Scene 53 『神生み』
ここにきて、やっと本格的な主人公のターン!
剛毅戦以外、今章は見せ場は無かったからなー
改めて、この関係性は不思議なものだと感じる今日この頃。
「何だ、この感触は?」
自身へと向けられた煮える憎悪と、只ならぬ不気味さを携えた男に戦慄を覚えた京馬は、牽制の一振りを放った。
汚泥の様な醜悪さを放つものと、鬩ぎ合う衝突が起こるであろうと予測していた。
だが、いとも容易く、その胴体は、京馬の一閃で離れた。
あまりの呆気無さに拍子抜けを通り越し、京馬は並々ならぬ『異質』を感じる。
「ガブリエル。あれは──何だ?」
精神に潜む天使に問答する京馬。
だが、その天使の『戸惑い』は、言わずとも京馬も感じていた。
(分からない。分からないけど──これだけは言えるわ、京馬君)
「「未だ、終わっていない」」
戦慄の感情──両者の心が『繋がる』。
反射の様な瞬間的な振り向きで、京馬は飛び散った肉片の後をその眼で追う。
「ふ、へ、へへ……遂に……遂に、『得られました』」
京馬が縛り付けられていた『神血晶』。
その中心、凍結する様に、取り囲まれていた『亡骸』──『伊邪那岐』を張り付く様に、否、縋る様に、その醜悪は抱き締めていた。
「あぁ、この日を待ち侘びておりました。この、私が、破滅への『物語』を彩る、この、瞬間を──」
醜悪、否、『懇願』とするマシリフ・マトロフはその眼を潤ませる。
異常とするその光景に、京馬は思わず息を呑む。
敵……である事は分かる。
だが、その『懇願の眼』は、正しくその醜悪が『純粋』に焦がれた『想い』であった。
一寸の追撃を戸惑う京馬を、しかし背後の声が霞ませる。
「京ちゃんっ! その『羽虫』に、止めをっ!」
「美樹っ……!?」
声主へと振り返れば、それは愛すべき、そして対峙せざる得ない美樹の焦燥の表情。
妖艶な美樹の、久方ぶりに見せるその様な表情で、京馬は合点する。
『あの醜悪』を、『亡骸』に近付けてはならないっ!
「……間に合え」
機械的無機質な声で、しかし京馬は、焦燥の一撃を放つ。
『蒼』の衝撃波は、対象へと衝突し、煌めく閃光を迸る。
だが、しかし──
「『精神寄生』」
その閃光を覆う、豪華絢爛のプリズムの輝き。
それは、瞬間的に『黄泉全体』を浸食し、別の空間へと塗り変える。
「ここは?」
閃光が止み、視界の眩みが無くなった京馬の眼には、広大な山々が岩肌を覗かせて聳えていた。
その山々の頂上には、様々な城、社が立ち並ぶ。
京馬の問い掛けた声に、だが、ガブリエルはその声色を震わせているのみであった。
(これは……知ってる! だけど……有り得ない! ここは、『静子が消滅』させた筈だわっ!?)
振り絞り、叫ぶ様に荒げる声を、精神へと響き渡らせる天使の声に、京馬は戦慄する。
ガブリエルの、『内の声』が京馬へも入り込む。
ここは、『高天原』。
静子が、『天照大神』を殺害し、そして消滅させた土地であり、『別世界の枝の先端』である。
それが、『ある』という事実は確かに、『在り得ない』。
だが、『捕縛結界』ならば『在り得る』のだ。
だが、だが、それこそが『在り得ない』筈で、驚愕である。
何故ならば、それを『捕縛結界』とする『存在』は、『二つ』のみ。
一つは、『天照大神』。
これは、万が一も無いであろう。
静子が滅し、それは『器』として力を内包するのみ。
そして、もう一つは──
「『伊邪那岐』……向こうの世界の、『管理者』であり、『神の枝』へと自身を繫げた存在……素晴らしいっ! 素晴らしい、力ですよっ!」
グオオオオオォォォォッ!
という巨人の咆哮と共に、響き渡るマシリフ・マトロフの声。
その歓喜の声へと京馬は顔を上げて見上げる。
輝かしい疑似太陽を覆う、山の頂で咆える巨人。
その背に生える様に、黒髪褐色の『少女』が同化していた。
「っくそ! 遅かった……! 完全に、私の失態だよ……!」
歯を噛み締めて、触手群を地へと叩きつける美樹は、叫ぶ。
「美樹……これは、どう言う事だ?」
「最低最悪な羽虫に、最悪最強の力を与えてしまったんだよ……! このままだと……『日本は消滅』するっ!」
美樹の一撃で地が凹み、クレーターと化した事も目もくれず、京馬はその焦燥の声に聞き入れる。
「『日本が消滅』する?」
「そうだよっ! あいつが、求めるのは、『破滅』! 『這い寄る混沌』の愉悦を満たす最高の物語を彩る事なのっ! アスモデウスも言っている……あいつは、『全てを根こそぎ根絶』させるつもりだって!」
その美樹の叫びと、焦燥と、戦慄の表情に、京馬は唖然とする。
かつて、これ程までに彼女が焦った事があっただろうか?
その態度によって、如何に今が危機的な状況であると──京馬は充分に把握出来た。
「やはり、今回も大事だったな」
美樹の叫びに京馬は頷き、握り締める蒼の剣を巨人──『伊邪那岐』へと向ける。
「駄目」
だが、その宣戦布告に対し、背後の美樹が言う。
「京ちゃん……今回ばかりは、駄目だよ。相手は、あの天使達全ての力を得た時のケルビエムと同等の力の持ち主。そして、『あの時』の様な『想いを馳せる人々』は今はいない。幾ら京ちゃんの『想いを力に変える』能力でも、駄目なの。絶対的に、『想い』が足りないのっ……!」
制止する様に、美樹は京馬を背後から抱き締める。
『誘惑の奴隷』でも無い、『素』の美樹の声で。
「分かっている。だけど、止めなければならないだろ?」
自身を心配する想い人。
例え、敵対しようと、その少女の心配の声は嬉しかった。
「駄目っ!」
「俺の『本質』を、知っているだろう」
「知ってるよ! ……だから、私は──」
「それも、理解している」
頷く京馬は、美樹の抱擁する腕を静かに解く。
「『大天使の息吹』」
京馬の立つ地から魔法陣がせり上がる。
同時、その身体能力を向上させる魔法が発動する。
漂う光魔法の精霊を纏い、京馬は駆ける。
「待ってっ! 京ちゃんっ!」
手を伸ばし、京馬を制止しようとする美樹へと振り返る事無く、京馬は生やす羽を羽ばたかせ、飛翔。
その眼を対峙する脅威へと向け、『決意』を込めて対峙する。
「ふ、へへ! さあっ! 『天之尾羽張剣』よ……その真価を見せて下さいっ!」
『伊邪那岐』となったマシリフ・マトロフは、その背に生やす『本来の彼女』の姿で叫ぶ。
雄叫びを挙げる『伊邪那岐』は、その手に持つ大剣を森林群へと振り払う。
「「ぐ、ぐあしゃ!」」
「「キュイイィィィィンッ!」」
抉られた地、薙ぎ倒された木々、その『天之尾羽張剣』に触れた『物質』は次々と異形な『神』となり、その産声を挙げる。
「ふ、ふひゃはははっ!? おお、凄いですよ!? こんな辺鄙な物質までも、『次元を昇華し』、中位の『アビスの住民』へと変わってゆく……!」
その現象を垣間見たマシリフ・マトロフは歓喜の声を張り上げ、更に一振り、二振り──山を切り取る様に、次々と『天之尾羽張剣』を振るう。
(流石だわ……対象の『次元』を引き上げ、『神』へと昇華させる、ミカエルの力と正反する『伊邪那岐』の能力っ!)
「こんな『本神』の大軍勢と戦う事になるとはな」
京馬に立ち塞がる『アビスの住民』達の大群。
それらは途切れる事無く、ネズミ式算に増えてゆく。
「キュアアアアァァァァッ!」
その先頭、風を切る様に飛翔する鳥型の『神々』が、その眼光を京馬へと定める。
「『壊れた世界の反逆者』」
大口を開けて、襲い来る神々に、京馬は自身の握る蒼の剣の名を告げ、振り被る。
激烈な衝突音を響かせ、互い牙と剣は拮抗する。
「やはり……『強い』」
京馬の『決意』を宿した蒼の剣の一撃は、アダムランクAクラスでさえも、『直撃』すれば打倒出来る威力を誇っている。
だが、その一撃に、目の前の『神』は耐えた。
つまりは、少なく見積もっても、『これら』はBクラス以上の実力を持っている事になる。
神々の大軍勢の一欠片でさえもその『実力』。
それが、何十、何百と襲い来る。
その事実に、京馬は戦慄を覚えざる得なかった。
(京馬君! 後ろ!)
「分かっている」
隙を突く様に、京馬の四方から鳥型の『神』が牙を剥く。
京馬は、最大限、力一杯に拮抗していた牙を跳ね除け、全力で回転させた腰から、大振りの一撃を、背後の別の神へと振るう。
「埒が明かないな。『権天使の舞踏』」
精神の奥底、焦燥とした京馬は告げる。
両翼の先端から白の魔法陣が発現し、眩い蒼の閃光を灯らす多数の灯が周囲を取り囲む神々へと突撃する。
それらが神々を消滅する事は叶わないが、その足を留めさせるには充分に効果があった。
「『怒り』」
その隙に、京馬は自身の爆発する『感情』を込め、目の前の神の一つを両断する。
だが後続、次々とまた別の神々が押し寄せる様に襲い掛かってくる。
「未だだ……もっと『想い』は増幅出来る筈。もっと、強く」
だが、京馬の蒼の瞳は潰える事は無い。
その大軍勢の隙間から垣間見えるマシリフ・マトロフを見据え、その剣を振るい続ける。
「『黒炎の轟き』」
徐々に、押され始め、牙、爪などが掠める京馬の背後──声と共に、黒炎が神々へと振り落とされる。
「美樹」
「もうっ……! でも、分かってたよ。京ちゃんの『そういう所』」
宙から落ちてきた少女は、すっぽりと京馬の背に入る様に着地し、嘆息する。
その呆れ声に、頷き、京馬は心の中で口を吊り上げる。
「共闘は、一年ぶりになるな」
「そうね。咲月ちゃんの救助の時、か……もう、遠い昔に感じる」
互いが互いの背に身を預ける──
そんな妙な居心地の良さに、美樹は思わず笑みを零す。
「ありがとう。やっぱり、俺は……美樹がどうしようもないくらい好きみたいだ」
そして、京馬も同じ心境であった。
抑揚も無い声に、激烈な感情を込めた言葉を美樹へと贈る。
「どういたしまして。でも、止めて……闘いに集中出来なくなっちゃうじゃん」
股目を擦り、紅潮させる頬を美樹は振り払って、多量の触手を腕から生やさせる。
「『宵闇の羽衣』」
襲い来る神々を触手で刺し、締め、叩き伏せながら──美樹は、黒の魔法陣を発現させる。
放たれた魔法は『漆黒』。
突如の『漆黒』の空間に動揺する神々。
だが、美樹達の視界には、くっきりとその『対象』が見えていた。
「『盲目の嘆き』に似たようだが魔法だが……少し違うな」
「そう。『宵闇の羽衣』はね? その上位版。完全に気配を消し、だけど、こちらには対峙する相手がくっきりと見える。後ね」
口を吊り上げる美樹は、京馬の胴を抱え、跳躍する。
ちゃぷん、と水中に潜り込む音と共に、美樹達は『影』の中へと入り込む。
「こうやって、『影』を造り出す事が出来るの」
「成程。それは、便利だ」
頷き、京馬は上方を駆け、そして飛翔している神々へと剣を振り被り、蒼の衝撃波を放つ。
突如の不意の一撃に、神々は致命打を受けて霧散してゆく。
更には、美樹の触手と黒炎。
形勢は、圧倒的に有利となってゆく。
が、
「ブオオオオォォォォッ!」
激しい雄叫びと共に、遠方から大量の光線が射出される。
それらを、京馬と美樹は各々の固有武器で受け止めるも、一気にその表情は戦慄とする。
「『影をかき消した』……! そうね。一つ一つが『アビスの住民』だもの。『固有能力』を持っていても何ら不思議でなないか」
再び、光の当たる地へと引き戻らされた二人へと更に神々の大軍勢が襲い来る。
「惑え」
戦慄とする二人の更に背後、今度は男の声が響く。
同時、神々は二人を『逸らし』、彼方へと駆け、飛翔する。
「日向……来てくれると思った」
「どうせ、貴様の『誘惑の奴隷』で強制的に駆り出されるんだ。だったら、理性を保ったままで淡々と『ご主人様』をお守りした方が良いだろう?」
「……」
口を吊り上げて告げる日向を、だが美樹は殺意に満ちた眼光で睨み付ける。
その様子に、日向は焦燥と動揺の表情を晒すが、その後ろに立つ天使の羽を見、『そういうことか』と心の中で納得する。
「自分勝手な女だ」
嘆息と共に、日向は迫りくる神々へと『鏡』を向けさせる。
その『力』により、神々は狂った様に同志討ちを始め、更に京馬達へと迫りくる敵勢は減少してゆく。
「京ちゃん……弁明は、無いよ。只……私は……」
「分かっている。そんなもの、理解した上だ」
告げた京馬は、剣を持っていない片方の手で美樹の手を握り締めていた。
──それでも俺は、君を救いたい。
告げず、心の中で告白した京馬の『想い』は更に増幅してゆく。
雪崩の様に、無限増殖する神々を、京馬はその力で切り拓いてゆく。
「『道』が見えてきた。行こう、美樹」
その背から語る京馬の声に、美樹は惚ける。
ハッと、真っ赤になった顔であたふたする美樹は、すう、と息を吐き出して、口を開ける。
「そうだね」
それだけ。
だが、京馬はその一声が、何故か途轍もなく嬉しかった。
三人は、神々の大軍勢の中、少しずつ、『脅威の根本』へと近付いてゆく。
──だが、その三人を無視した更に多くの神々がどこへ向かうのか、京馬達は考えもしなかった。




