは、結局、友人なのだ。




 やめた方がいい、と言ったほのかちゃんの警告の意味がわかった。ほのかちゃんは、今日、俺がどういう目的で招かれたのか、予想がついていたのだ。その目的により、俺が傷つくことも知って。

 気を遣ってくれたのに、申し訳なかったな、と思っても今更遅い。俺は用件を聞いてしまったのだから。

 荷が重いとか理由をつけて、帰ることはできただろう。だが、残念なことに俺は義理がたい質で、好きな人の幸せを望むタイプのようだった。きっと、幸せになれなかった人たちを見ているからだろう。

 俺は笑顔の仮面を被って取り繕って、桜に問う。

「どんな人が好きなんだよ?」

「えっ、あの……」

 いきなりの本題からという切り込みに、桜は頬を赤く染めて俯く。愛らしいその仕草も、決して俺のためではなく、好きな人を告げるための緊張だからだ。

 俺も、答えがわかっているんだから、聞かなければいいのにな、と笑う。

 桜が投げてきたのは豪速球だった。




「柊くん……」




 考えるのと、本人の口から聞くのではかなり違う衝撃だ。思わずまじで、と聞き返してしまった。自分で聞いたくせに。

 桜が小さくこくりと頷く。もう誰も、この好意は否定しようがない。






 告白もしていないのに無残に散った俺の初恋は、行き場をなくして桜への思いを留めさせ続けた。

 中学三年。俺はあの日を後悔する。




 桜に恋愛アドバイスをした自分の行動を。



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