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MEMENTO MORI  作者: 九JACK
side Haruto
32/40

儚く、脆く、ひび割れて-Ⅱ-

「どっちもユウトくんなんだね」

 その一言に、計らずも、俺と友人はぴくりと反応した。無理もない。名前が原因で俺たちは小学校時代を無為に過ごし、こんな遠い中学(ばしょ)に来なくてはならなくなったのだから。

 名前にいい思い出はない。少しばかり名乗ってしまったことを後悔した。苗字だけ名乗るんだった。

 けれど、まあ、考えてみれば名前なんていずれ知られてしまうのだ。無理に隠す必要もなかっただろう。

 そんなことを考えていると、桜が字を聞いてきた。

「え、俺は悠久の時の悠に斗升の斗で悠斗」

「俺は友達って意味の友人」

「ふむふむ」

 するとしばし彼女は考え込み、不意に名案でも浮かんだのか、ぽん、と手をつく。

「じゃあ、君が"ハルト"くんで君が"ユージン"くんね!」

 とそれぞれ指を指された。何を考えていたかと思えば、渾名だったのか。

 まともな渾名なんてつけられたのは初めてで、俺も友人もぽかんとして顔を見合わせた。

 桜は得意げに胸を張り、どや顔をする。

「ユウトくん二人なんてややこしいからね」

 こちらはいまいちぴんときていないのだが、それ、いいね、とお隣の先輩が承諾してしまわれた。

 友人が仏頂面でぼそっと呟く。

「別に、柊と橘でいいじゃん」

 やはり思う。俺ってこんなに愛想がなかっただろうか。




 結局、入部することが決まってから、桜が考えた渾名は瞬く間に広まり、卓球部のみならず、学年中が知っているというほどの代物になった。そのうち釣られて俺や友人も互いを「ハルト」や「ユージン」と呼ぶようになっていった。

 部活動ライフは今のところ順風満帆だ。いじめもないし、俺や友人にはそれなりの才能があったらしく、それなりに評価を得ている。

 ただ一つ、問題があるとすれば、


「柊くん、サービス速いよぉ」

「え、普通だろ」

 桜が壊滅的なまでに下手だということ。なんでも卓球に限らず、運動全般が苦手らしい。それなら何故卓球部に入ろうと思ったのか。謎である。

 しかも、結局桜は自分でつけた渾名を使わない。友人に対してだけだが。俺は「橘くん」か「ハルトくん」とばらばらだ。

「じゃあ、先輩とやってみてよ」

「なんでだよ!?」

 桜に引っ張って先輩方のところに連れて行かれる友人。それをぼーっと眺めながら、ラケットでピンポン玉をぽんぽんと浮かせていた。相手がいないので、ラリーができずにいたのだ。しかも眺めるラリーは確かに強い友人と激弱な桜。形勢が圧倒的すぎて面白くもない。

 というわけでピンポン玉に面白さを見出だそうとしていたところで、不意にラケットを持つ手を引かれる。盛大に狙いがずれて当たったピンポン玉はラケットの角に直撃、あらぬ方向へ飛んでいってしまった。地味に面白かったのに。

 俺の娯楽を阻害したのは誰かと思って振り返ると、先程友人を先輩の渦に放り込んできた桜だった。……掴まれた腕に伝わってくる熱を意識してしまう。

 心臓が高鳴る音を聞かれていはしないかとありもしない心配をしながら、俺は目をぱちくりとした。

「何?」

「ラリーしよ? 相手いなくて困ってたんでしょ?」

 その問いに目を見開いた的を射ていたからだ。実際、俺は暇を持て余していた。

「もしかして、そのために友人をあっちに?」

「卓球は色んな人とやるのが楽しいもん」

 可憐にウインクする桜。その気遣いに感動し、先程まで友人が立っていた場所に立つ。桜の向かい側。

 桜がサービスを打つことになった。それなりの構え。公式ルールに肖り、大体手から十六センチ以上上げて──ラケットが素通り。

 桜はこうやって、信じられないようなミスをする。ご、ごめんね、と慌てて落ちたボールを拾う。しかし、次は大型ホームラン。わかっていると思うが、これは卓球であって野球ではない。

 俺にサービスが回ってくるが、桜の動きが追いつかず、二度のサービスエース。これは友人が強い云々ではなく、桜が弱いのだろう。そのまま言うと傷つくだろうから、口には出さないが。

 俺の方はなんとなく狙い方がわかってきて、桜の打ちやすいところに打つ。ただ、時々桜がとんでもない返しをしてくるから右へ左へと反復横跳びのような要領になる。

 ラリーが続くのが嬉しいのか、桜の表情には笑顔が閃く。それは本当に綺麗な笑みだった。きっと桜は卓球が心から好きなのだろう。

 そんな桜とラリーをなんだかんだで続けていると、いつの間にやら外野が集っていた。何事か、と言っているが、こっちが何事か、と思う。

 気が散ったのか、桜はホームランを打ち、ラリーは終了した。辺りがざわつく。僅かながらに拍手もあった。はて、そんな大層なことをしただろうか、と思っていると、友人がこちらに寄ってきた。

 密やかな声で話しかけてくる。

「すげぇな、桜とラリー続けるなんて」

「そうか?」

「普通ホームランとかわざわざ打ち返さないだろ。桜コントロール下手だし。お前、わざと打ちやすいところ狙ってただろ」

「うん、それがどうかしたか?」

「それがすごいっつってんの」

 あー、と無意味な声を出し、友人は頭を掻く。

「誰の言葉か知らないけど、本当の強者っていうのは強者に打ち勝つ者ではなく、弱者を引き立たせる者だって聞いた覚えがある」

 遠回しに桜が下手だと言いたいようだが目を瞑ろう。

 友人が先輩方に聞いて回って得た情報のようだが、桜とラリーを続けられる者はこの部にはいないらしい。大抵、桜がごめんなさいと玉を拾いに行くというロジックになっているらしい。

「……まあ、個性だよ」

 俺はそう言って笑った。

 その笑みは桜の運動神経を嘲笑うものではなかった。




 塵も積もれば山となる。ラリーも続ければ余裕ができる。

 俺とラリーを続けていくうち、桜は慣れてきたようで、会話をするようになった。会話といっても、桜の独り言を俺が聞き流すという形式のものだが。

「私、妹がいるの」

 ほのかという名前の年子の妹らしい。

「ほのちゃんは私と違って、運動神経抜群。バレーやってるよ」

 桜のクラスと合同で体育をやる機会があったが、バレーボールをやっていた桜は哀れに思えるほど、下手だった。ボールを顔面で受けたときなんか、それまでのミスの積み重ねもあり、責任を感じていたのだろう。ぼろぼろと泣き出して、辺りが総出で宥めながら、鼻血が出ているのを処置したりと大変なことになっていた。

「ほのちゃんには運動じゃ、全然勝てません……」

 少し悲しそうだった。俺には到底わからないことだけれど、兄弟でありながらそういう違いが大きく出ることは悲しいことなのだろう。

 でも、と桜は続けた。

「天は二物を与えないというのは本当らしいです。私、ほのちゃんに勉強では勝ってますもん」

 簪で髪を留めるなんて今時古風で器用なことをやってのける時点で、桜は相当だと思うが。

「昔から、ものを覚えるのは得意だったんです。だからできなくても、運動の知識はいっぱいあります」

 それは桜と交流していくうちにわかったことだ。桜は実践はできないが、知識は豊富で、俺や友人などのプレイングを見て、的確に改善点を指摘できる。それはすごいことだと思う。何故実践できないのかは謎でしかないが。

 ぽん、と軽く返すと、その玉は言葉と共に返ってきた。

「わかってるんだ。ほのちゃんに運動で勝てないことくらい。でも、何か一つくらい勝るものを持ちたいって。それが男心ってもんでしょ!」

「ぐふっ!」

 思いも依らぬ一撃に、俺は思わずスマッシュを決めてしまった。決められた桜は「すごーい」ときらきらとした眼差しで俺を見ていた。

「それ、男心って男が使う言葉だから」

「あれ? そうなの? 女々しいとかは男子のための言葉じゃん」

「同じ系列にすな」

 ラケットで軽くチョップ。乾いた音と桜の女の子らしいいたっという可愛らしい声が同時に響く。

 そんなやりとりをしていると、不機嫌そうな声がかかる。

「悠斗、俺と替われ」

「おう」

 互いの手と手をぱしんと合わせて選手交代の合図。

 桜が脇で目をきらきらとさせる。どうしたのだろうか。

「柊くんが自分から私の相手してくれるって言ったー」

 何気ない言葉。

 ちくりと胸を刺す痛み。

 確かに、桜が喜ぶのもわかる。卓球が上手くて、普段ぶっきらぼうで、桜の話なんかざるのように聞き流している友人が自分から桜にかまったのだ。本人にそんな気がないにしても、そういう態度を取ったのだ。そりゃ、喜ぶだろう。

 ……そりゃ、喜ぶだろう。想い人がこちらを向いてくれたなら。

 卓球部に入って数ヶ月。俺は気づいたことがある。

 当然、桜も俺とラリーをやっているばかりではない。部活には休憩だって必要だ。

 そんなふとした隙に、桜は友人を見ているのだ。俺には決して向けることのない、愛しいものを尊ぶような表情で。

 気づいているかいないかはわからない。けれどきっと、友人と俺、どちらが好きかと問われたら、きっと桜は友人と答えるにちがいない。

 桜の一挙手一投足からわかってしまうその事実がひどく胸を締め付ける。

 俺のようにラリーを長く続けて楽しむなんてことをしない友人は短いラリーを繰り返す。一方の桜は幸せそうに笑う。いつぞや咲き揃った桜の花のように。

 その笑顔を見るたびに、愛しさが増していきながらも、どろどろとした感情が淀む。

 何故その笑顔は俺に向けられないのだろう。友人、その場所を譲ってくれ──そう思いさえした。もちろん、口にすることはなかったが。

 胸に滞ったそれは、時折息を苦しくさせるほどで、スポーツドリンクで奥へ奥へと必死に流し込む。




 桜の家に招待される機会があった。出迎えてくれたのは妹のほのかちゃんで、しばらく相手をしてもらった。

 そのとき傍観を決め込むうち、ふとした拍子に友人に聞いた。

「桜のこと、どう思っているんだ?」

 恋愛感情など全くないような反応をされたことは覚えている。

 ただ、その後狼狽えてしまったのは、ほのかちゃんに友人のことを褒め称える桜の言葉を聞いてしまったときだ。

 心臓が止まったような気がした。




 疑いようがない。






 桜は友人が好きなのだ。



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