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壊れた世界の反逆者 第二部 -『管理者』不在の世界編-  作者: こっちみんなLv30(最大Lv100)
第一章:骸と魂塊の舞踏は神の所業をし、だが彼女は死を誘う
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Scene 1 少年、坂口京馬

 輝かしい陽が、砂浜を、そしてその先の海を照らしつける。


「ヴェロちゃーん! 沖縄の海、めっちゃ綺麗だよ! 一緒に泳ごうよー!」


「うっせ、咲月っ! あたいは、そんなしょぼい海遊びは嫌いなんだよ!」


 透き通る様な海の浅瀬を、咲月と呼ばれたサイドテールの髪型の少女ははしゃぎながら泳ぐ。

 砂浜で座るヴェロニカの悪態に、気にも留めず咲月は浮かんでいるビーチボールを掴み、ヴェロニカの胸元へと投げる。


「ほーい、パス」


「っち」


 咲月が投げたビーチボールを、ヴェロニカは片手で鷲掴みする。


「おおおっ!? さっすが、ヴェロちゃん! 元『マフィア』は伊達じゃないねぇ!?」


「面倒くせえ。おい、京馬。お前が相手をしてやれよ。手前らは、すげえ仲良いだろ? 『心と心が通じ合う』程のよ」


 嘆息し、ヴェロニカは一人、シートで寝そべる京馬へと告げる。

 その京馬の体は、先程とは異なる。

 自身で染めたであろう茶髪の髪、黒の瞳。

 何より生やした羽も、白い導衣も消え去り、上裸の海パンという極めて、『少年』らしい格好となっていた。


「ヴェロニカ。咲月は、同じ支部になったお前と只、親交を深めたいだけなんだ。勿論、俺もだ。だから、そんな壁を作らず──」


「嫌だね。『フォールダウン・エンジェル計画』で多くの『インカネーター』を失い、更に度重なる敵対組織のこの島国への侵攻によって受けた被害で、『あたしら』はこの日本支部に派遣された。だがな? これはあくまで『仕事』なんだ」


「仕事だったなら、尚更、親交を深めた方が良いだろ?」


「ああ、そうだな。だが、何度も言う様だが、あたいはお前らみたいなお気楽頭お花畑と、しゃべる無表情自動人形が気に食わねえんだよ」


 吐き捨てる様に告げ、ヴェロニカは砂浜の後続に拡がる林へと姿を消す。


「あーあ、ヴェロちゃん。なっかなか心開いてくれないねー」


 京馬の横隣り、海から上がってきた咲月が腰掛ける。


「まあ、しょうがないさ。人は過去に形成した価値観を中々変えられないものさ。その『本質』も」


「そんなこと言って」


 微笑して、咲月は京馬の手を掴む。


「やっぱり、悲しんでる」


 そう告げた咲月の表情は、さらに笑みを深める。

 咲月を京馬は見やる。

 先程の明朗な笑みとは異なる、艶美な笑み。

 その手から『伝わる』、その咲月の感情──


「いいよ。私は、京馬君の全てを包み込んであげる。だから──」


 視線を下に向け、再度京馬へと咲月は向ける。

 京馬へと顔を近付けた咲月は、その耳へと唇を近付ける。


「京馬君は、私を好きにしても、良いんだよ?」


 艶やかなか細い声は、京馬の心臓を激しく鼓動させる。

 ハイビスカス柄の情熱的な水着。

 咲月のバランスの取れた均整な肢体。

 自身の体が火照り、体温が上がる。衝動が鼓舞する。

 その感覚が沸き起こる。

 だが、それらは決して『表』に出る事は無かった。


「ごめん、咲月」


 京馬の奥底でのた打ち回る、その『感情』に耐え切れないと判断し、京馬は立ち上がる。


「喉が渇いた。咲月も、何か欲しいものがあるか?」


「そっか。じゃあ、サイダーでお願い」


「分かった」


 頷き、京馬は咲月へと背を向ける。


「……もう」


 照りつける陽を浴びながら背を向けて歩く少年を見つめながら、咲月は呟く。


「好きだよ。京馬君」


 少し、寂しく。だが、そんな少年との『繋がり』に咲月は安堵し、満足していた。

 自身の中に眠る、『世界を破滅に招くもの』を縛り付ける性愛の女神は、咲月の中で微笑んでいた。



「ふう」


 京馬は、自身の中の劣情を静めながら、自販機へ向かう細道を歩いていた。


(そのまま身を任せれば良かったのに)


 京馬の中、心に響く声が聞こえる。


「そんな事言うが、ガブリエル。俺は──」


(あの『色欲』が好きなんでしょ? 知ってるわよ。何て言ったって、私達は精神が完全に同調しているんだから)


 はあ、とガブリエルは京馬の心の中でため息を吐く。


(さっさと咲月とヤっちゃえば良いのに)


「何でだ」


 突然の自身の宿している天使の声に、京馬は動揺する。


(私としては、京馬君と誰がどう結ばれようと関係無い。というか、何時までも『あの子』を引き摺るから、今回も『逃した』んでしょう?)


「何の事だ?」


(もう、何で恍けようとするのかしら?)


 嘆息し、ガブリエルは呟く。


「京、ちゃーんっ!」


 心の中の天使に、京馬が抗議しようとした時であった。

 京馬の体を、背後から細い腕が抱き寄せる。

 ぎゅむ、と京馬の背に何か豊満で柔らかなものが当たる。

 この感触。背後の声。そして、男を強烈に惑わす様な『色』を持つフェロモン。


「久しぶり」


 だが、その色香の権化とも取れる存在であるに係わらず、屈託ない、純潔を匂わす声が告げる。

 知っている。否、忘れる訳がない。


「美樹」


 京馬は振り返り、その少女の名を告げる。


「こんな所で会うなんて、偶然だね」


 そう言って、少女は笑む。

 その笑みは可愛らしく。だが、妖艶で美しい色香は、再度、京馬の劣情を炸裂させようとする。

 ハーフパンツにTシャツというシンプルな服装でありながらも、その彼女のいやらしく悩ましい贅沢な肢体は、肌の露出が多かった咲月の水着以上の破壊力を持っていた。


「どうして、ここに?」


 京馬は、自身の『感情』を抑え、問う。


「ちょっと、『仕事』でね」


 目を逸らし、頬を掻く少女を見て、京馬はもどかしい感情が沸き起こる。


「『仕事』っていうのは何だ」


「仕事は……仕事だよ?」


 告げる少女の言い訳を探る様な仕草は、京馬の心の中を深いため息で埋める。


「ヴェロニカを、殺そうとしただろ?」


「え?」


 京馬の言葉に、美樹は一寸、目を見開いて驚愕する。

 だが、その表情は直ぐに妖艶な笑みで塗り替えられる。


「何で分かったの? 京ちゃん」


「『四凶』が一人、『渾沌』のインカネーターと戦った時、『影を伝う』人影が見えた」


 京馬の応えに、クスリと美樹は微笑する。


「私の『誘惑の奴隷テンプテーション・スレイヴ』で同志討ちさせようとしたのに、京ちゃんが邪魔するんだもの。困っちゃう」


「やはりな。だが、あの時、お前も参戦していたら、こっちも相当な被害が出た筈だ。何故、下がっていった?」


「単純だよ。私は、あの女だけを殺そうとした。間違って、京ちゃんを傷つけたく無いもの」


 告げ、美樹の周囲に黒の魔法陣が発現する。

 美樹の服装が塗り潰される様に、黒のチャイナドレスへと様変わる。

 同時、京馬も『力』を発現し、その服装が変わり、多量の天使の羽を生やす。

 だが、美樹の両腕から生え出た赤の触手によって、縛られ、そして地に打ち付けられる。


「ね? 私と京ちゃんの力は、ほぼ同等なの。もし私達が()りあったら、どっちとも無事じゃ済まされない」


 倒れ伏せる京馬を眺める様に美樹は見る。


「今ここで戦う事も出来るが」


「もう、嘘付いちゃって……」


 思わせぶりに、美樹は京馬をいやらしい笑みで見つめる。

 体を沿わせ、そしてその手を京馬の秘部へと運ばせる。


「約束した筈だ。俺達は、自分の『理想』の為に対峙するって」


「ここで、京ちゃんが諦めて、私と共に歩む事も出来るんだよ?」


「それは、こちらも同じだ。美樹が、俺と共に理想を追い求めるのなら、俺も美樹を受け入れる」


「……そう」


 嘆息し、美樹は触手を利用した飛び上がりで、京馬から離れる。


「まあ、分かってはいたけどね。私は、京ちゃんの『意志』を改めて確認して見たかっただけ」


 美樹は告げ、京馬に背を向ける。


「お前達、『(まがつ)』の他のメンバーはどこにいる?」


 京馬は、どこか寂しそうに見える背に問う。


「それは、いくら京ちゃんでも言えない……と、言いたいとこだろうけど、もう無駄になりそうだから教えても良いかな?」


 ふふ、と微笑し、美樹は言う。


「今は、そっちの『概念操作の無法者コンセプション・マスター』と『七十二柱支配の貴公子(ソロモン・プリンス)』と対峙してるよ。流石、内の元『二番手』とかつての『元管理人』だよ。他の四凶の相手の後なのに、全く歯が立たない」


「ウリエルと桐人さんの所か……道理で、未だ『捕縛結界』から帰って来ないわけだ」


「随分、余裕だね? 敵に味方が襲撃を受けているのに」


「美樹も言っただろう? 『歯が立たない』って。二人とも、『規格外』なんだよ」


「それは、私も、京ちゃんも、そして咲月ちゃんもじゃない」


「今の日本支部は、かつて『サイモンさん』がいた時に負けず劣らず、手強いぞ?」


「そうだね。でも、私は負けないよ。絶対、『色欲の世界』を『創造』して見せる」


「俺もだ。俺の根本の『本質』は曲げられはしない」


「それが、京ちゃんだものね? ふふ、『無感情』になっても、京ちゃんは京ちゃんで何か安心したよ」


 言葉と同時、美樹は『影』に潜り、そして消え失せる。

 静寂とした空気の中、初夏の熱風が舞う。


「そうか……俺がインカネーターになってから、もう一年が経つのか」


 風が肌に触れ、その暑さは京馬に過去を追憶させる。

 京馬は心の中で微笑し、再び歩み始める。


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