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MEMENTO MORI  作者: 九JACK
鳳仙花の花言葉
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鳳仙花の花言葉-Ⅰ-




 春、桜の舞う季節。

 様々な出会いと別れを繰り返し、疲れはてた少年は文芸部の扉を叩く。

 そこには穏やかに笑う自殺志願者がいた。





 物心ついて間もなくして母が目の前で自殺した。そのために小学校ではいじめに遭った。けれどもかけがえのない親友と出会い、中学に入った。そこであの子と出会った。あの子は単に同じ部活のクラスメイトで、他の人よりよく話すというだけの仲だった。けれども──

 けれども、あの子が自殺したときが一番ショックだった。


 僕、柊 友人は高校一年生。とある私立高校に入学したばかりである。今、高校生の本分といえば本分の部活動を決めている最中だ。

「文芸部の見学か。珍しいね」

 図書室にいる司書の三島先生と話していた。三島先生はこの学校の文芸部の顧問だ。臨床心理士の資格も持っているということで、生徒の相談にも真摯に対応してくれると評判だ。

「この学校には他にも色々部活はあるんだよ? 野球部とか、サッカー部とか──あ、そういえば君は卓球部だったんだっけ、柊くん」

 僕は中学時代、卓球部に所属していた。三年生のときには全国大会に行ったこともある。

「ちゃんと卓球部もあるよ。さして強いというわけでもないけれど」

「いいえ」

しかし。

「僕はもう、卓球はしませんから……」

 そう、僕はもう、卓球をやめた。あの子が死んでからは。

 僕の目を見て何か悟ったのか、三島さんはそう、とだけ呟いた。

「どうぞ、見学していって。ただ、おすすめはしないよ、この部は」

 苦々しげな面持ちで三島先生は言った。

 僕も文芸部の噂は聞いていた。わけあり生徒たちが集う部活で、現在は文芸部史上最高クラスで根暗な生徒がいるらしい。そのため転部が相次いで、部員数は今や二人。──そんな噂を聞きながらも僕が入ろうと思ったのは、その部員数の少なさからだ。あの子のことを忘れるために、卓球から離れた静かな場所にいたい。そう思っていた。

「こんにちは」

 図書室の片隅でその部活は行われていた。男子生徒と女子生徒が一人ずつ、向かい合って何やら話している。

「……ということでだな、私は……」

「へえ、なるほどね。それで……あ」

 男子生徒の方が僕に気づき、立ち上がった。

「こんにちは。もしかして、部活見学の子?」

「はい」

「俺が部長の神田 新太。よろしくね」

 温和そうな男子生徒──神田先輩はそう言って手を差し出した。

「柊 友人です。……よろしくお願いします」

 握手しながら答えると、神田先輩は苦笑いした。

「といっても、君が入部すると決まったわけじゃないからね。もちろん、入部してもらえると嬉しいんだけど、まずは彼女に挨拶してもらってからかな」

 神田先輩は女子生徒に声を掛ける。振り向いたその人は綺麗な人だった。高校生というには少し大人びた印象だ。

「カナタ、この子、部活見が」

「なあ、お前」

 神田先輩が僕を紹介するより先に、カナタと呼ばれたその人が口を開いた。

「自殺したいと思ったことはあるか?」

「え……?」

 自殺。その単語だけで頭が真っ白になった。

 何をどうしたか覚えていない。

 ただ僕は──逃げ出した。


 ◇◇◇


「カナタ、あの質問はないよ」

「いつものことだろう、アラタ。……言い訳をするのならあいつは」

「ん?」

「あいつは……お前に似ている気がしたんだよ」

「俺に?」

「ああ。だから、もしかしたら答えてくれるかもしれないと思って」

「変わった愛情表現だね。俺はむしろ、カナタに似ている気がしたよ」


 ◇◇◇


 相模 叶多、というらしい。先刻の文芸部の先輩は。そして噂の文芸部史上最高の根暗な生徒である。

 自殺志願者なのだ。そんな異常な彼女の側には幼馴染みの神田先輩以外、近づこうとしない。

 自殺志願者──自殺という言葉はもう二度と聞きたくないものだった。それは母がしたことであり、あの子がしたことだ。幾度となく、僕が考えた言葉で、もう忘れようと誓った言葉だった。

「どうして、自殺なんて……っ!」

 呟きつつも、僕は何度も自殺したいと思ったことがあるから、続きを言うことはできなかった。

 項垂れて歩いていると、いつの間にやら教室に着いた。

 放課後だが、まだ誰かが残っていた。

「よう、友人」

「……悠斗……」

 橘 悠斗だった。僕の唯一無二の親友だ。

 彼は普段どおりの挨拶はしたものの、目は笑っていなかった。むしろ僕を責め立てるような鋭い眼光を放っていた。

「──どの部活に入るか、決めたのか?」

「まだ……決めてないよ」

「そうか」

 悠斗は呟くように言い、不意に立ち上がった。ずんずんと僕に詰め寄ってくる。

「どうして、卓球部じゃないんだよ!?」

 僕はまだ、卓球部に入らないとは言っていない。けれどもわかったのだろう。僕にもう卓球をやるつもりがないことを。

「……桜のことを、思い出すから……」

 正直な思いを告げた。悠斗は叫んだ。

「桜のこと、忘れる気かよ!?」

 その叫びは、ぐさりと刺さった。

 桜 なのは。卓球部で、クラスメイトだった彼女は、中学三年生のとき、自殺した。──僕に遺書を遺して。

 それがずっと、胸の奥の方で溶けない氷の塊となって疼いているのだ。苛むように。

「……忘れられないよ。だから苦しいんだ」

「だから卓球をやめるのか? そうやって苦しみから逃げるのか?」

 何も言い返せなかった。

 僕は逃げていたから。桜が死んだ苦しみと、自分が傷つけたのだという罪悪感を、どうしても忘れたかった。

「……お前、変わったよな」

 答えない僕の横を通りすぎ、悠斗はぽつりと言った。

「以前のお前は、痛みも苦しみも全部受け入れて、それでも真っ直ぐに生きようとしていた。性格がひねくれても」

 でも、と悠斗は続けた。

「今のお前は違う。……桜を遠ざけて、何になるっていうんだよ?」

 僕の答えを待たず、悠斗は去って行った。

「……どうしたらいいか、わからないんだよ……」

 この痛みを、苦しみを。

 遠ざかっていく足音を聞きながら、僕は続けた。

「自分の罪を正面から受け止められるほど、僕は強くないんだ……」


 翌日。僕は園芸部の見学に行った。

「えっとあなたは……柊くん、だっけ?」

 同級生とおぼしき少女が声を掛けてきた。

「……君は?」

「同じクラスの百合原 弓江。園芸部に入ろうと思って。柊くんも見学?」

「うん。……入るかどうかはわからないけど」

「じゃ、一緒に行こう」

 僕の返事も待たず、百合原さんは手を引いて歩き出した。園芸部の活動している花壇へと向かった。

「こんにちはーっ、部活見学に来ました」

「あ、いらっしゃい」

 花を育てる部活、ということで、さすがに男子部員は多くないようだ。男子は眼鏡をかけている人とキャップを被っている人だけだ。他の部員も含め、僕の姿をもの珍しげに見つめた。

「花に興味があるの?」

「あ、えと……はい、まあ」

「何の花が好き?」

「ええと……」

「その前に名前教えて」

「出身どこ中?」

 質問責めに遭った。昨日とは別な意味で困る。けれども、昨日のあの質問に比べたら……

 憂鬱になるのを堪えながら、質問に一つ一つ答えた。

「へえ、柊くんかあ。柊っていったら植物よね。どういうのだか、知ってる?」

「ええと……魔除けの木だというのは聞いたことがあります」

「まさかのソッチ方面の知識!? ま、いいけどさ。ところで、何の花が好き?」

 そう聞かれて、答えられないことに気づく。僕は自分の好きな花なんて、考えたことがなかった。

 ──咄嗟に思いついて、答えた。

「鳳仙花です」

 夏に咲く花だ。

「鳳仙花、ねぇ……どうして?」

 更なる質問に、僕は記憶を手繰りながら理由をまとめる。

「ええと、確か、花言葉が」


「花言葉は"私に触れないで"。そうして実を散らして、他を寄せ付けない、寂しい花……」


「でもね、お母さんはこの花の、そんなところが好きなの」


 そう、それは……母さんが好きだった花、だ。

「花言葉、ねぇ……変わった趣味してるのね。って、あれ? 前にも似たような受け答えをしたような」

 部長は首を傾げたが、ま、いっか、とすぐに切り替えた。

「柊くんってすごいね。花言葉まで知ってるんだ」

「そ、そうかな?」

「だってさ、白百合の花言葉は?」

「純潔」

「黄色のチューリップは?」

「実らぬ恋」

「藤!」

「貴方を歓迎します」

「ほら!」

 百合原さんは興奮しきってすごいすごいと言う。無邪気だな、と微笑ましく思いながら笑うと、今度は部長が訊いてきた。

「じゃあ、桜は?」

 ──その一言に、心が凍りつく。

 桜……

「桜の、花言葉は──」

 それは僕が自殺に追いやった、あの子の名前と同じ花だから。

「精神の、美しさ……」

 よく覚えていた。


「本当は好きなんじゃないの?」

「嫌いだ!!」


「俺はこんなの、大嫌いだ」


 そうだ。あの子が最も大切にしているものを、そうやって貶したから、あの子は……

「柊くん、柊くん?」

 声を掛けられていることに気づき、はっとする。百合原さんの心配そうな顔が覗き込んでいた。

「どうしたの? 急に俯いて黙り込んじゃって」

「い、いえ、なんでもありません……」

 僕が慌てて答えた直後、部長が突然、あっ!! と声を上げ、一同が驚いた。どうしたんです? と眼鏡の男子部員が訊ねると、部長は一言謝罪して、こう答えた。

「今、思い出したんだよ。さっきの鳳仙花のくだり。似たようなやりとりをしたやつらのこと」

「やつらってことは、何人かいるんですか?」

「二人だけだけどね」

 部長は校舎の三階──ちょうど図書室がある辺りを見て続けた。

「相模 叶多と神田 新太。あの文芸部の名物コンビさ」



 帰り道、僕は意外な人に呼び止められた。

「昨日はごめん、柊くん」

 文芸部の部長の神田先輩だった。

「い、いえ」

「部活、もう決めた?」

 その質問に咄嗟に言葉が出てこない。どう答えたものやら、と思いながら、園芸部の部長が言っていたことを思い出す。

「……あの、つかぬことを聞きますが、神田先輩と相模先輩ってもしかして、恋人ですか?」

 神田先輩はその質問にきょとんとし、直後に噴き出した。

「えっと……僕、おかしいこと言いました?」

「ううん。そう言われたの久しぶりだったから。なんだかおかしくって。君がおかしいんじゃないよ? でもね、俺とカナタはただの友達だよ。それ以上でもそれ以下でもないんだ。多分一生ね」

「……そこまで言い切るんですか」

「うん。カナタも同じこと言うと思うよ」

 神田先輩は笑顔で答えた。

「相模先輩って自殺志願者だって聞いたんですけど……そんな人と一緒にいて、辛くないんですか?」

 それが不思議だった。昨日少し見ただけでも、この人だけは相模先輩に普通に接しているように思えるのだ。自殺志願者という異様な人物に対して。

「カナタと一緒にいることが辛いと感じたことはないよ。むしろ、側にいないと不安、かな。カナタがいつ、本当に死んでしまうかわからないからね」

 顔を翳らせて先輩は続けた。

「俺はカナタが死のうと思ってしまう理由を知ってるから。──カナタに必要とされなくなるまでは側にいたいと思うよ」

「あくまで友達として、ですか?」

「うん。友達として」

 先輩の顔に笑顔が戻る。どうしてこのタイミングで笑えるのだろうか。本当に不思議な人だ。

「ところで話を戻すけど、どこかよさそうな部活、あった?」

「今日は、園芸部に行って来ました」

「花が好きなの?」

「いいえ、そういうわけでも……」

 僕は言葉を濁した。後ろめたいことは何もないはずだけれど、「クラスメイトに誘われて」というのが、何故か憚られた。

 代わり、今度は僕は思い切り話題を変えた。

「──先輩は、鳳仙花が好きなんですってね」

「俺?」

「二人ともです」

 すると、先輩は遠くを見つめて言った。

「私に触れないでって拒絶するように弾けてしまうあの花が、なんだかカナタみたいでね。……君もよく似ているよ」

「え?」

 僕が鳳仙花に似ている? どういうことだ?

 僕の疑問を汲み取ったのか、神田先輩はこう続けた。

「関わりたくなさそうだもの。周りと」



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