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MEMENTO MORI  作者: 九JACK
side Honoka
22/40

蕾を貴方に-Ⅰ-




 菜の花畑は眩しすぎるよ。

 だから、まだ咲かない蕾を貴方に。





 柊先輩は、学校に来ない。一命はとりとめたものの、重症で、入院を余儀なくしているらしい。

 時折見かける橘先輩が、少し寂しそうだった。


 私は、病院に行っていない。行っても、柊先輩は喜ばない。自分をこんな目に遭わせた張本人に会いたいわけがない。

 拒まれるのが怖くて、行けない。


 折角入部した文芸部も、活動停止状態だ。私と柊先輩しか部員がいないのだから仕方ない。

 けれどもなんとなく、足は図書室へと向かった。

「……こんにちは」

「いらっしゃい、桜さん」

 司書の三島先生が迎えてくれた。

 図書室には他に人はいない。

「図書室って、利用者いるんですか?」

 私がストレートに訊くと、三島先生は苦い顔で笑った。

「痛いところをつくね……ほとんどいないよ。いつぞやの文芸部の先輩のせいだけどね」

 頭にクエスチョンマークを浮かべたけれど、先生はそれ以上は語らなかった。それより……と躊躇い気味に続ける。

「大変なことになったね」

 先生は明言こそしなかったが、私には何を指しているかすぐわかった。

 三島先生にもまだ、詳しいことは話していない。多分、他の先生や、生徒たちの噂話で聞いているくらいだろう。

「……柊先輩は」

 私は誰もいないから、心おきなく話すことにした。

 ただ淡々と、事実だけを話した。心情は一切含まず。

 余計なことを赤の他人である三島先生に明かす必要はない。

 先生は、黙って聞いてくれた。最後まで、口を挟んだりはしなかった。

「……そっか、そんなことがあったんだね」

 静かに三島先生は言った。

「それで、柊くんは入院してるんだね。うん、やっと繋がった」

 え?

 三島先生のあっさりとした反応にきょとんとする。

「それだけ……ですか?」

「ん?」

「何も、言わないんですか? 私のせいだって……責めないんですか?」

 そう言うと、先生は柔らかく笑った。

「責めても、何も変わらないでしょ?それに……自分から死にたいと思うくらい思い詰めていた子を責めるなんてできないよ」

「……!」

 ぽん、と先生の手が優しく私の頭を叩く。

「ただ、聞きたいことが一つだけあるな」

「なん……ですか?」

 私が身をすくませると、固くならないで、と微笑んだ。

「君は、どうしたい?」

 私は、どうしたいのだろう?

 柊先輩に、何ができる?

「わた、しは……」


 私は今、三島先生と病院に来ていた。


「わた、しは……」

 先生は私の返事をゆっくりと待ってくれた。

 迷いながらも、私は言葉を紡いだ。

「柊先輩に、会いたいです……」

「そっか。よし、じゃあ会いに行こう」

「…………へ?」

 先生のあっさりした一言に、私はただただ目を丸くした。

「会いにって……今からですか?」

「もちろん。思い立ったが吉日だよ」

 言うなり、先生はさくさく準備を整え、私の手を引いて図書室を出た。[開館中]の札を返して[本日は閉館しました]の表示に切り替える。

「あの、先生? もしかして、一緒に?」

「うん。柊くんには君の入部届けを受け取って以来、会っていないし、顧問としてはお見舞いにも行きたいし……ただ、先生方が病院教えてくれなかったんだけどね」

 隠蔽癖のある学校側は、カウンセラーの資格を持つ三島先生には知られたくなかったのだろう。きっと、糾弾を受けるだろうから。

「それに……一緒に行った方が行きやすいかな、と思ったんだけど……迷惑だった?」

「いえ……ありがとうございます」


 そんなわけで、私は三島先生と一緒に、柊先輩の入院する病院へやってきた。

 受付の人に、柊先輩の病室を訊く。

 私は、三島先生と歩き出した。

「……緊張してる?」

「はい……」

 声が少し、上ずっているのが自分でもわかった。

 本当は、合わせる顔なんてない。でも……謝らなきゃ……そう、先輩に、もう一度、笑ってほしい。その上で、私の想いを聞いてほしい。だから──

 でも、近づくほどに躊躇いが生まれる。


「だから僕は君が苦手だ。あまり好きじゃない……特に今の君は」


 柊先輩の言葉が脳裏を過る。

 やっぱり、会えない……! 怖いもの。また、拒まれるんじゃないかって……そう思ってしまうと……とても、怖い。

「先生、ちょっと、顔洗ってきます」

「ん? うん、わかった。ここで待ってるよ」

 待合室の椅子に腰を下ろす先生を一瞥して、私は歩いた。

 会えない、会えない……会いたくない。

 さっきと矛盾している。それでも、そう、こんな矛盾した思いを抱えたままの私が、会えるわけがない。会っても、先輩も私も苦しいだけだ。三島先生には悪いけれど、帰ろう……

 そう考えながら、一旦先生に言ったとおり、顔を洗うためにお手洗いに入った。

 そこで、思わぬ人と再会した。

「久しぶりだな、桜 ほのか」

「相模さん……」

 相模 叶多。柊先輩の彼女だ。

「何か用ですか?」

 正直、この人には柊先輩以上に会いたくなかった。いつもいつも、会うたびに痛いところをついてくるから。

「お前は、友人には会いに行ったか?」

 ほら、やっぱり。

 視線を外したかったけれど、そうしたら負けな気がして、私はこう返した。

「いいえ。……どうして私が行かなくちゃならないんですか?」

 精一杯の虚勢。……また馬鹿なことをしている私。

「それが責任というものではないのか?」

 そんな私に相模さんはすっぱりと言った。

「お前だって、気づいているのだろう? 友人が誰のために、こうなったか」


「うおおおおおおおおっ!!」

 そう叫びながら、私を引き上げ、自分は落ちていく──


 あの瞬間ときの光景がフラッシュバックする。

 わかっている。

 あの手は誰のためでもなく、[私]を助けるためだった。

「……どうしてあなたがそれを……?」

「橘から伝え聞いた。……まあ、私がお前に強制することはできない。気持ちもわからんでもないからな」

「えっ?」

 付け足された一言に虚をつかれた。相模さんは確認するように問いかけてくる。

「だってお前も友人のこと、好きなんだろう?」

「……」

 何も言えなくなった。

 気づいていたんだ、この人は。

 同じ人が好きだから。

「傷つけてしまったことが酷く苦しい……でも、だからこそ、向き合うべきだと私は思うぞ?」

 ……何か、悔しい。

 負けた気がする。

 そうだ。私は、この人には勝てない。こんな人だからきっと、柊先輩は選んだんだろう。

 だけど……私には、伝えたいことがあった。

 そう、そうだよ……さっきの決意を思い出す。

「いってきます」

 思ったより、しっかり声が出た。

 私は、三島先生のところへ戻った。


 恐る恐る、病室の戸を開ける。

「こんにち……は」

 先輩は私だと気づき、迷うように瞳をさまよわせて、答えなかった。

「お久しぶりです、先輩……」

 私は答えてほしくて、目一杯笑った。顔を上げた先輩と、視線がかちあう。でもそれは一瞬で、すぐに先輩は顔を俯けてしまった。

「帰れよ……」

 低い声が、私の耳朶を打つ。

「帰れよ! 来るな!!」

 足が、すくんでしまう。じり、じり、と後退りしているのがわかった。

「……ごめん、なさい……」

 弱々しく、自分の謝罪の言葉がこぼれ落ちる。届いたかどうかはわからない。でも、私は堪らず部屋から出た。

 だめだった。だめだった!! 私はやっぱり、拒まれた!! どうして上手くいかないの!? どうして彼を傷つけてしまうの!? わかっていたじゃない!! どうして!?

 部屋の外で待っていてくれた三島先生に目もくれず、私は走った。

 いやだ、いやだ、もう、いやっ……!

 私はどうしていつもこうなの!? 私、私……っ!

 どれくらい走っただろう。妙に私が走ってきた道の方が騒がしくなった。

 何か、あったのだろうか、と興味本位で戻ってみると……


「桜さん! 柊くんが……」

 踊り場で、頭から血を流す柊先輩を抱えて座り込んでいる三島先生がいた。


 また……

 また私は、人を傷つけた。


 嫌……

 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ……!!


 やめて……

 私は、そんな風にしたかったわけじゃない。

 これ以上、先輩を傷つけたくなかった。

 ……それなのに。

「桜さん」

 三島先生が心配そうに私を見つめる。私は、どう答えたらいいか、わからなかった。

 血相を変えて病院に駆け込んできた橘先輩の姿を思い出す。

 声をかけるなんて、とてもじゃないけれど、できなかった。

 ──家に着いた。

「送ってくれて、ありがとうございました」

「ううん。それより……大丈夫?」

 三島先生が不安げに私を見る。私は精一杯の笑顔ではい、と頷いた。

「……大丈夫です。また明日」

 私がそう返すと、先生はようやく安心したように、また明日、と言って帰って行った。



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