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MEMENTO MORI  作者: 九JACK
side Haruto
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秋の花弁に雫は零れて-Ⅰ-




 君を忘れない。

 それがどんなに辛くても、俺は決して忘れない。

 俺はそうしてすがっていないと、君を殺してしまうような気がするから。だから絶対忘れない。

 みんな、俺を置いていくから、それくらい、いいだろう?





 なぁ、友人。

 俺たちが出会ったのは随分遠い日になったな。

 俺はさ、春に咲く花に桜を思い出し、秋に咲く花にお前と、桜を想うよ。

 俺の願いは何一つ叶わない。

 桜への想いも、彼女の想いが叶うことも、もうないんだよ。

 けれど、俺はお前を憎んだりはしない。それは小学生の頃、お前に出会ったあの日から、ずっと心に誓っていたことだ。

 だから、お前が、お前のまま、幸せになってくれたらいいって、ずっと願っていたんだよ。

 それも叶わなかったけれど。


 桜。

 君とは、中学で出会ったね。

 体育館へ続く渡り廊下を駆け抜けて、卓球部へと向かう君の姿に、俺は惹かれてしまったんだ。

 舞い散る桜が彩る渡り廊下を駆ける君は擦れ違う人たちに笑顔で挨拶をしながら、ラケットケースを抱えていたね。

 知識として、色々なスポーツは知っていたけれど、君が抱えていたのが卓球のラケットケースだったから、俺は卓球を始めようと思ったんだ。

 せっかくだから、友人も誘って、卓球部に入部した。

 それを、間違いだったとは思っていないよ。胸が痛む結果になったけれど、それでも、君と友人が出会えてよかった、と、俺は心からそう思っている。


 桜、友人。

 思っている以上に君たちは、俺を、周りを変えたんだ。


 だから、でも──


 君たちや周りがどんなに変わっても

 俺は君を忘れない。

 あの頃の君を忘れない──


 小学生の頃。

 一年の頃から学校の七不思議のような調子で語られる噂話があった。"自殺一家の子どもがいる"と。

 それがどうした、という話なんだが、そう、噂だから、いらない尾ひれがついて、"その子に会うと呪われる"だの"その子に触れると病気になる"だのと、その存在は一つの怪談と化していた。

 きゃーきゃー騒ぐのは専ら女子で、時折男子も悪のりして、俺はそれを笑い飛ばしていた。"そんなやついるわけねーじゃん"って。

 噂なんてそんなもんだろう? いるとしても大方片親が原因不明で死んだとか、そんな程度に違いない。

 俺はずっとそう思って、ただただ笑い飛ばしていた。

 その尾ひれに"ユウト"という名前がつくまでは。


「ちょっとちょっと聞いてよ。大変だよ!」

 その日、噂好きな女子の一人が朝一で挨拶より先にそんなことを言った。

「お、神楽。朝っぱらからどうしたんだよ?」

「つか、うるせー」

 噂好きは宮城 神楽といった。このとおり、クラスで彼女の"大変だ"は軽くあしらわれていた。

「"自殺一家の子ども"の話知ってるでしょ?」

 神楽は俺をちら、と見やり、言う。俺は何かそれが気になったが、周囲は"なんだよ~"、"またそれ?"みたいな反応で軽く応じた。

 周囲の呆れたような雰囲気に構うことなく、神楽は続ける。

「この学校に、いるんだって、本当に! 名前だって、わかってるんだから!」

 信じてもらえないのが悔しくてか、少し涙まじりで神楽が叫ぶ。

 そんな神楽の一言──主に後半──に、辺りはどよめく。

「名前もわかってんの? 誰? 誰?」

 誰かは知らないが、そうやって先を促すやつがいて、神楽は神妙な面持ちで一つ頷くと、数ある視線の中、俺──橘 悠斗を真っ直ぐ見て、言った。

「その子は、"ユウト"っていうんだって」


 神楽の宣告におそらく俺は誰よりも絶句した。

 もちろん、俺の家族や親戚で自殺した人なんていない。だから、違うやつだろうって笑い飛ばしてしまうこともできた。

 けれど、僅かだけれども、雰囲気でわかった。クラス全員が"ユウト"が俺であることを確信している、と。

 先程、神楽の言葉に笑っていたとおり、みんなたかが噂話、現実にいるとしても、大方片親が死んだとか、そんなもんだろう、と思っていたはずだ。

 ──そして、俺は片親だ。

 といっても、死んだわけじゃない。父親が浮気して、それで夫婦喧嘩になり、離婚した。父親が出ていき、俺には母親しかいない。それだけのこと。

 俺は片親であることを"家庭の事情"という言葉だけで片付けていた。母親や親戚の大人がみんなそう言えと言ったし、俺自身も別にそれでいいと思っていた。

 それが駄目だった。

 俺が片親である事情を濁していたことが、俺が"ユウト"であることに現実味を持たせてしまった。

 そこから始まったのは、いじめだった。

 最初はただの無視だった。それくらいは平気だった。少し、心が空ろになるだけで。神楽だけは時折俺を見て気にしているようだったけれど、周りの雰囲気に流されて、話しかけてくることはなかった。

 しばらくすると、いじめは"無視"から"責任転嫁"へと変わる。

 ある日、体育の時間に跳び箱の出し入れの最中、大怪我をしてしまった子がいた。

 俺は手伝おうと思ってその現場にいたので、その事故が起こったとき、すぐに先生を呼びに出た。

 その子は助けられたけれど、足の骨を折ってしまい、入院することに。

 その子に"災難だったね"と慰めの言葉をかけるクラスメイトたち。俺もその輪に入り、声をかけようとしたが。

「来るな!」

 その子から拒絶され、はたと足を止める。それを合図に、他からも罵詈雑言が飛んできた。

「寄るなよ、"自殺一家の子"」

「呪われる」

「呪われるの? いやっ、来ないで!」

 全員が、俺を遠ざけた。

「こいつの怪我も、お前の呪いのせいだ!」

「見たよ。この子怪我したって、倉庫から出てきて先生に言うの。一緒にいたからなったんだ!」

「そ、んな」

 何十という目に責め立てられ、俺は反論することができなかった。違うのに。絶対違うのに。

 そこからしばらくは、誰かがちょっとでも怪我をすると全部俺の呪いだ、と俺がいるからだ、と言われた。

 やがて、本当になんでもかんでも俺のせいにするようになった。やれ先生に怒られただの、親に叱られただの、消しゴムなくしただの──全部、俺の存在のせいだ、と。

 違うと、否定した。いくらなんでも、そこまで俺が責任持てるか! と叫んだりもした。けれど、その叫びも否定も、遅すぎた。先生も、"お前はよくよくやらかすやつだなぁ"なんて笑って、取り合ってくれない。

 遅すぎた。最初のあのときに否定すればよかったんだ。俺は"自殺一家の子"なんかじゃない、と。もしくはあの事故のときに"俺のせいじゃない"と声高に叫べばよかったんだ。

 そしたら、誰か聞いてくれたかもしれないのに。


 でも、もう──




 後の祭りだ。




 手遅れだと気づくのも遅すぎたが、それよりもう一つ。

 俺を呪いだと罵る輪の中に、神楽がいないことにも俺は、気づけなかったんだ。


 一、二年、クラスが変わってもいじめは続いた。

 俺の席はクラスの総意で決まって廊下側の一番後ろになった。俺としても、好都合だった。その席なら、帰りの会が終わるなり、すぐに教室を出ることができたから。あんな居心地の悪い教室から一分でも一秒でも速く、逃げたかった。

 俺の隣か前の席になったやつはいつもびくついていた。俺はそのとき既に、気にすることをやめていた。疲れるだけだ。

 いつか、ニュースでどこどこのだれそれがいじめを受けて自殺したという報道があったのを、ぼんやり思い出した。あのときはなんでいじめなんてするんだろう? なんで自殺なんてするんだろう? と疑問に思っていたけれど、今ならわかる。自殺者たちの気持ちが。

 救われなくて、報われない。──苦しい。

 けれどこの感覚に慣れてしまっている自分がいて、惰性で生きている自分がいて、自分が、嫌になる……

 辛くても、俺はもう

 涙の流し方すら、忘れてしまった。


 そんな俺の隣の席に、あるとき神楽がやってきた。席替えの時間だったのか、と神楽の顔を見て俺は気づいた。最も、席移動のない俺には席替えなんて関係なかったのだが。

 ちらりと見やるだけのつもりだった神楽と、目が合った。そのせいで何故か、目が離せなくなった。

 神楽は何か言いたげに口を開きかけたが、授業終了の鐘が鳴り、前に向き直った。

「起立、礼!」

 名前も知らないクラスメイトの号令に従いながら、俺は神楽が気になってちら、と盗み見た。

 少し頬が赤らんでいた気がした。


 俺は放課後、ほとんどは真っ直ぐ家に帰るけれど、たまに図書室に寄る。

 家に帰ると大抵は誰もいないのだが、時折一人でいると衝動に駆られることがある。包丁とか、果物ナイフとか、カッターとか……無意識に刃物を探してしまうことがある。

 それが怖くて俺は刃のついているものは全て、母親に預けている。それでも一人でいるときは母に預けたそれらを探してしまうことがあるから、こうして図書室である程度暇を潰して帰るのだ。

 席替えの日なんかは決まってそうする。

 俺は俺が怖い。死ぬことが怖いくせに死ぬ術を探している俺が怖い。だから、誰も寄ってこない図書室の奥の本棚の間で、適当に本を眺めている。

 その習慣を知っていたのだろうか──その日、俺が定位置について本を探し始めたところで、神楽がやってきた。

「橘くん」

「……神楽?」

 名前を呼ばれたのは久しぶりだった。以前は下の名前で呼んでいたから、よそよそしく感じたけれど、久々に聞いたその声に俺は驚き、目を丸くした。

「えっと、その」

 俺がまじまじと見つめていたため、緊張したのか神楽が口ごもる。俺ははっとし、ごめん、と視線を外した。

「そういえば、何か、言おうとしてた?」

「あ、うん」

 自分で声をかけておきながら、言葉が出てこないらしい神楽に俺が話題を振った。

 おかしな話だ、と思いながら、きっかけを得て喋り始めた神楽の話を聞く。

「あの、今日の席替え、隣になったから」

「うん、知ってる」

 俺の声は思いの外素っ気なかった。神楽はそれに傷ついたように眉をひそめたが、俺にはさっぱりだ。それがどうしたというんだろう?

「それで、だから、あの、その……しばらく、よろしくね」

「? ああ、うん、よろしく」

「じ、じゃあね!」

「ああ」

 ぎこちなく言葉を交わして、神楽は去って行った。やはり、さっぱり意味はわからない。ただ、久しぶりに、挨拶された。

 俺も帰ろう、と、本棚の間を抜けて、少しくたびれた黒のランドセルを背負った。

 今日はなんだか、大丈夫な気がした。



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