Scene 56 『蒼』に魅了されたもの
京馬という存在の秘密が明かされます。
そして久しぶりの彼女の登場です。
まあ、『思念体』ですけども。
ちなみに、僕の小説ではクトゥルフ神話系統はやや特殊な『上位存在』に位置します。
特に旧支配者や旧神、外なる神は『神の実から生まれ出でるもの』という究極の存在となっております。
今回の『イース』は、その中でもかなり原典とは違う設定です。
『イース』。
それは、時間という概念への英知を極めた『アビスの住民』の『一族』であった。
それらが芽生えたのは、時を遡り、または進めた紀元前一万年前。
『精神体』である彼等を率いるのは、多数の純白の羽を持ち、『蒼』の奔流を握り締める天使。
「さあ、私の番い達よ。全ての世界に『物語』を」
楽しそうに、天使は笑む。
『蒼の灯』であった『イース』達は、その『創造主』である天使に従い、あらゆる世界、生命を時空操作により探検し、又は『そのもの』に成り切る事によって、『知識』として蓄えていった。
やがて、彼等は彼等の『世界』をアビスに造る事になる。
時間という軸から外れた『物語の書庫』、『イース』。
種族名と同義のその世界は、彼等が『物語』を生み出す為に『精神交換』する拠点として、機能していた。
それは、天使──ガブリエルにとって、大変喜ばしい事であった。
『神の樹』の理から外れたガブリエルは、素晴らしき『物語』を等しく全ての世界に与えようと、その心を躍らせていた。
だが、その彼女の想いは、漆黒の天使によって阻まれる事になる。
漆黒の天使が生み出した『盲目のもの』と呼ばれる異形は、彼等イースを襲った。
否、厳密には彼等が憑依した『生物』を、だが。
しかし、『盲目のもの』は、彼等が幾ら『精神交換』しても、どこまでも追ってくる。
遂には『イース』へと到達し、彼等と『盲目のもの』の激しい戦闘が繰り広げられた。
やがて、漆黒の天使のおぞましい『破壊』の力に、彼等は圧され始める。
だが、そこで一人の『彼等』が立ち上がった。
「俺が、やるしかない」
告げた彼は、彼等の中でも、特に多くの生物に触れ、そしてその『感情』を取り入れてきた、彼等の中で最も優秀な存在であった。
超常とした彼等の似非科学は、人類の核をも軽く凌駕する『破壊』の術を知っていた。
しかし、『彼』が手に取ったのは、違う。
「この、『感情』で」
彼が侵略者達へと対抗するに備えたもの──それは、『想い』であった。
彼等が生みの親であり、奉仕する天使が司る力。
『彼』は、その『想い』を武器に、『盲目のもの』と戦った。
雷撃の様な『蒼』の迸りを放ち、彼は一人、侵略者を殲滅させてゆく。
『英雄』。
そう、彼は彼等の中で初めて生まれたその様な存在となった。
「『デモゴルゴン』……! よくも、よくもっ! 私の世界を、『彼等』の想いをっ!」
だが、彼はその『盲目のもの』の首領となる漆黒の天使──『デモゴルゴン』によって息絶える。
ガブリエルは、『彼等』を翼の一翼として、その『想い』を力に、デモゴルゴンと対峙する。
その対峙の最中、否、それは『既に決まっていて、あるいはその少年自身が既にそのイースであったかも知れない』。
少年──坂口京馬は、その『一翼となっていた』。
──『一年前』、京馬は世界の命運を賭けた死闘を繰り広げていた。
あの気高き炎雷の揺らめきを、京馬は今でも忘れられない。
『全ての天使の力を吸収した』その天使と、片や『全ての人の想いを吸収』した京馬の闘いは、この世界が滅びかねない程の強烈なものであった。
『智天使長にして、ミカエルの後を継ぎ、管理者となった』ケルビエム。
京馬が知る限り、最大最強の相手であり、自身が『現人神』へと至る発端の存在。
「久しいな。坂口京馬」
炎雷が周囲に迸る、広大な大地の様な『炎剣』。
一瞬にして、京馬は黄金の雲の上で浮上している長大な炎剣の地に足を付けていた。
「どうした? ふふ。再びこの私と相見え、恐怖で竦んでいるのか?」
その京馬の遠方、灼熱色の長髪を靡かせる気高き意志を蒼の瞳に灯らす美女。
その瞳は、京馬を見つめ、そして『笑んでいた』。
「──いや、単純に、驚いているだけだ」
唖然とした表情を、その格調高い女性の声によって払拭させた京馬は口にする。
「何で──あんたが、いるんだ。『ケルビエム』」
動揺とした顔の歪みを作り、京馬は問う。
「く、くく、はは、はーっはっはっはっ!」
その問い掛けに、ケルビエムはさも可笑しそうに、そのまま笑い転げそうに、声高々に挙げる。
「何故、私が……いるかだと?」
『何を言っているのだ、小僧?』と、首を傾けて、表情で訴えるケルビエム。
しかし、京馬も同様に首を傾ける。
「そんなに、俺は可笑しい事を言ったのか?」
問い掛ける京馬に対し、今度はケルビエムは呆れ声を漏らす。
「貴様が、呼んだのだろうが」
告げるケルビエムの言葉に、京馬は一寸の沈黙。
「──やはり、『そういう事』だったのか」
そして、両の手を見やり、京馬は呟く。
「これは、見くびられたものだな。一か八かの窮地の賭けであっただろうが……それで、この私の『思念体』を呼び出すとは」
そのケルビエムの言葉に、京馬は頷く。
「……ごめん。だが、俺だって、もう決着が付いた奴とは出来れば会いたく無かった」
「ふん。だが、貴様自身がこの『思念体』を形作るという事……すなわち、それは貴様が強く『想った』ものだ」
「そうなのか?」
「そうだ。何だ、貴様はあの世界の命運を賭けた死闘でこの私に欲情でもする暇があったのか?」
「そんな訳ないだろ。俺は……」
告げ、京馬の精神の奥底、言葉が響き渡る。
『美しい……美しいぞっ! 少年、京馬よ! もし貴様が世界をこの『蒼』に染め切る事が出来るのならば、私はこの貴様との聖戦を誇りとして逝くことが出来る!』
「分かっているよ。その『私の言葉』が誇りに思えたのだろう?」
「……ああ」
頬を掻き、京馬は顔を赤らめて言う。
『その言葉』は、目の前の天使が、京馬に敗れ去る手前に告げた『賛辞』の言葉であった。
この『蒼』──京馬の『意志』が、頑なな焦がれるケルビエムの『意志』に打ち勝った証明。
「だからこそ、私は残念でならない」
その時の歓喜を反芻する京馬に対し、しかし、ケルビエムは眉間に皺を寄せて告げる。
「私を『使ってしまうとはな』」
その落胆の声に、京馬は思わず狼狽の表情となる。
「わ、分かっている。俺だって、悔しいさ。出来れば、あんたも、氷室も──使わずに、俺の『道』を進みたかった」
「だが、貴様は窮地であの氷室との再会の出来事を思い出した。決して、あれは『ガブリエル』の力では無い事も理解して」
ケルビエムはバチバチと火花する炎雷を螺旋とする細剣を京馬へと向ける。
「……そうだ」
そのケルビエムの問いに、京馬は顔を沈めて告げる。
「ふふ。どうした? 自己嫌悪か?」
ケルビエムは、興味深そうにその京馬を覗き込む。
「そんなに、嫌だったのか? 『自分が特別』であった事が」
京馬は、更に顔を伏せる。
マシリフ・マトロフが放つ鎮魂歌の様な破滅の攻撃。
そこから意識が飛ばされ、京馬はこのケルビエムの『捕縛結界を模した空間』にいる。
だが、その合間──京馬は、見てしまった。
自身という『存在の正体』を。
否、それは或いは何処となく理解していたのかも知れない。
だが、だが、認めたくは無かった。
この、『蒼』は……自身が、人として培った様々な『想い』と共にある。
それが、以前のどことも分からない『異世界人』の意志──『イース』の総意であるなんて。
「ふん。そんなに、『借り物』の力が嫌か? 自身が積み上げたもので無い事が?」
「……そうだな」
「傲慢な奴め」
そのケルビエムの一声に、初めて京馬は顔を挙げる。
「傲慢?」
「そう、傲慢だ。貴様は、『神の樹』にでもなるつもりか?」
告げたケルビエムは下らぬ戯言だと、唾棄する様に鼻で笑う。
「『生命』。それは、あらゆるものに搾取し、搾取され、『循環』し、一生を全うしている。それは、この私とて、そしてミカエル様も同様だ」
「何が、言いたい?」
「貴様は、神すらも超越するものになるのか? と、問うているのだ」
その言葉の未だ真意を理解していないという、京馬の顰め面に、ケルビエムは嘆息する。
「つまりは、貴様は、私は、全てのものは、『何か』の助け無くては生きられんと言う事だ」
「……!」
その言葉に目を丸くする京馬。
その様子を見て、ケルビエムは更に深々とため息を吐く。
「そんな単純な事も分からぬとは。……やれやれ、何故、私はこんな小僧にしてやられたのか」
炎雷の剣を霧散させ、ケルビエムは呟く。
そうだ。
そうであった。
京馬は、自身が盲目であった事に気付かされる。
そんな『借り物』である事に、後ろめたさを感じる事なぞ無い。
それは、他でも無い『この想いの力』こそが証明しているではないか。
「だが……そんな単純な事に思い詰め、『意志』を貫き通すという姿勢は、他の『悪魔の子』でも希有であった。改めて、評価しよう」
告げたケルビエムは、再び、笑む。
京馬を優しく包み込む様に。
「しかし、未だ貴様の『蒼』が浸透するまで果てしないのに関わらず、ここまで追い込まれるとは……やはり、『蔦』は中々に拭えぬか」
しかし、危惧の表情でケルビエムは呟く。
「『蔦』……『這い寄る混沌』の事か?」
「そうだ。貴様も何となくは分かるであろう? 今、対峙しているものは、その『蔦』に関連する輩だ」
「やっぱり、そうなのか」
ケルビエムの言葉を聞き、京馬は合点する。
あの『亡骸』と一体化した存在。
それは、異質で不気味な恐怖を携えた『人為らざるもの』と、京馬は感じたのだ。
その京馬の頷きを、ケルビエムは見つめる。
その表情、眼を特に強く見つめ、
「『あれ』を、貴様は討てるか?」
ケルビエムは、京馬の内の『意志』へと語りかける。
そのケルビエムの猜疑の声に、京馬は口を開く。
「ああ。お前が……その力を貸してくれたのなら」
「ふ、はははっ! 開き直ったな! そうだ。それで良い」
ケルビエムは、京馬の返答に、痛快な笑い声を挙げ、そして手を京馬へと差し延ばす。
「正直、こんな『早い段階』で貴様へと力を貸すのは不本意だ。出来れば、『混沌自体』との対峙で呼んで貰いたかったのだがな」
「ごめん。だけど、その時までには……俺は、あんたの手を借りなくとも『混沌』を斃せるぐらい、強くなって見せるさ」
「ふふ。その意気だ。さあ、示してみろ。己が道を──人の道を。それが、貴様と、ガブリエルと、その中の『イース』共の念願なのだから」
「ああ。また……背負うものが増えてしまうな」
笑みを見せ、京馬はケルビエムの手を掴む。
すると、ケルビエムの身体はたちまち眩い輝きを放ち、粒子となって立ち昇る。
「……ありがとう。ケルビエム」
笑みを零し、京馬は呟く。
(どうしたのっ!? 早く、『対応』をっ!)
焦燥とするガブリエルの声が響く。
──成程。やはりそうか。
京馬はその内なる天使の様子に、確信する。
この『現象』は、『イース』である『自分が起している』事だと。
そして、それは恐らくあの時の『氷室』との再会で目覚めたものであると。
そうだ。
その時の氷室の『赦しの言葉』が原動力となり、京馬の精神に同化している『一翼』──イースの記憶を呼び覚ましたのだ。
「……一気に決めるぞっ! ガブリエルっ!」
(え? ……何を!?)
絶体絶命。
なのに、京馬は不敵に口元を吊り上げている。
他の対処の手立ても見つからないガブリエルは、自身と同化している筈の京馬の意気揚々とした態度に、混乱していた。
「この『想い』を、『審判』に! 『過負荷駆動』ッ!」
京馬の叫びと同時、煌めく蒼の閃光が周囲を染め上げる。
大蛇の群の様な蒼の揺らぎは、強烈な『氣』を周囲に拡散させ、空間に悲鳴を挙げさせる。
「『蒼穹の審判』!」
『蒼穹』の奔流が地を埋め尽くし、京馬に敵対する『全て』を包み込む。




