Scene 4 少年の日常は不可思議に染まる
導異高校。
東京都渋谷区近辺のこの高校は、ごく普通の高校と何ら遜色ない。
だが、その高校は、確かに『支配』されている。
それは、そこに在席する生徒はおろか、教師でさえも知り得ない。
「しかし、まあ……こいつらが『候補』ねぇ。なーんも知らねえ頭空っぽのアホ共としか思えねえ」
「だが、化身が宿る可能性がある、『前兆』があった子供達をアダムの力で集めたんだ。皆、何かしらを抱えているんだろう」
「それでも今、私達が出来る事と言えば、化身に精神が敗北した『エロージョンド』に変化した子を早急に始末する事ぐらい。言わば、処刑人だよ」
教室の端、京馬と咲月、そして机に足を組んで乗っけているヴェロニカが屯する。
「そんな貧弱な奴ら、ぶっ殺せば良いじゃねえか」
「そんな……酷いなぁ。ヴェロちゃん」
「手前ら、温室育ちの夢見心地には分かんねえだろうよ。この世は、弱者がとことん虐げられる。力を持たねえ雑魚がのうのうと生きられる程、甘くはねえんだよ」
「だが、それも環境や生まれ持った能力の差が大きい。もし、お前が生まれ持った時から、普通より劣る力しか持たなかったらどうする?」
「そうしたら、あたいはそんな自分を生んだ親を憎むし、そんな世界を憎むね。だが、あたいは『手に入れちまった』。だからこそ、自分に従って生きてるだけだ」
「身勝手だな」
「それが、『人』だ。いや、く、くくく。『悪魔の子』、か」
面白可笑しく、笑ってヴェロニカは告げる。
「おやおや、まーた三人で怪しげなトークを展開しているね」
「お呼びじゃねえぞ。加奈子」
会話に割り込む様に、一人の少女がずいっと三人の中心に割り込む。
「まあまあ、ヴェロニカの旦那」
ニコニコと笑み、加奈子と呼ばれたショートカットの髪の少女は、ヴェロニカへとブラックのコーヒー缶を差し出す。
「ケッ」
それをヴェロニカは受け取り、その行為を合図とする様に、加奈子は隣り席へ腰掛ける。
「お前はヴェロニカの舎弟かなんかか?」
「うんや、違うねえ。将軍にお仕えする部下、みたいな」
にひひ、と笑い、加奈子は京馬を見、そして咲月を見やる。
「さっちん。やっぱあんた達、付き合ってるんでしょ?」
その加奈子の視線は、二人を繋ぐきつく握られた手へと向かう。
「ち、違うよおっ! 加奈っちには説明したでしょ!? 『こう』しないと、京馬君の考えてる事がよく分からないから──」
「またまたぁ。じゃあ、何でそんなガッチリホールドなのさ。正直、学校中では公認になってるよ? さっちんが否定し続けてるから、皆もう黙ってるけど」
「え……? そうなの? 嘘?」
その咲月にとっての衝撃の事実に、だがヴェロニカと京馬はコクコクと頷く。
「まあ、自分で言うのも何だが、そうにしか見えないしな」
「ええっ!? 良いの、京馬君?」
「既に、周りには言ってある。その方が面倒ではないからな」
「え、え、え、ええええぇぇぇっ!?」
驚愕する咲月の狼狽が手を介し、京馬に伝わる。
「そんなに驚かれてもな。さっきの電車での話ぶりからして、てっきり咲月も周囲に言い触らしてるもんだと思ったんだが」
「ち、違うよぉっ! 寧ろ、京馬君が私に彼女面されるの嫌だと思ったから、否定し続けたのにぃっ!」
愕然とする咲月を見かね、京馬は心の中で苦笑する。
「そんな嫌な訳じゃないさ。前にも言っただろ? 咲月みたいな可愛い子と彼女と勘違いされても、寧ろ嬉しいぐらいだよ」
「ほ、本当? ……うん。嘘は言って無いね。そうか、そうだったのか……」
だったら、それを口実にあんな事やこんな事して、美樹ちゃんよりも二歩三歩リードしてみようかなぁ。
「何て言われると、色々と俺も対応に困るんだが」
「あ、ごめん。そういや、筒抜けだった」
てへ、と舌を出して謝る咲月に京馬は心の中で嘆息する。
「焦れってえなあ。何で、そんな貞操に拘るかねぇ。京馬、手前童貞なんだろ? さっさとヤっちまえよ。そしたら、手前のくっだらねえ拘りも変わるかも知んねえぜ?」
「や……っ!? ちょ、ちょっとヴェロちゃん! 何言ってんの!?」
「へへ。あたいは見てたぜ? 沖縄の海で手前が京馬の事を誘ってたのよぉ? もやもやしてんなら、抱かれてみろよ? そしたら、こんなモヤシ野郎への幻想も無くなって、少しはマシになるかもな」
茶化す様に告げるヴェロニカに、咲月はむっとして頬を膨らます。
「京馬君は、モヤシじゃない」
「怒るとこ、そこかよ」
はあ、とため息を吐き、ヴェロニカは呟く。
「やっぱり、手前らとは息が合わねえや。住む世界が違すぎる」
「じゃあ、ヴェロニカはどんな世界に住んでいたんだ?」
皮肉めいたヴェロニカの言葉に、京馬は返す。
その問いに、ヴェロニカは眉をきつく締め、そして言う。
「前にも言っただろ? 手前らには言う必要がねえ。適当な雑談には参加するが、あたいはお前達を認めてねえんだよ」
そう答えるヴェロニカの京馬達を射殺す様な鋭い眼は、まるで京馬達へと大きな壁を打ち付けているかの様であった。
「おい、貴様ら。席に着け。このリエル先生の有難いHRが始まるぞー」
京馬達が話している中、図太い声が教室内に響き渡る。
それを合図に、一斉に生徒達は自分の席へと戻ってゆく。
「『リエル』先生、ね。あの『天使の裏切り者』の考えてる事は分かんねえや」
「まあ、私ら『監視班』の調査でも、リエル先生は目立った行動はしていないし、良いんじゃないっすかねぇ?」
首を捻るヴェロニカに、隣り席の加奈子が言う。
「さて、朝から早々嫌なニュースになるが、最近この東京で行方不明事件が多発している。皆、門限は守って、なるべく人目の多い所を通って下校するように」
リエルが告げる情報に、京馬達の表情は険に変化する。
途端、呼応する様に周囲をセピア色の空間が埋め尽くす。
その空間が教室を覆いきると同時、京馬達以外の生徒は時間が停止した様に体を硬直させる。
「と、言うわけだ。加奈子。お前ら『監視班』からの情報はねえか?」
「こんなとこで、『固有能力』使わないで下さいよ、リエル先生──うんや、『ウリエル』。こっちの調査でも、未だ手掛かりになる様な情報はないっすよ」
「そうか。桐人から早朝連絡があったが、二週間でこの件を解決しないと本部からの俺ら日本支部の信用がガタ落ちになった挙句、京馬と咲月へ疑いがかけられちまうとか」
告げ、ウリエルは京馬と咲月を見やる。
「まあ、お前らはあの桐人が特別視しているからな。その桐人のお願いだ。なるだけ俺も力になるつもりだ」
「ありがとう。ウリエル」
一瞥する、しかし、まるで感情の籠っていない京馬の返答に、ウリエルはにやりと笑む。
「く、ふふ。しかしなんだが、あのどうでもいいと思った小僧が、まさかガブリエル『そのもの』になっちまったんだから、『人』ってのは中々興味深い生物だ。もしかすると、桐人と同様に、貴様も俺の『高み』を目指す何かを持っているのかもな」
「京馬君と戦うのなら、私も一緒に対峙する事になるよっ!」
そのウリエルの含みを持った笑みに、咲月は告げる。
「がはは! それも光栄な事だ。あの目標の一つ、『神の実から生まれ出でたもの』と対峙出来るんだから」
身構える咲月を前に、ウリエルはふう、とため息を吐く。
「まあ、今はそんなつもりはないぜ? 俺は、桐人が言った『俺が俺でいるという安堵』を絶ち切り、修練しようと決めた。それが、今だ。お前らに付き合う事になるのは、その修練の後になるな」
「そうか。なら、この『神の炎』の『概念構築』を止めてくれないか? 俺達とウリエルが敵であった時を思い出して、落ち着かない」
「ふふ。それと『美樹』の事もだろう?」
「そうだな」
「素直な奴だ」
ふっ、とウリエルは笑い、同時、空間を覆うセピアは無くなり、停止していた他の生徒が動き始める。
「まあ、連絡は以上だ。では、出欠確認をするぞー」
告げ、ウリエルは学級名簿を見て、生徒の名前を読み上げる。